第65話 腕試しの初日
暗視機能の影響で影の見えない天井を透明なコガネムシが数匹、ブラウン運動――の様な動き――を楽しんでいる。大きさは普通のコガネムシと同じくらい。
その内の一匹が天井から飛び立つと、俺目掛けて突っ込んで来た。銃弾に比べればまだ遅いが、それでもかなりの速度だ。唸る様な羽音が幽かに、だが確実に迫っている。
思わず持っていた警棒を振り回すと、運良く叩き落とす事に成功した。甲高い激突音を残して地面に衝突したコガネムシが、ガラスの破片になって飛散する。ドロップアイテムは見当たらなかった。
1メートル程先を歩いていたペトーがそれを聞いて振り返った。右手にはサブマシンガン、左手にはマラカスの様な鈍器をそれぞれ握りしめている。
「サーウにゃん?」
「いや、天井からコガネムシっぽいのが飛び込んで来たんで叩き落したんだが……」
「どれくらいの大きさ?」
「2センチくらいだったかな?
アイテムもドロップせずに消えちまった」
「どうやら現れたみたいだにゃ。
あれがクリスタル・ビートルにゃ。アイテムをドロップするのは体長が10センチを超えた奴だけだから、頑張るにゃ」
「……え? 10センチ?」
俺の足元をちらりと見てから天井に目をやったペトーが、何やら不穏当な事を口にしやがった。10センチメートルを超えるコガネムシって、そりゃカブトムシのメスじゃないか?
俺の視線なんぞを意に介さず、ペトーは天井のコガネムシ――クリスタル・ビートルから目を離さないまま質問に答える。
「ボクの知ってる範囲だと、最大で50センチクラスがあったにゃ。因みに、そのサイズでドロップしたのが直径10センチの緑黄色水晶だった――来る!」
ペトーの警告とほぼ同時に天井のクリスタル・ビートルが、今度は3匹纏めて飛び込んで来た。1匹はペトー、残りは俺を狙っている。
先頭を飛んで来るクリスタル・ビートルに向かって警棒を大根切りに振り下ろす。命中した振動が手に伝わった。散っていくガラス片がチラリと視界を掠める。
今度は振り下ろした警棒をVの字斬りに振り上げる。空振りして、二匹目が額に着弾。
激突した二匹目はそのまま跳ね返され、空中で態勢を立て直した。一瞬、動きが止まる。
そこを狙って警棒を振り下ろす。今度は命中して、二匹目も散っていく。
何か、思っていたよりも弱過ぎる気がするんだが……。
額を抑えながらペトーを見ると、飛び込んで来るクリスタル・ビートルを左手のマラカス鈍器で器用に撃ち落とした後だった。
「ま、ウォーミングアップとしては物足りないところだにゃ」
「何なんだよ、こいつら。額に特攻かまして来て、そのまま弾き返されたぞ?」
「おー、流石サイボーグボディ。
普通はヘルメットを被ってなきゃダメージを食らっちゃうんだけどにゃあ」
「……左様で」
額のぶち当たられた場所をさすりながら、ステータスを確認する。確かにダメージは受けていない。結構、痛かったんだがなあ……。
「これから、どんどん増えてくるから気を付けるにゃ」
「どうやって気を付けるんだよ、こんなもん」
「……閃きと直感と気合?」
「そんな精神コマンド、持ち合わせてねぇよ……」
可愛らしく小首を傾げるペトーの仕草に頭痛を覚えながら洞窟の奥へと目をやると、先程の奴よりは大きなクリスタル・ビートル達の姿があった。
「なあ、団体さんがいらっしゃったみたいなんだが……」
「ほにゃ? おお~、これはこれは」
距離にして10メートルくらいだろうか。洞窟の壁と言わず天井と言わず、クリスタル・ビートルの群れが張り付いている。体長は大きい物で20センチメートル程。その数は、控えめにカウントしても三桁は確実だろう。
「こうなっちゃうと、マシンガン系が無いと辛いんだよにゃあ」
「だったら先に言ってくれれば、俺だって用意したのに」
「行き当たりばったりもゲームの醍醐味にゃ」
「いらんわ、そんな味」
「まあまあ。取り敢えず弾倉1本ばら撒くから、その後で突撃にゃ」
俺が何かを言い返す前に、ペトーが右手のサブマシンガンを撃ち始めた。アメリカの古いマフィア映画に出て来る機関銃を小型化した様なサブマシンガンから飛び出た大量の弾丸が、ホースを使った水撒きの様に軌跡を空中に描いている。
撒かれた弾丸に当たったクリスタル・ビートルが次々と破砕され、そこかしこでガラス片の飛沫が上がった。
「サーウにゃん今にゃ!」
ドラムマガジンを装着したサブマシンガンから三桁近い弾丸が散布され終わり、ペトーが叫びながらマガジンを交換する。
それを横目に見ながら、俺は洞窟を奥へと走った。半分程に減ったクリスタル・ビートル達がひしめく壁に警棒を突き刺す。
偶々そこに居た、体長15センチメートルはあったクリスタル・ビートルが、ガラス同士をぶつけて割った様な音を残して散っていった。
直径3センチメートルくらいの透明な玉――多分、緑黄色水晶なのだろう――が一つ、床に落ちて転がる。
思わず目で追うと、その隣に居たクリスタル・ビートルが俺目掛けて飛び込んで来た。
避ける暇も無いので、額で受けて撃ち落とす。
額に激突したクリスタル・ビートルは呆気なくガラス片となって散り、足元に緑黄色水晶がもう一つ転がった。
「痛ぅ……のわぁ!?」
呻きながら視線を床から上げると、数十匹のクリスタル・ビートルが同時に迫っていた。
体をのけ反らしながら躱すが、体のあちこちに衝突される。ダメージにこそなっていないが、かなり痛い。まるで機関銃で蜂の巣にされた気分だ。
クリスタル・ビートル達は衝突と同時に砕け散り、足元では遺された緑黄色水晶が機関銃から吐き出された空薬莢みたいに跳ねている。集める手段としては楽だとは思うが、痛い痛い痛過ぎる……!
自衛業の皆様からの集中砲火を一身に浴びる巨大怪獣の気分を満喫させられていた俺だが、それでも弾幕が途切れる間際にはそれなりに避けられる様になっていた。払った代償は男児向けセーラー服一式。穴だらけと言う程ではないが、人前に出るのは躊躇したくなる状態になっている。
息を切らしながらペトーの方を見ると、身体の方は見事に無傷な上に、足元には俺に負けないだけの緑黄色水晶が転がっていた。
「サーウにゃん、お疲れにゃ」
「……お疲れ、どころじゃあ、ねぇ。
ぃ痛たたた……」
「大袈裟だにゃあ……」
ホイホイと緑黄色水晶を拾い始める奴に倣って、こちらも屈んで手を伸ばすが、痛過ぎて身体が上手く動かせない。それでも一つ二つと痛みに呻きながら拾い集める。
二人合わせて50個程の緑黄色水晶が手に入った。サイズはピンポン玉よりも一回りか二回り小さい物ばかりだ。
このサイズばかりがドロップしたとして、バレーボール1個分になるには……千個くらいだろうか。それが更に百個分だから――
「――これくらいの団体さんを後2千回ばかり相手にせにゃならん、か……はぁ」
目標到達までの行程を想像すると、思わず溜め息が漏れてしまった。
「泣き言を言ってる暇は無いにゃ。さっさと次参ります次どうぞ、にゃ」
「……ダメだこりゃ」
ペトーの言葉に尻を叩かれながらノロノロと立ち上がり、洞窟の更に奥を目指す。
洞窟は、ほぼ一定の大きさを維持しながら、上下左右へ微妙に曲がりながら2百メートル程、一本道で続いていた。到着した場所には左右への分岐と下へと続く梯子があった。
ここまでの行程で二回、やはり百匹程のクリスタル・ビートルの群れと遭遇し、全滅させている。手に入った緑黄色水晶もほぼ同じ数。
遭遇を重ねるごとに直撃される回数は減っている。お陰でセーラー服も着ていられる状態を何とかキープ出来ていた。
「……なあ、ペトー」
「どうしたにゃ?」
「洞窟に来る奴等って、皆、こんな目に遭いながら進んでるのか?」
「まあ、多少はこんな感じにゃ。でもサーウにゃん程酷い事になるのは無いにゃ」
「何……だと……?」
「ここに来る時は、実弾を千発単位で用意するのが常識にゃ。用意して来なかったサーウにゃんは自業自得にゃ」
「ぐぬぬぬ……せめて事前に情報があれば……」
ペトーの言い草に理不尽を覚えながら、足元の緑黄色水晶を拾い集める。俺が手に入れた緑黄色水晶は、これで丁度80個になった。ペトーの方も似た様なものだろう。
「さて、ここまで来たところでタイムリミットになっちゃったし、引き返すにゃ」
「そうするか。
出来れば明日は装備を揃え直してから再挑戦したいな」
「えぇ~……」
声を掛けてきたペトーに応えると、何故か不満そうな唸り声を漏らし始めた。
「どうした? 何か問題があるのか?」
「装備の買い出しって面倒臭いにゃ」
「をい。
お前だって弾薬の補充は必要だろうが」
「そんな事言ったって、ここから一番近所の武器屋まで片道1時間半は確実に掛かるにゃ。
サーウにゃん、明日のログイン時間も今日と同じくらいでしょ?」
「予定外の事が起きない限り、平日は大体こんなもんだな。まあ、1時間くらいなら無理して延ばせるかもしれんが」
「そうなると、武器の買い出しだけで1日終わっちゃうにゃ。それに燃料代だって馬鹿にならないにゃ」
「空を飛んで行けば安上がりだし、時間も掛からないだろ?」
「疲れるから嫌にゃ。後、あんまり当てにして欲しくないにゃ」
「……この我儘野郎め」
とは言え、ここまでペトーに負んぶに抱っこ状態で甘えてきたのも事実である。奴が嫌がっている事を無理強いするのは、流石に心苦しい。
ふぅむ……どの辺りを妥協点にすれば良いのやら……。
「それじゃ聞いてみるが、今日と同じ方法で頑張ったとして、スミスと約束した期限までに必要数を稼げると思うか?」
「ん~……――」
俺の質問に、ペトーは口元に手を当てながら暫らく考え込んだ。手持ちの弾薬だけで狩りを続けた場合と買い物に時間を割いた残りで狩りをした場合の、それぞれで集められる緑黄色水晶の数を計算しているのだろう。
「――多分無理だろうね」
色々悩んでいる様に見えていたにしては、あっさりとした答えだった。




