第十二話 明かされる真実
幼女の母親の様態は芳しくなかった。
聞けば一週間前から熱を出し臥せっているというではないか。何故このような状態になるまでほかっておいたのだ?
部屋中、家中に立ち込める死の気配。母親のものか・・・?
「すいません・・・ジュウク様。」
無理に口を開く。口からはひゅうひゅう息が漏れている。
「口を聞くな。」
無駄な精力を使う必要は無い。これはただの熱ではないのだ。
濃い死の臭気。ジュウクは幾人か人を看取ったこともあるが・・・これは異常だ。
右手首には青い痣。くちゃくちゃであるが魔方陣があったのであろう。この崩れた模様どこかで・・・見たことがあるような・・・。
おそらくは…誰かに呪われたか。呪詛…魔法使いが絡んでいるか。ややこしいことりなりそうだ。
解熱剤を飲まし、呪詛の出所を探ってみたが魔法使いの気配はない。巧妙に隠してある。
呪詛返しをするのにはもう遅いほど体を蝕んでいる。
助ける方法は呪った本人にやめさるしかない。もしくは倒すか…
「ジュウク…様。これは呪いなんでしょう?眠っているときあの人達の顔が浮かぶもの…私が…悪い、だからもういいのです――」
「冗談じゃない!死ぬなんて誰も許さない。」
母は語りはじめる。その間幼女は近所でみてもらった。
その内容はあまりにも幼女に辛いものだったから。
幼女の父親はいない。幼女が産まれる前に殺された。自らの妻の手によって――その妻も自らの夫の手にかかった。
「私はあの子の父親の妹です。事件が起こってすぐあの子を引き取りました。」
「それが何故、呪いに?」
「それは…」
母親の言葉が止まる。荒い呼吸を繰り返す。目は閉じられじっと何かに耐える。
無理をさせすぎた…
沢山の病人を診てきた。だけど痛さや寂しさを肩代わりすることなんてできない。それでいちいち嘆いたらこの仕事は勤まらない。自分に出来ることを探して実行するしかないのだ。
「暫く出かける。また来る。」
どうすればいい?
どうすれば助けられる?
呪った奴は一体誰なんだ?頭の中は疑問だらけで収束がつかない。
道を歩く足はだんだん早くなり、苛立った様子のジュウクを皆避けていく。表情は険しく街の人達は声をかけれない。
「ちょいと、そこの兄さん。」
両足をぴたりと揃え止まる。
声がした道の片隅に目を向けると髪を頭の上で団子にまとめているお婆さんがいた。路の片隅に椅子を置き暖かそうなブランケットをひざに被せている。
「申し訳ありませんが後で伺います。」
礼をして立ち去ろうとしたら頭に何かが飛んできた。寸前のところで振り向きキャッチする。
あぶねぇ。すごい勢いで飛んできた。このひ弱なおばあさんがこんな速く投げられるなんて。
こつんと指で弾く。かなり固い実だ。重みもある。
「ジュウク殿と言ったか。その実を見たことがあるかね?」
人に投げ付けといてそれか。頭に当たっていたら大変な怪我だぞ。
「否。」
「そうだろうな。美味しいぞ?食べてみなさい。頭が冷える。」
赤くつやつやとした実の形はいびつで美味しいとは思えない。毒々しいのだ。
「世には知らないものもたくさんある。その実だって知らないだろう?書物で見たり人から聞いたことが全てとは限らない。正しいかも分からない。自分の考えで視野を狭めてはいないかい?」
お婆さんは神妙な顔で見つめてくる。
視野を…狭めてなんか…いない…
目を閉じ心を閉じる。
正体が分からない者の言葉に騙されてはいけない…けど。
「ふぅ。あんたは堅固だねぇ。一体誰に似た?」
知るか。父親も母親の性格なんて覚えているわけない。祖父母にも会ったことはないし。想像がつかない。
「まあいい。頑なになることは悪いことではない。だがそれでは失うものが多いぞ。頑なになっている間にぽっくり人間は逝っちまうからね。」
逝っちまう―――死か…
死…?
あ…
「ありがとうございますっ」
ある可能性。
呪うのは生者でなくても…既に死んでいるものでも…
あの家に色濃く巣つくろう死の腐臭。
あれは…
頂いたキャンバスが入っている箱と赤い実を置き走りだす。目指すは幼女と母親の家。確かめなければ。風をきり街の喧騒を掻き分け前に進む。
「ジュウク様…?どう…?」母親が青い唇を開く。
初めて来たときより濃い死の気配。俺はこの気配は母親が死に近づいているためだと思った。確かにそのためでもある。
緊張の糸を張り辺りをギロリと見回す。母親だけでない死の気配。彼女以外に二人分ある。しかも生者のものでない。死人の者だ。
彼女に近い死人と言えば―――
「教えて欲しいことがある。」
※ ※ ※
あの家と同じ死の匂いがする。
ジュウクは並んでいる二つの小さな墓石の前に立っていた。墓石・・・と言ってもその残骸があるだけ。粉々に砕けている。
今、ジュウクの自宅のある森の西にいる。ひざまである草が墓を発見しにくくしていた。
魔法の気配では無く死の気配と母親の話を頼りにたどり着いた。ゆうに3時間はかかっただろう。魔力は半減とまではいかないが何時もより減りが激しい。
「・・・?・・・何故だ。」
既にあの母親に繋がっている呪詛は断ち切れている。呪詛を使った気配はあるがもうそれ自体は無効だ。
母親は危ない状態だが助かっただろう。あの母親。どうして呪詛を受けたのか。
この墓石だったものは幼女の実の父母の物。石の残骸からは後悔と無念さ、そして微かな怨念が残っている。どうやら母親に呪詛をかけていた魔法使いはこれを利用したと思える。呪詛を使用した気配と墓石から漂う気配は異なる。
しゃがみこみ墓石の石ころを拾う。
!
手の中の石を見つめた途端、頭の中が支配される。自分が何かに共鳴ししてる。波長が合い目の前の世界がくぐもりそしてだんだん鮮明になってくる。
流れ込んでくる景色。子供の泣き声がする――――
怒鳴る男に、箒を持ち子供を叩く女。
それは何時までも続く。子供は目を瞑りじっと耐える。もう泣きはしていない。
・・・・これはあの幼女?ジュウクに縋りつき母親を助けて欲しいと頼んできた幼女だ。今よりさらに幼い顔。
男女の手がとまる。その2人の視線は扉の前に立っている若い女に向けられていた。若い女の手には刃物。包丁だろうか・・・
この若い女・・・・あの母親か・・・
若い女が包丁を男女に向け幼女を庇うように前に立つ。男女は怒り若い女に向かっていく。
危ない!その女は本気だ!
ジュウクが叫んでも届かない。声にならない。
包丁が次々に血を浴びる。
最後に残ったのは重ね倒れた男女の死体――――
視界が揺れる。ピントが合わず目がくらむ。
揺れた視界の中で最後に見えたのは、男女の死体のもとに立つ男。白衣を身にまとっている。誰だ・・・・?医者・・・・?
目をゆっくりと開ける。そこには石の群。草はオレンジ色に染まり山々は暗い影を落としていた。
夕暮れ。
「戻るか…」
石が伝えた事。たぶん、母親が呪詛をかけられた訳。絶対的な真実とは言えないが推測は出来る。
少女の実の父母は・・・・あの母親に・・・・殺された。原因は両親の暴力から幼女を守るためか。
だが分からないことが一つ残った。何故、どこぞの魔法使いはこの父母の怨念に手を貸した?
「個人的に母親に怨みがあるのか…それとも他に目的があるのか…」
城のある東南を見つめる。
幼女の家にもう一度行きその後にエバギーンに報告しなければ。そうすればあの母親は捕まるだろう。幼女の実父母を殺害した罪で。幼女を守るためにしたこと。それに自首が加われば死刑は無いと思う。――でも幼女を一人にしてしまう。
「俺のしたことは何だっのか…」
母親を助けなかったら幼女は一人。
母親を救っても幼女を一人にさせてしまう。
俺が一番恐れていたことなのに。