悪役令嬢とは、こういうものでもよろしいのかしら?
「よし、コンプリート!」
わたしは液晶テレビに映し出されたイラストを見て、思わずガッツポーズをした。
独り部屋で夜中にガッツポーズとは、なんとも恥ずかしい光景だと思う。
それも、乙女ゲームのCGをコンプリートしたことに対するポーズだよ。
本当は勝利の舞いまで踊りたいくらいなんだけど。いわゆる、有頂天とはこういうときに使う言葉なのかもしれない。
本命キャラの話を進められたら充分なんだけど、この会社のゲームはコンプリートすることで隠し要素があると有名なのだ。
まだネットでも、隠し要素について調べていない。楽しみは、とっておかなくては。
「さて」
私は独り言を呟きながら、ゲームのセレクト画面へと移動した。
傍らには夜食のカップ麺と、同人誌即売会に向けた原稿が置いてある。
是非とも、隠し要素の内容も含めた二次創作を書きたいと思っている。
>>ゲームを続けますか?
はい いいえ
セレクト画面へ戻ると、こんな質問が出てきた。
きたきたきたきたきたー! 私は、テンションマックスに上げながら、ボタン操作をする。勿論、続けますとも。
即売会の締め切りが近いことなど、知ったことではない。
徹夜で何とかしてみせるから、今はゲームだ。たぶん、あとで後悔するけど。
まあ、最悪、坂下や山口辺りに頼んで手伝わせよう。
わたしって、客観的にみると「オタサーの姫」らしい。いつも一緒に行動したがる男子二人は、本当に都合のいいげふんげふん、良い友達だと思う。
ポチッとな。
ゲームを続ける操作を行い、私はとりあえず気分が良くなる。
これから繰り広げられる魅惑の隠し要素のことを考えると、息が荒くなる気がした。正直、キモイ。
だが、気分が良くなりすぎちゃったのか……物凄く興奮しているはずなのに、眠くて仕方がない。
眠い。でも、ゲームしなきゃ。
私は泥に溶け込むような葛藤の渦の中で戦った。
他人にはどうでもいいかもしれないが、私は大いに戦った。
そして、敗北した。
† † † † † † †
春眠暁を覚えず、と昔の人は言ったそうですけれど、まさにそうですわ。
春の季節は眠くなるものです。
例え、それが夜中のゲームプレイ中であっても。
「ん……」
あたくしは瞼に当たる陽射しによって揺り起こされ、身を震わせました。
長すぎる美麗な睫毛の間から、切れ長のエメラルドアイが姿を現わします。金の巻き毛は春日を受けて豪奢に輝くのですわ。
どんな財宝にも劣らぬ美姫の目覚めに、ほら。窓の外では鳥たちが賛美の歌をさえずっていますわ。
あたくしは、まだ睡眠を欲する身体を起き上がらせ、しなやかに伸びをしました。
そして、天蓋付きの寝台から細くて均整のとれた足を降ろし――。
天蓋付きの寝台?
あたくしは、およそ見覚えのない風景に眼をパチクリと見開きました。その様子は、きっと恐ろしいほど愛らしく、さぞ艶のあるものだったことでしょう。
あら、やだ。あたくしったら、どうして、さっきから自分を褒め称える言葉ばかり思考しているのかしら?
まあ、でも、真実ですものね。仕方ありませんわ。
いやいや、どう考えてもキモイですわ。あり得ませんわ。生まれてこの方、こんな口調で喋ったことなどないというのに!
「おはようございます、マリアンヌ様。モーニングティーをお持ち致しました」
マリアンヌ? あたくしのことですわよね?
台車にティーセットを乗せて入室した執事を見て、あたくしは呆然としましたわ。
もう、本当に。
その様子を例えるなら、そうですわ。王子様のキスで目覚めた茨姫と言ったところかしら。我ながら、美しい例えですわ。
だって、あたくし、マリアンヌという名前にも、入室した執事の顔にも見覚えがあるのですもの。
執事の顔は先ほどまで、――そう。あたくしが眠りにつく前にプレイしていた乙女ゲームに登場する攻略対象。名前はリヒャルトで、悪役令嬢に仕えるヤンデレ執事。いろいろあって、ヒロインと惹かれ合うルートが存在する隠しキャラですわ。
そして、あたくしマリアンヌはヒロインのライバル。いわゆる、悪役令嬢というわけですの。
不本意ながら、当て馬ポジションに甘んじている、悲劇の令嬢ですわ。
どうやら、あたくしは乙女ゲームの悪役令嬢マリアンヌとなっているようですわね。
まあ、なんて素晴らしい。
このような絶世の美女となれるなど、あたくしは、なんて恵まれているのかしら!
† † † † † † †
どういうわけか、あたくしはゲームの中に入ってしまったようですわ。
それならば、この状況を楽しまないという手はございません。
いくら悪役令嬢と言えど、これだけの美貌があれば、攻略キャラの一人や二人、きっと落とせますもの。
実際、ゲーム内のバッドエンドルートでは、あたくしが攻略キャラを虜にする内容のものもありましたから!
プレイ中は本命キャラが奪われて発狂致しましたが、今は幸せいっぱいですわ。
あたくしは、早速、本命キャラである殿方――黒騎士サイード様のところへ向かうことに致しました。
サイード様はいわゆる腹黒キャラ。優しくヒロインをサポートしていると思いきや、本性は自己中心的な俺様キャラなのですわ。
余談ですが、作中で「壁ドン」と「顎クイ」が最も多く、更には眼鏡姿も披露するというサービス精神旺盛な殿方なのです。
かくいうあたくしも、素直にコロッと恋してしまいましたわ。
あの「壁ドン」を、生で味わいとうございます!
「陽子」
サイード様とのイベント頻発スポットである「小さな泉」に着くと、どこからか、あたくしの名を呼ぶ声がしました。
ああ、名前と言っても、マリアンヌになる前の名前ですけれど。今思えば、貧相で凡庸な名前ですわ。
木陰から覗くと、そこにはサイード様のお姿が。
「俺から、逃げられるとでも思っているのか?」
腰の奥から痺れてしまいそうな官能的なキャラクターボイスで、サイード様が喋っております。
その声を聞いているだけで、あたくしは天にでも昇ってしまいそうでしたわ。
けれども、様子がおかしいのです。サイード様は、木に向かって話しかけていらっしゃる……いいえ。あ、あれは!
壁ドン最中でしたわ!
あたくしは仰天してしまい、花弁のように瑞々しい唇を手で覆いました。
まさか、こんなに早くサイード様の壁ドンを拝めるだなんて!
けれど、少し待ってくださらない?
壁ドンされているのは……陽子。そうネーミングされたヒロインキャラではありませんか。
なんということでしょう。サイード様のフラグは、既にヒロイン陽子に向いているということでしょうか?
「俺がお前を守護する限り、逃げることは許されない。俺は、どこまでもお前を追い、守り抜くぞ。お前の意思など関係ない。俺が決めたことは、絶対だ」
続いて、顎クイだなんて!
しかし、これは記憶が正しければ、サイード様ルートのクライマックスの台詞ですわ。
フラグどころか、もう攻略されてしまっているだなんて!
少し前まで、ヒロインと自分を重ねてヨダレを垂らしていたあたくしでしたが……これは、許し難いことですわ。
今はヒロイン陽子が男を垂らし込む性悪女にしか見えません。
「ま、まさか……」
あたくしは嫌な予感がして、踵を返します。
そして、絢爛豪華な宮殿を駆け抜け、ヒロインの部屋へと向かいました。
そこにあるものを確かめるためですわ。
悪役令嬢マリアンヌの部屋に比べると、飾り気がなくて素朴な内装の部屋。
貧相とも言える室内に無断で滑り込み、あたくしは、奥に置かれた鏡台を覗きました。
「そんな……これは……!」
鏡を覗いて、あたくしは絶望の声をあげてしまいました。
実はこの鏡、プレイ中は何度も覗き込んでお世話になった便利アイテムなのですわ。これがなくては、攻略対象へのアプローチが出来ませんもの。
鏡が示すのは、各キャラの好感度。
攻略キャラの誰が今、どの程度ヒロインに好感を持っているか推し量ることが可能なのですわ。
フラグの方向を矢印で示すことも出来、プレイ中は何度も確認しましたわ。
今、フラグ矢印は全てヒロインに向いております。
しかも、好感度マックスですわ。
もう全キャラが攻略済みの状態……。
>>ゲームを続けますか?
はい いいえ
もしかして、あの隠し要素の選択肢は、全てのキャラが攻略された状態で、悪役令嬢キャラとしてゲームを続けるか否かということだったのでしょうか。
そんな。あんまりですわ。
モブキャラならいざ知らず、悪役令嬢キャラになって、ヒロインたちのイチャラブを傍観しなくてはならないなんて。
あたくしはこんなにも美しく、可憐で聡明だというのに! このように薔薇のごとき麗しい美姫はいなくてよ?
庶民上がりの歌姫ヒロインの、どこが良いと言うのですか。あの女は、他人の執事まで垂らし込んで奪うような女なのよ?
あら?
そういえば、リヒャルトルートのラストは――まずいですわね。流石のあたくしも、冷や汗が噴き出ました。
リヒャルトルートのラストでは、あたくしマリアンヌに制裁が下されたはず。
歌姫であるヒロインの喉を潰そうとした報いだとか、そんな理由だったかしら。
ヒロインは、全ての攻略対象を網羅した状態。
このままでは、あたくしはリヒャルトに喉を火傷させられて、一生声が出せなくなってしまいますわ!
ヤンデレ執事の顔を思い浮かべながら、あたくしは絹のハンカチを噛みますの。
最高級の絹は、きっと味も美味しいと思ったのですが、無味無臭でしたわ。当たり前のことですが。
あたくしは半ば放心しながら、自分の屋敷へと帰っていきます。
なんだか、やる気を失くしてしまったのです。
せっかく、この絶世の美貌を活かして、好きなキャラたちを攻略していこうと考えましたのに。まさか、こんなハードモードだとは思いませんでしたわ。
あたくし、攻略サイトは見ない主義ですけれども、割と普通に飽き性ですのよ。
よろしくて? 報われない恋にかまけている時間など、少しもありませんの。
だから、現実の恋愛などには興味も湧きませんでした。勿論、二次元と三次元という大きな差もございます。
それ以上に、三次元のイケメンは、あたくしがいくら容姿を磨いても、女子力を高めようとも、甲斐甲斐しく猛アタックを仕掛けようとも振り向いてはくださりません。
あたくしに言い寄るのは、身分不相応な根暗男ばかり。
いわゆる、「オタサーの姫」のような存在でしたから、下僕のような男は常に周りにおりましたわ。
でも、根暗でキモイので、論外にございました。
特に、坂下と山口は、あたくしにベッタリで……いつも軽くあしらっておりましたが。
その点、二次元のゲームは素晴らしいのですわ。
自分の容姿や身分に釣り合わない高嶺のイケメンたちが何人も揃っており、尚且つ、ルート選択と努力次第で、好きな殿方が必ずこちらを振り向いてくださる。
時間と根気さえ注ぎ込めば、必ず手に入る至福の時間。
これほど無駄のない投資はございませんことよ?
振り向くかどうかもわからない三次元の男にアタックしたり、下僕という名の根暗どもを相手にしたりするより、ずっと有意義ですわ。
だから、ゲームにのめり込んでいたというのに……なんですの?
このクソツマラナイおまけ要素は。意味がわかりませんわ。
あたくしに、無意味で生産性のない恋の駆け引きによって、ヒロインから攻略対象を奪えとおっしゃるのかしら?
冗談ではございませんわ。
「あなた、ペンと紙をお持ちになって。あと、リヒャルトは絶対にあたくしの部屋に近づけないように」
あたくしは、適当なメイドにそう言い渡し、自室へ籠ることに致しました。
何の生産性もない恋の駆け引きに興じるくらいなら、自分の妄想だけでお腹いっぱい満足してみせますわ。
勿論、報復フラグの立っているヤンデレ執事のリヒャルトは遠ざけておきましょう。元々、あの執事キャラは苦手でしたから、未練はございません。
それよりも、即売会が近いことを思い出しましたの。
もうブースは確保してありますし、読者の皆様も待っておりますから。
中堅サークルではありますが、このあたくしにかかれば、大手サークルになるのも時間の問題ですわ。
妙に自信が湧いてきましたわ。悪役令嬢キャラというものは、ポジティブでとても便利ですのね。あたくし、見直しました。
ふふふ。見ていらっしゃい。せっかくゲームの世界に入ったのですから、徹底的にテンションを上げて、大手サークルを目指しますわ。
「マリアンヌ様、アフタヌーンティーはいかがですか?」
近づけるなと言ったはずなのに、リヒャルトが室内にティーセットの乗ったカートを押して入ってきてしまいました。
リヒャルトは報復ルートで、お茶に興じるマリアンヌの喉に熱湯をかけ、焼いてしまいますの。だから、これはフラグなのですわ。
でも、今のあたくしはテンションマックス。乗りにノッたトランザムモードですわ。誰の邪魔も許す気はございません。
「それ以上部屋に入らず、お茶はそこへ置いてくださる? 今、あなたのお相手をしている暇はございませんの」
「は……はい。承知致しました、マリアンヌ様」
あたくしの回答に只ならぬものを感じたのか、リヒャルトは素直に引き下がりましたわ。
ヤンデレ執事に用はございません。
あたくしは、部屋に置き去りにされたティーセットを使って自らお茶を淹れましたわ。
紅茶の香りなどよくわからないので、自分で淹れても充分美味しゅうございます。毒を盛られるルートは記憶にないので、その点も安心ですわ。
それにしても、少しテンション上げすぎましたわね。
あたくしは暑さを感じ、窓に歩み寄ります。
そして、両開きの大きな窓を押し開けましたわ。
余談ですが、こういった中世ヨーロッパ風の世界観で、こんなに大きな窓に、こんな透明度の高いガラスは有り得ないのですわ。
道を歩けば、人や動物の排泄物だらけと、本で読んだこともございます。
服装だって、どう見ても近世か近代風でしょう、これは。中世の王子様はかぼちゃパンツに白タイツがデフォルトですわよ。
ありふれたファンタジーって、本当に世界観が薄っぺらくて笑ってしまいますの。
これが本格的な異世界トリップとやらではなくて、本当によかったと思いますわ。
妙にリアリティーのある世界は、お断りです。面倒くさいので!
「え、あ……ああっ!」
窓を開けた瞬間、涼しいけれども、少々激しい風が舞い込んでまいりました。
そうしたら、書き物机の上に置かれた原稿がペラペラと、風を受けて何枚か舞い上がってしまい……そのまま、窓の外へと飛んで行ってしまいましたわ。
まあ、大事な原稿だというのに!
なんてことでしょう!
あたくしの大手サークルへの夢が飛んで行ってしまうだなんて!
だいたい、どうして、羊皮紙ではなく紙なのですか。時代が違うでしょうに。
妙な設定ユルユル感に、いよいよ腹が立って参りましたわ。
それとも、どうしても、あたくしに恋愛をさせたいのかしら? 冗談じゃなくてよ。
あたくしは、下手をすれば黒歴史になり兼ねない原稿を追って、庭へ下りて行きました。
「マリアンヌ様、いかがなさいましたか?」
ヤンデレ執事キャラのリヒャルトが、不思議そうに駆け寄ってきます。
でも、それどころではありませんの。
「あなたのお相手をしている暇はないと言ったでしょう。お下がりなさい!」
「御意にございます」
ピシャリと言い放ってやると、リヒャルトは背筋をピンッと立てて静止した。
なんだか、いつもクラスで周りをウロチョロする根暗どもと同じような反応だと感じましたが、気にしませんわ。
先を急ぐことに致します。
「ああ、ありましたわ」
庭の片隅。薔薇園の辺りで原稿の一枚を見つけて、あたくしは安堵いたしました。
黒歴史、ではなく、大手サークルへの夢を賭けた原稿を回収し、辺りを見回します。
恐らく、あと二枚あるはずです。
「これは……!」
すると、薔薇園の向こう側から、殿方の声が聞こえました。
あたくしは、嫌な予感がして、急いでそちらへ駆けていきます。
設定ペラペラファンタジーのくせに、ドレスが重くて歩きにくいのがムカつきますわ。
「これは……この絵は、トレビアンだよ! 見たこともない!」
薔薇の花弁が舞う園で、一人絶賛の言葉を口にする殿方の顔を、あたくしは知っておりました。
歌姫であるヒロインを絶賛し、パトロンとなる攻略対象アルバート様ではありませんか。
芸術を愛する伯爵という設定を携え、いつも周囲を薔薇の花が飛んでいる変人キャラですわ。
自らも絵をお描きになるのだけれど、ファンの間でつけられた愛称は「画伯(笑)」。
もうお察し頂けると思いますが、とても馬鹿にされ……いえ、ファンから愛されている和みキャラですの。
「ここで、なにをしていまして?」
そういえば、ここはあたくしマリアンヌ令嬢の庭だというのに、どうしてヒロインのパトロンキャラがいるのでしょう。
あたくしは厳しく言い放ち、アルバート様を睨みつけます。
「それは、あたくしの原稿ですわ。返して頂けますこと?」
「なんということだ。マリアンヌ嬢、この絵は貴女が描いたのですか? エクセレントだ!」
アルバート様は、あたくしの原稿を指差して、興奮しているようでした。
周囲では、さっきよりも薔薇の花弁が舞い上がり、キラキラと天上から意味のわからない光まで射し込んでおりました。
リアル世界で薔薇の花弁が下から上へと舞い上がる様子を見たことがないので、このゲーム世界では、重力までユルユルのようですわね。
入り込んでみて気がついたけれど、薄っぺらい上に粗の目立つ世界ですこと。
「この絵を、ボクに売ってくれないか?」
アルバート様が頬を紅潮させながら、あたくしの手を掴みます。
その気迫に押されて、あたくしは呆然としてしまいました。
「貴女の絵は素晴らしいよ、マリアンヌ嬢。斬新だ! 絵が駒割されている上に、台詞まで書き込まれていて、見る者を虜にする要素がある! しかも、この忠実に再現された人物の写実性!」
なんだかわかりませんが、大絶賛されているようですわ。
ゲーム中でヒロインの歌を絶賛していたときのセリフと、大変似た言い回しなのが気になりますが。
「でも、その原稿は即売会に……」
「いくらなら、売ってくれるね? ああ、本当にこの絵と出会えてよかったよ。彼の言う通り、ここに立っていて良かった!」
アルバート様が顔を間近に迫らせながら、目をキラキラ輝かせていました。
お世辞ではなく、本当に目の中に星が描き込まれていましたわ。どういう原理なのかしら。
「ボクと組まないか。ボクなら、君を一流の画家として売り出してあげられるよ!」
あら、このセリフもヒロインに向けられたものと、そっくり。少し改変しているだけですわ。キャラクター造形まで、薄っぺらくいらっしゃるのね。
けれども、あたくしは少しの間、思案致しました。
そして、この都合の良さそうな画伯(笑)キャラを利用してみても、良いのではないかと考えましたの。
† † † † † † †
「素晴らしい……そのうえ、面白い!」
「まあ、なんて素敵な絵なのかしら」
「わたしのサイード様が、こんなに魅力的に描かれているなんて」
モブキャラがそれぞれに賛辞を述べる様子に、あたくしは高笑いを禁じ得ませんでした。
リアル世界では中堅サークル止まりでしたが、この世界では、あたくしこそが至高。
ある意味、大手への道を手に入れたと言っても過言ではありませんわ。
あたくしは、画伯(笑)キャラであり、パトロンのアルバート様のお力で、自分の絵を世に出すことに成功致しましたの。
巷では、あたくしの描いた同人誌が広く読まれ、王宮ではカラーの肖像画が飛ぶように売れましたわ。
なんでも、とても写実的なのに魅力的なんだとか。
おまけに、ストーリー性もあると評判ですわ。
二次元キャラを二次元に書き起こし、それにちょっとした話の流れをつけているだけですのに、なんと単純なのでしょう。
同人誌界では特に珍しくもない内容の本が、ここでは飛ぶように売れるだなんて。
世界観の薄っぺらさも、たまには良いことあるのですわね。
社交界では、専らヒロインの歌が重用されて賞賛されていたというのに、今では、あたくしの話題で持ち切りですわ。
あたくしの時代がきましたのよ!
「マリアンヌ様、ティータイムに致しませんか?」
「あなたには用がありませんわ。そこへ置いてちょうだい」
あたくしは、リヒャルトに唆されてお茶の最中に喉を焼かれるフラグをボキリと折りつつ、書き物机に向かいましたわ。
実際、そのような報復フラグがなくとも、執事とお茶に興じる時間など、ございません。
今や、あたくしは売れっ子画家ですもの。
原稿の依頼が飛ぶように舞い込み、それどころではないのですわ。
好きなゲームの世界で、好きなキャラの同人誌を描き、面白いくらいに評価される。
こんな環境、他にはございませんもの。
それに、あたくしは、なんと言っても絶世の美貌を持っておりますわ。手に入らないものなんて、なにもないでしょう。
あたくしの悪役令嬢ライフは順調且つ順風満帆。
「おーっほっほっほっ!」
高笑いを抑えきれず、あたくしは声の限り笑うのですわ。
† † † † † † †
私は恭しく腰を折り、マリアンヌ様の部屋を退室致しました。
漆黒の燕尾服が上品な絹の擦れる音を立て、翻ります。
この屋敷の品は何もかもが最高級にして、最上。全てが、美しい令嬢を引き立てる最高のディティールなのでございます。
勿論、この私、リヒャルトも最高の執事でなくてはなりません。
近頃、マリアンヌ様は絵画にご執心のようで、私は勿論、あまり外部の人間と接することがなくなりました。
しかし、それはそれで好都合であると、私は考えるのであります。
「また貴方ですか、サイード卿。マリアンヌ様はお忙しいのです。お引き取りください」
私は冷たい声で言い、屋敷を訪れていた黒騎士サイード卿を睨みました。
だが、サイード卿は優しそうな表情を浮かべて、艶やかで光沢のある黒髪を掻きあげます。
「そこを退いて頂けますか、執事君……斬り殺されても、文句は言えんぞ?」
優しい、と見せかけて、明らかな殺意を向けて来る目の前の騎士は、二重人格キャラと言うところでしょうか。
急に俺様仕様になるとは、リアルでは変人の域でしょうね。
「まったく、貴方も面倒くさいキャラになってしまいましたね」
私は同情の意も込めつつ、サイード卿――に乗り移ってしまった元クラスメイト坂下を見据えました。
「うるさいぞ、山口。俺は期待したのだ……マリアンヌ、いや、陽子は確かに、俺のキャラを嫁にしていたはずだ。それなのに、何故会いに来ない。それどころか、フラグすら立たん。おかしいだろう」
「そう言われましても。私だって、執事キャラなのに、報復フラグを恐れて遠ざけられておりますし」
私は肩を竦めて、ため息を吐きます。
私の知る限り、マリアンヌ様とサイード卿は乙女ゲーム内に入り込んでしまったリアル世界の人物。
つまり、リアルクラスメイトなのです。
マリアンヌ様は気がついていないようようですが、私=山口も、サイード=坂下も、知り合い。
クラスメイト時代は、よくアニメやゲームについて語らいました。
いわゆる、マリアンヌ様は「オタサーの姫」であらせられたので、私たちも取り巻きのように囲んでいたことを思い出します。
もしかすると、他のキャラも実はクラスメイトの誰かなのかもしれません。
私のキャラの行動範囲では、知ることが出来なくて残念ではありますが。
「何故だ、マリアンヌ。何故、俺のところに来てくれないのだ。俺の行動範囲では、自室まで行けないではないか」
「それは、貴方が最初に勘違いして、マリアンヌ様ではなく、ヒロインに手を出したからでは?」
「いや、それはそうなのだが……名前が陽子だったから、間違えたのだ」
「腹黒の次は、ドジキャラ開拓ですか。しかし、マリアンヌ様に見られなければ、意味はありませんね」
「黙れ、執事のくせに」
私は山口であった頃の自分など忘れて、慇懃な動作で腰を折り、したたかな笑みを浮かべた。
そして、サイード卿、もとい、元坂下に帰るよう促す。
「お帰りください」
絵画に執心のマリアンヌ様の牙城を崩せるのは、行動範囲に彼女の自室が入る、この私だけ。
そのためにアルバート卿を屋敷の庭に招き入れ、タイミングを計ったようにマリアンヌ様の原稿を飛ばしたのですから。
マリアンヌ様は風で飛んだと思っているようですが、実は糸をつけて細工を施しておりました。
メイドに持って来させたと思っていた紙とペンは、私が調達したものでございましたからね。
クラスメイト時代は引き籠りたがるマリアンヌ様でした。
同人誌が売れて執心するようになれば、ヒッキー路線まっしぐらとなるのは、目に見えておりました。
「虫唾が走る、このヤンデレ執事が」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
私は優美な動作で一礼し、マリアンヌ様の執事に相応しい妖艶な微笑を浮かべるのです。
私は根暗オタクの一人ではなく、マリアンヌ様の愛するゲームの一員となったのですから。
それなりの振舞いをしなくてはなりません。
さて、マリアンヌ様に相応しい高級茶葉を手に入れましたので、差し入れの準備を致しましょう。
まだまだ時間はございます。
悪役令嬢様は、私だけのヒロインとなっていただくのです。
《完》
こんなの悪役令嬢じゃない! なんだこれ、クソツマンネ!
ごもっともでございます。酷い誹謗中傷ではない限り、真摯に受け止めます。
悪役令嬢物は数えるほども読んでおりません。乙女ゲームも昔齧った程度ですw
予備知識が何一つないまま、「わたしも悪役令嬢物書いてみたい、楽しそう!」と思い、イメージのみで書きました。
邪道なのか正統派なのかテンプレなのかもよくわかりませんが、書いていて楽しかったです。当初はもっと短い掌編のつもりでしたので、思いのほか長くなって驚いております。
最後までお読み頂いた方には、感謝の意を述べます。
気が向いたら続き……書ける気がしない(笑)
メタ要素も入っていますので、もしも、気が向いたら勉強してから出直しましょう。