3話
僕の父さんはとても強い人だった。
そしてとても優しい人だった。
誰からも好かれ、尊敬されていた。本に書かれている英雄達もすごいけれど、僕にとっての一番の英雄はやはり父さんだ。
父さんは誰よりもカッコよくて。
父さんは僕の自慢で。
僕の小さな頃からの夢は父さんみたいな英雄になることで。
小さな僕がそれを父さんに言うと、父さんは照れ笑いを浮かべるんだ。
そして僕に言うんだ。「強い男になれ」と。
……どうも。
今年もFランクだった睦月昴です。
ランク測定も終わり、放課後。
家と学校からほど近くにある、なかよし商店街のなかにある喫茶店オリオンでエリカとダンと僕の三人はランク測定の打ち上げ兼反省会に来ていた。
といっても反省するのは僕だけですけどね……
「まっ昴!こんな事もあるさ!」
ダンがジュースの入ったコップを手にしながら元気付けてくれる。
「昴! ランクなんて気にする必要ないわよ! 」
エリカがオリオン自慢の一品であるナポリタンを手にしながら元気付けてくれる。
ありがとう二人とも。
凄い嬉しいよ。
けど、けどね。
その優しさが申し訳ない……
その困ったような笑顔が……
「ごめん二人共……せっかく二人に特訓に付き合って貰ったのに……」
「俺たちゃ好きで付き合ってたんだ。んな事気にすんじゃねーよ」
「そうよ、昴。私達は自分がしたいからしてたの。それに昴には夢があるじゃない。その為にもまた一緒に頑張りましょ」
ダンとエリカが本心から言ってくれているのが伝わってくる。
そうだよね。
結果はこんな感じになったけれど、二人の優しさに応えるのは謝罪じゃなくてありがとうだよね。
「……ダン、エリカありがとう。今年はまたこんな結果になっちゃったけど、やっぱり僕、夢を捨てたくないんだ。だからランクがもう成長しなくなる十八歳まで頑張りたい。だから、あの、また一年間特訓つけてくれないかな」
僕の言葉にエリカとダンは朗らかに笑い、勿論と答えてくれた。
その優しさに涙が出そうになり、慌てて腕で拭う。
「昴の気持ちも聞けたし、んじゃー早速来年に向けて作戦会議と行きますか!とりま不思議なのは魔力量と技量についてか」
「特訓中の昴を見ている限り、去年より二つとも確実に底上げされているはずよ。それは間違いないわ」
「けど結果は変わらなかった。……これギルドの測定ミスなんじゃね?」
「それはあり得ないわよ。ギルドのランク測定は【救世審王】の力が使われているのよ。結果が確実なの知ってるでしょ?」
「そうなんだよなぁ。だぁー分からん! 昴、自分で何か違和感とか無いか?」
「違和感……と言うか今朝から何だかちょっとだけそわそわするんだよね。今日はランク測定日だからかなと思ってたんだけど、今もすこし感じるから不思議で」
「そわそわ? それは朝起きたときから?」
「……あの女の人と出会ってからかな」
「昴のアホ! バカ! エッチ! !」
「えぇ!? いきなりどうしたの!?」
「エリカ落ち着け! 確かに気持ちはわかるが、一旦落ち着け!」
「ははは。三人とも相変わらずだね」
僕達に笑いかけてきた初老の男性は、このオリオンのマスターである日番谷航さん。僕達三人は小さな時からお世話になっている。とても優しいおじいさんだ。
「マスター、笑ってないで助けてくれよ。夫婦漫才に毎度付き合わされるこっちの身にもなってほしいもんだぜ」
「ちょっ!? 夫婦ってなんだよっ、ダン」
慌てて僕がダンに言うが、エリカは「もうっごめんねダン!夫婦に付き合わせちゃって!」と嬉しそうにしている。
「三人は昔から本当に仲良しだね。あんなに小さかった君たちがランク測定で悩んでいるなんて、僕も歳をとるはずだよ。よし、今日は来年の昴君のランク測定に向けて頑張りましょう会ということでご飯代は僕の奢りだ。いっぱい食べなさい」
「そんな! 悪いですよ、航さんにはいつもお世話になっているのに」
「はは、良いんだよ。君たちにはご贔屓にしてもらっているからね」
「でも……」
「それじゃあ、来年もオリオンで打ち上げをしておくれ。早めの予約は大切だろ? 君たちの好物を用意しておくよ」
航さんはお茶目にウインクをする。
「航さん、ありがとうございます!」
「マスター! 来年なんて言わずオリオンなら毎日でも通いたいくらいだよ」
「そうね。航さんの料理は絶品だから」
それから航さんは沢山の料理を出してくれて、沢山食べて沢山飲んで、みんなでいっぱい楽しんだ。
「いや〜美味かったなぁ! 流石航さんだぜ」
楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、時刻は午後10時。
ダンとエリカは家族に連絡を入れていたけれど、かなり遅くなってしまった。
「楽しかったけど、結局昴の謎は分からなかったわね」
「そうだなー。けどま、明日はあんちゃん先生にも相談してみようぜ」
「あれ? 明日って安西先生出張じゃなかったけ?」
「マジか!」
「帰りのホームルームで言っていたじゃない。ダンはホントに人の話聞いてないわね」
「うるせ〜、ちょっと眠気に負けただけだよ」
「ははは」
『オナカスイタヨオニイチャン』
「えっ」
「ん?どうした昴?」
「今、二人共声聞こえなかった?」
「何も聞こえなかったわよ?」
「ああ、俺も何も。 夜遅いし、周りにも誰もいないしな」
「そうだよね……気の所為だったみたい」
僕の気の所為?
それにしてはしっかりと聞こえたな……
聞こえてきたのは不思議な声だった。上質な砂糖を溶かした様な甘い声なんだけど、無理やり言葉を喋っているみたいな……
けど、それから声は聞こえずに、二人とはそのまま解散した。
「ただいま」
10分程歩き、家の前に着いた。
カバンから鍵を取り出し、真っ暗な部屋に電気を灯す。
手洗いとうがいをした後に仏壇に向かい手を合わせる。
「ただいま。父さん、母さん。今日はランク測定だったよ。……去年と変わらない結果だったけど、エリカとダンともう一年頑張ろうと思う」
二人に今日の報告を済ませ、テレビを見ながら宿題を終わらせると時計は頂点を指していた。
そろそろ寝なきゃ。
今日は悔しかったけど、二人のおかげで楽しかったな。
よし! 明日からもっと頑張ろう!
おやすみ!
『オナカスイタ』
人類死んでくのは4話からです…