初仕事と伝説の生き物
「アンジェちゃんにもそろそろお手伝いしてもらおうかしらね。」
お義母様のこの一言で、人生初のお仕事が始まりました。
「サクヤと一緒に納入品の確認をお願いね。」
カキノウチ家には仕事柄、交易品を保管する倉庫があり、港の近くには大きな倉庫が、商会の近くに少し小型の倉庫がある。
小型の倉庫にはカキノウチ家でしか扱っていない、お得意様相手の特注の品が置かれている。
それぞれの数はそれほど多くはなく、しかし、高価な品がほとんどなので、旦那様が直接チェックしているのだそうだ。
それを今日から私も一緒にするのだ。
まず一つ目の箱の表には、「竜の鱗三種」。
......は?
......竜の鱗?
オランシアのおとぎ話にはよく竜退治とか竜に乗って冒険とかあったけど、竜って想像上の生き物よね?
そういう名のお菓子?それともオモチャとか?
旦那様が箱を開けると、小箱が詰まっており、一段目には「緑竜の鱗」、二段目には「白竜の鱗」、そして三段目には「黒竜の鱗」が入っていた。
一つ開けると、少し透明がかった深緑色の薄い板状のものが。
これが鱗?
確かにそれっぽいけど、本物なわけないわよねぇ。
「おお、なかなか上質だなぁ。傷もほとんどないし、形もきれいだ。」
旦那様が感嘆しているんだけど。
「商品なのに傷がある時が多いのですか?」
「そりゃあねぇ、大人しく鱗くれるわけじゃないからね。品不足の時なんか、自然に剥げ落ちた欠片とか、討伐の際に付いた刀傷のあるものしか揃わないときもあるからね。」
剥げ落ちた?
討伐?
刀傷?
「竜って想像上の生き物ですわよね?」
「何言ってんの?山とか谷とかにいるじゃん。まぁ、滅多に見ないから伝説の~とか言われちゃったりするけどね。」
ええ~!
伝説の~って普通いないものなんじゃないの?
いるの?竜!
「僕は軍人でも探検家でもないから生では見たことないけどね。」
生......生竜......。
見たいような見たくないような。
忘れてたわ、そういえばヤポナって神秘の国とも言われてたわ。
それってナランザの交易以外ではあまり知られていないからだと思っていたけど、こういうことなのね。
そう、竜が、いる国なのね、竜が。
って、......んなわけあるかぁ!
竜は想像上の~でしょうがぁ!
あんなもんいたら国つぶれるわぁ!
はぁ、はぁ。
思わず淑女忘れちゃったわよ!
「竜って普段は大人しいよ。ただ、子育ての頃は気が立ってて、大きな音だけで襲われた!とか勘違いして襲ってくることがあるんだって。」
そ、そんなものなの?
本当にいるの?
でも、とても旦那様が嘘をついているようには見えない。
それに、目の前にある鱗も確かにそれっぽい。
少なくとも、飴細工ではない。オモチャっぽくもない。
少々納得しかねるが、あるものはあるんだから認めざるを得ないのかと、半分諦めの気持ちで受け入れた。
旦那様は鱗の品質に満足して、次の箱を開けた。
その箱の蓋には「天狗の羽団扇」とある。
羽団扇はわかる。
団扇ではなく扇子ではあったが、オランシアでも一時期夜会で流行ったことがあった。
私も持ってたし。
羽の先に羽毛が付いたのが可愛かったのよね。ただ、羽毛がすぐに取れていくので、ワンシーズンしかもたなかったけど。
ま、流行りもワンシーズン毎だからいいけど。
でも、天狗って何かしら?ブランド名かしら?
旦那様に尋ねようとすると。
「ああ~!不良品だぁ!大変だ!」
大慌てなんですけど。何事?
「天狗の羽団扇は八枚の羽で作るんだよ。なのにこれは九枚もあるぅ!」
少ないのならしょぼくなって大変だけど 、多い分は向こうも許してくれないかしらと考えると、
「絶対八枚じゃなきゃダメなんだよ。八枚以外だと能力が発揮できないんだって。」
は?
能力?
何の能力?
団扇使って何なさるのよ?
話を聞くと、天狗さんと言うのはこのヤポナに住む極少数の一族で、団扇を使って飛んだり、変身したり、風や火をおこしたり、妖魔を退散させたりするのだそうな。
飛ぶ......。
変身......。
風や火をおこす......。
妖魔退散?!
もう、何から突っ込んでいいのやら......。
「クレームがぁ、作り直しがぁ、納期がぁ、損金がぁ、天狗怖いぃ~!」
旦那様は大慌てですが、すみません、旦那様、私今日は疲れて何も考えられませんわ。
とりあえず、ヤポナ名物「土下座」ですかね。
《天狗の羽団扇》が八枚の羽で出来ているのか、じつは知らないのですが、ヤツデの葉が別名《天狗の団扇》なので八枚ということに。




