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第63話 狩り場の選択

「どうした? 珍しく歯切れが悪そうだが……?」

「サーウにゃん、有機水晶の事についてネットで調べたかにゃ?」

「いや。『宇宙船のエンジンに使う』程度の事しか調べてなかったな」

「つまり、何にも調べてなかったのと同じ事だにゃ……」


 俺の知識量をわざとらしい大きな溜め息で吹き飛ばしてから、ペトーは現在の有機水晶事情について説明を始めた。


「サーウにゃんが言った様に、有機水晶の使い道って今回のイベントがあるまで何も無かったんにゃ」

「ほほう。じゃあ手に入れた水晶はどうしてたんだ? そのまま捨ててたのか?」

「アイテムボックスの肥やしにするかNPCに売るか、だったにゃ」

「なるほど。で、それがどうしたってんだ?」

「……」


 俺の素直な質問は奴のお気に召さなかったらしい。露骨に眉を顰めてからペトーは口を開いた。


「今まで捨ててきてた有機水晶が重要なアイテムになっちゃったから、皆、それを手に入れようと血眼になってるんだにゃ」

「ん?

 ……有機水晶が必要なのは犯罪者ルートを選んだ奴だけじゃないのか?」

「一般ルートでも予算を抑えるのに素材を納入する事が出来るにゃ。ついでに言うと、犯罪者ルートでもバカ高いお値段を払えば集める必要は無くなるにゃ」

「……因みにどれ位のお値段になるんだ?」

「一般ルートの10倍以上にゃ。しかもスペックが上がる程、倍率もアップアップにゃ。

 そんな訳で有機水晶を手に入れようと、あっちこっちで狩り暮らしやってるプレイヤーが増えまくってるにゃ」

「なるほど。だが、だからと言ってそこまで節約する奴等が居るのか?」

「自力で集めようとしてるのは、多分、その内の三分の一くらいにゃ。後は転売目的で集まってると思われるにゃ」

「……世知辛いねぇ」


 金を積んででも欲しがる奴が居るからなんだろうが、その手の皆様の商魂の逞しさや駆除しきれないバイタリティには目を見張るものがあるな。流石にダフ屋系の方は、ネットを使った売買システムの洗練によって駆逐され、そろそろ絶滅危惧種に指定されるらしいが。


 相変わらず前方から視線を離さないまま、ぺトーは言葉を続けた。


「そんな訳でゲーム内の取引所は勿論、ゲーム外の掲示板なんかでも有機水晶の売買が今一番熱い話題になってるにゃ」

「やれやれ、だな」


 装甲車は渓谷を抜けて、見通しの良い平野部を全速力で突き進んでいた。所々にぽつんと立っている灌木が、装甲車の脇を飛ぶ様に掠めて行く。

 フロントガラスに近付いては飛び去る景色を暫らく眺めて、俺は改めて口を開いた。


「……つまり、現在は何処へ行ってもPC(ひと)が一杯で、有機水晶を簡単に集めるのは難しい、って訳か?」

「その通りにゃ。そこで、サーウにゃんの拡張能力が必要になってくるにゃ」

「周囲にPCが居ない上に有機水晶を持ったモンスターが群生している場所を探せ、と?」

「そこまでは言わないけど……ぶっちゃけると、そこまでやって貰えると助かるにゃ」

「出来るかどうか判らんぞ?

 有機水晶を持っている可能性のあるモンスターがどれかすら、まともに把握してないんだからな」

「サーウにゃん……もう少し調べようよ。昔から『段取り八分』って言うでしょ?」

「ド喧しい。素人おれVRMMO(ゲーム)の攻略なんぞをやらせるのが、そもそもの間違いだ」

「言ってて虚しくならない?」

「良いんだよ。ゲーム初めて一週間かそこらの初心者なんだから」


 俺の開き直った態度に、ぺトーは何度目かの溜め息を吐き出した。


「……とりあえず、一度挑戦してみて貰えないかな?

 駄目元で良いから」

「そりゃ試すのは良いんだが……ホイホイ見つかるもんなのか?」

「普通は見付からないと思うけどにゃあ……」


 ペトーはなだらかな丘のふもとにある大きな広葉樹の下で装甲車を停めた。幹から半径40メートルを覆う枝葉の傘は装甲車の存在を隠しはしないだろうが、気付かれにくくはしてくれそうだ。


「昨日倒したヒュドラ覚えてるにゃ?」

「流石に、それを忘れるほど耄碌したつもりはないぞ?」

「あの地域にヒュドラが現れたのは、多分初めての筈にゃ。本来はもっと南の湿地帯で見付か(エンカウントす)るモンスターなんだにゃ」

「へぇ。

 で、それがどうしたんだ?」

「……つぅまぁりぃ、有機水晶を大量に消費する状況に対してぇ、運営が対応した可能性があるって事にゃ」

「んー……てぇ事は、今まで有機水晶をドロップするモンスターが居なかった場所にも、その手のモンスターが現れるのか?」

「その可能性があるって事にゃ。サーウにゃん、察しが悪いにゃ」

「悪かったな。どうせ俺には、そんな器用な真似なんぞ出来んわ」


 相手の気持ちを察するとか空気を読むとか、そんな高度な人付き合いを俺に求めるのが間違っている。察して欲しいものだ。


「サーウにゃん……開き直っても解決しないにゃ」

「だからそんな気の毒そうな声を出すな。

 ええい、こんなクエストはとっとと終わらせて、無限に広がる大宇宙へ飛び出すぞ」

「こんなんでボク達、無事に飛び出せるかなあ……?」

「信じる者は救われる。鰯の頭も信心から。モチベーションが成功の秘訣だ。

 さて、ちょいと試してみるか」


 ペトーに軽く説教して、俺は拡張能力を起動した。

 流れ込んでくる情報から有機水晶っぽい物の存在を意識してみる。惑星の表面のあちこちに――陸上だけでなく海中にも――それらしい物の存在が散らばっているのが感じられた。


「何か、反応が怖いぐらいに沢山あるんだが……」

「そんなに?」

「多分、億単位。

 地上だけじゃなくて海にもあるみたいだぞ?」

「水中戦闘はやりたくないにゃあ。地上にある有機水晶で一番近いのは何処?」

「そうだな……ここから西北西に3百キロ程行った所に団体で居るな。ざっと見て、百は超えてるぞ」

「狩ってるPC(ひと)は居る?」

「……いや、居ないな」

「解かったにゃ。取り敢えず、そこへ向かうにゃ」

「了解」


 目的地が決まったので拡張能力を終了する。五月蝿かった頭痛が消え去り、思わず安堵の溜め息が漏れてしまった。

 ペトーは停めていた装甲車の進路を西北西に変更して移動を再開した。フロントガラスの景色が飛ぶ様に流れ始める。


「因みに聞いてみるんだが、目的地がどんなところか知ってるか?」

「う~ん……ちょっと覚えが無いんだけど、確か山脈があった筈だにゃあ」

「そこに有機水晶を持ってるモンスターって、今まで居たのか?」

「居た様な、居ない様な……」

「どっちだよ?」


 暇つぶしに聞いてみたが、どうやらペトーではらちが明かない様だ。ダイザならば即座に答えられるだろうに。情けない事である。


「別にボクはゲームの生き字引をやるつもりはないにゃ」

「だから何故、俺の脳内を読めるんだ?」

「それと、あの山脈には廃鉱にモンスターが住み着いたダンジョンがあるから……」

「ん? どうした?」

「……晶甲虫クリスタル・ビートル!」


 黙り込んでいたペトーが、いきなり大声で叫んだ。心当たりのあるモンスターを思い出したらしい。


「何だ、そのクリスマス・ビートルってのは?」

「ベタなボケはノーサンキューにゃ。

 クリスタル・ビートルにゃ。

 外見は黄緑色の宝石みたいな、でっかいカナブンにゃ」

「でっかいカナブンって……名前に『クリスタル』って付くくらいだから、色付きの水晶って事か。えらく硬そうなモンスターだな」

「実際硬いにゃ。実弾や刃物とかは一応効くけど、弾かれる事が多いにゃ。ただ、小さいサイズだと一撃で倒せるし、当たり所が良いと割れたり一部が剥げるにゃ」

「あの手の結晶にある『へき開』って奴を再現シミュレートしてるのかな?」

「多分、そんな感じにゃ。それに加えて、レーザー兵器は透過するにゃ」

「……まあ、透明ならさもありなん、だな。

 それで、こいつを倒すと有機水晶が手に入るのか?」

「問題はそこなんだにゃあ……」


 一番聞きたい箇所で、一番怪しい答えが返ってきやがった。

 思わずペトーの横顔をにらみ付けると、奴の横顔に刻まれていたのは途方に暮れた表情だった。

 気勢を削がれて、俺は背凭れに後頭部を預け直した。


「……どう問題なんだ?」

「クリスタル・ビートルのドロップアイテムは、緑黄色水晶って宝石なんだけど、これが有機水晶と同じ性質なのか判ってないにゃ」

「なるほど。つまり、集めても使えるのか判らないんだな。ネットに情報は無いのか?」

「今のところは見当たらないにゃ。大体、あのモンスターは面倒臭いから誰も狩りたがらないにゃ」

「なんで……って、レーザーは透過スルーされて物理も効き辛けりゃ、目当てのアイテムがドロップしない限りは狙いたくないか」

「加えて、唯一のドロップアイテムである緑黄色水晶も色が綺麗って以外の価値が無いにゃ。NPCショップでも買い取り額は安いにゃ」

「それで誰も狩りに来てないって訳か。

 そう言えばペトー」

「どうしたにゃ?」

「お前、あの営業――スミスだっけ? に連絡は出来ないのか?」

「連絡? そりゃ取ろうと思えば……ああ、使えるか聞いてみれば良いのか!」


 俺の言葉を聞いたペトーが一度小首を傾げて、それから大きく頷いた。ブレーキを踏んだのか装甲車のスピードが徐々に落ちていく。


 周囲の景色は暫く前から丘の連なった平地から広葉樹の林に変わっており、今では林ではなく森の中と言うべき薄暗さに染まっていた。

 装甲車は、林の中の舗装はされていない道の真ん中で停止した。

 究極の迷惑駐車を堂々とやってのけたペトーは運転席の傍にある小物入れ(グローブボックス)からマイク付きヘッドホンを取り出し、どこやらのプラグに差し込んでいる。


「おい、こんなど真ん中に停まって後続か対向車が来たらどうするんだ。せめて左に寄せておけばすれ違うくらい出来るだろ?」

「大丈夫にゃ。こんな僻地にやって来る暇人なんてボク達くらいのもんだにゃ」

「そう言われると反論出来んが……」


 ダンジョン直行にしては綺麗な路面と広い幅を持つ道に違和感を持つのは、俺がこの手のゲームに慣れていないからだろうか。どう見てもダンプカーが使っていた様なんだが。

 その事をペトーに尋ねると、猫耳にヘッドホンのスピーカー部分を当てながら答えを返してきた。


「ダンジョンって言っても、昔は鉱山だった所にゃ。鉱石が採れなくなって、代わりにクリスタル・ビートルが住み着いたって設定にゃ。

 ……っと、もしもし?」


 どうやらスミスと通信が繋がったらしく、ペトーが何やら喋り始めている。

 俺は奴の邪魔をしない様、黙って助手席の背もたれに寄り掛かった。

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