第7話 南公園にて
カタンと名乗った少年が泣きながら話してくれた内容を纏めると、彼とケイル、スニーの3人は小学校の同級生で、彼らの父親達が仕事――小惑星で採掘をやっているそうだ――から帰って来るので、住んでいるグランド・エリアからこのミドル・エリアへとやって来たらしい。待ち合わせ場所へ行こうとして道に迷い、この公園で道順を検索していると、知らない小父さんが寄って来て、最新型の高級端末で検索していたケイルを誘拐。彼を助けようとしたスニーを撃ち殺した……と言う事らしい。
「小父さん、お願いします! ケイルを助けて、スニーの仇を討って下さい!」
「判った。まず、ケイルと誘拐犯はどっちへ行ったか判るか?」
「それなら、これを使って下さい」
カタンは足元に転がっていたスニーの遺品と思われる古い携帯端末――これもドロップ・アイテム扱いになるのだろうか?――を拾い上げた。
「これでケイルの携帯端末の座標を調べられます。これを持って行って下さい」
彼は、まだ涙混じりではあるがはっきりとした声でそう告げると、俺に携帯端末を差し出した。俺も気を引き締めながらそれを受け取って答える。
「解った。こいつは借りるぞ。君は警察に行って、さっきの話をするんだ。そして、お父さん達にも連絡を取る事。いいな?」
「はい」
カタンに見送られて、俺は公園から北へ向かって走り出した。携帯端末にケイルの座標を地図と一緒に表示させたところ、軌道エレベーターの区画を通り過ぎてノース・ゾーンに入っていたからだ。
走り始めたところで、頭の中で呼び鈴っぽい電子音と、『クエスト『誘拐犯を追え!』を受領しました。』という合成音声が流れた。
『スプーン、クエストって何だ?』
『はい、ご説明致します!』
走る俺の左側からスプーンの声が聞こえた。横を見ると、彼女も空中を走りながらこちらの質問に答えている。
『クエストとは運営側から提供されるシナリオに沿って行動して頂く、イベントの一つの事を指します! 今回のクエストですと、誘拐犯を逮捕もしくは射殺して人質を救出する事が目標になります! なお、クエストによっては時間制限のある場合もございますので、お気を付け下さい!』
『なるほど。このクエストも時間制限があるのか?』
『はい、ございます! 現在、御主人様の視界の左上に残り時間が表示されています!』
言われた場所を見ると、デジタル時計みたいなカウンターが秒単位で数を減らしていた。残りは約5時間、か。
『うーん……後2時間くらいしか遊ぶ時間は無いんだがなぁ』
時間切れで誘拐犯を取り逃がすのは悔しいが、明日の仕事に差し支えるのは死活問題に発展する。まことに遺憾ながら捜査を打ち切るしかない。
聞いていたスプーンも元気の無い声で返してくる。
『それは……どちらかを諦めて頂くしかありませんね』
『まあ、時間がある内は全力で頑張ろう。済まんが、今日のチュートリアルも中止だな』
『仕方ありませんね。残念ですけど』
時々立ち止まっては預かった携帯端末でケイルの現在地を確認しながら通りを走る。今はサウス・ゾーンを通過して、軌道エレベーター区画の外周に沿って湾曲している大通りをノース・ゾーンへ向かっているところだ。
『このケイルが今居る場所は、どんな所なんだ?』
『はい、これは……ノース・ゾーンと倉庫街の境……いえ、ヤードスペースに入って行くみたいですね』
『やーどすぺーす?』
『軌道エレベーターの構造材や交換部品を保管している区域です。本来ならPC、NPCを問わず、誰でも入れる場所では無いのですけど』
『なら、ヤードスペースへ入った人間から誘拐犯を割り出す事は出来ないか?』
『残念ですけど、私にはゲームに関与する機能はございません。ゲームのシステムやルールを説明するだけなんです』
残念そうな声でスプーンは答えた。融通が利かない事に一瞬腹立たしく感じるが、元々彼女はそういうサポートキャラであって、それ以上ではない事を思い出す。
『そうか。仕方ないな。そう言えば、さっきの――カタンだっけ? あいつ等が住んでるって言ってたグランド・エリアってのはどういう所なんだ?』
『はい、グランド・エリアは、この軌道エレベーターの惑星側の施設です。正確には軌道エレベーターのある地点を中心に半径5キロメートルの惑星上に広がる街ですね。軌道エレベーターで働く人やその家族、後は軌道エレベーターを利用する人達が暮らしています』
『つまり、これの城下町みたいなもんか。後、小惑星の鉱山ってのは?』
『彼らのお父さんが働いている採掘施設の事ですね。まず、この惑星ウンディーネには、鉱物資源は殆んど残っておりません。既に掘り尽くされた後なのです』
この軌道エレベーターのある惑星の名前が判明したな。今更だが。
『ですので、必要な鉱物資源を確保する為に比較的近くの小惑星を採掘する必要が生まれました。これが小惑星帯にある採掘施設です。そして、採掘した資源を惑星上に運ぶ為の軌道エレベーター、惑星と小惑星帯の間を中継する施設も併せて建設されました』
『それがこれ、か』
『はい。この軌道エレベーター、採掘施設、中継ステーションを管理しているのが、フォーチュンと呼ばれる組織です』
『SFでよくある、惑星政府の一部署じゃないのか?』
『惑星ウンディーネには統一政府はございません。フォーチュンは、あくまでも――あ、ヤードスペースへの入り口に到着いたしました』
スプーンに言われて足を止めると、目の前にはドームの縁に沿った高さ40メートル程の壁があった。俺が走ってきた大通りとの接合部に高さ10メートル――高さ制限のバーに書いてあった――のトンネルがあるが、フェンスによって閉じられている。
「どっちへ行きやがった!?」
携帯端末を見ると誘拐犯達はこのトンネルの向こうに居るようだ。表示された地図上の光点が更に奥へと移動している。俺はフェンスの端にある、通用口と思われる扉へと急いだ。ドアノブを回すが、鍵が掛かっていて開かない。
その時、ドアの横にあるインターホンから電子音声が聞こえた。
「この扉は、関係者しか通れません。認証カードを提示して下さい」
「今、ここに男と男の子が来なかったか!?」
「質問には、お答え出来ません」
「そいつは誘拐犯だ! 警察に問い合わせてくれ!」
「それを証明する事は出来ますか?」
ええい、お役所仕事マシーンめ!
「サウス・ゾーンにある小さな公園から、カタンと言う少年の名前で通報がいっている筈だ! 急いで確認してくれ!」
『御主人様、ただ今警察からこの件に関する情報が公開されました! 犯人の名前はフリードリヒ・キャリソン! 指名手配および懸賞金も設定されています!』
『ドイツ語読みのファースト・ネームに英語読みのファミリー・ネームとは、フザケたキャラ設定だな!』
思わず突っ込んでしまった。
『なお、現在進行中のクエストに関しましては、この様に入手出来た関連情報をヘッドラインで表示します! 詳しく知りたい時は項目に視線を集中して下さい!』
スプーンの説明と同時に、視界の左上で減っているタイマーの直ぐ下にインフォメーションが表示される。何とも便利なシステムだな。
だが犯人の氏名が割れたという事は、カタンの通報で警察が監視システムを捜査した事を意味する筈だ。これでこの扉は突破出来そうだ!
「今、警察が情報を公開した! 確認してここを通してくれ!」
「警察が情報を公開したという証拠はありますか?」
「だから! 今すぐ問い合わせろ! もう直ぐ警察もやって来るぞ!」
「それならば警察の到着を待つべきです」
こん畜生、のらりくらりと……俺はそれ以上反論するのを止めて、静かにホルスターからモスキートを抜いた。
「武器を使った脅迫は法律で禁止されています。武器を――」
インターホンが何か喚き始めた様だが気にせず、ドアノブの周囲を狙って引き金を引く。3発ほどレーザー弾を撃ち込んで、扉はやっと開いた。
「器物破損は重大な法律違反です。器物破損は重大な――」
繰り返されているインターホンの遠吠えを背中で聞きながら、俺はケイルの無事を祈りながら走り出した。
クエスト終了までの残り時間は、後3時間50分。ログイン可能限界まで、50分……
――――――――――――――――――――
軌道エレベーターのミドル・エリア、ヤードスペース。
その名前通りに巨大な倉庫が立ち並ぶ人影の殆ど無い大通りを、無人運転らしいトラックやコンテナ車が時々行き交っている。その大通りの脇にある歩道を、俺はスプーンの案内で目的地を目指していた。
本来ならこの様なチュートリアルとは関係の無い行為への説明は禁止なのですけど、と渋る彼女を、初心者を指定ポイントへ誘導するだけだからチュートリアルと変わらない、と強引に納得させて、最短距離を走っている。
『次の角を右へ曲がって下さい!』
『こいつだな?』
何故か羊皮紙っぽい地図を見ているスプーンの指示で、大通りから倉庫と倉庫の隙間を走る路地に入り込み、裏通りを経由して小さな公園に到着した。どうやらケイルと誘拐犯はこの公園に居る様だ。
「何処だ……何処に居るんだ……!?」
焦りながら周囲を見回す。携帯端末に表示されている地点は、今、俺の立っている位置からもう少しこっちの……
『御主人様、あれを!』
スプーンの指し示す方向に目を向ける。公園の真ん中に設置されているよく解らないオブジェの側に、小さなアイテムが落ちているのが見えた。ちょうど携帯端末くらいの大きさで――って、まさか!?
慌てて駆け寄って拾い上げる。新品の――多分、ケイルが持っている最新型の携帯端末だ。
「クソッ……」
近くに居る筈のケイルの姿を求めて、オブジェの周囲や付近のベンチの間に視線を走らせる。
その時悲鳴が聞こえた。場所は……どうやら、少し離れた所にある公衆トイレからの様だ。俺は可能な限りのスピードで駆け出した。
この公園にある公衆トイレは、現代日本での公衆トイレとは違って個室が1棟ずつ独立している形状になっている。それが2棟。悲鳴に続いて中で暴れている様な音も聞こえてくる右側の棟の扉を開けようとするが、鍵を掛けているらしい。仕方ないので扉を思いっきりノックし続けた。
「入ってます!」
中から苛立った様な声が聞こえてきた。想像していたよりも若そうな声だった。
更に扉をノックし続ける。
「ですから入ってます!!」
更に苛立った声が聞こえてくる。そりゃそうだろう。俺がやられても苛立つ。
だが、それでも止めずに扉を叩く。
とうとう扉が横に開いて――スライド式だった――男が出て来た。身長は俺より少し高い程度で、白髪混じりの髪が額に押されて頭頂部よりも後方へ戦略的撤退を完了している。黒縁の眼鏡の奥で神経質そうな目が俺を睨んでいた。
「いい加減にしろ! 入ってると言ってるだ「お願い、助けて!!」」
甲高い悲鳴を聞いたと同時に、抜いていたモスキートを男の腹目掛けて打ち込む。
男が腹を抑えて踞ったので顎を蹴り上げて、後頭部とトイレの壁にお見合いをセッティングしてやると、男は「グヘェ」と喜んでだらしなく崩れ落ちた。
『御主人様……意外と無茶なさいますね』
『緊急事態だからな。向こうも武器を持っている事だし』
スプーンに答えながら、トイレの奥に目をやる。蓋を閉めた洋式便器の上に、腕と胴体を紐の様な物で縛られた少女が座らされていた。