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第58話 一休みして状況確認

 日曜日の午後6時を少し回った辺り。

 俺は漸く見知らぬ惑星から地球へ帰還する事に成功した。向こうでの滞在時間は、約20時間と言ったところだろうか。


 被っていたVRCを急いで脱ぎ捨て、トイレへと走る。気分は何処ぞの競走馬か、でなければ某平安武士の幼少期である。


「ふう……まさか、ここまで長くなるとは思わなかったぜ」


 危急存亡のときを何とか乗り越え、全俺が安堵の溜め息を漏らす。

 うむ、かなりギリギリだったな。

 凝り固まった肩と背中をゴキュゴキュと動かしながら、夕暮れに染まった部屋の灯りを点ける。どうやら今日はとても良い洗濯日和だった様、だ……

 ……洗濯してないじゃねえかよ、俺。それと掃除もしてねえし。


 今日中に片付ける筈だった一週間分の掃除洗濯の予定が、何時の間にか豪快に崩れ去っていた。

 今更嘆いても仕方がない。出来る事から片付けていこう。

 俺は洗濯機を回しながら掃除機を掛け、脱水の終わった洗濯物を近所のランドリーの乾燥機に放り込んだ。

 乾燥待ちの間にスーパーで晩飯の買い物を済ませる。


 乾燥の終わった洗濯物と晩飯の材料を持って家に帰り着いたのが午後7時30分。

 特売の塩鮭を焼きつつ昨日の残りの味噌汁に火を通し――そろそろ日持ちに気を付けなければならない――て、皿と椀に盛り付ける。

 買って来たお勤め品の惣菜を、こちらは面倒臭いからパッケージのままでテーブルに並べ、冷蔵庫に保管しておいたご飯をレンジで温めて晩飯の準備はほぼ完了した。


「最後にこいつを取り出して、と……

 んでは、いっただっきま~す!」


 スーパーで奮発して来た本日の秘密ビックリドッキリ兵器アイテム、普段は売り切れで中々お目に掛かれない地ビールをコップに注ぎ、まずは一口。

 うむ。

 これだから晩酌は止められん。


 こうして本日のログイン予定は全て終了してしまった。

 すまんな、ペトー。

 棚に残っていた最後の1本が目に入ってしまったのがいけないのだよ。


――――――――――――――――――――


 当初の予定よりもじっくりと休み、気力体力が充実した状態で迎えた月曜日。

 仕事の方も順調に進み、昼休憩には遠金と互いの現況を報告し合っていた。


「こっちは材料集めも終わって組み立て待ちになったとこッスね」

「順調そうで羨ましい限りだな」


 どうやら4人共、現在は小惑星群で採掘三昧らしい。

 ……よにん?


「ゼファが付いて来てるンスよ。

 宇宙船建造クエストはやってないッスけど」

「……何を考えてるんだ、あいつは」

「どうもサーウさん目当てだったみたいッス。

 お尋ね者ルートへ回ったって聞いてからは、自分達とサーウさんが合流するまで一緒に居るつもりみたいッス」

「……一体、何処を気に入られたんだろうか?」

「外見……ッスかね?」

「ショタコン、ってやつか……」


 思わず休憩室の天井を仰いでしまった。

 遠金も額を抑えながら溜め息を吐いている。何と言うか、いつも済まないねぇ。


「ま、彼女が一緒に居てくれるんで、こっちも楽出来てるのはあるッスから」

「そう言って貰えると助かる。

 軌道エレベーター破壊したのだって不可抗力だってのに、あいつ等ときたら……」

「そっちも苦労が絶えないみたいッスねぇ」

「まあな。お互い、頑張ろうや……」

「ッスね……」


 最後はお通夜みたいになってしまったが……ともあれ、情報交換は昼休みの時間内で滞りなく終了したのだった。


――――――――――――――――――――


 昼からの仕事も順調に片付き、残業も無く帰宅する事が出来た。

 帰り道にある弁当屋で安売り時間に突入したばかりの鳥南蛮弁当を買い込み、家路を急ぐ。


 昨日は結局夕方からのログインを見送った為、あの後、ペトーが何処まで進んだのか状況が判らない。大丈夫だとは思いたいが、あいつの事だから何かしらやらかしている可能性を否定出来ない。

 弁当を掻き込んでVRCを手に取る。少し――いや、かなりドキドキしている。ちょっと慌て過ぎだろうか。

 深呼吸でもして落ち着こう。


 ……。

 ……。


 良し、落ち着いた。

 改めてVRCを被り、ゲームにログインする。


 周囲が真っ白に染まって暫く待っていると、ゆっくりとログハウスの天井が滲み出てきた。後頭部に枕の感触が現れ、首から下は羽毛布団と思しき重量に覆われている。


「? 昨日ログアウトする時には、メンテナンスポッドに入った筈なんだが……」


 首を傾げていると画面の端の方で何かが点滅しているのに気付いた。どうやら俺宛てのメッセージが3通、送付されているらしい。メッセージ到着を知らせるアイコンを凝視するとウィンドウが目の前に開かれた。

 メッセージの送り主はゼファとペトー、そして運営からだった。


【添付資料について】

【サーウにゃん来てくれないから泣きそうだったにゃ☆】

【ベッドの寝心地は如何でしたか? ログイン時のベッド利用について】


 以上が各メッセージのタイトルである。

 ゼファとペトーからのメッセージは昨日送付されたもので、運営からのメッセージはつい先程――俺がログインした直後に送られていた。


 最初に運営からのメッセージを選択して表示させる。タイトルから推察される通り、先程俺が口にした疑問に対する回答が記載されていた。

 曰く、サイボーグボディのプレイヤーが宿泊施設等の安全な場所でメンテナンスポッドを使ってログアウトした時、次回ログイン時にボディの修理が完了していた場合に限り宿泊施設のベッド――もしくは、それに類する設備――を利用した状態でゲームに復帰するサービスを始めた、との事だった。


「確かに、『ベッドに寝れないのは勿体無い』とは思ったけどなぁ……」


 ……まあ、堪能出来たんだから良しとしよう。


 さて次はどちらのメッセージを読もうかと指を彷徨わせていたら、ペトーからボイスチャットの依頼が入った。

 取り敢えずこっちを優先するか、とボイスチャットを繋げば、普段よりも半オクターブ低い奴の声が聞こえてきた。


『サーウにゃん、ご無沙汰しておりますにゃ。

 昨日はお楽しみでしたね』

『流石に12時間以上連続ってのが年寄りにゃ意外ときつかったんでな。ログインし直す根性は残ってなかったんだ』


 嫌味ったらしいペトーの言い草に適当な返事を返しつつ、奴からのメッセージを一応確認する。こちらの方も嫌味ったらしい前文がつらつらと並んでいた。ケツの穴の小さい奴だ。


『メッセージは読んでくれたかにゃ?』

『丁度今から読むところだ……時候の挨拶が長過ぎるな』

『それはボクの心情を端的に表した文章表現にゃ。

 ま、それは置いといて、現在の状況を説明するにゃ』


 どうやらこの長文を解読する必要はなくなったらしい。余計な時間を取らずに済むのは有り難い事である。

 俺はペトーに感謝しながら、最後に残っていたゼファからのメッセージを選択して開いた。


『サーウにゃん、メッセージ読まなくて済んだからって他の事しながら説明を聞く気かにゃ?』

『……はて、何のことやら』

『真面目に聞いて欲しいにゃ』

『我が侭な奴だな』


 ふうやれやれと溜め息を聞かせながら、メッセージに目を通す。何やら画像ファイルが添付されている様だ。

 まさかこんなゲームの中にまでウィルス憑きを添付する事もあるまいと何も考えずに表示させると――


「――何じゃこりゃあああ!?」


 思わず声に出して叫んでしまった。

 お揃いのセーラー服を着た男児と女児の二人が酒場のカウンターに並んで座っている画像が、視界に飛び込んできたのだ。言うまでも無く、昨日の俺とペトーである。

 画像はそれ一つだけでなく、二人が同じ仕種で小首を傾げていたり、二人してジョッキを呷っていたり、挙句の果てには片方がガチムチなおっさんや姐さん達に襲われかけている画像まであった。引っ張られたセーラー服の襟刳りから覗く鎖骨がラブリー可愛いと評価したくなる一枚である――その被写体ターゲットじぶんでなければ。


『あー、やっぱりゼファにゃんからメッセージが届いていたにゃ』

「何故お前が知っている!?」

『ネットの掲示板にアップされてるにゃ。

 これでサーウにゃんも皆のアイドルにゃ』

「却下だ、却下!」

『時既に遅しなので諦めるにゃ。

 まあ、それはそれとして話を始めるにゃ』

『……返事が無い。ただの屍の様だ』


 恥ずかしさの余り、起き上がったばかりのベッドに再び倒れ込んで放心状態の俺に、ペトーは容赦なく状況の説明を開始しやがった。

 枕に顔を埋めながら心を落ち着けて、奴が垂れ流す話を聞く。


『まずは貰った方の座標なんだけど、そこへ行ったら何か怪しい人がテント暮らししてたにゃ』

『街の公共スペースで恒常的にビバークしているフリーダムな職業の人だったのか?』

『山の中だったから、ただのキャンプ好きだと思うにゃ。

 その人から次の場所を聞いて、って言うのを3回繰り返してやっと工場に辿り着いたにゃ』

『警戒レベルがえらく厳重だな』

『原因を作った人に言われたくないにゃ』

『だから俺のせいじゃないと……はあ、もう良い。

 それで二人分の船体は製造し(つくっ)て貰えるんだろうな?』


 全く、どいつもこいつも俺を悪者におとしいれ様とばかりしてきやがる。

 流石に反論するのにも疲れてきたので、話の続きを促す。


『一応は製造して貰える事になってるんだけど――』

『歯切れの悪い返事だな?』

『――外観とか搭載するユニットの指定とか、その辺の話をしなきゃいけないから、サーウにゃんを連れて行かなきゃいけないにゃ』

『何だ、そんな事か。行くのは構わないし、何だったらそっちで適当に決めて貰っても良かったんだが』

『それが色々あるんだにゃ』

『ふむん。それじゃ、これからその工場へ向かえば良いのか?』

『うん、そんなところ。今、盗賊酒場そっちへ向かってるから、10分後に店の前で待ち合わせにゃ』

『了解。待ってるぜ』


 ボイスチャットを終了して枕から顔を上げる。

 ぺトーが到着するまでに部屋の床に置きっ放しているメンテナンスポッドを片付けて、外に出なければならない。……流石にそれだけで10分は掛からないよな?


 ともあれ、今日の行動予定は、奴と合流してから決めるしかない。

 何しろこっちは社会人で明日も仕事があるのだ。余り遅くまで遊ぶのは体力的にも辛過ぎる。粘っても精々4時間が限度だろう。

 気が付けば徹夜していた、なんて事にならなければ良いのだが……。


「ま、なる様にしかならん(ケ・セラ・セラ)、か」


 これ以上一人で考えても仕方がない。

 言い訳じみた独り言を口にしながら、俺は部屋を後にした。

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