第76話 もうボスなんて怖くない
そんなこんなで壁際に並んで打ち合わせを続ける事30分。
俺達と入れ替わりで闘技場に入っていった連中が出て来て、後ろに並んだ。聞いていたのとほぼ同じ時間だったので順調に倒せたのだろう。
「そう言えば、あの時は何であんなに切羽詰まってたんだ?」
「ああ、あれね……」
溜め息交じりで返ってきたスティンガーの言葉に合わせて、三人が俺の後ろ――チーム最後尾で口笛を吹く独り芝居を始めたペトー――に視線を固定した。
「……ああ、なるほど」
「そんな……ボクは無実にゃ! 皆酷いにゃ!
サーウにゃんも話を聞かないで納得しないで欲しいにゃ!」
「と、言ってるが?」
「まあ、わざとじゃないのは確か、だと思うけどねぇ」
「フン。判ッたもんじゃねェな」
「ほっほっほ。
端的に申しますと、グレート・クリスタル・ビートルの突進をペトー嬢が正面から受け止めてしまったのですよ。普段であればあっさりと避けられたのですがねぇ」
「……ペトー、何やらかした?」
「え、ボクが悪いのにゃ?」
「ッたり前ェだろ。何にも無い所でひっくり返りやがって。そのフォローに動いたせいで皆揃ッて余計なダメージ喰らッてんだからよォ」
「……何もない所で、転んだ?」
「ち、ちょっと足場に穴が開いてただけにゃ! それについ引っ掛かっちゃっただけにゃ!」
「あーあ、セバスティアンの気遣いが無駄になっちゃったね」
意地悪くニヤつくリゲイアに半泣きで突撃する――勿論、本気でないのは一目瞭然だ――ペトーの様子に、俺は、気分が久し振りに和むのを感じていた。別によくある仲間内のじゃれ合いなんだろうが、ここのところドミノ倒しみたいな問答無用な展開が続いていたので心身共に疲れているのかもしれない。
(こう言う、まったりとした雰囲気は何か安心出来るな……)
俺をそっちのけでやいのやいのと口論を始めたペトーとリゲイアを眺めながら、口に出さず呟く。
後30分はこの調子でのんびりしていられるだろう。
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更に30分が過ぎ、その間に新しいチームが一組現れて最後尾に並んていた。
そして予定通り前のチームが闘技場から出て来て最後尾に新顔が居る事に気付くと、肩を落としながら、その後ろに回っているのが見えた。そりゃ1時間待ちが1時間半待ちになるんだもんなぁ。気持ちは解かる。
(だがまあ、俺達は5分かそこらで終わる筈だからな。あんまり落ち込むなよ)
と、心の中で語り掛け、スティンガー達と一緒に闘技場へと入る。
中央付近に固まっていると昨日と同じく扉が閉まり、グレート・クリスタル・ビートルが登場した。
早速、拡張能力を使って弱点を探る。今回は頭部の左眼にあった。どうやら弱点の位置は毎回変わるらしい。
『今回の弱点は左眼だ。回り込んで狙う!』
『ふむ。では、私共はここで注意を引き付けましょう』
『外すなよ!』
『前向きに善処する!』
『サーウにゃん、すぐ逃げを打つにゃ』
ええい、ペトーの奴、細かい事をグチグチと……だが今は言い争う時間が惜しい。
俺はグレート・クリスタル・ビートルの左側へと回り込みながら他のメンバーの様子を確認した。
セバスティアンはその場で両手に鉈を持ち、身構えている。
残りの三人はセバスティアンの後方に下がり、グレート・クリスタル・ビートルの頭部へ銃弾を叩き込み始める。その内、リゲイアの装備しているバズーカ砲から放たれた弾が左眼の下部に命中した。眼の表面に薄く罅が広がる。
『ナイスショット、リゲイア!』
賞賛の声を送りつつ、APFSDS弾を2発撃ち込む。その全弾がリゲイアの着弾箇所へ重なる様に当たり、胴体程の厚みがない頭部をあっさり貫通した。
開けられたトンネルの縁から、罅が全身へと拡散する。
戦闘開始から5分も経たず、グレート・クリスタル・ビートルは崩壊した。
『ふむ。予定よりも早く片付いてしまいましたな』
『下手に長引くよか良いんじゃねェの?』
『それはそうだけど……外で待ってるチームに根掘り葉掘り聞かれるのは覚悟しておくべきだね』
ドロップした緑黄色大水晶を回収しながら交わされている話を聞いて、俺はこの弱点の見付け方をどう説明すべきか考えていた。
出来る事なら拡張能力の話は出したくない。だが、それではどうやって弱点を発見したのかを説明出来ない。ものの見事に二律背反と言う奴に陥っている。
『それなら説明はアタイがやってやるよ』
『え?』
考え込んでいたら予想外のところから助け舟が出て来た。
だが彼女にこれを上手く説明する事が出来るのだろうか。確認しようと彼女に視線を向けると、先に彼女が口を開いた。
『あの弱点、〈看破〉でも見付けられたからね。ま、アタイのレベルじゃ五つ六つ見付かッてたし、かなりぼやけてたしな。
サーウッドに言われなきゃ特定するのと普通に削り切るのと、どッちが早いか微妙なところだッたと思うぜ?』
『え……そんな便利な物があるのか?』
どうやら弱点を見付けられるアイテムだか何だかが存在するらしい。そんな物があるのなら先に教えてくれれば良いのに。
『一応説明しておくけど、〈看破〉アビリティは誰でも取得出来るもんじゃないからね?
サーウにゃんが取得しようと思ったら、すっっっっごい時間が掛かるにゃ』
『な、何……だと……?
ってぇか、その前にアビリティって何だ?』
『『『『……はあぁぁ』』』』
俺の素朴な疑問に対して、最初に返ってきたのは全員揃っての溜め息だった。はいはい、どうせそんな初歩的――なのだろう、多分――な事も知らないど素人ですよ。
『ええと、先ずアビリティって言うのはパラメータ――は、流石に解かるよね?』
『ああ。武器を装備出来るかどうかを判定する数値だったよな?』
『まあそんなところかな。
もっと言えば、ゲームで何か行動した時に、それが成功するかを決定する為の数値でもあるんだ』
ふむ。高性能な装備品が使える様になるだけじゃないって事か。
そう言えば、パラメータ――確か、体力、知力、敏捷だったか――の数値次第で命中率が変わるなんて話もあったな。
『それ以外にもSTRとINTの平均値になる精神力と、INTとAGIの平均値になる器用度、AGIとSTRの平均値になる行動力の三つがあるにゃ。
この六つにヒットポイントとメンタルポイントを合わせた八つがステータスにゃ』
『なるほど。HPは解かるが、MPはどんな時に使うんだ?』
『精神的なダメージ――詳しい基準は解かってはおりませんが、VPコネクタのセンサーに感知されたストレスによって減ると言われておりますな。ただ、それ程大きな増減ではありません。
それともう一つ、こちらの方がゲームの上では重要なのですが、件のアビリティを使用する時のコストにもなっております』
えーと、つまり「アビリティ」って奴は所謂一つの魔法みたいなもんで、MPはマジックポイントって考えで良いのだろうか?
『良くあるRPG風に言えば、そんなところだね。
そのアビリティなんだけど、取得するにはパラメータが一定の数値に達している必要がある。プラス、取得する為にパラメータポイントを消費する必要もある』
『面倒臭いんだな。その分、便利って事なのか?』
『まあ無くてもプレーは出来るけどにゃ。あれば便利、ってところだにゃ。
因みにリゲイにゃんの〈看破〉アビリティを取得するにはDEXが80以上必要だにゃ』
『て事は、INTとAGIの合計が160以上、か……俺には遠過ぎる話だな』
『で、だ。手前ェの持ッてる拡張能力とやらは、その遠過ぎる〈看破〉よりも高精度に弱点を見付けてくれてる化け物アビリティな訳だァ』
『……なるほど』
ペトーが「隠せ」と言う訳だ。こんな便利な物を持ってるのがバレたら、色々狙われそうで気が休まりそうにないな。
もっとも、その割にあっさりバラしてくれちゃった訳だが。
『そんな訳だから〈看破〉を持ってるアタイが説明すれば一応筋は通るだろ』
『ああ、そうだな。
リゲイア、手間を掛けさせて済まんが説明を頼む。助かるよ』
『あ、ああ……任せな』
一通り説明を聞いた俺がリゲイアに頭を下げると、彼女は面食らった表情を浮かべてこちらを見た後、さっさと一人で出口へと歩き始めた。
彼女にどんな理由があるのか――単なる気紛れかも――しれないが、説明を肩代わりして貰う事で俺の拡張能力を隠しておけるのだ。頭の一つや二つ下げたところで罰は当たるまい。
リゲイアに遅れて俺達が外へ出ると、順番待ちの3チームが彼女を取り囲んで質問をぶつけている最中だった。
「――で、この話は掲示板には?」
「ああ。この後にでも書き込んどく。他には?」
「もう無いな」
「こっちもだ」
「右に同じ」
「じゃ、これで質問は打ち止めだ。後は自分達で頑張りな」
暫らく待っていると質問を打ち切ったリゲイアがこちらへと歩いて来た。その背後では、最新の情報を入手した皆様が、頭を抱えたり誰かへボイスチャットを繋ごうとしたりと、忙しそうに動き始めている。
「ま、何とか済ませて来たぜ。
アタイはこれから掲示板の方に書き込むから手前ェ等は勝手に話してな」
そう言い残したリゲイアは、漸く先頭のチームが闘技場に入って落ち着きだした順番待ちの列の最後尾で壁に寄り掛かり、何やら空中に指を滑らせ始めた。宣言通りにネットの掲示板に情報を書き込んでいるのだろう。
俺達は彼女の邪魔にならない様、静かにその後ろに並んで小声で会話する事になった。
「これでまた――ってぇか、今度は1時間半待ちか。長いなぁ」
「長いは長いけどねぇ。後もう一回で予定数に到達するんだから頑張ろう」
「とは言え、長らく待って戦闘そのものは5分かそこらですからな。この待ち時間の長さが無駄に思えるのも仕方ありませんな」
どうでも良い話題をボケたり突っ込んだりしている間にリゲイアも戻って来て会話に加わり、更に混沌とした御歓談の時間がのんびりと過ぎていったのだった。
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順番待ちの時間は思ったよりも早く、1時間程で終了した。
最初のチームは予定通り30分掛かっていたが、次のチームは15分で、三つ目のチームは10分弱で済んだのだ。
早く片付いた理由は、二つ目のチームは〈看破〉アビリティを持っている奴が既におり、三つ目のチームは順番待ちの間に〈看破〉持ちを呼び寄せる事に成功したから、らしい。
これ等のチームの戦闘時間の差は〈看破〉で発見した弱点――闘技場から出て来た彼等の会話から推測して、どちらも4~5個ずつあったらしい――から正しい物を見付けるまでの試行錯誤に費やした手間暇の差だろう。
俺達は後ろに並んでいるチーム達からの声援を受けながら闘技場に入り、5分フラットで出て来た。
賞賛のどよめきを受けながら、今度は最後尾に並ばず、坑道から引き上げる。
スティンガーの車に全員集まったとこで現実時間で22時半前。
予定のログアウト時間は既に過ぎているが、ここまで済ませておけば後は工場へ一直線だ。
もう一息、頑張ろう。




