第十一話 ジュウクのおまわり
賑わったと通りを一人で歩く。道の片隅で果物などの生鮮品を売っている者もいれば路銀を稼いでいる大道芸人もいる。変わりの無い風景だ。かといって飽きるわけでもない。この風景画好きなのだ。生まれ育ったわが国。ずっと変わらない。
異常事態なし。
通りでジュウクを見かけた人は目を見開くがすぐに笑いかけてくる。国も平和そのもの。
グルークは広大な土地を持つ大国ではない。周囲を湖と山脈で囲まれている小国だ。
湖から採れる豊富な水産資源はあるし、鉱物すらとれないが険しい山々は隣国の侵入を妨げる。
空を見上げれば澄み切った青い空。つい一週間前まで雨が降り続いていたが2、3日前から晴れ晴れとした空が見えるようになった。そろそろ肌寒くなる季節だ。冬は…特に今年の冬は…どんなに来て欲しくないと願ったことか。だけど必ず来るのだ。この冬ジュウクは成人を迎える。それはシーラスも同じこと。そしてたった一人のこの国の後継者。前から誕生日を境にさらに距離を置こうと考えていた。それを実行する日が刻々と近づく。幼い日からの馴れ合いはシーラスに毒となることを知っている。十歳のときシーラスが寝ているときにこっそりと今の家へ引越しを終えた。その後…シーラスがどうなったか。今考えても胸が痛む。
「じゅうくーっ じゅうくーっ 遊ぼっ!」
ぼぉっと突っ立ていたらしい。いつの間にか足元に子供達がわらわら集まっていた。無邪気にジュウクの服をひっぱりまわす幼子たちはシーラスの幼少のときを思わせた。
ジュウクは自分の半分にも満たない子供の背に合わせしゃがみ込む。
「うーん。仕事中だからな。お昼に休憩取るからその時にな。」
休憩をとることが出来るか怪しいところだが。
ジュウクの服を引っ張っていた幼女が顔を曇らせ何か言いたそうに口をもごもごさせる。・・・何だ?
「あのね・・・じゅうく、お」
「じゅうくは何で街にでてきたの?おしごと?」
幼女の言葉を遮り元気な男の子が質問してくる。
子供達は休暇で街に出てきたと思っているようだ。普段の仕事は王宮に篭ってるしな。
「うん。おまわりなんだ。」
「じゅうくが?おまわり!」
他の魔法使いがおまわりをしても不思議はないと思うがジュウクは今日が初めてだ。子供達は驚いて走り回る。…子供達が行き着いた先はそれぞれの母親だ。
子供が母親に伝え母親が街全体に広める。
今日の仕事は大変そうだ・・・・・
ん?
一人だけジュウクの元に残っている女の子がいた。ジュウクの服を引っ張っていた女の子だ。
ジュウクの元に居ても何をするという訳ではなく突っ立て下を向いている。
「あぁいた!ジュウク様。ちょっと来てくださいね!」
恰幅の良い小母さんに引きずられ家の中に連行される。幼女のことは気になるが・・・
やはり俺はこうなる運命なのだ。
平和そのものの街で魔法使いの『おまわり』は本来の警備の意味を外れる。
警備をしない魔法使いの仕事は、雑用。
道を歩き出会った人たちの困りごとを解決する。落し物を探したり、軽い病の治療をしたり。
「あの荷物を取ってくださいな。お願い。」
首を擡げれば備え付けの棚に山高く積み上げられている荷物たち。埃がうっすらと積り長い間動かされていないことが分かる。
小母さんの身長的に取ることができなかったのだろう。小母さんより頭一つ分背が高いジュウクでも届かない。
「どこ?」
「あの平べったい一番大きいやつだよ」
ジュウクは片手を上げる。腕に細い光の糸が纏わりつく。その光の糸はまるでシーラスの髪のように美しく金とも銀とも言えない不思議な光だ。
光が一瞬強くなり小母さんは目を細める。その瞬間箱は浮き上がりジュウクの上げた片手に向かって降りてくる。
その時小母さんは細めた目でジュウクの顔を見た。ジュウクの瞳が漆黒ではなく―――深いブラウンの色をしている。
ジュウクの魔法を見るのはこれが初めてではない。これ程近くで見たことは無いが不思議さと美しさにに目を奪われ凝視して見つめていた。だがジュウクの瞳は色が変わることなど無かった。
何かの異変を感じ取り自らの目を擦り再び確かめ彼の瞳を見ると何時もと同じ闇のような黒だった。
(?見間違い・・・?)
「これか?」
「えっ そ・それだよ」
ジュウクの手に収まっている箱の蓋を外し、15年ぶりに中身を人目にさらす。
「・・・これは」
ジュウクの視線には色あせることなく輝くキャンバス。今では殆ど見ることが出来なくなったグレイムの木。枝いっぱいのピンクの花をつけ咲き誇っている。
そしてその木の枝に座っている人物は―――
「15年前…シーラス姫が生まれたときのグレイムの木だよ。あの時は本当にびっくりしたねぇ。春に咲くグレイムが冬に咲くなんて初めてだったよ。」
小母さんは遠い昔を探すように目を細める。
「この絵は父ちゃんの最後の作品だった。たいした才能も無いけど絵にとち狂った人でね。病で臥せってもう筆も持てなくなっていたのに…シーラス姫様が生まれたときむくりと起きだしてグレイムの木のところに連れて行けって怒鳴ったのよ・・・・・
震える手に布で筆を括りつけて最後まで書ききったあとぽっくり逝ったわ。最後まで絵に浸かりきって死んだ馬鹿な夫だったけど愛していた・・・・」
小母さんは顔を伏せる。この絵を描いた人は愛されていた。15年たった今も妻から愛の言葉が漏れるくらいに・・・・
「この人は・・・・?」枝に止まっている人物を指す。小母さんは顔を上げる。目元にきらきらと光るものがあったが、ジュウクは見ないフリをした。
「私もよく分からないわ。不思議でしょう?」
その人物はジュウクに向かって微笑んでいた。髪は長くゆるいウェーブがかかり金と銀、宝石のように輝いている。瞳も同様の色を燈している。…この色は王族の証。
歳はジュウクと同じくらい。
「…シーラス」
紛れも無い本人。何故?このころのシーラスはまだ生まれて間もない赤ん坊。何故15年前にこの絵を描くことが出来たのだ?
「死ぬ間際に何かが見えたのかもね。書いているときに一言だけ漏らしたのよ。『居る』って。絵を描くときは全く話さない人だからよく覚えてる。いったい誰の事だったのかね。シーラス姫様はまだその時赤ん坊だったのに・・・」
2人の間を沈黙が流れる。空けはなれたドアからは街の喧騒が聞こえる。絵に見入り声を発し会話をしなくても十分なのだ。2人の間を絵が埋めてくれる。
「この絵貰ってくれないかね。」
小母さんは頭を下げてきた。戸惑う。この絵は遺作であり手放さない方がいいのではないか。
それに絵を買えるだけの手持ち金が無い。
「…でも」
本当は喉から手が出るほど欲しい。ジュウクは絵に魅了されていた。訳は付けられないけど惹きつけられるのだ。
「お願いです。シーラス姫様の近くに居るあなたに貰って欲しい。」
何も言えなくなってしまった。近くにいるといってもこれからもっと距離を置く。
「いくらです?」
「御代は要りません。お願いです…」
小母さんは絵をジュウクに渡す。強い意志のある目がジュウクに拒否をさせなかった。
「いただきます」
小母さんは何も言わず微笑み、箱の蓋をする。
大事にしなければ。小母さんと小母さんの夫。二人の大切な物を俺は預かるんだ。箱を持つ手に力を込める。
「では、さようなら。また。」
小母さんの顔を見ないように家から踵を返す。
ジュウクは瞳を閉じる。瞼の裏には小母さんが顔を覆い泣いている様子が鮮明に映る。
・・・これで良かったと思うしかない。過去の物を引き出し他人に渡す。かなり勇気のいることだっただろう。
「じゅうく?どうしたの?」
一人の女の子がジュウクの顔を覗き込む。そっと目を開くと気遣わしそうな顔が見えた。
小母さんの家に入る前に俺の服を引っ張っていた幼女。
「なんでもないよ。」
ぽんっと頭に手を置くと女の子は顔を歪ませた。ふるふる瞳を震わせる。
「じゅ・じぇーうくー 」
ぽろぽろと頬に涙が落ちる。ジュウクは思いっきり顔を顰めた。
俺何かしたか・・・?
何も出来ずに頬に落ちる涙を手のひらでぬぐってみる。
「お母さんがね、しんじゃうの。だけど、じゅうく呼んできちゃだめって・・・・・」
死ぬ・・・?
「家はどこ?」
幼女はあっちと指を指す。彼女を抱え上げ走り出す。
何が起こったんだ?どうか間に合ってくれ!
必死に走ることしか思いつかなかった。本当なら飛びたいが彼女の説明では明確な場所が特定できない。
「ごめんなさぃ お母さん。じゅうく呼んじゃ・・・・」
「正しいことをしたんだ。泣く必要は無い。」
強い口調で幼女の言葉を遮る。
死にはさせない。この子に親のいない寂しさは味あわせない。絶対。
自分のような思いはさせない。
だんだん…話が動いてきているような動いていないような…イヤ。
少しずつですが動いている筈。
ジュウクの髪と瞳の秘密はのちのち・・・・