第6話 安ホテルで朝食を
そんな訳で、今朝は生欠伸と共に御出勤。
休憩室に入ったと同時にヤー……じゃなくて遠金が頭を下げに来た。
「いや、昨日言ったとおり、本当に良いって。それに、あの後ダイザに助けて貰ったしな」
「え、ダイザにッスか?」
そこで昨日の強盗さんことゼファとの話をすると、遠金は溜息を吐き出した。
「何て言うか……白森さん、初っ端からそんな濃いアクシデントとか凄いッスねぇ。イベントに魅入られてる系ッスか?」
「どんな系統だよ、それ?」
「たまに居るんスよ。そういう、知らない間にイベントフラグ立てまくりの人。意外と白森さんはそっち系で、毎日がイベントとアクシデント三昧とかになるんじゃないんスか?」
「……止めてくれよ。その手の突発的なのは苦手なんだ」
幾らゲームでも、毎日強盗に襲われたり宇宙の危機が迫ったりするのは勘弁して貰いたい。とは言え、あれでダイザと話が出来たのは良かったが。
「いや、これ戦闘系のゲームッスから。宇宙の危機はそんなに無いと思うッスけど、遭遇戦とか待ち伏せとかなら日常茶飯事ッスし。確か、もう少ししたら都市同士の大きな戦争イベントが開始される筈ッスよ」
「マジかよ。何で知ってるんだ?」
「自分達は日本サーバー稼働時から遊んでるッスから、運営のノリは解ってるッス。それに先行してるアメリカのサーバーの情報もあるッスし。向こうでスタートダッシュに失敗した連中の一部がこっちに流れて来てて、そいつ等からの話ッス」
「向こうでの失敗をこっちのサーバーで取り返す、ねぇ……御苦労な事で」
「とは言っても、一年分のアップデートを取り込んだ上でスタートはアメリカと同じでしたから、向こうのイベント進行と食い違いが出てて、なかなか思う様にはいってないそうッス」
「ん? どう言う事だ?」
「えーっと、まず、このゲームはアメリカの方で一年先行してサービスを開始してるんスよ。んで、日本のサーバーを開始する時に、その時点のアメリカサーバーと同じ世界情勢じゃなくて、サービス開始時の状況から始めたんス。システムのアップデートは最新にして」
ああ。それでアメリカサーバーで逃したイベントを追い掛けようとした訳か。結果が判っていれば、巧く立ち回れる筈だもんな。ところが、展開が全く同じにならないもんだから立ち回り損ねてストレスを蓄積中、と。……一言で言って、「ハイ、御苦労さん」だな。
「因みに、どんなところが食い違ってきてるんだ?」
「裏技を使わないとクリア出来なかったシナリオが、不具合修正で裏技を潰されて展開が変わっちゃったり、アメリカではゲームが始まって半年後に導入されたシステムが日本では最初から導入されてたんで、取れなかったアイテムが取れちゃったり、後は……このゲームには都市同士の戦争イベントがあるんスけど、アメリカでは勝った都市が日本では負けちゃったりとか」
「なるほどねぇ……それじゃあ、折角アメリカから引っ越して来ても意味が無かったって奴も居る訳だ」
「結構居るッスねぇ。あー……そうだ。すんません、白森さん、昨日の今日で申し訳ないんスけど……実は今晩、別のゲームのイベントがあって、こっちの方に顔を出せそうにないんスよ」
「そうか。じゃあ、俺はチュートリアルの続きでもやってるわ」
「申し訳無いッス」
「良いって。気にすんな」
なんぞとゲームの話で盛り上がっている間に始業時間を迎えてしまった。さて、今日も一日頑張りますか。
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仕事も無事に終了して帰宅して、晩飯を作って食って、風呂に入って――幾らゲーム内でシャワーを浴びても現実の身体が綺麗になる訳ではない。まことに遺憾ながら――いつでも寝られる準備を整えて、それからゲームを開始する。
ログオンして最初に見えたのは、ホテル・ヴァルロンの天井――に映る青空だった。
「なかなか良い天気じゃないか……」
もぐもぐと呟きながらベッドから這い出て、メニューを開いて【再装備】ボタンを押す。寝る時に外しておいた装備が一瞬で元に戻った。一度設定した装備は三つまで記憶出来るらしい。非常に便利なので現実にも導入して貰いたい。
装備を整えてから、同じくメニューにある【チュートリアルを再開】ボタンを押すと、やはり一瞬でスプーンがメイド服で現れた。
『お早うございます、御主人様! それではチュートリアルの続きを始めましょう! ――あ、でも、その前に朝御飯ですね! 御飯を食べないと力が出ませんから!』
『元気だねぇ……それはそうと、何で飯を食わなきゃいけないんだ?』
『説明致しましょう!!』
スプーンの言葉と共に小さな黒板が現れた。小さ過ぎて文字を書いても読めない気がするんだが……意味あるのか?
『まず、このゲームには『空腹度』と呼ばれるパラメータがあります! メニューの、ここに表示されている数値ですね!』
いきなり取り出した自分の身長よりも長い差し棒で、スプーンはメニューの一部を示した。確かに言われたパラメータが表示されている。
『このパラメータは、0から百までの値をとり、プレイヤーが何らかの行動――要は体を動かす事で少しずつ減っていきます!
そして、空腹度が50未満になると、各パラメータの最大値が10パーセント減少するのです! 40、30をそれぞれ切ると更に10パーセントずつ、20、10を切ると15パーセントずつ、最大値は減少していきます!』
『空腹度が一桁になると、本来の力の4割しか出せないって訳か』
『はい、そうなります! そして0になると餓死してしまうのです!』
『嫌なパラメータだな、おい!』
思わず炸裂する突っ込みチョップ!
……いかん。俺のテンションまで無意味にダダ上がりだ。
『ちなみに餓死した場合のペナルティですが、通常の死亡ペナルティと一つを除いて同様となっております。その一つだけの違いというのが……なんと、復活時の空腹度が5になるという事なのです!!』
『溜めてまで盛り上げる事かよ!』
『そうは仰いますけど、通常の死亡時は空腹度はゼロではありません。ところが! 餓死の場合は0になってしまっている訳ですから、0のまま復活しても即餓死になってしまうのです!』
『いや、理屈は解るけどさ……』
『ですので、この復活時の空腹度5というのは運営からの奢りなのです!』
『胸張って力説するほどの数値じゃねぇYO!!』
何で、こんな漫才繰り広げなけりゃいけないんだ? ふと我に返って、疲れを感じてしまった。
『まあ、そんな訳で餓死なさった場合は、復活後速やかに何かをお召し上がり下さい! でないと非常に大変かつ面倒な事になってしまいます!』
『……左様で』
『さて、そこで! 今の御主人様の空腹度ですが――』
『45、だな』
『はい。ですので、まずは美味しい朝御飯を頂いてからチュートリアルを始めましょう! ちなみに、空腹度に連動して空腹感も再現しています!』
……何か、数値以上に腹が減っている様な……俺は思わず胃袋を押さえてしまった。
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一階ロビーのカウンターでチェックアウトを済ませてから、隣接しているレストランに向かう。入り口を入ってすぐの所に食券の販売機みたいなのが置いてあった。
『このレストランでは、この販売機で料理の注文を行います! お店によってはウェイターが注文を聞きに来る場合もありますよ!』
スプーンの案内を聞いて販売機を見る。料理のサンプルが回転している映像が、そのままボタンになっていた。この時間に注文出来る料理は、どうやら三種類らしい。
「トーストセットに、鮭定食に、朝ラーメン、か……」
『メニューにつきましては、この日本サーバーオリジナルとなっています! ちなみにアメリカサーバーでの朝食メニューは、トーストセットかパスタセット、もしくはオートミールです!』
呟きながら考え込んでいると、スプーンが解説してくれた。和食がある時点でそうじゃないかと思っていたが、やはり日本向けのメニューだったか。納得しながら鮭定食のボタンを押す。
『支払いは、販売機の下の方にございますセンサーに手を触れて下さい! 出来たお料理は席にまで運んで貰えます!』
ん? これの事か? ICカードのタッチセンサーみたいな所に掌を当てると、電子音が鳴って代金の5クレジットが所持金から差し引かれる。1クレジットが百円くらいのレートなんだろうか。
『そうですね。大体そんな感じです! ただし武器弾薬類につきましては、日本での販売価格よりもかなりお安くなっています!』
そりゃ日本じゃそんな物はその辺の店じゃ売ってないからな。合法販売のゲーム内とじゃ桁違いだろうよ。
20席ほど空いている内の一番近くの席――他の客は誰も居なかった――に陣取って料理が来るのを待つ。暫くして自動操縦のワゴンが料理を載せてやって来た。マニュピレーターを使って、御飯と味噌汁、沢庵、焼き鮭に、醤油差しまで載ったトレイを器用にテーブルの上に配置する。
「ソレデハ、ゴユックリ」
と、如何にもな電子音声を残して帰っていくワゴンを見送ってから箸を取り、まずは味噌汁に手を付ける。
「こ、これは……」
『どうです、当ゲームが誇る味覚エンジンは! 味覚の再現率、93パーセントは感覚エンジンメーカーの中では断トツでございます!』
確かにスプーンが胸を張るだけの事はある。鰹節と昆布で取った出汁と言い、白味噌と麦味噌の絶妙なブレンドと言い、麩とワカメに浅葱を散らした具と言い、文句の付け様のないインスタント味噌汁の味だった。
『何と言うか……値段相応なところまでリアルだな……』
『でしょう! ここまでの再現は、そこいら辺の味覚エンジンでは無理ですよ!』
他の御飯にしても、焼き鮭にしても、やはり5百円相当の定食の味だった。何もこんなところまでリアルに再現しなくても良いのに。
ひとまずは腹が膨れたところで昨日のチュートリアルの続きを始める事にした。本日のメニューは操縦訓練である。
昨日と同じくスプーンのナビゲートに沿ってイノリン射撃訓練場へ向かう。目的地はホテルとは反対側の、サウス・ゾーンの中でもイースト・ゾーンに近い場所にあった。
『プレイヤーの皆様が操縦出来る機体には、大きく分けて、車輪型、無限軌道型、歩行型、航空型、そして宇宙船型の5種類がございます!』
てくてくと歩きながらスプーンのレクチャーに耳を傾けていると、小さな公園に差し掛かった。ゲーム開始時に降り立った広場の10分の1くらいだろうか。噴水を中心とした広場に樹木と花壇とベンチが配置されている。その公園の噴水の側で、小学生くらいの男の子が泣いていた。
「どうしたんだ、坊主?」
「ケイルが……ケイルが誘拐されて……スニーが殺されちゃったんだ!」
「何だと!? 詳しく話してみろ」
昨日は強盗で今日は殺人か。どうやらVRMMOというのは本当に物騒な所らしい。