第十三話 大切で愛しいもの
ずらずらと並ぶ本。背表紙を人差し指で横になぞって歩く。調べたいことがある訳ではないが自然と足は身を書庫へと移動させていた。
ここへ最後に来たのはジュウクと一緒だった。
だけどその彼の姿はいない。ここ最近ずっと姿を見ない。といっても二日間だけ。その間はと部屋にに篭っていた。謹慎期間中ずっとおとなーしく部屋に篭っていたが…
だが謹慎はたったその二日で解けた。理由は…残り僅かな国での生活。惜しみながらすごせ、ということらしい。王の言葉をイスクから聞いた。
「父様の馬鹿。」
二日前イスクから聞いたこと。急な話だが今すぐにでも婚約するらしい。相手は隣接国ウェイグの王子。確か第五王子だったけ。第四かも…とにかくウェイグには王子が沢山居る。我がグルーク国とは大違いだ。国土の広さも…
「いやだよ…」
イスクから聞いたときは驚いた。けど私だって何時までも独り身ではいけない。今の国王には私という娘しかいない。f私、今までよく生きてこれたな。皆は隠しているけど何度も薬を盛られたことがある。平和な国でも政権に対する不満は布に出来る綻びと同じで必ず出るものだ。
まだ薬だけならいい。小さい頃から幾つもの薬の耐性を付けてきたから。付けてきた、じゃない。付けられた、のだ。こっそりと薄い毒を食事に混ぜられていた。城の者は私が何も知らないと思っている。
―――今は国のシンボルで、何も知らない純粋な姫だと皆に思ってもらえればいい―――
どうせ私が王になっても直接国政を行うわけが無い。現国王は自ら指揮をしているようだが、私が国政を行うなど元老院や貴族が納得しない。所詮、女。努力しても女。
女は嫁いで男の下で暮らす。それが一般的な国の考え方。
「王になるために…そのために…何で…父様まで私に無理だと思っているんだわ…」
視界がぼぉっと霞む。
十五年の人生で築き上げてきたもの。無邪気な姫の顔。民の信頼。政治の執り方。
私は王になるために育て上げられた、そのための努力だと思ってきた。
今更何?私に嫁げって?何も知らない国で、知らない人の処に行けって?
それでグルークの次王は遠い王族から出すって?
静かな書庫。
私の傍にはいつもの人がいない。
その事実が寂しくて。
余計に視界が霞む。
ジュウクが十歳のときに引っ越した理由。今頃気づく。
辛いもの。何時も傍にいてくれた人が急にいなくなるなんて。ジュウクは分かっていた。私がもし王になったらもう幼馴染は通用しないって。主と配下、それ以外に関係は築けないから。
だけどね、ジュウク。それは取り越し苦労だったみたいだよ。私この国から居なくなるから。あなたも私のこと忘れるでしょうね。
もっと、もっと、我が儘を言えば良かった。ジュウクが拒否しても王宮に彼を置けば良かった。もっともっと思い出が欲しかった。
「シーラス姫様?」
ゆっくり、のっそり書庫を歩いていると既知の人がいた。静か過ぎて気づくことが出来なかった。
その人は窓を開け放ち遠くを見ていたようだ。
慌てて目を瞑り、泣きそうな目を隠す。
「どうにかなさいましたか?ジュウク殿は・・・っと仕事がありますね・・・どうやら今日はおまわりみたいですよ。」
王宮魔法使い・クリーニの弟子ロファンだ。愛想が良く、人当たりが凄く良いためクリーニと違いジュウクとも喧嘩腰ではない。というか仲が良い部類に入る。
でも今はジュウクと同じで仕事中じゃないのかな?もしかしてサボタージュ?
「サボりではありません。クリーニ嬢に頼まれた資料を探しに来ただけで。あぁでもこうやって外を意味も無く眺めていたらサボりですよね。」
にっこりと微笑む癒し系・ロファン。クリーニより年上。
魔法使いになる前は王宮付きの人気の男医師だった。今は地味に医師より賃金の低い魔法使いである。この職業転換は私には良く分からない。この人は医学で成功したんだからね。魔法使いになるなんて勇気と生まれ持っての魔力が必要。(魔力は努力で補える部分もあると聞いたが)
「えっと私は謹慎が・・・・
「言わなくても大丈夫ですよ。」
既に私の謹慎は城中に広まっているはず。今書庫にいる私を見てロファンとも怪訝に思うから説明しようとしたのだが。もう謹慎は解けていると。
「この国の平和ですね…私はグルークの生まれではないのですよ。ウェイグです。あの国のことを忘れることはありません。一日の飢えをどう凌ぐか…何時も空腹。生きるための盗みなど日常茶飯事。街の衛生状況では疫病が発生することは当たり前のことです。」
ウェイグ――私が嫁ぐ国。ロファンは何を言いたいの?私がウェイグに嫁ぐと知っているの?不安を煽りたいの?
でもこの縁談は纏まっていないから極秘のことだと思う。
「王族が最悪ですから…街がいくら穢れていても城門は染み一つ無い。煌びやかな衣装、零れるばかりの宝石を付けた物好きの王族が徘徊しているのを見たことがあります。その時街の者は皆、殺意を抱いていました。勿論私も例外ではない。この国に来るまで王族を罵っていました。
グルークへ来たときは驚きました。治安の良さ、清潔さ、豊かさ、ウェイグしか知らない私は日々が驚きの連続でした。それに街に王様が降りてきていることにもびっくりしましたよ。」
ははは…父様出歩くのが好きだからねぇ。だけど父様が街に行くにはボディーガードを付けなければならないし兵も忍ばせる。大変なことなことだが父様は続けている。
本当は私もボディーガードさんを付けなければならない。それ以前に私は侍女を連れて行かない。ボディーガード以前の問題だが、お出かけ先はジュウクの家が多くこっそり兵を森に配置してあるので安心して脱走する。その時兵の皆さんは私をとめない。兵にあたえられた命は『命の危機に陥らないように警護する』というものらしいので脱走を邪魔されたりはしない。
「今は王族に仕える事が出来て幸せだと思っています。自分でも激しい心境の変化だと思いますよ。」
ロファンは今が幸せと言いたいのかな・・・・?私はグルーク以外の国を知らない。他国のことは旅人から話を聞いて想像をしてみるがそれは想像でしかない。
私はロファンが味わってきた苦境を全て感じ受け止めることは出来ない。だけどね…ロファンがグルークに居て幸せということはとても誇りに思う。
大切な私の国。これからもこの国を愛していいくと思っていた。でも大切にしていかなければならないのはウェイグで愛さなければいけないのはまだ知らぬ夫。正直吐き気がする。ロファンの話しで余計にウェイグとウェイグ王家への不信感が募った。
「さぁそろそろ行かないと。クリーニ壌が角を生やしてしまいますね。」
ロファンは窓を閉めクリーム色のカーテンを閉め立ち去った。別にカーテンまで閉めなくても…まるで私に何かを隠しているみたい…
カーテンを開ける。ここから見ることが出来るのは城の北西側。この方角にはジュウクの住んでいる森が広がる。
会いたいな…
ジュウクに婚約の事は伝えられているのか。
ジュウクには知らせないで。
彼との間にこれ以上の溝を作りたくない。
大切な国だけじゃない。
かけがえの無い大切な幼なじみ。あなたも、ね…。