第72話 乱射・連射・雨霰
『サーウにゃん! ボクを攻撃してどうすんにゃ!』
『あ、いや、その……済まん。まさかそっちへ行くとは思わなかった』
ペトーの剣幕に、思わず頭を下げながら謝ってしまった。だが、よくよく考えたらあんなモン誰が撃ったって着弾先を予測する事なんて不可能だろうし、狙って当てられるもんじゃないよな。
『そう言えば透過したレーザーが屈折して返ってくるケースがあったね』
『え、そうなのか?』
確か、入射角とか反射角とか言うやつだっけ?
昔々に理科の授業でやった様な記憶はあるんだが……。
『確かに大きめのクリスタル・ビートルにレーザー撃ち込んだら屈折と内部反射で変な方向に飛び出て、そこに居た別のクリスタル・ビートルで更に捻じ曲がって――って言うのは見た事あるけどにゃあ』
『あのサイズだとこうなるだねぇ。ま、多少は我慢しよう。
とは言え、サーウッド、次に撃つ時は一声掛けて貰えるかな?』
『オーケー。じゃ、今から撃ってみるぞ』
スティンガーのリクエスト通り一声掛けてから二発目を撃ってみる。
先程と同じくグレート・クリスタル・ビートルの中を反射したレーザーが、今度はスティンガーのすぐ横を掠めた。
『ッヒュゥ! 確かにこれは危ない!
加えてレーザーの威力が凄いね!』
『可能な限り高出力で撃ってるんだが、落とすか?』
『その必要は無いと思うにゃ』
『出力を落として撃って、いざ当たった時にダメージが通らなかったら意味が無いからね。そのままで頼むよ』
『了解』
緊急反省会を開きながらグレート・クリスタル・ビートルの様子を確認すると、ミーティングが終わるのを待っていたかの様に頭部を引き抜き終わったところだった。そのままスティンガーに咬み付こうとして、こちらから見ると何やら妖しい踊りを踊り始めている。
ペトーと俺が攻撃を再開すると、漸くスティンガー以外の標的を思い出したのか、今度はペトー目掛けて突進して行った。その移動速度には甲虫と言うよりも黒くて速いアイツに近いものを感じる。
かなり激しい動きでペトー目掛けて頭部を振り下ろしているのを眺めながらパピヨンを構える。幾ら狙いを付けたところで内部反射されてしまえば先程の2発と同じ事になりそうなので、射撃するタイミングが計れない。
迷っている内に、今度はスティンガーがグレート・クリスタル・ビートルの右脇腹に機関砲を叩き込み始めた。数は命中しているが、ダメージ的にはそれ程にもなっていない。まあ、ペトーのサブマシンガンよりは遥かにマシなんだが。
眺めている内に、ペトーをいたぶるのに飽きたらしいグレート・クリスタル・ビートルが天井へと帰って行った。
これならレーザーを撃っても大丈夫だろう、多分。
『連続で撃つぞ!』
『にゃ!』
『オーケー、どうぞ!』
コアを直接狙って一発撃つ。内部反射を繰り返して闘技場の中心に着弾した。
今度はコアを掠める様にして1発。これも内部反射してスティンガーの頭上に穴を穿った。
慌てて逃げるスティンガーに詫びを入れつつ頭部へ撃ち込んだ一発は、内部反射の後にコアへと直撃した。コアの表面に罅が入り、色が濁る。
視界に表示されているグレート・クリスタル・ビートルのHPの下に何時の間にか現れていたカウンターが、10から9へと一つ減っていた。どうやらコアに10発当てれば良いらしい。
気を良くして同じ場所へ撃ち込んでみたが、今度はコアを掠めるだけで闘技場の地面を抉る。体内の屈折率が変動しているのだろうか?
そんな事を考えていたら、ペトーがリニア・カノンを2連射して背中に命中させた。グレート・クリスタル・ビートルのHPが比較的大きく減り、80パーセント目前になる。後一発当てれば切るのではないだろうか。
ただ、この調子だとHPをゼロにするのは無理に思える。何しろ最もダメージを与えているリニア・カノンの残弾が後6発なのだ。
改めてレーザーを、今度は3連射してみる。
同時にペトーがリニア・カノンを、更に1発射撃する。
3本の光線が縦に並んで次々とグレート・クリスタル・ビートルの中へ吸い込まれ、屈折と反射を数回繰り返していく。体内で屈折率が変化している様には見えない。
だがレーザーの1発目がグレート・クリスタル・ビートルの下顎で反射した直後、そこへペトーの放ったHESH弾が命中した。砕けた下顎に当たった2発目、3発目のレーザーが1発目とは違う角度に反射する。
結果、1発目のレーザーは天井に当たり、2発目と3発目のレーザーは俺の足元を抉った。
熱と爆風に煽られた俺は、1メートル程後方へ吹き飛んだ。
「アチチチ! 畜生、自爆してりゃ世話ぁ無ぁ――げぇ!?」
身を起こしながら愚痴を吐き出して天井を見上げると、グレート・クリスタル・ビートルの表面から大量のクリスタル・ビートルがボロボロと剥がれ落ちていた。起こした身体をもう一度倒して、俯せる。
直後に、背中の上を礫の渦が羽音を響かせながら席捲する。
『っとと! 二人共大丈夫かい!?』
『ボクは大丈夫にゃ!』
『……ああ、こっちも大丈夫だ』
二人のテンションはかなり高めだが、俺の方は若干低めだ。盛り上がれないのは、先程の自爆2連撃が効いているのか単に年には勝てないってだけなのか。
我ながら嫌な推測に眉を顰めつつ、クリスタル・ビートルの嵐が通り過ぎるのを待つ。
『サーウにゃん、何とかするにゃ』
『何とかって……この団体さんを片付けるのなんて俺には無理だぞ?』
『そっちは我慢すれば何とかなるから、取り敢えずは良いよ。それよりも、あのコアに後9発当てる方を何とか出来ないかな?』
『そんな方法あったら、とっくに試しとるぞ。大体、外身の破損がレーザーの反射角度に影響するんだぞ。どうやって見切るってんだ?』
『え? そうなの?』
『ああ。さっきお前が撃った砲弾で確認した』
三人、離れた場所でそれぞれ伏せた状態のまま対策会議を続ける。上空で暴れているクリスタル・ビートル達の羽音が五月蝿い。
荒ぶる礫が騒音を撒き散らしながら洗濯機もかくやと飛び回る中、現状の装備ではグレート・クリスタル・ビートルのHPを削り切るのは不可能との認識が共有された。ってまあ、素人でも思い付けるくらいだからスティンガー達には最初から判っていたのかも知れないが。
『流石に判るってところまでは行かないにゃ』
『そうだねえ。『手持ちの弾薬だと辛いかな』くらいは頭を過ぎったけどね』
『そんなもんか。
で、これからどうするんだ?』
『コアを壊すしかないだろうね』
『でも、現時点ではレーザーを命中させるか、それとも外側を削りまくってコアを剥き出しにするか、の二つしか方法が無いと思うにゃ』
『コアを剥き出しに出来る程一箇所を集中して狙うのはともかく、折角コアを掘り出してもまたクリスタル・ビートルが剥がれ落ちて穴を埋め直される可能性があるからね。
実際のところ、レーザーで直撃させるしか方法は無いと思う』
『ふむふむ』
『そこでサーウッド、君は兎に角レーザーを撃ちまくってコアへ届くポイントを見付けてくれ』
『大丈夫か? 多分、10発や20発じゃ見付けられないと思うぞ?』
『出力を落として撃ってみて貰えるかな?
反射するたびにレーザーの威力は落ちてると思うから、レーザーが外へ出た時に殺傷能力がほとんど無い状態に出来ればベストなんだけど』
『なるほど。それでコアを狙える場所が判ったら出力を上げて、そのポイントへ連射だな?』
『そう言う事。試しにちょっとやってみて貰えるかい?』
『了解』
気が付けばクリスタル・ビートル達の本流は途絶えていた。
天井に目を向けると、表面がピカピカに戻ったグレート・クリスタル・ビートルは獲物の選定に入ったばかりの様だ。
直ぐには飛び出しそうにないのを見て、パピヨンを出力二分の一で撃ってみる。レーザーはグレート・クリスタル・ビートルの体内で10回反射して消えた。
今度は出力を三分の一にして撃ってみる。体内で16回反射してペトーの足元へ吸い込まれた。
『わわっと! でもさっきに比べれば全然安全だにゃ!』
『それじゃこの出力で撃ちまくるぞ。声は掛けないから一応気を付けておいてくれ』
『解かったにゃ!』
『了解。こっちも攻撃を再開するからね。急に変な反射が起きるかもしれないよ』
『頑張って気を付ける』
改めてパピヨンを構え直し、俺はのそのそと動き始めたグレート・クリスタル・ビートルへ向けて少しずつ狙いをずらしながら撃ち込んだ。レーザーがグレート・クリスタル・ビートルの体内を縦横無尽に反射する。
その内2発がコアを掠めるのが見えたので、そいつ等を撃つ時に狙った場所の周辺へ連射する。
1発、コアに命中。ただし、出力が弱いせいでダメージにはなっていない。
『見付けた! これから全力で撃つから万が一に気を付けてくれ!』
『了解! 頼む!』
『ビートルが飛びそうにゃ! サーウにゃん!』
ペトーの悲鳴じみた声を聞きながら、見付けた場所へ最大出力で10発、釣瓶撃ちにする。
グレート・クリスタル・ビートルは6本の脚を曲げてロックオンした目標――頭部の向きから考えてペトーだろう――へ飛び掛かろうとしていた。
その体内へ10本の光線が次々と吸い込まれていく。反射と屈折を繰り返す10本の驟雨。
『失敗だにゃ!?』
『まだ判らん!』
『ペトー、回避を!』
俺達の悲鳴をバックにグレート・クリスタル・ビートルが天井から飛び出しす。
それと同時に、レーザーがコアに次々と命中した。
コアの耐久値が雪崩をうって減っていく。
ペトーへ向けて翅を広げた巨体が、コアから広がる光に飲み込まれる。
光はグレート・クリスタル・ビートルを飲み込むと破裂し、無数の小さな粒へと変わり、天井を埋め尽くした。
『ふわぁ……光の雲だぁ……』
『なかなか、幻想的な光景だね……』
天井付近をふわふわと漂う綿の様な光に、スティンガーもペトーも見惚れているばかりだった。
俺も暫らくはぼおっと眺めていたのだが、ふと「暗視機能を停止して生で見た方がもっと綺麗なんじゃないだろうか」と思い立ち、実際に試してみた。
暗視機能を停めて見えたのは、黄緑色に輝く雲の様な天井だった。なるほど、この色ならば「緑黄色水晶」と呼ばれるのも解かる。
光が徐々に薄く小さくなり、その中心に小さな――多分、直径2センチメートルくらい――球が存在するのが見えた。
『なあ……』
『どうしたんだい、サーウッド?』
『光の中に何かある様に見えるんだが……』
『多分、緑黄色水晶かにゃ?』
『やっぱりそう思うか……だとしたら、アレって――』
天井を覆っていた光が消えて、残った緑黄色水晶が重力に引き摺られ出した。
『――降って来るぞ!』
俺の叫びを掻き消す量の緑黄色水晶が、闘技場全域に満遍なく降り注いだ。




