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第61話 エネルギージェネレーター発注

「では、サーウッド様所有の装甲車を宇宙船に搭載して操縦系統を二重化する事と、状況に合わせて装甲車を搭載型連絡艇として使用する事、で宜しいでしょうか?」

「はい。それでお願いします」

「それですと、装甲車にも宇宙空間航行用のエンジンが必要になりますが、どうなさいますか?」

「あう……」


 そうか。それがあったか。

 己の思い付きにのぼせていた俺は、今のピンクトゥに宇宙空間を飛び回る装備は付いていない事をすっかり忘れていた。

 もしかすると、スミスが心配していたのは過剰設備ではなく予算の方だったのかも知れない。


「……ちなみに、そのエンジンの値段はお幾らくらいになるでしょうか?」

「そうですね……大体、これ位かと」

「……今回は見送らせて下さい」


 俺はウィンドウに表示された金額を見ると同時に項垂れてしまった。ウン、無理、そんな額。

 それを見兼ねたのか、スミスが慰める様に次の提案を示してくれた。


「サーウッド様が所有されている型式ですと近距離移動及び姿勢制御用のスラスターは搭載されてますから、スラスター用の推進剤タンクを増設されれば脱出ポッドとしての利用は可能になりますが……」

「そちらの金額は?」

「これ位で」

「推進剤タンクを装甲車に追加して下さい」


 提示された金額なら予算内に収まる事を確認して、タンクの増設を追加で依頼する。余計なオプションを追加する余裕は、これで予算的にも精神的にも無くなった。


「では、この新しい仕様で製造に入らせて頂きます」

「よろしくお願いします。

 それと、こちらで使う予定だった2基のエンジンの内の1基をぺトーの方に回して頂けないでしょうか」

「はい、そちらはぺトー様からも指示を頂いております。代わりに当工場で製造予定だったエンジンの設計図をサーウッド様にお渡しする様に、とも言付かっております」


 そう言って、スミスは巻物にも見える八角柱のアイテムを取り出した。これが設計図なのだろう。


 差し出された設計図を受け取ったと同時に、スミスの事務机から爽やかな電子音が聞こえてきた。

 スミスは俺に断りを入れてから事務机へと歩み寄り、机に備えられていた受話器を取った。相手と二言三言話をしてから受話器を保留にして、俺の方を向く。


「ペトー様が、たった今、ご到着されたとの連絡が入りました」

「え……もうですか?」


 思わず聞き返してしまった。確か、工場こことピンクトゥを隠している島とは千キロメートル以上、離れていた筈だ。

 俺が工場に来てから20分ちょっと。ペトーと別れてから40分くらいしか経過していない。

 あいつ、一体どれだけ飛ばして来たんだ……。

 呆れるべきか感心するべきか悩んでいると、ミルが豆を粉砕する音が聞こえてきた。スミスが淹れ立てのコーヒーを自分と俺の前に置き、ソファーに座る。


「ペトー様もご到着されたばかりですし、ここで少し休んで頂きましょう。お先にコーヒーでも如何ですか」


 スミスの提案を聞いて俺もソファーに座り直し、淹れて貰ったコーヒーに口を付けた。酸味と苦みの少ない柔らかなコクが香りと共に口の中に広がる。予めミルク入りなのも含めておとなにはちょっと物足りないのだが、多分、俺の姿を見て子供でも飲みやすい様にしてくれたのだろう。


 のんびりコーヒーを飲みながら待っていると、部屋のドアがノックされた。

 迎えに出たスミスがペトーを連れて戻って来る。そのまま部屋の隅へ向かいペトーの分のコーヒーを淹れ始めた。

 ペトーはその間に俺の隣に座って、ピンクトゥの回収に成功して工場の人間に引き渡した事を報告する。


「助かったぜ」

「こっちはこっちでエンジン1基分の予算が浮いたから、ウィン‐ウィンにゃ」


 程なくして、スミスがペトーの分のコーヒーを持って来た。

 ペトーにこちらの状況を話しながらコーヒーを飲み終えたところで、俺達三人はオフィスを出て同じ敷地内にあるエネルギージェネレーターの製造区画へ向かった。


 工場内を移動する事10分。

 ドアを開けると、六畳程の広さの部屋があった。中央に丸テーブルが一つ。今俺達が入って来た壁面と床以外はガラス張りで、その向こうには宇宙船の組み立て工場区画の半分程の空間――エネルギージェネレーターの製造区画――が広がっている。

 ミニチュアの様な作業員達が大きな直方体に取り付いて作業している様子を、俺達はガラスの壁にへばり付く様にして見下ろした。


 この部屋はエネルギージェネレーター製造区画の三分の二の高さに飛び出した形で設置されており、打ち合わせと見学をこの部屋一つで済ませているらしい。背後の外へと繋がるドアの他に、左右のガラスの壁にも一つずつドアがあり、壁に貼り付く様に伸びる通路キャットウォークが区画を一周している。

 製造区画の四つ角には床から天井まで続くエレベーターが伸び、キャットウォークと交差する所でも乗降出来る様になっていた。

 天井には巨大なクレーンが4基、ゲームセンターの縫いぐるみキャッチャーを彷彿させる様にぶら下がっているので、エレベーターを最上階まで乗ればこのクレーンの操縦室に行けるのだろう。

 左右の壁はキャットウォークごと観音開きで全面が開く様になっているらしい。エネルギージェネレーターの完成品を運び出す為の搬出入口なのだろう。


 そして、見学室の向かいの壁には巨大な観音開きの頑丈そうな扉が三つ並んでいた。


「ほえぇ……おっきいにゃあ」

「あの巨大な扉の奥がエネルギージェネレーターの中核部品を精製する炉になります」

「中核部品、ですか?」

「はい。

 高さ15メートルの扉の奥には今回お持ち頂いた有機水晶を圧縮する為の装置があります。

 その手前にあるのがエネルギージェネレーターの本体で、あの中に中核部品を設置して組み立てると完成になります」

「……仰々しいですね」

「有機水晶を圧縮する為に尋常ではない圧力を掛けますので、どうしても大掛かりな装置になってしまうのです」

「あ、扉が開くにゃ!」


 ガラスの壁にへばり付いてエネルギージェネレーターの組み立て作業を見下ろしていたペトーの歓声に、視線を外へ向ける。

 三つある内の左端の扉が中央から開き、中からどピンク色の光と水蒸気と思われる靄が、どんよりどよどよと溢れてきた。

 光を浴びたペトーが壁にへばり付いたまま、床に崩れ落ちる。


「ふわぁぁ……綺麗なピンクぅ……だけどぉ……なんかちからがぁぬけるにゃぁ……」

「おい、ペトーどうした……な、何だこの、やる気を根こそぎ吸い尽くされ、……」


 ペトーに駆け寄ろうとした俺にも、全身に倦怠感が纏わり付きだした。奴の横で尻餅を搗いてしまい立ち上がれなくなる。


「お二人とも、これを掛けて下さい」


 側にしゃがみ込んだスミスが競泳用のゴーグルに似た眼鏡を俺達の前に差し出した。

 それを受け取って、何とか掛けると、見えている景色に変化は無いのに、抜けきっていたやる気が復活してくる。


「おお……どう言う仕組みかは解からんが、何やら凄い効果だ」

「沈んでいた気分が大復活だにゃ」

「全く……こちらへどうぞ」


 二人して眼鏡の効能に驚いていると、スミスは額を押さえながら立ち上がり、俺達をテーブルへと招いた。

 その言葉に応じて、二人並んでテーブルの周りに移動する。

 俺達がテーブルに着いたのを見たスミスは、部屋の隅にある自動販売機からジュースを取り出して――どうやら無料で利用出来るらしい――来て、テーブルの上に置いた。


「どうも申し訳ございませんでした」

「あの光は何だったんです?」


 詫びながらジュースを勧めるスミスに質問すると、困った様に眉をひそめた。


「はい、あれは完成した中核部品の冷却材が発する光です。高温高圧状態の部品を短時間で冷却するのに必要不可欠な物なのですが、あの様に人体に対して影響のある可視波長が出てしまうのが難点でして」

「作業している人達は大丈夫なんですか?」

「基本的に視覚に対してのみ影響が発生しますので、特殊なレンズを使った眼鏡を使用していれば問題ございません」

「はあ」

「それにしてもスゴイ脱力感だったにゃ。因みに冷却ってどれくらいの時間が掛かるんにゃ?」


 凄い事だけは解かる説明に相槌を打っていると、横でジュースを一気飲みしたペトーがオヤジの様な溜め息を吐き出した後で会話に加わってきた。


「そうですね……素材にもよりますが、大体二日から三日は必要になるかと」

「結構掛かるんですね」

「圧縮が終わった段階で、温度は1京度を超えておりますので」

「ほえぇ……」

「想像出来ない温度ですね……」


 華氏か摂氏かを確認する気にもなれない、何処ぞの宇宙恐竜も吃驚の高温だった。

 てぇか、そんな温度で設備が溶けてない事に吃驚だ。


 ふと視線を外――製造区画――へ移してみる。

 開き終わって固定された扉の奥から、更に強烈などピンク色の光が巨大な台座に載って引き出されているのが見えた。


「長く見続けないで下さい。眼鏡の効果も完全ではありませんので」

「は、はい」

「おおー……何か、考えていたよりも、すっごく小っちゃいにゃ」


 スミスの言葉に振り返った俺と入れ替わる様に、懲りてないらしいペトーがガラスにへばり付き直す。

 強烈な光を放っているのは、ここからだと点にしか見えない物体だった。


「あれが、中核部品って奴ですか……」

「はい。現在見えているのは大型宇宙船用のエネルギージェネレーターに使われる物ですが、直径は20センチ程になります」

「あれ一つで、オ――僕の発注した宇宙船よりも大きな船を動かせるんですか?」


 ピンクを気にし過ぎて顔を覗かせたを何とか押し戻して、聞いてみる。

 俺達と同じ型の眼鏡を掛けたスミスは、天井のクレーンが慎重に下りて中核部品を台座ごと持ち上げるのを見ながら口を開いた。


「はい。あのサイズですと、大型コンテナ千個を搭載する貨物宇宙船ならば問題無く運用出来ますね。

 戦艦や空母、巡洋艦に搭載するには、流石に非力ですけど」

「なるほど」

「良いにゃあ……いつかは戦艦、乗りたいにゃあ」


 まあ、貨物室一つまともに用意出来ない俺には縁の無い高級品、って事は確かだな。


 俺達が見下ろす中、エネルギージェネレーターに中核部品を据え付けたクレーンは、続いて周囲のブロックを運び上げ始めた。一つのブロックが中核部品の側に置かれると待機していた作業員がそれを設置していく。

 暫らくすると作業が一段落したのか作業員達がエネルギージェネレーターから離れだした。そのまま列を作って隅にあるドアから出て行くので、休憩時間にでもなったのだろう。

 全員が休憩に行ったのかと思っていたら、最後に残っていた一人がエレベーターに乗り込むのが見えた。

 俺達の居る階で止まったエレベーターから降りたそいつは、てきぱきとした歩き方でキャットウォーク進み、部屋の中へ入って来る。


「どうも。待たせたな」


 部屋に入って来たのは小柄な女性だった。短く刈られた髪とつなぎの上からでも解かるがっしりとした筋肉で一見男にも見えるが、そこだけ大きく膨らんだ胸が彼女の性別を喧伝している。

 女性は脱いだヘルメットを小脇に抱えて自動販売機から飲み物を取り出すと、俺とスミスが居るテーブルに近付いて来た。


「あたしはメアリー・ラン。エネルギージェネレーター建造の責任者だ」


 そう言って作業手袋越しに掴んでいる飲み物をぐいっと飲み干した。中々、豪快な飲みっぷりだ。


「メアリー……今日は中核部品の組み込み作業はしない予定ではなかったのですか?」

「んな事言ったってよ、営業から『客から前倒しの要請が来てる』って言われりゃ対応するしかないだろ」

「またマーティですか」


 肩を竦めて見せるランと頭を抱えているスミスを眺めながら、俺も思わず頷いてしまった。

 何処にでも居るんだな……自分だけ良い恰好をしたくて余計な仕事を押し付けて来る奴。

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