第79話 三たび盗賊酒場にて
「……軌道エレベーター、かな?」
「サーウにゃん、大丈夫かにゃ?
ちゃんとエレベーターに乗れるかにゃ?」
俺の呟きに、ペトーが心配そうに聞いてきた。だが、声とは裏腹に口の端が持ち上がっている。
どうせ俺が失敗して捕まるのを期待しているのだろう。
「あらあら。
それでは、サーウッドさんは軌道エレベーターから宇宙を目指すのですね?そうなりますと……現在の輸送スケジュールなら、この辺りの便が宜しいでしょうか。宇宙船と同じ貨客船に乗船されますか?」
「そうですね。出来れば、それでお願いします」
スーが提示してきたのは、現実時間で火曜日の夜8時に軌道エレベーター、アッパー・エリアにある宇宙港を出発するというものだった。月曜日までにグランド・エリアへ向かって火曜日の帰宅と同時にエレベーターでアッパー・エリアを目指せば何とか間に合うな。
俺はそのスケジュールを承認して必要な予約を入れてもらった。
「それじゃ次の目的地に行こうか、サーウにゃん」
「次? ああ、あそこか――って、ちょっと待て危ない!」
待ちかねた様にペトーが俺の腕を取って部屋から引っ張り出そうとする。あまりに急な動きだったので危うく転ぶところだった。
ペトーを引き留めてから改めてスーに礼を言うと、彼女は微笑みながら「どういたしまして」とだけ返して頭を下げた。
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結局、そのまま部屋から連れ出された俺はペトーの装甲車まで引き摺られた挙句、助手席に投げ落とされて漸く落ち着く事が出来た。
「――ったく、幾ら何でも急ぎ過ぎだろ」
「サーウにゃんがのんびり過ぎるのにゃ」
碌な挨拶もせずスーと別れる破目になった事に文句を付けると、装甲車を浮上させたペトーが言い返してきた。挨拶一つ出来ないとは社会人として失格だろうに、ゲームだからと高を括っているのだろうか。
俺が大きな溜め息を漏らして背もたれに体重を預けている間に、装甲車はスピード違反としか思えない勢いで秘密基地めいた出口を潜り抜けて行った。
「……サーウにゃん、オヤジ臭いにゃ」
「外見はともかく、中身はおっさんだからな。仕方ない」
「自分で言ってて空しくならないにゃ?」
「現実から目を逸らしてる様じゃ、まともな大人にはなれないぞ?」
「……まあ良いけどにゃ」
視線をペトーから流れていく渓谷に移しながら説教をしてやるが、どうやら今一つ説得力に欠けていたらしい。
余裕のある口調で俺の忠告を流しながら、ペトーは装甲車のスピードを更に速めた。そのまま曲がりくねった川に沿って移動して、工場から十分距離が開いた場所――初めてここへ来た時に着陸した地点みたいだ――で停まった。
どうやら、ここからは飛んで行くらしい。
「僕は外に出るから、サーウにゃんは一応運転席に座ってて欲しいにゃ」
「はいよ」
装甲車から降りるペトーと入れ替わって、俺は運転席に座った。どうせ奴が装甲車を抱えて飛ぶのだから座っておく必要は無いと思うが、大した手間でもないし、まあ良いだろう。
そんな事を思いながら外を眺めていると、装甲車が揺れた。小刻みな振動が続く中、フロントガラスに映っている景色がゆっくりと下へ流れ始める。
『それでは30分ばかり、空の旅をお楽しみ下さいにゃ』
「了解。墜ちるなよ? 絶対墜ちるなよ?」
『それはボクに墜落しろ、と言う事かにゃ?』
「まさか。
墜落するなら俺が乗ってない時にしてくれ」
『酷いにゃあ』
スピーカーから聞こえるペトーのぼやき声をBGMにしながら、装甲車は目的地である盗賊酒場へ向けて加速を始めた。
――――――――――――――――――――
軽口と駄洒落を叩き合う内に30分弱が過ぎて、装甲車は盗賊酒場から5キロ程離れた地点に無事着陸した。
慌ただしく車内に飛び込んで来たペトーは、俺から運転席を奪い取ると両サイドに樹木の壁が迫るくねくねとした道を鬼気迫る速度で駆け抜け、3分フラットで盗賊酒場の駐車場に到着した。
「車酔いで死ぬかと思ったぜ……」
「大袈裟過ぎにゃ」
「ぶん回し過ぎなんだよ。次はもっと安全運転で頼む」
「……サーウにゃん、状況が解かってないにゃ?」
何故か呆れているペトーに続いて酒場に入ると、相も変らぬ客達が雁首を揃えていた。視線が一斉に集まり、毎度お馴染みなヒソヒソ話が拡がっていく。
「おい、ロリショタップルの御出座しだぜ」
「って事は宇宙船の建造クエストが終わったのか?」
「せっかちさんでちゅねぇ……もっとお姉さん達に甘えてからでも良いのに」
「そう言えば、例の廃坑に追加されてたボスキャラ見付けたのもこいつ等だっけ?」
「掲示板に上がってたスクショに写ってただけっしょ?」
「それだけだと発見したとは……まあ、発見とほぼ同時期に攻略してたのは確かだけどさ」
「つまり攻略法を見付けてくれた人柱様か」
「有難やありがたや。南無南無……」
いつの間にか、こちらへ向けて手を合わせる奴等が増えていた。
何故に、拝む……?
「ボク達が弱点を見付けたお陰で、後の人達は楽に狩れるからだにゃ。感謝を形で表わしてるんにゃ」
「なるほど。理由は解かったが、俺ぁ、未だ仏じゃねぇんだがなぁ」
ぼやきながらカウンターの席に二人並んで飛び乗る。そのまま視線を横へ動かすと、いつもの席でマントのフードを目深に下ろしたアターシアが、いつもの高そうな酒を飲んでいた。
「お久し振りにゃ。
『宇宙への旅路は既に決した』にゃ」
「そう……二人共、頑張ったわね……」
ペトーがアターシアに合言葉を告げると、頭の中でファンファーレが鳴り響いた。これでクエストは最終段階――大気圏脱出――へと移行した事になる。
ファンファーレとそれに伴うメッセージが一通り流れたところで、アターシアはフードを脱いで俺達を見詰めた。その瞳にはクエストクリアを祝福する温かさと、この惑星から去る俺達に対しての一抹の寂しさが、揺蕩う様に混じっていた。毎度の事ながら、雰囲気に酔っぱらっているらしい。
「ならば私は、ここから貴方達を見守ってゆきましょう。
私に出来る事はそれだけ……
貴方達の旅路を祈る事だけだから……」
「はあ、どうも」
「頑張るにゃ!」
ノリノリの台詞回しに長い睫毛が儚げに震えている。どうやら酩酊状態の様だ。
それでも最低限の意思疎通には問題は無いらしく、俺達の返事に小さく頷いたアターシアは、ネットでの情報通り次の質問を口にした。
「それで、貴方達はどの方法で宇宙を目指すのかしら?」
「ボクは物資の打ち上げに便乗するにゃ」
「ええと……僕は軌道エレベーターから目指そうと思います」
「サーウにゃん、今更『僕』とか言っちゃって体面を繕っても意味無いにゃ」
「五月蝿ぇ。お世話になった大人に対する礼儀ってもんがあるんだよ」
俺の畏まった物言いに、ペトーが――形だけ声を潜めて――茶々を入れやがった。こいつに社会人としての常識って奴を説いても無意味なのだろう。
そんな俺達の様子を微笑ましそうに眺めていたアターシアの口許が、ふと結ばれる。
「そうね……
それならば、これを……。
貴方達への餞よ」
カウンターを滑って、ペトーの前で停まったのはクレジットカードっぽい外見の薄い板。
奴の宇宙船の打ち上げ日近辺の、フォーチュンが使用する識別コードだそうだ。これを宇宙船の識別信号にセットしておくと、大気圏を脱出してから警備部隊との追いかけっこをする手間が省けるのだとか。
まあ、中には態とセットせずに飛び出して、宇宙船チェイスを楽しむ剛の者もいらっしゃるらしいが。
俺の前で停まったのは漫画雑誌2冊分程の大きさの箱だった。
調査したサイトには中身は使い捨ての変装キットだと書いてあった。全身を特殊な皮で覆い、指紋だの網膜だののチェックをすり抜ける事が出来るらしい。何処ぞの大泥棒の三代目も吃驚である。後はそれに合わせた身分証明書――勿論、偽造だ――や小道具までも同梱されているそうだ。
もっとも、こちらの方も変装キットを利用せずに軌道エレベーターのセキュリティを突破するエキスパートな方々が存在するとか。
「……気を付けてお行きなさい。
貴方達の旅路は、
希望と困難に溢れている……。
特に、貴方……」
「……?
はい、何でしょうか?」
酔っ払いの戯言寸前の台詞を口にしていたアターシアが、最後に俺を見て語り掛けてきた。
ネットの情報では個別面談なんて無かった筈なのだが、何かあったのだろうか。
「お急ぎなさい。
貴方は、特に、時間がありません……」
「……?」
「さ、サーウにゃん、NPCにまで心配されてるにゃ」
隣で、今度こそは俺にしか聞こえない大きさでペトーが声を震わせている。そんなに可笑しいのかよ。
「ええっと、どういう事でしょうか?」
「サーウにゃん、ここからフォーチュンまで、どれ位あるか解かってるにゃ?」
笑いが抑えきれなくなってきたペトーがアターシアの代わりに口を開いた。
え? ここからフォーチュンまでの距離?
ええと……――
「約4千キロにゃ。頑張って走って間に合うのかにゃ?」
「――本当?」
「マジにゃ」
ええぇとぉ……この前のトレイルランニングが時速60キロメートル前後だったから、そのペースで走るとして約70時間……?
今日これから出発したとして2時間。
明日と月曜日で8時間。
って事は、土日で60時間走れば……
「……何をどうやっても間に合わねぇ」
「ほら、だから急がなきゃ、って言ったにゃ」
「今更その程度急いだところで12時間は埋まらねぇよ」
カウンターに突っ伏した俺と、それを呆れて見下ろすペトーの前に、ジョッキが置かれた。
顔を上げると、頼みもしないのになみなみと注がれた大ジョッキのオ・レンヂジュースとマスターの顔がある。
「……これでオ・レンヂ芋の在庫が切れた。これから芋掘りに行く。手伝え」
「は、はぁ……」
俺をチラリと見下ろして、それだけを告げたマスターがカウンターの奥に引っ込んだ。
代わりに出て来たおかみさんが、「ほら、早く支度しな」とぶっきら棒に急かす。
「サーウにゃん、これはお手伝いの代わりに途中まで送ってくれるって事だにゃ」
「……ああ、なるほど」
この酒場の周辺には畑らしい物は見当たらなかったので、芋掘りに行くのならば何がしかの乗り物を使うのだろう。
有り難い話である。
俺はマスターに感謝しながら、出されたジョッキを呷った。
……うん。この名状し難い味も、慣れてくれば結構イケるかも知れないな。




