第75話 もう一つのウィークポイント
飛んで来た罵声は、鈴の音の様なとかエンジェルボイスとか、そんな形容をしたくなるソプラノだった。可憐な音色で垂れ流される悪態――しかも息継ぎ無し――に、俺は思わず頭を下げてしまった。折角の美声が勿体無さ過ぎる。
『まあまあ、リゲイアも落ち着いて。サーウッドが驚いて固まっちゃってるよ?』
『あァん? チッ、この程度で引いちまうとかどんだけ――』
『リゲにゃんはさて置いて、流石の破壊力にゃ。今の2発でグレート・クリスタル・ビートルのHPが5割近くまで減っちゃったにゃ』
『――おいコラペトー! 人の話を遮るんじゃねぇ!』
『リゲにゃんのは話じゃなくて、ただの罵詈雑言にゃ』
『ァんだとォ!?』
『リゲイア、落ち着け! ペトーも煽るな!』
分裂して怒りの狂嵐と化したクリスタル・ビートル達が、頭上で荒れ狂っていた。
伏せていた頭を上げて他のメンバー達を見ると、皆揃って伏せた状態のままで実弾火器を撃っている。少しでもダメージを与えておこうと言う事なのだろう。
俺も参加しようとPDWを引っ張り出すが、撃ち始める前にクリスタル・ビートル達は天井へと帰って行った。集まり、固まり、幾分小さくなったグレート・クリスタル・ビートルへと姿を変える。
その中央部には、色の濃い球が自身の体からはみ出していた。
『……なあ、あれって――』
『あれがコアだよ。小型火器程度じゃ2、3発当ててもダメージにならないけど、君のリニア・カノンだと掠っただけでも罅が入っちゃいそうだから気を付けてくれ』
『――やっぱりか。でも、あれを避けながら他の場所を狙うのって難しくないか?』
『難しくてもやンだよ! この腐れ役立たず! 手前ェ何年このゲームやってンだ!』
『へいへい』
『いや、ゲームが始まってから未だ1年も経ってないんだけど』
ここで「2週間です」と返しても仕方がないので、取り敢えず天井に張り付いたまま待ってくれているグレート・クリスタル・ビートルへ向けてリニア・カノンを構える。スティンガーの突っ込みをスルーしてしまうのが申し訳ないが、反応する手間と時間が惜しかった。
リニア・カノンと繋がったケーブルを経由して表示されるターゲットサイトの中心を尻の辺りに合わせた時、ふと一昨日ペトーと交わした言葉を思い出した。
「へき開、か……」
『サーウにゃん、何か言ったにゃ?』
『いや。ちょっと確認したい事が出来た。ちょっと待っててくれ』
『あン? 怖気づちまったのかこの意気地なしのヘタレ野郎』
『あんた等が撃つのは構わんよ。俺が暫らく撃てないってだけだ』
『おい! 何の為に手前ェを呼んだと思ってんだよ!?』
リゲイアからの文句を聞き流しながら、俺は拡張能力を起動した。押し寄せて来る情報の中からグレート・クリスタル・ビートルの情報を選び出して掻き集め、その身体の何処かにある筈の割れやすいポイントを探す。
「……見付けた!」
思わず呟いた声が掠れてしまった。
俺の居る場所から最も遠い向かい側の壁に居るチームメンバー――渋い、老執事っぽい雰囲気を醸し出している――目掛けて飛び掛かったグレート・クリスタル・ビートルの、その尻の先端がへき開を起こす弱点になっていた。これって下手に撃ったらコアまで貫通するんじゃないか?
「撃つべきか撃たざるべきか、か……」
俺は暫らく考え込み、漸く答えに辿り着いた。弾種を変えれば良かったのだ。
リニア・カノンに接続している給弾ベルトを取り外し、背負っていた弾倉を残り5発しかないHESH弾のそれに交換する。
その間にもグレート・クリスタル・ビートルは老執事さん――視界に表示されているチームメンバーの名前を確認したところ、「Sebastiaan」とあった。多分「セバスチャン」と読むと思われる――に両前脚と頭部を使って攻撃していた。
巨大なコガネムシから繰り出されるジャブとフックと頭突きを、セバスチャンは両手に持った鉈の様な物でいなしていた。背中にはM16を二回り程大きくした機関銃が斜めに背負われているので、接近戦に合わせて武器を切り替えたのだろう。
グレート・クリスタル・ビートルがセバスチャンから一度離れ、クラウチングスタートよろしく前傾姿勢を取った。
「死ねよやあああ!」
気合と共に撃ち出したHESH弾がグレート・クリスタル・ビートルの尻へ吸い込まれる。
着弾、と同時に周囲に罅が入る。ここまでは昨日撃ち込んだ時と同じ。
更に2発、3発と撃ち込む。思った程、罅が大きくならない。
だが全弾を撃ち込み終わった時、罅が急に拡がり始めた。
罅は尻にめり込んでいる弾頭達を中心に、更に広く深く走っていく。
やがて全身に罅が回り終わると、グレート・クリスタル・ビートルは動かなくなった。
他のチームメンバー達も攻撃を止めて、その様子を眺めている。
『サーウにゃん、何やったにゃ?』
『一昨日だったか、『クリスタル・ビートルが割れる』って話をしたよな?』
『話をしたって言うか……まあ確かにそんな事を言った様な気もしないでもないけど……』
『それを思い出してな。もしかすると、このグレート・クリスタル・ビートルも割れるんじゃないかと試してみたんだ』
俺の回答が終わると同時に、硬質な澄んだ破砕音が闘技場に響いた。
目を向けると、グレート・クリスタル・ビートルが大きく九つの塊に割れて崩れていくのが見えた。
塊の内の八つは暫らくして消えていったが、コアだけがそのまま残った。
『なるほどね。そして、それが大当たりだった、って訳か』
『チッ……美味しいところだけ持ッていきやがッて』
『それにしても一撃とは流石ですな。
どの様な方法で、そのポイントを発見なさったのか伺っても?』
気の抜けたリゲイアの言葉に続いて枯れたバリトンが聞こえてきた。これがセバスチャンの声なのだろう。如何にも老執事っぽい声と言い回しである。
だが弱点の見付け方、か……どうやって説明するかなぁ。
『ああ、それなら多分、サーウにゃんの持ってる『拡張能力』って言う便利な機能にゃ。ボクの知ってる限り、このサーバではサーウにゃんしか持ってない、ちょーレアなモノだにゃ』
『ちょ、おま、ペトー!?』
「自分だけの特殊能力は出来るだけ見せるな」とか言ってたくせに、サックリあっさり全面開示かよ!
奴の方へ目を向けると、「何か問題が?」と言わんばかりに小首を傾げてこっちを見てやがる。
「何勝手にバラしてんだよ!」
『えー、どうせすぐバレちゃうじゃん? 今ここでバレちゃっても、そんなに変わらないにゃ』
奴の傍に大股で近付き、若干有利な身長差で上からクレームを降り掛けてやる。勿論、奴には全く効果は無い様だ。
『ほっほっほ。成程なるほど。
それでは我々に同じ真似は無理そうですな。いや残念。
ところで、他にどの様な事がお出来になるので?』
『ああ、それなら……
……の、ノーコメントで』
『ほっほっほ。それは残念ですな。
おお、そう言えば自己紹介が未だでしたな。私、セバスティアンと申します』
ううむ。セバスチャン改めセバスティアン――微妙な違いだが、そこに何か拘りがあるのだろう――の声音と調子は危険だ。危うく余計な事まで口走りそうになってしまった。何気ない会話から必要な情報を引き摺り出す手法は、 某ロス市警の警部だか警部補だかよりも数段上かもしれない。
闘技場の反対側からこちらへ歩いて来る老執事を見ながら、俺は首筋を伝う冷や汗に震えるしか出来なかった。
『ああ、最後にもう一つ』
……こ、これは、あの警部の常套手段!? まだ何か知りたいのか?
『な、なんでしょう……?』
『社会の窓が開きかけておりますぞ?』
俺は半開きになったチャックを慌てて引き上げた。
――――――――――――――――――――
ともあれ、二つ目――俺がログインする前に一つ手に入れているそうだ――の巨大緑黄色水晶を手に入れた俺達は闘技場から退場し、順番待ちの列の最後尾へと回った。
移動している間に並んでいた連中から視線が飛んで来たが、まあ仕方がないだろう。平身低頭とまではいかなくても、最敬礼に近い角度で頭を下げながら通り過ぎる俺を、チームのメンバーは不思議そうな表情で、順番待ち皆は苦笑気味に眺めている。
「一体何をやらかしたんだ、とっちゃん坊や?」
「いや、急ぎ過ぎて途中のクリスタル・ビートルを連れたまま闘技場に飛び込んだんでね。彼らにその後始末を押し付けた形になったんだ」
「あー……トレイン行為になっちゃったのか。ま、苦笑で許してくれるところを見ると大した被害にはならなかったみたいだね」
「サーウにゃん、いーけないんだいけないんだ~」
「お前が急がせるからだろうが」
「ほっほっほ。モンスターを集めて第三者に擦り付けるのは確かに感心しませんが、それが無ければ我々も危ないところでしたからな。
もし他に何か詫びる必要が出来ましたら、不詳、この年寄りもお手伝いさせて頂きますぞ」
「ああ、その時は是非ともお願いしたい。
ところで、これからどうするんだ?」
通路の壁際にメンバーが集まり、まったりとし始めたところで聞いてみる。
スティンガーによると、出来れば後二つは確保したいらしい。俺とペトーは二人で一つあれば足りるので、残りの三人に一つずつと言う事なのだろう。
因みに、俺がチームに合流してからここまでで約15分が経過していた。
今までのところ、グレート・クリスタル・ビートル1匹を倒すのに20分から30分程掛かっているそうなので、次に俺達が闘技場へ入れるのは約1時間後になる筈だ。
「サーウにゃんが居てくれれば5分で倒せちゃいそうだにゃ」
「いや、流石にそこまでは――」
――と言いかけて、自分でも拡張能力全開でいけば可能な気がしている事に気付いた。
「ッてェかよォ、もしかしてアタイ等いらねェンじゃねェか?」
「試してみなければ判りませんが、可能性はありますな」
「ンじゃアタイ等ァ、ここでお役御免ッて事で。後はよろしく頼まァな!」
「え? ちょ……それは無いだろ!?」
俺は並んでいる列から離れて歩き出したリゲイアに慌てて声を掛けた。幾ら俺一人で何とかなりそうだからと言って、確かめもせずに置いてけぼりとは流石に酷過ぎるだろう。
「まあまあ。落ち着きなよ、サーウッド。
それから君も馬鹿やってないで戻って来い、リゲイア」
「あーハイハイ」
スティンガーが声を掛けると、数メートル程進んでいたリゲイアはUターンして戻って来た。どうやら俺を揶揄ったらしい。
「サーウにゃん、慌て過ぎにゃ」
「五月蝿ぇ」
ぶすくれる俺に、ペトーのニヤニヤ笑いが忌々しく近寄って来る。
騙され易くて悪かったな、こん畜生。
2017.05.24 誤字修正




