第67話 合流
明けましておめでとうございます。
遅くなりましたが、本年もよろしくお願いいたします。
今日ログインする前にこの洞窟についてネットで調べてみたところ、見付かったのは「迷子にさえならなければ何処を進んでも大して変わらない」と言う情報ばかりだった。
出て来るモンスターはクリスタル・ビートルだけ。
洞窟の構造も分岐が三次元になっているので多少は複雑だが、行き止まりはほとんど無いらしい。
人気が無いのも当たり前に思える。
このゲームの運営は一体何を考えて、こんな手抜きにしか見えない洞窟を造ったのだろうか。
「昔のRPGでも、一箇所で出遭う敵の種類は結構あったよな……」
四半世紀は昔の記憶を掘り起こしながら、俺は梯子をえっちらおっちらと降りていた。
どの道を選んでも変わらないのならば、取り敢えず潜ってみようと思ったからだ。深い理由は無い。
漸く降りきった梯子から地面に足を付け、周囲を確認する。
ここは直径5メートル程の広場になっており、今降りて来た竪穴以外に2本の洞窟と繋がっていた。
梯子を背にした正面の洞窟は、5メートル進んだところで下りの梯子が頭を出している。
左手には20メートル以上まっすぐに伸びており、その天井にはびっしりと張り詰めたクリスタル・ビートルの団体さんが待ち構えていた。見えている範囲内だけで、3百匹は居るだろう。
「ネットの情報通りだな」
呟きながら警棒を取り出し、俺は左手の洞窟に入った。
広場よりも若干低い洞窟内をゆっくり奥へ進みながら、一番手前のクリスタル・ビートルの群れを注視する。
ネットで仕入れた情報では、こいつ等の索敵範囲は半径3メートル前後。数匹から数十匹の群れで行動し、複数の群れが同時に襲って来る事は少ないそうだ。
つまりギリギリの距離から近付いては離れを繰り返す事で3百匹を纏めて相手にせず、紙やすりで削る様に少しずつ倒していけるらしい。上手くすれば一人でも大群を倒しきれる――と、調査したサイトには書いてあった。
「さあて……目論見通りにいける、かな?」
左手の洞窟に入って5メートル。この辺りが先頭の群れの索敵範囲に掛かるかどうかの地点である筈だ。
緊張しながら一歩踏み込む。
クリスタル・ビートル達の動きに変化は無い。
もう半歩、踏み込む。
まだ動かない。
更にもう半歩――足を動かそうとして爪先が窪みに引っ掛かった。窪みの底に泥でも溜まっていたのか、不用意に体重を乗せた足が滑る。
「のわッ!?」
詰めていた息を盛大に撒き散らしながら地面を転がり、慌てて跳ね起きる。
視線を天井に向けると、クリスタル・ビートルがどう見ても百匹以上、一斉に襲い掛かって来ていた。
どうやら二つ三つの群れを纏めて同時に相手しなければならない様だ。
「糞ッ! 結局こうなるのかよ!」
飛び込んで来るクリスタル・ビートルの群れを、警棒で付き、薙ぎ払い、拳で殴り、蹴り落とす。
群れの大半は10センチメートル以下のサイズで、こちらの一撃で片端からガラス片になって散っていく。
倒しては下がりを繰り返す事で少しずつ片付ける筈だった3百匹以上の団体さんは、群れ一つ片付けた時には次の群れに気付かれていると言う――俺にとって――最悪の状況でノンストップバトルを繰り広げた挙句に、60個の緑黄色水晶を遺して全滅した。
昨日の群れと比べるとドロップした数は少ないが、今回は大振りな物が多い。
「数じゃなくて大きさも関係するなら、これで昨日の稼ぎと同じくらいって事になるかな?」
そんな希望を口に出しながら、自身の被害を確認する。
ボディも服も、昨日よりはダメージが少ない。良い傾向だ。
「さて、もう少し先まで進んでみるか」
若干、穴が空いたり解れたりした服の様子をチェックし終えて、俺は洞窟を奥へと歩き出した。追加の群れに遭う事も無く、梯子のある広場から見えていた20メートル先の突き当りに到着する。
道はこの突き当りで左右に分岐しており、そのどちらを選んでも3百メートル程で一周してここへ戻って来る構造になっている。
取り敢えず三叉路を右に折れ、緩やかな左カーブをゆっくりと進む。
洞窟はカーブのせいで先が見通し辛く、二、三十匹程の群れと数回、出合い頭にぶつかっていた。ダメージ無く倒せてはいるものの心臓には宜しくなく、ついでに緑黄色水晶の稼ぎも悪い。
そうやって緑黄色水晶――もとい、クリスタル・ビートル――を探しながら歩いていると、行程の半分辺りで気になる所を見付けた。左の壁に高さ1メートル幅50センチメートルの四角い穴が開いていたのだ。
昨日回ったサイトにはこの穴についての記述は無かった。
「そう言えば、最近、今まで居なかった場所にもモンスターが出現する様になってるんだよな……」
もしかすると今回のクエストで増えた新しい洞窟かもしれない。
ここはPCがほとんど来ない場所だそうだから、洞窟の追加に誰も気付いていない可能性もある。
「……もしかして、俺が第一発見者か?」
まだ見ぬフロンティアへ最初に到達した事に、言い様のない興奮を覚えてしまう。
俺はスキップ気味に浮足立った歩調で穴の中へと突撃した。
入った先は直径2メートル強の丸い広場になっており、出入り口と思しき穴が二つあった。
一つは今、俺が入って来たもの。
もう一つは高さ2メートル幅1メートルくらいの縦長の穴で、階段状になった地面が地下深くへと続いている様だった。
「さあて、御開帳と参りますか……」
期待に胸を震わせながら、階段を最初の踊り場まで降りる。
踊り場までは直線で5メートル。そこから右に折れて10メートル下った所に、二つ目の踊り場が見えている。
二つ目の踊り場へ向けて足を踏み出そうとした時、装甲車のレーダーに黄色い点が現れているのに気付いた。
黄色い点は同心円の一番外側から中央へ向かい、一番内側の同心円を少し入り込んだ辺りで止まった。
暫らく見ていると、黄色い点から青い点と黄色い点が分離した。現在、レーダーには合計三つの点が存在している。
最初の点はそのまま動かなくなり、分離した二つの点が中心に重なってきた。
「これは……ペトーか?」
青い点は味方――俺のレーダー上の点も青だった――だろうからペトーだと推測されるが、この黄色い点は何だろう。|敵か味方か判別出来ない物体を表しているのは確かだろうが……。
レーダー上の動きから、最初の奴は戦車だか装甲車だかの乗り物と思われる。停まったそれから、ペトーともう一人、俺の知らない誰かが付いて来ている、のだろうか。
まさかペトーの奴が脅されてここまで案内して――
「――いや、それは無いな」
そう言う事ならば、黄色の点が一人分な訳が無い。
一番穏当な考えでいくと、ペトーが協力者を一人見付けて連れて来た、ってところだろう。
逆に一番不穏当な考えにすると、ペトーが俺を売って賞金稼ぎと一緒にやって来たなんて事になるかな。
まあ、下手にあれこれ考えても仕方が無い。
俺はペトーにチームチャットの要請を送信した。
『はいは~い。こちらペトーにゃんのまったりタイム――』
『ボケは良いから、連れて来てるお客さんについて説明しろ』
『――にゅうぅ。サーウにゃん、せっかち過ぎるにゃ。
でも、それに気付いたって事は、ちゃんと見張りやってたんだにゃ? えらいえらい』
『そりゃどうも。
で、借金取りでもくっ付いて来たのか?』
『ボクはイタリアンな豚じゃないにゃ。買い出しに行ったら知り合いに会ったんで、誘ったらホイホイ付いて来たにゃ』
ペトーの能天気そうな声を聞いて、思わず額を押さえてしまった。
ここで緑黄色水晶を集めてるのは秘密じゃなかったのか?
踊り場に座り込んで、灰色の天井を眺めながら溜め息を吐き出す。チャットには影響しないのが残念である。
『……で、そいつは何処まで信用出来るんだ?』
『どう言う事にゃ?』
『俺達がここで何をしているかをバラして大丈夫なのか、って事だ』
『ああ、そっちの方か。
ボク達がここで緑黄色水晶を集めて宇宙船のエンジンにするって話は既にしてあるにゃ。
それから拡張能力については、出来るだけ隠す方向でお願いするにゃ。手の内は出来るだけ見せないのがベストだし、それがゲームの常識なのにゃ』
『お前は保安官やってる狼かよ。
まあ良い、了解した』
『サーウにゃん、その辺の常識を知らな過ぎるからにゃあ』
『素人に多大な要求をするんじゃねぇ』
座り込んだまま腕組みをしていた俺の目の前にウィンドウが現れた。どうやら、そのお客さんをチームに加えるのを承認しろ、と言う事らしい。
ウィンドウに表示されている相手の名前は「Stinger」となっていた。
「……地対空ミサイルか?」
【承認】のボタンを押して呟くと、爽やか過ぎる男の声がチームチャットに混ざってきた。
『やあ、初めまして。スティンガーだ。
因みにミサイルからじゃなくて、とある世界的に有名なファンタジー小説のアイテムから採った名前だよ』
どうやら俺の独り言はペトーとスティンガーにも聞こえていたらしい。今回は大丈夫だが、聞こえていないつもりで変な事を口走らない様、気を付けなければ。
だが、それはそれとして、そのアイテムってのは、あの剣の事だろうか。だとしたら……
『サーウッドだ、宜しく』
『君がサーウッドか。噂は聞いてるよ、こちらこそ宜しく』
『ところでスティンガー……』
『何だい?』
『その剣の英語名は、『Stinger』じゃなくて『Sting』だったと思うんだが……』
『……』
『……』
『うん、まあ、取り敢えず、僕の名前はスティンガーって事で宜しく』
『お、おう……』
調べずに付けちゃったのかよ、名前……。
PC作成時に入力ミスをやらかした俺も、他人様の事をとやかく言えはしないんだが。
『サーウにゃんの突っ込み、スティンにゃんを綺麗につらぬいたにゃ……』
『あ、その……済まん』
『ああ、うん、大丈夫だから』
ペトーのしみじみとした声から察するに、俺の質問はスティンガーにとって大打撃だった様だ。
俺の詫びに対する答えにも先程までの元気が抜け落ちていた。
軽い世間話のつもりだったんだがなぁ……。




