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1話

春の日差しが暖かい月曜日の朝、僕は通学路から少し外れた空き地にある、大きめの木に登っていた。


「あと……もう少し……!」


手を伸ばす先には、子猫が震えながら鳴いている。

どうやら木から降りれなくなってしまったらしい。

通学路にはまだ朝早いせいか人通りはなく、子猫に気づいたのは僕だけだったみたいだ。

それで、子猫を助けなくちゃと意気込んで木に登り始めてみたものの……

こんな事言うと凄く男らしくなくて恥ずかしいんだけど、僕は高い所が苦手なんです!

最初のうちは大丈夫だと思ったんだけど、木の途中で下を見てしまったら、もう、足が震えて……

それでも何とか子猫がいる高さまで登ったんだけど、子猫は驚いてしまって木の枝の先端まで行ってしまったんだ。


「大丈夫だよー……怖くないよー……」


懸命の説得の甲斐があったのか、子猫はおそるおそる僕に近づいてきてくれた。

…………やった! 無事に子猫を捕まえる事が出来た!


「おー」


すると木の下から女性の声とパチパチという音がしてきた。

下を見てみると、一人の女性がこちらを見上げながら拍手をしている。

その女性を見た瞬間、あまりの美貌に僕は雷を受けたような衝撃を受けた。

見た感じ年齢は高校二年生の僕と同じか少し上。

夜の闇を凝縮したかのような黒髪。

宝石よりも美しい吸い込まれてしまいそうな瑠璃色の瞳。

スッと通った目鼻立ちは名のある職人が作ったかのようだ。

その胸元には包容力を感じさせるとても豊かな双丘が見て取れる。

僕は緊張のあまり固まってしまったのだが、そんな僕を見て女性は優しげに微笑んだ。


「キミ、すごいね」


あまりの破壊力に僕は更に身体を硬直させてしまう。

すると、バキリと音がした。


「「あ」」


僕の重みに耐えきれず、ついに木の枝が折れてしまったのだ。

何とか地面に激突する前に手の中にいた子猫をお腹に抱え込み、背中から落ちる事に成功する。

が、

いったいぃぃぃぃぃ!

しぬぅぅぅぅぅぅぅ!

あまりの痛みに叫びかけるが、そんな僕を覗き込む影が。


「大丈夫?すごい音がしたけど」

「大丈夫、です! 全然、平気です!」


死んでしまった父さんが言っていた。可愛い女性の前では男は意地を見せるものだと。

それが今だと僕は直感する。

僕はちゃんと笑顔を作れているだろうか?

背中から変な音がしたけど大丈夫だよね?


「そう、良かった」


彼女は微笑み、それを見た僕は背中の痛みもどこかへ吹っ飛んでしまう。

その優しい言葉にどう返せば良いのか分からず、僕はどんどん顔が赤くなってきたのを感じる。

すると懐から「にゃー」と子猫が出てきて僕の顔をぺろぺろと舐め始めた。


「はは、怪我が無くて良かった。びっくりさせちゃってごめんよ」


子猫を撫でると気持ちよさそうに喉を鳴らし始めた。


「可愛い……」


彼女は羨ましそうにこちらをじっと見つめて、うずうずととても触りたそうにしているのが見てとれた。


「えと、撫でてみますか?」

「良いの?」



僕がそう声を掛けると、彼女は眼を輝かせ、恐る恐るといった手つきで子猫に触れる。


「あったかくて、ふわふわだ〜」


そう言う彼女は満面の笑みを浮かべた。

この時点で気付いたんだけど、僕と彼女は猫を撫でるために凄く側に寄っていたんだ。

はわわ、ち、近い!

良い匂いがする!

僕がさらに赤面していると、いつの間にか彼女は僕を見つめていた。


「ありがとう。私、初めて猫を撫でれたよ」

「いえっ! こちらこそありがとうございます!」

「キミもありがとう?」

「い、いや何でも無いです!」


僕が慌てて変な事を口走ると、彼女はクスクスと笑いだす。


「キミは面白いね。……私ね、動物に嫌われちゃう体質みたいで、撫でようとしても皆逃げちゃってたんだ。だから、今この子を撫でれてすっごい嬉しいの。キミのおかげだね」


そう言う彼女の浮かべた微笑みは、本当に、見た人全てが蕩けてしまいそうなほど、美しかった。

グッジョブ子猫ちゃん! 君のおかげだよ!

……これは、もう勇気を出すしかない。

僕はなけなしの勇気を振り絞った。


「あっあのですね! 僕、睦月昴(むつきすばる)って言います! おにゃ、お名前、お聞きしても、良いですか……?」


噛んだああああッ

ここで噛んじゃダメでしょ僕!?

ここに来て更に顔を赤くした僕。

たぶん側から見たら、茹でタコみたいになってると思う。


「むつきすばる君か。良い名前だね。なら、すばる君って呼んでもいいかな?」

「もちろんです!」

「ふふ。すばる君、私の名前はね……」

「おーい! 昴ー! おはよー! あんたそんな所で何してんのー?」

「今日は日直だから先に行くって言っといて、まーだこんな所にいたのかよ。遅刻しちまうぞ」


丁度いいタイミングでよく通る、元気のある声で名前を呼ばれ振り返る。

すると少し離れた通学路から一組の男女が歩きながら近づいて来た。

栗色の髪のポニーテールを元気良く揺らしている、活発の言葉がよく似合いそうな、背の小さな女の子の名前はエリカ・トルーバティ。

隣の背の高い、短髪のイケメンはダン・イレイオン。

二人とも幼馴染みで親友だ。


「あ、ダン、エリカおはよう。あれ?何で二人ともこんな朝早くに登校してるの?」

「何言ってるのよ、もう普段通りの登校時間じゃない」

「ええっ」


そんな時間が過ぎているとは気づかなかった。

今日は測定日で日直だったのに……


「あーあ、こりゃ委員長に怒られちまうな」

「うう、どうしよう」

「というか、昴は何で顔をそんなに赤くしてるの?なんかやらしい気配を感じるわ」


エリカは何故だかジト目で僕を見てくる。


「やらしくないよ! 僕はただこの人と話を……」

「この人って、昴以外誰もいないじゃない」

「えっ?」


僕は慌てて振り返ると、そこには、子猫が一匹「にゃー」と鳴いているだけだった。


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