第80話 芋掘り
出来るだけ急いで――流石に一気は無理だった――ジョッキを飲み乾すと、俺は他の客達の声援を背に受けながら席を立った。
スイングドアを開けて外へ出て、言われた通りに店の裏手へ回ると、使い込まれた頑丈そうな垂直離着陸機が震えながら蹲っていた。ずんぐりとした形状と大きさからして輸送用と思われる――間違っても戦闘用ではないだろう――機体から漏れるエンジン音は、見た目よりもか細い。
横っ腹に開いている搭乗口から乗り込むと同時に扉が閉じた。同時に床の震動が大きくなっていくが、よろける程ではない。
10トントラックの荷台二つ分程はありそうな貨物室が、薄暗い室内灯の下に浮かび上がる。隅に荷台付きの耕運機が固定されていた。
生憎、貨物機に乗った事が無いので、このスペースが広いのか狭いのかは判らない。
『別にそこに居ても良いが、操縦室に来れば椅子があるぞ』
窓一つ無い殺風景な空間をキョロキョロと眺めていたら、スピーカーからマスターの声が聞こえてきた。
お言葉に甘えて前方にあるドアから操縦室へ入ると、前方の窓には昼下がりの空だけが広がっていた。既に離陸して目的地を目指しているらしい。
「目的地は、店から千キロ程の場所にある。予定飛行時間は30分だ。
無事に収穫が済んだら近くのバス停まで送ってやろう。そこからフォーチュンまで、乗り換えの接続次第だが二日もあれば行けるだろう」
「有り難うございます」
隣の副操縦士席に取り敢えず座る俺を横目で確認して、マスターが行程を簡単に説明してくれた。上手くいけば、土曜日にはフォーチュンへ到着出来そうだ。
思わず安堵の混じった返事に、マスターの口角が僅かに持ち上がる。だがそれも一瞬で、すぐに何時もの無表情に戻った。そしてこの後待ち受けているであろう事について改めて口を開く。
「安心するのは未だ早い。今、向かっている畑は暫らく放っておいた所だ。収穫は面倒な事になるだろう」
「ええと……雑草が邪魔でオ・レンヂ芋を掘れない、って事でしょうか?」
「いや、ちょっと違う。
雑草は生えているだろうが、それで収穫が面倒になる訳ではない」
「では、何が面倒なんです?」
「跳び山椒だ」
「ホットペッパー?」
「ホッパー・ペッパー。虫の名前だ。
これ位の――と、俺に向けて5センチメートル程に指を広げて見せた――黒っぽい虫で、背中に小さな瘤と言うか、粒がある。
オ・レンヂ芋の葉の下に隠れているんだが、気付かずに近付くと跳び上がって瘤を周囲に飛ばしてくる。直撃されても死にはしないが、無傷と言う訳にもいかないだろう」
「え、え~と……」
つまり、天然の対人地雷を避けながら芋掘りをしなければならない、と?
「因みに、この瘤を摩り下ろしたオ・レンヂ芋と一緒に煮るとオ・レンヂジュースになる」
「……散らばった瘤だか粒だかを拾い集めるんですか?」
「流石にそれは無理だ。
ホッパー・ペッパーが瘤を飛ばす前にレーザー銃で撃てば良い。実弾だと、タイミングによっては瘤を飛ばされる。
レーザー銃は持っているな?」
「はい」
先ずホッパー・ペッパーとやらを畑から一掃して、その後で芋掘りをする必要があるのか。
今日中に終わるのか、これ……?
――――――――――――――――――――
そこはかとない不安感に苛まれながらマスターの話を聞いている内に、目的地へ到着した。林の中に広く開けている広場で、ここへ輸送機を置いて畑へは耕運機で向かうらしい。
貨物室から耕運機を降ろし、言われなければそうとは気付けない草の生い茂った獣道を15分程走る。この道は林に隣接する湖から少し離れたところを岸に沿って伸びていた。
荷台でガタゴトと揺られながら、広葉樹の幹の隙間の向こうに広がる湖の更に奥に横たわる濃緑色の帯を見るともなしに眺める。あの帯が畑らしい。
「畑」とは言っても実際は野生のオ・レンヂ芋が蔓延っているただの平地で、マスターが土地を所有している訳ではないのだそうだ。
なので、運が悪ければ先客が収穫した後なんて事もあるらしいが、似た様な「畑」はあちらこちらにあるので、その時は収穫場所を移るのだとか。
「先程、空から確認したが、今回は誰も手を付けていない様だった! 二度手間にはならないだろう!」
「助かります!」
耕運機の走行音に掻き消されない声で荷台からマスターに返事しつつ、帯がだだっ広い「畑」へと変わっていく様子を眺める。かなり広そうだ。本当に今日中に終わるのか、下手すれば徹夜の可能性まで考える必要がありそうに見える。
「完徹になったら目も当てられんな……」
エンジン音に紛らせて呟き、取り敢えず覚悟だけは完了した辺りで畑に辿り着いた。
2キロメートル四方はありそうなだだっ広い平地に、濃緑色のサツマイモに似た葉が一面に蔓延っている。ただ、そのサイズが、どう見ても地球産サツマイモの5倍以上はあった。地下茎の方もそれなりのサイズと考えるべきだろう。
ホッパー・ペッパー退治の手間と掘り出す手間、および畑の面積に思いを馳せて、俺は天を仰いだ。ああ、青い空を白い雲が駆けて行くのが見える。良い天気だなぁ。
「別に、この畑全部を掘り返す訳じゃない。荷台に収まるだけで十分だ」
現実逃避していた俺に声を掛けながらマスターは耕運機からスコープ付きのライフルを取り出し、畑から20メートル程離れた所で腹這いになった。どうやらここからオ・レンヂ芋の葉の下に隠れているホッパー・ペッパーを狙撃するらしい。
マスターの言葉で我に返った俺も、パピヨンを装備しながら隣で腹這いになる。
「出力は通常の四分の一もあれば良い。出来るだけ地面と平行に撃って、芋に当てない様に気を付けてくれ」
「はい」
「狙うのは端から10メートル程の間に居る奴だけだ。そいつ等を一通り片付けたら芋掘りに移る」
「はい」
「始めるぞ」
開始の言葉と同時にライフルからピンク色のレーザーが伸び、地面を覆うオ・レンヂ芋の葉の下に吸い込まれる。少し奥の辺りで小さく光ったのはホッパー・ペッパーに命中してガラス片が散ったからだろう。
流石慣れていらっしゃる。
「さて、こちらも始めますか」
俺は呟きながら、構えたパピヨンを畑へ向けた。視界にウィンドウが現れ、パピヨンの照星から見える光景が拡大されて映る。
ウィンドウに描かれている照準を背中が瘤だらけのコオロギっぽい虫に合わせる。
マスターの言葉通りに出力を弱めて、撃つ。
ウィンドウの中のホッパー・ペッパーがガラス片に変わり、乱反射しながら散っていった。後には焦げ茶色の粒がぎっしりと詰まった瓶が一つ、地面に転がっている。あれがホッパー・ペッパーのドロップアイテムなのだろう。
「その調子だ」
「はい」
マスターからのお褒めの言葉に浮かれながら次の獲物を探して狙撃していく。
それを黙々と30分程続けて、二人で百匹くらいは倒したと思われる頃にマスターから撃ち方止めの指示が出た。これで幅10メートル、奥行き1メートル程の範囲に居たホッパー・ペッパーは、ほぼ掃討出来た筈だ。
「芋を掘り出しに行く。ホッパー・ペッパーが残っている可能性がある。耐衝撃装備を着ておけ」
言いながらマスターはライフルを脇に置いて、アイスホッケーのプロテクターみたいな物を身に着け始めた。ヘルメットは金属とガラスで頭部を隙間無く覆うタイプで、なるほどこれなら散弾を喰らっても大丈夫だろうと思える。
俺もパピヨンを仕舞いながら立ち上がった。万が一喰らったとしても、着ているセーラー服はボロボロになるだろうが、身体の方には問題無い筈である。
「僕はこれで大丈夫です」
「……そうか。そう言えばサイボーグだったな」
ヘルメット越しに俺の恰好を眺めたマスターは、そのまま畑へと歩いて行った。俺も急いで後を追い、並んで畑の端に到着する。
それぞれ手近な蔓を握りしめ、ゆっくりと後ろへ退いてくと、地中からパステルピンクのラグビーボールが引き摺り出されてきた。あれがオ・レンヂ芋なのだろう。そのまま、文字通り芋蔓式にオ・レンヂ芋を掘り出していく。大は長さ1メートル前後から小はラグビーボールサイズまで、20個ばかりのオ・レンヂ芋が収穫された。
「ほう。そちらも中々の大きさだな」
マスターの声の方を見ると、俺のと大して変わらないサイズと数が蔓に繋がっていた。
「こんなに大きなものなんですか?」
「普段よりも大き目だな。ここに来るのは久し振りだったから大きく育ったんだろう」
「なるほど」
蔓に繋がったままのオ・レンヂ芋を耕運機の傍まで引っ張ってから、俺達は畑の端へと戻った。
「済まないが、芋を掘り出すのを頼めるか?
俺はホッパー・ペッパーの瘤を回収する」
「判りました」
力仕事を俺に任せて、自分は被害を受ける可能性がある仕事を選んだのだろう。
例え逆の仕事になっても俺の方は大したダメージにはならないだろうから、どちらを割り振られても問題は無い。
マスターはそのままホッパー・ペッパーのドロップであるガラス瓶を探して集め、俺は次の蔓を引っ張り始めた。地球産とは色も大きさも違う芋が20個程、地面から引っ張り出される。
そうして10本目に手を掛けたところで、マスターから声が掛かった。
「こちらの方は終わった。そちらも今、手にしている奴で終わりにしよう」
「判りました――とっとっと……」
これが最後の1本と念入りに力を籠めたら、芋の手前で蔓が切れた。バランスを崩してふらついた挙句、俺は芋の葉の海に倒れ込んでしまった。確か、この辺りまではホッパー・ペッパーの掃討をしていなかった気がする。
「痛ぅ……」
土にめり込んだ顔を上げると、目の前の蔓の根元に茶色い瘤の塊が一つ、二つ、三つ……
「拙――」
次の瞬間、焦げ茶色の塊から散弾が視界一杯に襲い掛かってきた。




