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第64話 晶甲虫

 他人の会話――この場合は無線越しだが――を盗み聞きするのも億劫なので、ぼぉ~っとしながら終わるのを待っていると、ペトーの声が段々と低くなっていくのに気付いた。

 こりゃあ、緑黄色水晶では有機水晶の代わりは無理っぽいかな。


 次の目的地はどこが良いのか、なんぞと思いながら、助手席の上で胡坐をかいてフロントグラスに映る林の様子を眺める。

 現在、装甲車の停まっている場所は薄暗い森の中でスポットライトの様に陽光が降り注いでおり、道の端に小さな花が疎らに散っていた。

 ペトーがここを選んだのは、多分森の樹々に通信電波を遮られない様にする為なのだろう。


「……ここから工場まで飛ぶ様な強い電波だと政府だか何だかに見付かっちまうんじゃないか?」

「通信そのものは暗号化されてるし、監視する余裕のある政府ところなんて、この惑星ほしには無い筈にゃ」

「フォーチュン評議会だっけ? 軌道エレベーターを抑えてる奴等なら出来そうな気もするんだが」

評議会あそこだって全部の電波を調べ上げる程暇じゃないと思うにゃ。まあ、地上から成層圏を超える様な、ちょー強力な電波やつなら別だろうけど」

「そんなもんか」

「そんなもんだにゃ。

 後、ここから直接工場まで電波を飛ばしてる訳じゃないにゃ。詳しい場所は知らないけど、通信波を中継する小型マイクロドローンが一定の間隔で散布されてるそうだにゃ」

「なるほどねぇ……。

 で、どうだった? 行き先は変更か?」


 どうやらスミスとの話し合いが終わったらしいペトーの説明を聞き流して、これからの予定について聞いてみると、ペトーは顔をしかめながら両手を組んで後頭部を抱えた。


「それなんだけど……」

「やっぱり緑黄色水晶は使えないのか?」

「一応、使えるそうだにゃ。

 ただ……有機水晶に比べて一手間余計に掛かって、しかも必要になる量が百倍に増えるにゃ」

「百倍!?」


 確か工場で聞いた時は、メロンサイズ1個とソフトボールサイズ1個、後はビー玉サイズが10個かそこらでエネルギージェネレーター1基分って事だったから……全部を合わせて、有機水晶ならバレーボール1個分くらいのサイズだろうか。それが緑黄色水晶ならバレーボール百個分。

 ……気が遠くなりそうだ。


「他を当たろう」

「やー、出来ればこれを狙いたいにゃ」

「何故だ? 有機水晶の百倍だぞ?

 どう考えても――」

「サーウにゃん、有機水晶がドロップする確率を知ってるにゃ?」

「――いや、知らんな」


 俺の言葉を遮ったペトーは、それでもクリスタル・ビートルを狙う理由を話し始めた。


「アーマード・フォックスだと、2百から2百50匹倒して1個ってところにゃ。これはビッグ・スネークでも似た様なもんにゃ。

 その点、緑黄色水晶はクリスタル・ビートル5匹も倒せば一つ二つはドロップするにゃ」

「ふむん……単純計算で40倍から50倍のペースか」

「しかもクリスタル・ビートルは再出現リポップのペースが比較的速いにゃ」

「そうすると、有機水晶の百倍でも無理なくドロップを掻き集められる、って訳か」

「そうだにゃ。

 後一つ、大きな理由があって――」


 説明を聞きながら頷く俺に、ペトーは意味ありげな間を取ってから、再び口を開いた。


「――あっちの方は『ドロップの持ち逃げ』が頻発してるにゃ」

「……持ち逃げ?」

「アーマード・フォックスを狩りまくって有機水晶を手に入れたら、出現したジャイアント・アーマード・フォックスを倒さずに帰っちゃう事にゃ。

 お陰で、あちこちの狩場が怪獣大決戦(バトルロイヤル)になっちゃってるそうだにゃ」

「あー……そうなったら、どうするんだ?」

「放っておけばその内消えるけど、それまでの間は周囲を破壊しまくるせいで環境破壊が凄い事になってるにゃ」

「まさか、倒された樹が元通りになるまでン十年とか……?」


 ふと急に怖い考えになって恐るおそる聞いてみると、ペトーは首を横に振った。

 流石にそこまでは掛からない様だ。


「普通は一日あれば元に戻るにゃ。掛かっても精々二、三日にゃ。

 とは言え、その間はアーマード・フォックスの出現ポップ率が落ちちゃうから、普通はちゃんと倒す(かたづける)んだけど」

「1日で森が復活か。自然保護団体が喜びそうだな」

「ゲームだからにゃ。そうでもしないと、この惑星全土が砂漠になっちゃうにゃ」

「それもそうかとは思うが、極端だなぁ……」


 よくよく思い出してみれば、初めてジャイアント・アーマード・フォックスを倒した時も周囲の森を破壊しまくっていたが、その二、三日後に訪れた時には元の森に戻っていた。

 俺が納得四割、呆れ六割程で溜め息を吐くと、ペトーが「所詮ゲームだしにゃ」と身も蓋も無い事をのたまいやがった。

 それを言っちゃあ御仕舞よお、と口に出し掛けて、自分も大概な事をやらかしているのに、ふと気付く。


「……まあ、平和主義ラブアンドピースでやっていくしかない、か」

「それ、賞金首のテロリスト(サーウにゃん)にだけは言われたくないにゃ」

「ドやかましい」


――――――――――――――――――――


 結局、ペトーの話に乗ってクリスタル・ビートルを大量殺戮す(かりまく)る事になった。

 決め手になったのは、クリスタル・ビートルの特性――レーザーが効かない上に数が多いので倒すのが面倒臭い――のせいで他のPCが避けている事と、そのドロップアイテムが宇宙船のエネルギージェネレーターに使える事がまだ知れ渡っていない事。つまり俺達で狩り場を独占出来ると言う誘惑はなしだった。


 俺とペトーはクリスタル・ビートルが生息している鉱山の入り口から少し離れた窪地に装甲車を停めて、偽装用のネットだのその辺の小枝だので隠ぺい工作を行った。

 大丈夫だとは思うが万が一賞金稼ぎみたいなのに見付かると厄介だから、と言うのがペトーの弁である。


「なあ、下手に隠して見付かったら逆効果にならないか?」

「う~ん……その辺は賭けになると思うにゃあ。この鉱山って元々やって来るPCが少ない場所だし、ここまで隠す必要は無いと言えば無いかもにゃあ」

「……じゃあ、何故にこんな大袈裟な事をやらかしたんだ?」

「万が一に備えて、かにゃ?」

「あるのかよ、万が一」

「この鉱山ダンジョン、入り口はここだけなんだにゃ。んで、ここで見張ってて探索を終えて出て来たところを狙う(プレイヤー)(キラー)な人達とか強盗団なメンバーとか、時々居るんだにゃ。

 っと、こっちにゃ」

「何とまあ、世知辛い話だな」


 ペトーの案内で幅4メートルは余裕である急な坂を九十九折つづらおりに延々と登って、いかにもな洞窟のある小さな広場に到着する。この広場や、ここまでの道の所々に穴が規則正しく空いていたのは、採掘した鉱物をベルトコンベヤーみたいな機械で運び出していた名残なごりなのだろう。


「じゃ、ここからダンジョンに突入するにゃ」

「よっしゃあ。

 得物は鈍器系で良いんだよな?」

「そうだにゃ。レーザーは透過されるし、実弾か鈍器系がお勧めになるにゃ」

「となると、今あるのはこいつだけなんだが……」


 アイテムボックスから取り出したのは、釣り竿みたいに伸び縮みする警棒みたいな奴だ。鈍器と言うほど重くはないが、他に殴れる武器を持っていない。


「う~ん、ちょっと弱いかなあ……他に無いの? 拳銃とか」

「これ以外だとナイフになるな。実弾を使う武器はリニア・カノンくらいしか――あ」

「ん? 何か良い物見付かったかにゃ?」

「いや、リニア・カノンの弾薬を補充し忘れてた」


 今更思い出しても仕方ないが、エイトヘッド・ヒュドラとのドンパチでリニア・カノンの砲弾だのを買い忘れていた。今回は使う必要も無さそうだし、良しとしようか。


「サーウにゃん……酒場で買っておかないから……」

「え? 酒場って?」

「クエストを受けた盗賊酒場にゃ。

 ……もしかして、売ってるのを知らなかったとか?」

「いや、普通酒場(あんなばしょ)で武器を売ってるとか思い付かんだろ?」

「……まあ、サーウにゃんらしいにゃ」


 確かに、街へ行けば自分の手配書があちこちに貼られているであろう犯罪者としては、御用達の店で全部揃えられるのは有り難いんだが。

 ふうやれやれ、とばかりに肩をすくめているぺトーから顔を逸らしつつ、広場からふもとを見下ろす。広葉樹を中心とした森が遠くの海岸線までうねる様に広がり、その先の水平線から軌道エレベーターが張り詰めた糸みたいに直立していた。


「サーウにゃん、現実から逃げたってどうにもならないにゃ」

「五月蝿ぇよ。

 いや、ここからでも軌道エレベーターが見えるんだなあ、と」

「まあねぇ。方向さえ合えば意外と見えるにゃ」


 二人して彼方の軌道エレベーターを暫らく眺める。

 のどかな青空には白い雲が浮かび、そよ風が広場に眠気を運び込んでいた。

 いっそここにビーチパラソルとデッキチェアを置いて昼寝でもしたくなる、そんな陽気だった。


「さ、そろそろ行くにゃ。

 その警棒ロッドだけなのはちょっと心許無いけど、多分何とかなるにゃ」

「何だよ、その投げやりなやる気は」

「正確に言うと、何とかして貰うにゃ」

「……前向きに善処しよう」


 耳と尻尾をピコピコと動かしているぺトーの後ろに付いて、俺は洞窟の中へと入った。


 この時点で、現実リアルでは午後9時30分を回っている。残り時間は30分――無理をすれば1時間30分。

 今回は、出来れば様子見で済ませて、クリスタル・ビートルを本格的に狩るのは明日以降にしたいところだ。


 洞窟は外の光が届く距離の直線で、行き着いた場所には上下に続いている竪穴と、その壁に貼り付けられている梯子があった。

 上下の竪穴は、それぞれがかなり深くまで続いているらしく、通常の視力では闇の中へ消える梯子しか見えていない。

 俺はサイボーグボディの暗視機能を使用した。真っ暗だった視界が、影の無い灰色に切り替わる。


「今日はもう時間も無いし、近場で軽く狩って終わりにするにゃ」

「そうして貰えると助かる」


 どうやら俺の事情を憶えていてくれたらしい。ぺトーの言葉に感謝しながら、俺は奴に続いて梯子を昇って行った。

 梯子で10メートルも昇った辺りに一つ目の横穴があり、ぺトーがそちらへと移っていく。

 俺もその後を追って横穴に入ると、結構幅広い――5メートルはあるだろうか――通路がほぼ直線で延びていた。


「サーウにゃん、この辺からクリスタル・ビートルが現れ(ポップす)範囲エリアだにゃ。気を付けるにゃ」


 ペトーにしては珍しく真面目な声での警告だったので、俺は伸ばした警棒を右手に持って周囲を見回す。今のところそれらしいモンスターが現れる気配は無かっ――いや、3メートル程の高さがある洞窟の天井で何かがカサコソと動いていた。

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