第8話 酷い闘い
今回、差別的な表現が多数使われております。
一応自主規制は入れておりますが、不快感を覚えられた方にはお詫び申し上げます。
「君が……ケイルか?」
「はい――危ない!!」
俺の質問に、少女は頷き――俺の背後に気付いて声を上げた。だがそれを聞いた俺は、彼女の声を活かす事が出来なかった。背中から脇腹にかけて焼け付く様な痛みが走る。モスキートが手から落ちた。
「ふう……勝手に、私の恋人を連れて行かれても……困りますねぇ……」
振り向くと、誘拐犯――キャリソンが息を切らしながら起き上がっていた。その手にはレーザー銃が握られている。
手加減無しで蹴り上げたつもりだったが、あいつがタフなのか、それとも俺の蹴り方が足りなかったのか……
『今回の場合ですと、御主人様の蹴り方が悪かったのではなく、STRの値が低かった為に相応のダメージを与えられていなかった事が原因となります!』
『解説、サンキュー』
どうやら俺の力不足だったらしい……パラメータ的な意味で。
銃を俺に向けたまま、キャリソンがケイルの方へじりじりと近付いて来る。俺は奴の進路に身体を割り込ませた。
「邪魔、しないで下さい。私と彼の逃避行を……」
「……は?」
「彼と、私は……駆け落ちするんです……」
「ちょっと待てオッサン!」
「オッサンとは何ですか! 貴方の方が、私より年寄りですよ!」
遺憾ながら、それは認めるが――
「良いか、駆け落ちってのは愛し合った男女の逃避行なんだぞ? お前は誰とやるつもりなんだ?」
「勿論貴方が誘拐しようとしている彼ですよ。御覧なさい。貴方のせいで、あんなに震えているじゃないですか」
……何処から突っ込めば良いんだろうか?
「○○かYO!!」
「その言葉は性的マイノリティに対するヘイトスピーチです!」
「五月蝿ぇ! この○○野郎! 大体、男と女の区別もつかんのか!? 俺の後ろでお前に怯えてるのは女の子だぞ!」
「嘘ですッ!!! こんな可愛い子が女の筈がありません!」
「五月蝿いよ○○親父! ボクは女だ!」
「そんな嘘を吐いてどうするんです! 貴方を愛しているのは私だけなんですよ!」
「勝手に決め付けるな! ○○野郎! お前みたいなのが学校の先生だったら最悪だよ!」
「キィーーッ!! あの時私の事を愛してるって言った貴方は何処にいったんですか!?」
「誰もそんな事言ってないし! 勝手に話を作るなよ、○○専○○○ー!」
「あんなに私に愛を囁いておきながら……もう許しませんよ!」
「妄想の中に生きてるんなら、妄想から出て来んなよ、○○○!」
「きぃぃーーッ! お父様にも言われた事なかったのに!」
……駄目だこいつ、何とかしないと。
「あー、その辺で止めておけ、キャリソン」
「な……何で私の名前を知ってるんですかっ!?」
知られていないつもりの自分の名前が急に呼ばれた事で、キャリソンは狼狽している。どうやら正体をばらさずに犯行を終えられると思い込んでいたらしい。仕方ない、教えてやるか。
俺はクエストのインフォメーションを開いて、そこに書かれている情報を教えてやった。
「警察に指名手配されてるんだよ、お前は。
名前はフリードリヒ・キャリソン。29歳。軌道エレベーターのミドル・エリア、ウェスト・ゾーンに在住。職業……小学校教師ぃ?」
「マジかよ!? こんな○○○に教えられてる生徒が可哀想だよ!」
「全くだ。で、反抗の動機は――」
「恋人が女作って出て行ったんで、自棄起こしたって。さっき、この○○、そう言ってた」
「何て言うか……色々アレ過ぎるな。一生関わり合いたくなかったぜ」
「仕方ないんです! あの時はフレデリックが居ない世界なんて考えられなかったんです! それと○○って言わないで下さい! それもヘイトスピーチです!」
「聞きたくもないが、フレデリックって?」
「恋人です! あ……い、今は貴方だけですよ?」
「五月蝿いよ○○!」
何と言うか、あまりにも自己中心的過ぎる……誰だよ、こんなアホな設定の犯罪者NPC考えたのは。
「お願いです。もう私には貴方しか居ないんです」
「知らないよ! 勝手に恋人にすんな○○野郎!」
ともあれ、キャリソンの注意はケイルに向いている。
俺は奴が銃を持っている手の甲を殴りつけた。急な衝撃で銃が奴の手から落ちるのを確認して、腹に添えた拳からタイガー・キャノン――と自称するただのパンチ――を打ち込む。腰が砕けて尻餅をついたところへ渾身のミドルシュート!
「ッ!?」
“運悪く”股間中央に突き刺さった俺の蹴りで、奴は悲鳴を上げる間も無く白目を剥いた。
ケイルとスプーンが悲痛そうな眼差しを奴に向けている間に、俺のモスキートと奴の銃を拾い上げて回収しておく。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
キャリソンの様子を気にしながら、ケイルに近付いて縛っている紐を解こうと試みる。だが、この紐は彼女に巻きついているだけで、結ばれていなかった。何か特殊な金属で作られているらしく、力を込めて引っ張っても巻きついた形状から変形させる事が出来ない。
『これは園芸や日曜大工等で使われる結束具ですね。紐よりも簡単に括ったり解いたりが出来る上に、一度固定すると人の力では変形させられません。因みに、ここで使われている長さ1メートルの物で10クレジットです』
『売ってんのかよ! しかも結構高いな! どうやって解くんだ?』
『どちらかの端にダイヤル式のスイッチがありませんか?』
言われて紐を良く見ると、片方の先端が少し太くなっている。その部分を捻る様に回すと、固まっていた紐が簡単に解けた。
ふらつくケイルを便器から降ろし、キャリソンの様子を見ながらトイレの外へ誘導する。
「どうして……ここが判ったの?」
「偶然、サウス・ゾーンの公園でカタン君と会ってね。そこで彼に君を助けるように依頼されたんだ」
助かった事を実感し始めたのか、表情が幾分落ち着いてきたケイルの質問に俺は答えた。預かっていたスニーの携帯端末と彼女が落としていたものとを一緒に渡してやる。
「ありがとう……」
スニーの遺品を見て落ち込んでいるケイルに何と声を掛けるべきか悩んで……結局、当たり障りの無い情報だけを伝える。
「カタン君が警察に連絡してくれたからね。もう直ぐ、ここにも到着する筈だ」
「そう、ですか……」
「……外で待っていよう」
「はい……」
落ち込む彼女をトイレの外へ出し、俺も出ようと――した時に、またもや背中に熱い痛みが突き刺さる。振り向くと、キャリソンがコンバットナイフを振りかぶっていた。刃がピンク色に光っている。こいつ、何でこんな物まで用意していたのか!
視界が薄赤色に明滅し始める。
『これはHPが残り三分の一を切った時に発生する視界エフェクトです!』
すかさずスプーンの解説が入る。
とにかくこれ以上ダメージを受ける前に倒さないと俺の方が危ないらしい。
「うぎいぃぃぃ!!」
「……手前ぇ、ホッケーマスクの方が似合ってる、ぜ!!」
悲鳴の様な雄叫びと共にナイフを振り下ろすキャリソンの手首を掴み押し返す。
更に力を込めて振り下ろそうとする奴と、それを防ぐ俺。
一進一退がミリ単位で続く攻防を暫らく続けたところで俺は押し返す力を急に弱めた。つんのめる様に降りてくるナイフの軌道を握る手ごと逸らして奴の左胸に向ける。一瞬何をされたのか理解出来ていなかった奴が自分の心臓を狙っているナイフを止めようと力を込め直すが、既に遅い。
奴が握ったままのナイフの柄を今度は俺が思いっきり押し込む。奴の胸板に触れていたナイフの切っ先は、そのまま胸に肋骨を焼き切りながらめり込んでいった。
「ッ!? ――かはっ」
言葉にならないものを吐き出しながら崩れ落ちるキャリソンを、壁に寄り掛かりながら見守る。
「ったく、手古摺らせやがって……どっちにしろ、手前はもうお縄だ、観念しやがれ。OK?」
「……そんな、見下される謂われは、あり、ませ――」
勘違いした否定を返しながら、蹲っていたキャリソンの体が硬質ガラス風のポリゴンに変質して砕け散った。
呆気に取られる俺に、スプーンが教えてくれる。
『これはPC、NPCを問わず、キャラクターが『死亡』した時に表れるエフェクトです』
『下手にスプラッタな演出をされるよりはマシだが……死体が消えたのを警察にはどう説明すれば良いんだ?』
『それは大丈夫です。ここでキャラクターが死亡した情報は暫らく残りますので、警察に弁明する必要はありません』
『そいつは助かる』
キャリソンにやられた傷の痛みを――現実で喰らうよりも非常に軽くはあるが――味わっている内に、視界の左上にあったクエストのタイムカウンターが残り2時間30分でストップしている事に気付いた。その下のインフォメーションにも『クエストをクリアしました!』とのメッセージが表示されている。それを見て気が抜けた俺は、壁にもたれたままズルズルと崩れ落ちて座り込んだ。
そして大きく息を吐き出して、スプーンに抗議してみる。
『NPCの名前にしろ、展開にしろ、このクエストのシナリオは酷過ぎるだろ……』
『まあ、何と申しますか……貴重な御意見として承っておきますです、はい』
『他人事かよ……ちゃんと運営に伝えとけよ』
『はい……どうやら、これはテスト中のランダムクエストですね』
『ランダムクエストって?』
『シナリオのテンプレートに固有名詞やパラメータをランダムに設定した、自動生成型のクエストです。今後のアップデートで導入予定とは聞いていましたが……まさか実地テストをやっているとは知りませんでした』
『だったら尚更しっかり運営に伝えてくれ。突っ込みどころしかないぞ、このシナリオ』
遠くから、警察のものと思われるサイレンの音が聞こえてきた。
――――――――――――――――――――
警察が到着するまでの間、ケイルは公衆トイレのすぐ側でへたり込んでいたらしい。「らしい」と言ったのは、俺は俺でトイレ内でへたり込んでいて、彼女に気を遣うだけの余裕が無かったからだ。壁が邪魔して姿も見えなかったしな。
そして、やっと警察が到着したのだが……
「何で俺が拘束されにゃならんのだ!?」
「ですから、評議会から貴方に対する告訴状が提出されているんです」
申し訳なさそうな表情で説明してくれている若い警察官に俺は食って掛かっていた。クエストとは言え、凶悪犯を負傷しながらも倒した――手配書の捕縛条件が生死不問になっていたのは僥倖だった――善意の一般市民を告訴、逮捕とは納得がいかない。
『ちなみに、評議会とは軌道エレベーターの管理組織フォーチュンの意思決定機関の事です!』
キャリソンとやりあっている間は、そのヘビー過ぎる展開に押され気味だったスプーンのテンションも元通りに高めで安定していた。結構な事だ。
そろそろログアウトしたいこちらとしては、テンションも応対もぞんざいになっているがな。
「何かの間違いじゃないのか? こっちにゃ、そんな事される憶えは――」
『もしかして倉庫街に入る時に破壊した扉の事ではないでしょうか!?』
スプーンが嫌な事を思い出させてくれた。そんな事もあったねぇ……。
言葉の止まった俺に、警察官が尋ねる。
「どうかされましたか?」
「いや……もしかして、その告訴状って……ここに来る途中にあったバリケードと言うか、検問と言うか――」
「ああ、搬入口ですね。ええと……はい、そうです。この告訴はA2搬入口の通用ドアのセキュリティシステムの破壊に対するものですね」
おうふ!? 何てこったい……
その後の熾烈を極めた交渉の末に、俺が手にした報酬は以下の通りである。
1.警察がキャリソンに懸けた懸賞金・・・・・・・・5万クレジット
2.ケイル、カタン、スニーの家族からの報酬・・合計3万クレジット
3.フォーチュン評議会への賠償・・・・・・・・・-5万クレジット
「――差し引き3万クレジットと、アイテムボックスに残っていたこいつら、か」
キャリソンから分捕ったレーザー銃とコンバットナイフを取り出してみる。
レーザー銃は俺が持っているのと同じモスキートだった。
そして、コンバットナイフの方は「HK0013」という型番だけで、商品名は無い様だ。
このクエストのお陰で、所持金が一気に7倍に増えてしまった。それだけなら美味しいイベントだったのだが……内容があまりにも酷すぎだ。そして今日もログアウト予定時間を大幅に超過してるじゃないか!
俺は大慌てで昨日宿泊したホテル・ヴァルロンに戻り、ログアウトしたのだった。
そこまで帰らなくても、公園から一番近いホテルへ行けば更に早くログアウト出来た事に気づいたのは、翌日の朝礼の真っ最中である。
4.展開の酷さに減ってしまったSAN値・・・・・・・プライスレス