第60話 船体発注
2本の飛行機雲を残して飛び去ったペトーを見送ってから、俺は渓谷を流れる川を遡る様に走り出した。川にそれ程の水量が無い為か、川の側には装甲車1台くらいなら楽々通れるだけの比較的平坦な地面が続いている。
この川の上流にある滝が、船体製造工場の入り口になっているらしい。ペトーは「行けば判るにゃ」とお気楽な事を言っていたが、官憲に見付からない様に偽装し直した施設がそんなに簡単に――
「――そう言えば俺って、そこへ行くの初めてなんだが……ちゃんと中へ入れて貰えるのか?」
嫌な考えに辿り着いて霧散するやる気を何とか掻き集め、目的地を目指して装甲車を走らせる。
到着して一悶着あったら……後で文句を垂れ流してやろう。
――――――――――――――――――――
川沿いの道を安全運転で上流へと進む事15分。前方から大量の水が流れ落ちる音が響いてきた。どうやら結構大きな滝らしい。
更に暫らく進むと、装甲車は小さな湖――もしくは大きな池――の畔へ到着した。湖の奥に30メートルはあろうかと言う滝が見える。
俺は湖の岸に沿って装甲車を滝へと進めた。
滝の左右には広葉樹が生い茂っていた。装甲車に乗ったまま木立の中へ入る事は難しそうだ。装甲車のレーダーには人工物と思われる反応は出ていない。
拡張能力で周囲を探るしかないかと考えていると、装甲車のスピーカーから声が聞こえてきた。
『ようこそ、ペトー・タルライン様。昨日に引き続いてのご訪問、有り難うございます』
うわ……あのペトーを「様」付けして呼んでやがる。裏稼業相手とは思えない、丁寧な接客対応だ。何でまたこんな連中がこんな非合法仕事しているのだろう。
まあ、表向きが丁寧な奴程、素が出ると怖いって言うからな。気を付けておこう。
まず手始めに、こちらも猫を被っておくか。
「えーと、こちらはペトー・タルラインの代理人です。ペトーの依頼で、こちらへお邪魔しました。
工場へ伺うには、どちらへ行けば良いでしょうか?」
『お名前をお伺いしても宜しいですか?』
「失礼しました。サーウッドと言います」
『サーウッド様ですね。少々お待ちを』
ノイズと機械を操作しているらしい電子音が、スピーカーから微かに聞こえてくる。ペトーからの依頼を確認しているのだろう。
『お待たせしました。
確かにペトー様からサーウッド様の御来訪を承っております。ようこそ、当工場へ。
ゲートが開きましたら、そのまま前進して下さい』
「有り難うございます」
それ程待たされずに、工場へ入る許可が下りた。ペトーの奴、ちゃんと手配はしていた様だ。
そのまま待っていると、目の前の広葉樹の森が左右にスライドし始めた。黒々としたトンネルが現れ、照明が入り口から奥へと灯っていく。
『ゲートの開放が完了しました。前進を開始して下さい』
「了解」
そろそろ動こうかと思ったナイスタイミングで、スピーカーから進入を促す声が聞こえてきた。
装甲車をゆるゆると加速させ、安全運転を心掛けながらトンネルへ入る。車体がトンネルの入り口を通り過ぎると同時に、スライドしていた入り口の扉が閉じ始めた。外部に晒す時間を出来るだけ減らしたいのだろう。
緩やかに曲がる通路を道なりに進んで行くとトンネルの幅がいきなり広くなった。壁際には戦車や装甲車、ヘリコプターや垂直離着陸機っぽい物が合わせて10台程、整然と言うには少々雑な状態で停まっている。駐車場に到着した様だ。
「駐車する場所は決まっていますか?」
『いいえ、決まっていません。お好きなスペースに停めて下さい』
お言葉に甘えて、周囲に車――飛行機等もあるが――が少ない場所を選んで装甲車を停める。某国高級車種の名前を冠された迷惑駐車にならない様、注意しながら車庫入れする。駐車している数に比べてスペースが広いせいか、やらかしてる奴等もいるし、航空機だとそもそも枠内に収まるサイズじゃないんだけどな。
駐車した装甲車から降りると、好青年と言った風情の男が近付いて来ていた。紺のスーツを着こなした、いわゆる「イケメン」と呼ばれる部類の容貌だ。
「ようこそ。お待ちしておりました、サーウッド様。
私、ご案内させて頂く、ジョン・スミスと申します」
「サーウッドです。宜しくお願いします」
こちらが子供――の外見――にも関わらず丁寧に挨拶してくるジョン・スミス。多分偽名なんだろうが、物腰と言い子供相手に侮る気配を見せない様子と言い、営業の鑑である。
そのままスミスの案内で俺達は彼の部屋へ向かう。
途中の廊下では片側の壁がガラス張りになっており、そこからは工場区画が見下ろせた。工場区画はかなり大きな空間で、ジャンボ機よりも大きそうな宇宙船が数機、並んで組み立てられている。その周囲で動いているのは、作業員か作業状況を視察に来ている客か……
「気になりますか?」
「はい。
ここでは複数の宇宙船を同時に組み立てているみたいですけど、大丈夫なんですか?」
「大丈夫、とは?」
「ええと……宇宙船のスペックを秘密にしたい人もいるんじゃないかな、と思って」
「ああ、成る程。
確かにご自分の宇宙船の装備を知られたくないと仰るお客様もいらっしゃいます。
その様な方には、情報管理の徹底した専用の区画をご利用頂いております。こちらの区画をご利用になっているのは、スペックの漏洩よりも向上を優先されたお客様です」
「なるほど」
有料区画を使ってスペックを隠すか、その分の金額をスペック向上に回すかを選べるらしい。その辺りは人それぞれだろうし、選べるのは有り難いな。
まあ、俺達にはそんな金なんぞ元から無いんだが。
――――――――――――――――――――
工場内を更に歩き、スミスのオフィスに到着したのは、ログインしてから1時間を過ぎたばかりの頃だった。残り2時間、無理して3時間。出来ればこのログイン中にクロスター機関製造工場に辿り着きたいところだが、何処まで行けるだろうか。
案内されたオフィスは、俺の感覚で言うとかなり広かった。大体、14畳くらいだろうか。
一番奥に校長室とかでお目に掛かりそうな大きくて立派な事務机が一つと、その前に10人程が囲める応接用のテーブルとソファーが配置されていた。
事務机の側の部屋の角は2畳分程がパーティションで区切られており、食器棚と、多分給湯設備が収まっている。
片側の壁は天井まである本棚に覆われ、宇宙船のカタログや説明書と推測される書類や本が綺麗に並んでいた。反対側には大きなディスプレイが嵌め込まれ、この工場で製造されたと思われる宇宙船のPVが流れている。
ドアの前には如何にもな観葉植物と摺りガラスのパーティションが置かれ、ドアが開いていても部屋の主と来客の様子を外へ見せびらかさない様になっていた。
スミスに案内されてソファーに腰掛けるとテーブルの中央が光り、空中に昨日、俺が選んだ宇宙船の立体映像が現れた。同時に、俺が選んでおいた船体の新しい見積もりが記載されたウィンドウ――これも宇宙船と同じくフォログラムなのだろう――が、俺とスミス両方の目の前に浮かび上がる。
「サーウッド様が選ばれた船体ですが、このところの材料費高騰を受けまして、予算の範囲内に収まらなくなってしまいました」
「はい、それはペトーから聞いています。今ですと、これくらいまでなら予算を増やす事ができます」
ウィンドウの見積もり金額の下にある俺の予算――見積もりの6割程の数字が赤く表示されていた――の横にある電卓っぽい絵の描かれたボタンを押すと、予想通り電卓形式の入力ウィンドウが現れた。そこに財布の中身と相談して決めた金額を入力する。
「ふむ……申し訳ございませんが、この金額では――」
「それで、宇宙船の仕様を変更したいのですが」
「――なるほど。
では、ウィンドウから新しい仕様をご提示頂けますか?」
スミスに促されて、俺は表示されているウィンドウに表示されている構成を選び直した。
宇宙船の型式を今の物よりも格下――エンジン2基を使用する物からエンジン1基の物――のカスタム用船体に変更する。
この変更で全て空白になった船内の区画に、一番安い操縦室とエンジン1基、航行用バリア――宇宙空間に漂う塵芥から船体を守る為に必要な装置で、選んだのは勿論一番安い奴だ――と2番目に安いレーダーシステムを配置する。これだけでは区画全ては埋まらないが、そこは我慢するしかない。
最後にエネルギージェネレーターを配置する。有り難い事に、ジェネレーターは出力に関わらずパッケージサイズが固定されている為、設置費用は一定となっていた。中にはジェネレーターを複数配置して最高出力値を狙う御大尽もいるらしいが、庶民には関係の無い話である。
改めて提示した予算内に収まったのを確認して、スミスに顔を向ける。
「これでどうでしょうか?」
「はい、確かに予算内ではありますが……宜しいのですか?」
「予算が無いので仕方ありません。
後、これとは別に宇宙空間でも使用可能と聞いている多脚装甲車があるのですが、これを居住スペース代わりに搭載する事は可能でしょうか?」
「型式をお伺いしても宜しいですか?」
「はい。こちらです」
「……少々お待ちを」
ウィンドウの備考欄にピンクトゥの型式を入力すると、スミスは自身のウィンドウに表示されたそれを確認し、ソファーから立ち上がった。そのまま背後の本棚に向かい、バインダーを1冊取り出して戻って来る。
バインダーに詰め込まれているカタログをパラパラと捲っている彼を見ながら、それこそデータベースから引っ張り出せば良いのにと思ったりしたのだが、これも「パーツ選択を担当営業と交渉している」と言う演出なのだろう。
今時、車のオプションや色指定だってタブレットで選択してホログラムで確認するご時世なんだがなあ。
「お待たせしました。
これはまた……最新式の物を入手されましたね」
「ええ、運良く。それで、これを宇宙船に搭載したいのですが、可能でしょうか?」
「勿論可能です。この型式ですと、操縦システムも兼用出来ますね。操縦室をこちらに変える事で、その分の予算を他へ回せますが、どうなさいますか?」
おお、そんな事が出来るのか。操縦室の予算を削れて、その分をレーダーの高性能化なり武装なりに回せると言うのは、思ってもみなかった魅力的な話だ。
俺は暫らく悩んだ末、この提案を断る事にした。操縦システムを二重化する事で万が一の事態に備えられると考えたのだ。
それを聞いたスミスは少しだけ残念そうに眉を歪めた。彼にとってどちらが儲かるのかは知らないが、彼の経験からすると俺の考えは多分「心配のし過ぎ」って奴に当たるのだろう。
「なるほど。その考えにも一理ありますね」
なお、宇宙船から小型機で発進して敵を翻弄するなんて格好良いよな、と妄想していたのは秘密である。




