第59話 工場への道
階段を下りて1階の酒場へ出ると、何故か昨日とそう変わらない客共が集まって騒いでいた。お前等、ここに常駐しているNPCかよ……。
「「「「ショタっ子タン、キターーーーーーーーー!!」」」」
「……ミルク。冷やの大ジョッキで」
相も変らぬハイテンションな合唱を聞かなかった事にしてカウンターシートに跳び座り、こちらをじろりと見下ろすおカミさんにドリンクを注文する。
ごとりと置かれた良く冷えたジョッキを一気に飲み干してから牛乳の代金分をカードに変換してカウンターに置き、シートから跳び下りた。
「ご馳走様でした」
「はいよ。気を付けて行きな」
「有り難うございます」
おカミさんに挨拶を返しながらカウンターの隅に陣取っているフード付マントの人物――アターシアに目をやると、俺の視線に気付いた彼女がこちらを向いてグラスを掲げた。琥珀色の液体に浮かんでいる透明な氷が涼しげな音を立てる。
言葉は無かったものの、まさかそんな挨拶をしてくるとは思っていなかったので、思わず挙動不審気味に頭を下げてしまった。
アターシアのフードが微かに揺れ、その奥で口角が少しだけ持ち上がるのが目に入る。
思わず見直した時には彼女はカウンターに向き直っていて、琥珀色が揺れているグラスに口を付けていた。
盛り上がっている野次馬共の喧騒を受け流しながら店を出ると、ぺトーの装甲車が駐車スペースに進入して来るところだった。未だ10分は経っていないのだが、お早いお着きだな。
速度を落として向きを変えている装甲車に駆け寄り、ホバー部分の上にあるステップに飛び乗る。
「サーウにゃん、早く乗るにゃ」
ステップの前にあるドアがスライドして奥からぺトーの声が聞こえてきた。
乗り込んでドアを閉めると同時に、方向転換を終えた装甲車が加速を始める。
ふらつきながら運転席へ近付き、ぺトーの隣の席に無事座った。
フロントグラスには樹々の壁に挟まれた山道が、レース番組でのオンボードカメラ顔負けの勢いで流れている。
「待たせたな」
「サーウにゃん、今日は何時まで大丈夫かにゃ?」
「出来れば10時くらい、かな」
「それだと残りは3時間ちょっとかあ……まずは船体工場へ向かうにゃ。急げば1時間も掛からずに辿り着けるにゃ」
「その前に、俺が工場へ行かなきゃいけない事態って何なんだ?」
先程ペトーの言っていた事が気に掛かったので、まずは問い質してみる。
だが俺の質問には答えず、ペトーは宣いやがった。
「そんな訳で飛んで行くにゃ」
「え?」
ペトーがハンドルを切ると、装甲車は脇道――これまでの道よりも更に深い藪に覆われた上り坂――へ加速しながら入り込んで行った。ほぼ直線の道の先に暮れ始めの薄橙色に染まる空が見えている。
「このままハンドルを持っててにゃ」
「ちょ、待て! 俺にはこんなスピードで運転する技術は無いぞ!」
「大丈夫大丈夫。このまま固定して持っててくれたら良いだけにゃ」
無責任な言葉を残してペトーが運転席から立ち上がった。
俺は慌ててハンドルを押さえる。
装甲車の進路がブレて、左右の樹の枝が車体を叩く。
「ととととと!?」
「そうそう。サーウにゃん、上手いにゃ。
じゃ、ちょっと行ってくるにゃ」
「何処へ行くんだよ!?」
俺をほったらかしたまま、ペトーは俺が乗って来たドアを開けて外へ出た。風を切る音と樹の枝の車体に当たる音が運転席にまで轟いてくる。
ペトーがドアが閉める音を聞いた直後、空がフロントガラス一杯に広がった。どうやら、この上り坂の終点は崖になっていたらしい。
ジャンプ台代わりの崖から吐き出された装甲車は、一瞬の浮遊感の後に、夕焼けに染まり出した空を上昇して行く。
ペトーが昨日ピンクトゥにやったのと同じ要領で装甲車を飛ばしているらしい。
「ったく、心臓に悪いぜ……」
取り敢えず装甲車のエンジンを止めて、俺は一人ぼやいた。
それに答える様に、ペトーの声が運転席にあるスピーカーから聞こえた。
『お疲れ様にゃ。
もう離陸したから、ハンドルから手を放しても大丈夫にゃ』
「おーけー。一応エンジンも切っておいた。
後、こう言うのは事前に説明してからやってくれ」
『エンジンカットまでしなくても大丈夫なのにぃ。
まあ良いにゃ。
そんで今、工場へ向かってるんだけど、あちらへ着く前に決めておいて欲しい事があるにゃ』
「何を決めなきゃいけないんだ?」
『宇宙船の構成にゃ』
「……何故だ?
既に決めておいた筈だが」
このゲームでPCが購入出来る宇宙船は、今までは既に完成した物だけだった。
外観を多少変える事――色を変えたりとか自己満足的な翼だの角だのを追加したりとか――は可能だったが、それが性能に反映される事は無かったそうだ。
ところが、今回のクエストと一緒に宇宙船のカスタマイズ機能が追加され、かなり幅広い性能の宇宙船を自由に――予算の範囲内で――製造出来る様になったらしい。
ネットで調べた情報では、ゲーム内で専用のエディタをメニューから起動して、
1.船体のサイズを選択する。
このサイズによって船体に配置出来る設備の数が決まる。
2.設備を配置する形状を既にあるパターンから選択するか、自分でカスタマイズする。
カスタマイズにはCADだか3次元モデリングだかの知識が必要らしい。
3.ここまでで決まった船体にコックピットやクロスター機関、エンジンと言った必須設備を配置する。
4.残った区画に居住ブロックや兵装等を配置する。
5.ここまでの選択でアイテム「設計図」が作成されるので、それを製造業者に持ち込む。
と言う流れで宇宙船をカスタマイズするそうだ。
なお、既存の宇宙船を建造して貰うだけならば、その宇宙船の型式を担当者に伝える――当人でなく、代理人が言付かっても良いらしい――だけで済む。
宇宙船のスペックにそこまで凝るつもりの無い俺は昨日ログアウトする時に予算内で収まる既製の宇宙船を選択しており、それをぺトーが船体工場の人間に伝えるだけにしておいた筈だ。
にも拘らず改めて宇宙船の選択をする必要があると言われて、俺は不信感に溢れた口調でペトーを問い詰めていた。
『製造費用が値上がりしてたにゃ。サーウにゃんの予算だと最低ランクの奴にギリギリ足りなかったにゃ』
「なんでやねん!?」
思わず某お笑い芸人風に突っ込んでしまった。
そんな値上げがあったなんて話は聞いていない。もしかしてペトーの奴が手数料を勝手に徴収しやがったのだろうか。
『そんな事しないにゃ。
ボクは少なくとも取引に関しては公明正大にやってるにゃ』
「さてどうだか。
って、何で俺の考えている事が――」
『サーウにゃんの考えそうな事くらい、するっとまるっとお見通しにゃ。
値上がりしたのは材料不足が原因にゃ』
「――ぐぬぬぬ。
って、材料不足?」
『現在、軌道エレベーターの稼働率が絶賛落ち込み中なもんだから、小惑星群とかで採掘された鉱物資源なんかの運搬が滞ってるにゃ』
「あーはいはい、どうせ俺が悪いんですYO~」
『そんな投げやりないじけ方しても可愛くないにゃ』
どうやら犯罪者PC側でのみ――一般PCの皆様は宇宙で注文と引き渡しを行うので関係無いそうだ――材料費の高騰が起きているらしい。
ならば軌道エレベーターを使わずに資材を運搬すれば良いと思うのだが、それが出来る機体が殆ど存在していないそうだ。何でも軌道エレベーターを運営している団体がその辺の開発を全て潰して回っているのだとか。
「……代替手段を用意せずに利権を総取りとか極悪だな」
『地上での争いを宇宙空間に持ち込まれたくないってのが発端らしいけどにゃ。
いざって時に大変だよねぇ。
被害を受けてるのがお尋ね者だけってのもあるから、本腰を入れて改善する気配も無いっぽいし。
一応、大気圏と宇宙空間を往復出来る宇宙船を手に入れた有志の皆さんが頑張ってるそうだけど、値段が下がるまでには至ってないそうだにゃ』
「ふぅむ。さて、どうするか……」
原因が何であれ、現状で宇宙船の製造は難しくなっている。諦めるか、もう少し状況が改善するまで待つか、無理に今造る必要は無いだろう。
『宇宙船の建造、諦める?』
「急ぐ必要は無いと思うしな。今すぐでなくても良いだろう」
『でも、それじゃどうやって宇宙へ行くの?』
「……あ」
俺って軌道エレベーター破壊を目論んだテロリストとして有名になってるんだった。下手に都市内へ行けば捕まる可能性がある――と言うか、確実に追い掛け回される破目になる。軌道エレベーターの利用はまず無理だろうし。
『一応、変装して証明書も偽造すれば無事に軌道エレベーターには乗れる筈にゃ。勿論、見付かる可能性はあるけど。
ま、宇宙にも手配書は回ってるだろうから、結局自力で移動する手段は必要になると思うよ?』
「やはり、造らなきゃ駄目かぁ」
『早い内がお勧めだよ? 実際のところ……おっと、素が出ちゃってたにゃ』
「無理にキャラを作らんでも――」
『それを含めて楽しむのもVRMMOの醍醐味にゃ』
「――左様で」
ともあれ、宇宙船は造ってしまうのが良いらしい。
ペトーから現在の製造費用を聞き出したところ、手持ちの金を総動員すれば一番下のランクの奴に何とか手が届く事が判明した。エンジンはペトーが分捕って来た奴を――再交渉の結果、俺の取り分の内の1基をペトーの持つ設計図1個と交換する事になった――使い、居住スペースと武装は無し、コックピットは一番安い奴になるのだが。
「全区画を埋められないのが辛いところだが……空気が無くても何とかなるサイボーグだから出来るコストカットだな」
『武装の無いのがちょっと不安だにゃ。
そう言えば、サーウにゃんの装甲車はどうするにゃ?』
「開いてる区画にくっつけておくのはどうだろう。
あれは元々宇宙でも使える仕様らしいからな。入り口を接続出来るのなら、生身の客を乗せる時の居住スペース代わりになると思うんだが」
『それなら出来そうな気がするにゃ』
「そんな訳で、回収は頼んだぞ?」
『仕方ないにゃあ』
そう。今回の宇宙船の再選択のついでに、俺はエンジン1基と引き換えにピンクトゥの回収をペトーに依頼したのだ。最初に宇宙船を選んだ時にはすっかりピンクトゥの存在を忘れてたんだよなあ……。
一基を盗品、もう一基を設計図から製造させるつもりだったペトーは、浮いたエンジン製造分の予算で武装を強化するらしい。
そんな訳で、ペトーには工場の近くまで連れて行って貰い、そこで一旦別れる事になった。
『ほい、到着にゃ』
「おお……流石、速いな」
それから二、三十分ほど飛んで、工場から西へ5キロメートルの渓谷にペトーは着陸した。ヘリコプターも裸足で逃げ出すであろう見事な垂直着陸だった。垂直離着陸が出来るんなら、飛び立つ時のジェットコースター離陸は何だったんだよ……。
『そっちの方が面白いからにゃん』
「いや、そーゆー余計なエンターテイメントは要らねぇから」
『そんな寂しい事は言わない約束にゃ。
あ、サーウにゃん、降りるのは待って欲しいにゃ』
頭を押さえながら装甲車から降りようと席を立ったら、ペトーから止められた。どうやら、この装甲車に乗って工場へ向かって欲しいらしい。考えてみれば、ピンクトゥの回収に装甲車は不要――と言うか、邪魔になりそうである。
「急いで行かないと、また材料費が値上がりするかも知れないにゃ」
「何処の第一次世界大戦後のドイツだよ」
装甲車ごと俺を川岸に降ろしたペトーはいつもの姿に戻ってから両足をジェットエンジンぽい何かに変え、不吉な捨て台詞を残してから飛んで行った。
……まあ、髪型は違うしパンツ一丁でもないし、大丈夫だろう。
材料費が本当に値上がりしてたらどうしよう?




