第81話 情報漏洩
「芋掘り、ッスか……毎度の事ながら、波乱万丈と言うか混沌としたプレイスタイルッスねぇ」
「好きで波乱万丈をやってんじゃないんだけどなぁ」
日付は変わって、翌日の昼休憩。
遠金とゲーム内近況報告会の真っ最中である。
結局、昨日は上半身どころか全身――どうやらホッパー・ペッパーの集まっていた場所に倒れ込んだだらしい――に満遍無く散弾のシャワーを浴びしまい、マスターに「流石サイボーグ」なんぞと感心されてしまった。
そのまま近くのバス停がある村まで輸送機で送ってもらい、宿屋で一泊する事に成功していた。
現実に戻ってきたのは日付が変わる少し前だったろうか。
お陰で今日の身体が重い事重い事。
仕事に差し支えは出ていないが、動きにキレの無いのが自他共に丸判りだった。
年は取りたくないもんだ。
「あのジュース、意外と愛好者が多いんスよねぇ。レシピと採取場所が判明したのは結構デカいかも知れないッスよ?」
「確かにアレは慣れると癖になるってぇのは解かる。
だが、作り方くらい誰かがとっくの昔に調べてるんじゃないのか?」
「それが今のところ未だ出回って無いんスよ、レシピ。採取場所が見付かってないのが一番デカい理由なんスけどね。オ・レンヂ芋も市場には出て来ないッスし」
「え、そうなのか?」
「ッス。オ・レンヂジュースは食料品店に行けば買えるんスけど、芋を売ってるのは見た事が無いッスねぇ」
「まあ、あのサイズじゃあなぁ……」
遠金の話に長さ1メートルはある太めのサンドバックを彷彿とさせたオ・レンヂ芋が荷台を埋めている姿を思い出した。丸太の様な芋が山と積み上げられている市場とか、ただの迷惑としか考えられないな。
オ・レンヂ芋自体は需要はそれなりにあるみたいだが、一般家庭であのサイズを料理するのは無理だろう。
「で、白森さん、どうするんス?」
「取り敢えずは土日でフォーチュン近辺の村まで移動する。月曜にバスでフォーチュンに入って、火曜はログインと同時に宇宙へ向けて軌道エレベーターでGO! の予定だ」
「そっちはそれで大丈夫だと思うッスけど、オ・レンヂ芋の情報を公開するかどうか、ッス」
平安時代の昔話も吃驚な芋市場の様子を妄想している間に、遠金との話題の路線に若干の食い違いが発生していたらしい。おのれ、オ・レンヂ芋め。
「いや、それじゃただの八つ当たりッス」
「良いじゃねぇか、それくらい。
情報を公開するのは構わんが、俺はそう言うのをやった事が無いんだが……。
何処へ何をどうすれば良いのか、よく解からん」
「……じゃあ、この機会に一回やってみると良いッスよ。後で掲示板のアドレスをメールするッスから、帰ってから白森さんが公開したい内容を纏めて書き込んで欲しいッス」
俺のメールアドレスは遠金に教えてはいないのだが、ゲーム内で受け取ったメールを普段使っているメールアドレスへ転送するサービスがあるので、この機会にとサービスを利用する事になってしまった。
「判った。やってみよう。
で、そっちはどうなんだ?」
それはそれとして彼等の方の状況を聞いてみると、俺とは裏腹にクエストは問題無く進行しており、新マップへ移動する為の通行許可証は今週中に入手出来るらしい。
入手後は、新マップである他星系への移動用施設の建設資材を運搬するクエストを受けて新マップ開放と同時に繰り出す予定だとか。
良いなぁ、順調で……。
――――――――――――――――――――
そして今週のお仕事も問題無く終了し、休日出勤の無い平穏な週末が訪れた。
俺もいつも通り帰宅してゲームにログイン――するのはお休みして、晩飯は外食と洒落込む事にした。盗賊酒場のマスターのお陰で無理をしなくても予定通りにクエストを進める目途が立っており、気が大きくなっているのだ。
帰り道にあるラーメン屋でビールに餃子と回鍋肉、締めのラーメンまで堪能して、ほろ酔いの良い気分でスーパーへ突入する。そろそろ買い置きが無くなりそうな物と取り敢えず明日の食事の材料を手当たり次第に買い込み、家に辿り着いたのは21時頃だった。
上機嫌のまま買って来た食材を冷蔵庫へ放り込み、風呂に湯を張り始めたところで、遠金から昼に頼まれていた件を思い出した。
「あー、そう言えば書き込んでみるって言っちまったんだよなぁ……」
ぼやきながらパソコンを起動して遠金からのメールを確認する。あの時に言っていた掲示板のアドレスと書き込む際の注意事項が纏められていた。こう言う事をやらせるときっちり良い仕事をしてくる辺り流石である。
「さて、先ずはアドレスの掲示板へ行ってみるか……」
メールのリンクをクリックして移動してみると、「【ウンディーネを】食材&レシピ探索部 18【食い尽せ】」と言う、如何にもなタイトルの掲示板が表示された。
ざっと流し読んでみれば、俺も知っているアーマード・フォックスやポップン・ラビット、他にもドリル・キャロットだのアーマード・レックス等の知らない食材のレシピと実際に料理して食べた感想が雑談や罵詈雑言と混ぜ合わされた、混沌空間が広がっていた。
「しっかし、こいつ等、他人の悪口を書き込まなきゃ生きていけないのかねぇ」
こんな掲示板に書き込むのは正直、面倒臭いのだが、約束してしまった以上は是非も無い。
俺がアルコールでほわわんとした脳みそを駆使して掲示板に書き込み終わった頃、丁度、風呂の準備が出来た。
そのまま風呂へ入り、酔いと疲れをゆっくりと癒す。
2時間ちょっとの長尻のついでに浴槽の掃除も済ませて風呂から上がった俺は、冷蔵庫の烏龍茶を飲み干して時計に目をやった。日付が変わるまで後30分を切っている。
「今日はログインせずに、このまま寝るか」
俺は窓を開けて、夜気を部屋の中へ呼び込んだ。閉めたままだと暑さが気になるがクーラーを使うには未だちょっと早い、微妙な季節なのだ。
掲示板への書き込みを終わらせた充実感を満喫しながら、俺は布団の中から夢の世界へとログインしていった。
――――――――――――――――――――
明けて土曜日の朝。明日からは崩れると予報されている天気も、今は快晴で洗濯日和である。
爽快な気分で目覚めた俺は、朝食の準備を始めた。
ケチャップを塗りたくった食パンに適当に切ったベーコンとピザ用チーズを敷き詰め、薄い輪切りにしたピーマンを幾つか散らす。それを二つ作ってからオーブンモードにしたレンジに放り込んでスイッチを入れる。
沸かしておいた湯で普段はインスタントのところをペーパードリップでコーヒーを淹れ、葉物野菜を適当に千切ってマヨネーズをトッピング。
チーズが程良く蕩けて焦げ目が付いてきた辺りで、ピザトーストをレンジから取り出して皿に載せる。
「ふむ。丁度良い焼き加減だな」
自画自賛しながら料理をテーブルに並べ、冷蔵庫からタバスコとアロエヨーグルトを出して来る。
これで「休日用ちょっと贅沢なモーニングセット」の完成である。
ラジオのクラシック番組なんぞを優雅に垂れ流しながら、熱々のピザトーストに齧り付く。うん、美味い。
サラダを租借しながら傍らのタブレットに表示されている朝のニュースをチェックしていると、遠金からメールが届いているのに気が付いた。昨夜、俺が寝た後に送ってくれたのだろう。
タイトルからして昨日掲示板に書き込んだ内容についてのメールらしい。
「書き込みに対するお礼かな?
あいつも律義だねぇ」
のほほんとメールの本文を開いてみると、そこに書かれていたのは、投稿内容から書き込んだのが俺である事とログアウトした場所が特定されてしまい、現在、宿の周囲に「賞金首包囲網」が形成されている、との警告だった。
顔面から血の気が抜け落ちるのが解かってしまった。
「『情報そのものの書き込みは、あんな物で十分ですが、芋掘りに行く経緯やその後の行動について詳しく書きすぎです。もう少しぼかすか、いっそ、省いても問題は無かったと思います。』、か……ちょっと調子に乗っちまってたかぁ」
遠金からのメールには、宿泊施設にPCが出現した事だけなら確認出来る装備があるが、それが俺であると判別するにはログイン状況を確認し合えるフレンドだけなので、慌てる必要は無い。下手に慌てて部屋から出ると襲撃者と鉢合わせる可能性があるから注意する様に、とのアドバイスも添えてあった。
更には「対策としては、ログインと同時に例の変装キットで姿を変えて、気付かれずに包囲網を突破する方法が一番手堅いでしょう。」とも書いてある。
うん、この作戦を使わせて貰おう。
俺は焦り過ぎて不整脈気味になっている心臓を落ち着かせる為に、中断していた食事を再開した。
食べ終わったら洗濯と掃除をしようそうしよう。
そして昼飯を食べて心に平安が戻ってきてから、ログインするんだ――
俺は固まりかけた脳みそを必死に動かして、今日の予定を立てるのだった。
――――――――――――――――――――
午前中は予定通りに過ごして、良い頃合いになったので昼食を作る。
今日の昼はざる蕎麦である。蕎麦を茹でて水で締め、薬味は大根おろしのみ。これが楽な上にあっさりして美味いので、家で蕎麦を食べる時は大抵これにしている。時として大根がいがらい場合もあるが、それが山葵代わりのアクセントになって良いのだ。
食べた後の蕎麦汁を残しておいた蕎麦湯で薄めて飲んで一服し、それから食器を洗って片付ける。
今日も美味しゅうございました。
片付けも終了し、いよいよゲーム再開だ。
生唾を飲み込みながらパソコンを起動して、VRコネクターを被る。
見慣れたログイン画面が白く染まり、薄暗く狭い箱の中で目が覚めた。
メニューからフレンド登録者のログイン状況を確認するとヤーウィ達3人だけがログインしている。元気だなぁ……。
現在届いているメールは遠金からの2件のみ。どちらも既に現実で読んだ物だ。
「さて、どうなる事やら……」
メンテナンスポッドから静かに、そろりそろりと出て周囲を見回す。部屋の中に侵入者が居る気配は無い。
思い付いて拡張能力を起動してみると、3階建ての宿の周囲を10人程が囲んでいた。2階にあるこの部屋のドアの前に二人。3階に居た二人が小走りで合流しようとしている。
1階の食堂に33人居るが、全員が襲撃者とは限らないだろう。ゲーム内時間では丁度昼飯時だ。近所の住人や無関係の旅行者が殆んどだと思いたい。
「判っているだけで14人か……」
ドアの前の4人に悟られない様、静かにメンテナンスポッドをアイテムボックスに片付けると、俺は変装キットに手を伸ばし――
「!?」
――その時、ドアの鍵穴から微かな金属音が漏れる。
ワンテンポ遅れてドアが蹴り開けられ、突撃銃を構えた二人が勢い良く雪崩れ込んで来た。




