第57話 再び盗賊酒場にて
ゲーム内時間で約1日前にクエストへ出発した地点――店前の駐車スペース――で、残していったペトーの車――ホバー式の装甲車――を借りてボロボロになった装備を着替える。
戦うたびに何かしら装備を壊しているのは、俺の腕が未熟なのか敵が強過ぎるのか……微妙なところである。
「またこいつを着る破目になるとは……待たせたな」
「おお~! サーウにゃん、似合ってるにゃ」
そんな訳で、今俺が着ているのは二度目の男児用セーラー服と半ズボンにハイソックスである。これが子供服の広告とかであれば「可愛いんじゃないか?」等と無責任に言えるんだが、自分が着るとなると慣れてない分、恥ずかしさがスパイラルに増加中だ。
因みにペトーの格好は……たった今、俺に合わせてお揃いのセーラー服――ただし、下半身がスカート――に変更された。服を着ているのではなく、着用した姿に変身している様だ。
「水兵さんのコスプレすいへいさんのこすぷれスイヘイサンノコスプレ……」
精神安定の為の呪文を小声で唱えながら、俺は不審そうにこちらを見ているペトーを引き連れて酒場のスイングドアを押し開けた。
「「「「キャー!! セーラーロリショタップル、キターーーーーーーー!!」」」」
出迎えてくれたのは、ソプラノからバスまで取り揃えた黄色い歓声だった。
お前ら、真昼間から酒場なんぞに屯して酒かっ喰らっうとか、良い御身分だな。それと何だよ、その「せーらーろりしょたっぷる」って呪文は。
きゃいきゃいきゃわきゃわと姦しいテーブル席の間を押し通って、カウンターシートに飛び乗る。カウンターの中に居たのは昨日の如何にもなおっさんではなく、筋肉と脂肪が程良く中和した、「肝っ玉母さん」とか「おカミさん」とか呼ぶのが相応しいおばさ――女性だった。コワイネ、オンナノ勘ッテ。
「何を飲むんだい?」
ジョッキや洗濯物よりもバズーカをぶん回してる方が似合いそうな表情で注文を聞いてくる。この辺り、流石盗賊酒場を切り盛りするだけの事はありそうだ。あのおっさんの奥さんだろうか。
「生の大を」
「ボクはオ・レンヂジュース。ジョッキで」
「……お前、アレを頼むのか?」
「慣れれば美味しいにゃ」
すまし顔でカウンターの端に顎を載せているペトーを眺めていると、おカミさんがジョッキを一つだけ持って来た。
「はいよ、オ・レンヂジュースだよ。
それから、うちじゃ子供にはアルコールを出さないんだ。他のを注文しな」
「えぇ~……どうせ犯罪者しか居ないんだし、良いじゃんかよぉ」
思わずペトーの真似をして顎をカウンターに載せ、上目遣いでおカミさんにねだってみる。
おカミさんは俺の方をジロリと睨み下ろして腕を組んだ。その視線に込められている迫力は、下手なチンピラよりも数十倍は上である。
「子供の内からアルコールなんか飲んでてごらん。それ以上背が伸びないよ?」
「……ミルクを。冷やの大ジョッキで」
俺に出来たのは、ぶすくれた声で注文を変更する事だけだった。
やって来た牛乳を一気に飲み干し、オヤジ臭い一息を吐いたところで、おカミさんを見上げる。
「おカミさん、『きらめきを見に行く足を手に入れたんだけど次はどうすれば良い』?」
「あ、ボクもボクも! 二人で頑張って手に入れたのー!」
ネットで調べておいた俺の合言葉にペトーがちゃっかりと便乗しやがった。横目で睨みながら、その向こうで静かにグラスを傾けているフード付きのマントを被った人物――アターシアの様子を窺う。
前回同様の仕種でフードを脱いだアターシアは、愁いを含んでいるのか雰囲気に酔っぱらっているのか微妙な視線を俺達に投げ掛けてきた。
「そう……
無事に成功したのね。
貴方達に希望を託したのは間違いではなかった」
アターシアの言葉が終わると同時に、ファンファーレがなり、クエストが終了した旨のメッセージが視界に表示された。
急な祝福に危うく声を上げそうになる。
「んゎ……そりゃ、どうも」
「ねーねー、次はつぎは~?」
「がっつくんじゃねぇ」
俺はペトーの旋毛に手刀を落として、アターシアに謝った。
「連れが五月蝿過ぎて、どうも済みません」
「気にしないで良いわ。
その元気の良さは、宇宙で生きていくのに大いに役立つでしょう」
「……恐れ入ります」
「ホラ、サーウにゃん難しく考え過ぎにゃ」
「調子に乗るな」
「キュウゥ……」
もう一度旋毛目掛けて手刀をヒットさせると、ペトーは頭を抱えた状態でカウンターを枕に討ち死にした。それを見たおカミさんから香典を兼ねたお代わりが供えられる。ついでに俺もお代わりを貰っておこう。
何にせよペトーらしい、あざとさを目一杯強調した可愛らしい最期だったと言えるだろう。南無南無……。
「勝手に殺さないで欲しいにゃ……」
「自業自得だ。静かにしてろ」
そんな俺達の様子を他の客達と一緒に生暖かな目で見守っていたアターシアだったが、俺の視線に気付くと同時に愁いを帯びたいつもの営業スマイルに切り替える。
……あんな表情も出来るんだな。
「さて……あのエンジンを実際に見た貴方達には解かるでしょうけれど、あれは宇宙を飛ぶ為の翼でしかない」
「エンジンに供給するエネルギーをどうにかする必要があるにゃ?」
「その通り。
そしてもう一つ、宇宙船の船体が必要になる……」
「……そりゃそうだわな」
実は今回分捕ったエンジンはクロスター機関とは別の――全く無関係ではないらしいが――システムで、エネルギーを効率良く盛大に噴き出す為の機械らしい。
そのエンジンに供給するエネルギーを創り出すのが件のクロスター機関なのだが、これを造る為には色々とアイテムを掻き集めて持ち込む必要がある。
エンジン強奪の旅の最中にペトーから聞くまでは、俺もエンジンの事をクロスター機関と言うんだとばかり思っていた。紛らわしい。
まあ、最悪、俺達チートサイボーグボディならば自前のエネルギーをエンジンに直接供給すると言う荒業もある――実際にペトーが強奪する時に使っていた――んだが、それをするとピンクトゥみたいにヤーウィ達に貸す事が出来なくなる。やはりクロスター機関は搭載しておくべきだろう。
そんな事をつらつらと考えている間に、アターシアはまたもや紙を、今度は2枚滑らせてきた。1枚ずつが俺とペトーの前で綺麗に止まる。ネットの情報によれば、それぞれ船体工場とクロスター機関製造職人の居場所が書いてある筈だ。もっとも、その場所は惑星上には1箇所だけなので、最悪は紙が無くても目的地には辿り着ける。
因みに、正規のルートでは、鉱物資源を採掘している小惑星群近辺で代理店が営業しているらしい。羨ましい限りである。
俺は貰ったメモを開いて座標を確認した。隣のペトーも見事なユニゾンで同じ行動を取っている。
「「……あれ?」」
声まで綺麗にハモってしまった。メモに書かれていた目的地がネットでチェックしたものと食い違っていたのだ。
互いのメモを交換して、もう一つの座標を確認し……もう一度綺麗にハモった声を上げた。
そして、二人同時にアターシアへ顔を向けて小首を傾げる。
「どうしたのかしら?」
「確かこの惑星には、宇宙船を建造する工場とクロスター機関を作れる工房は一つずつしかない、って聞いたにゃ」
「なのに、他の人から聞いていた座標と違ってるし、教えて貰った座標は二人とも同じ場所だし」
「良く勉強しているのね。
そう……
本来ならば、その二つは別々の場所にあったのよ」
アターシアはノリノリの口調で解説を始めた。俺達に向けていた視線をそっと外し、目の前に置かれたグラスの、その先を見詰めている。
一体、何があったのだろう。
ネットで調べた限りでは、どのサーバでもこれ等の施設は一つずつで、しかも場所が移る事は無かった……いや、確かヨーロッパのサーバだったかで工場が引っ越した事があった筈だ。
「……工場の位置がバレたんですか?」
「ええ、そう……」
以前発見された超々々々ジュラルミン等の資源やこのクエストでのエンジン工場等の施設は、サーバ毎でランダムに配置されているらしい。
ヨーロッパサーバでは運悪く犯罪者用宇宙船体製造工場のすぐ隣にマンガン鉱山だったかが現れてしまい、各都市連合軍によって破壊されたそうだ。工場自体は別の場所で再開したが、お陰で船体製造費が倍近くに跳ね上がったとネットの情報サイトに載っていた。
「あちゃあ……見付かっちゃったかあ……」
「……ツイてないなぁ」
俺とペトーは思わず天井を見上げて溜め息を吐き出し、俺は牛乳を、ペトーはオ・レンヂジュースを、それぞれジョッキに残っていた分を纏めて喉に放り込んだ。
こればかりは運が悪かったとしか言えないだろう。
ただ、日本サーバで製造費が馬鹿みたいに高騰したと言う話は聞いていない。ヨーロッパサーバよりはマシな形で収まったのだろう。
いつの間にか背後の客共が静かになっいた。俺達を注視している様だが、工場が移転した経緯を知りたいからだろうか。
「それで――」
「この前の軌道エレベーター破壊事件」
「――え?」
新しい工場について聞こうとしたペトーを遮って、アターシアが口を開く。
その言葉の中に含まれていた嫌な単語に、俺は牛乳を飲みかけたまま咽てしまった。
「軌道エレベーターの損害はそれ程でもなかったそうだけれど、破損した部品が地上に落下したの……」
「それって、まさか……」
「後、百メートル。
右にずれていたら直撃だった。
そう聞いているわ」
「……サーウにゃん?」
「お、俺のせいかよ!?」
あれは巨大兎の野郎が勝手にレーザーを吐いて勝手に命中させただけであって、俺が狙って撃った訳じゃない。
だが……そう考えているのは、この酒場では俺独りだけらしかった。横の奴等だけでなく、背後の客共や、カウンターの中のおカミさんまでもが俺を睨んできやがる。
「孤立無援かよ……」
俺はカウンターの枕を涙で濡らした。
その様子を隠しカメラか何かで撮っているらしい音が幽かに聞こえる中、アターシアが俺を庇う様に呟く。
「直接的な被害は出ていないから製造に掛かる費用は貴方達が思う程値上がりしていないわ……
連絡を取る為の手段が、一手間増えただけ」
「それが、この新しい座標にゃ?」
「……先ずは、この座標へお行きなさい。
そこでの出会いが、
貴方達の運命を決めるわ。
それと、座標が一つなのは、この機会に二つの工場を一箇所に纏めたから」
どうやらクエストの手間が減ったらしい。有り難い事である。
俺達に説明を終えたアターシアはフードを被り直した。
この座標に居る代理人だかと会うのが次のステップになるのだろう。
クエストを次の段階へ進められたので、俺は一旦ログアウトする事にした。現実時間で今日中に復帰出来るかは不明だ。年寄りには丸一日ゲーム三昧は苦行なのである。
ペトーの勧めでおカミさんに話をしたところ、酒場の2階にある部屋を借りる事が出来た。盗賊酒場の2階と3階は宿屋代わりに部屋を貸しているそうだ。
俺はドリンクと部屋の代金を纏めて払ってから、カウンターの脇の壁を刳り貫いて追加した様な階段を登って部屋へ向かった。
その俺に襲い掛かろうとする一部の破落戸共が互いに牽制し合った挙句、誰が俺と一緒に寝るかを巡って肉体言語での話し合いを始めている。
頼むから寝てる最中に夜這いなんぞ掛けるじゃねえぞ、手前ぇ等。
階下から未だ聞こえる騒音に頭痛を覚えながら部屋へ入り、扉の鍵を入念に掛けておく。
ゲームの仕様上、ログアウト中のPCは物理的に消えているので、階下の奴らが部屋に押し入って来ても大丈夫とは思うが……一応ブービートラップとか仕掛けておいた方が良いのだろうか?
「……仕掛けておいてログアウトしたら、ドロップアイテム扱いで消えて無くなるかもしれんな」
止めておくか。
部屋の中はログハウス風の丸太を積み重ねた壁に囲まれており、トイレやシャワー、洗面所と言った設備は付属していない。家具は木製の頑丈そうなベッドと小さなテーブルが一つ。
本当に寝るだけの部屋である。
「だがまあ、布団は良い感じで暖かそうじゃないか……あ」
ベッドに潜り込もうとして、思い出した。
そう言えば音速を突破した状態から地面に激突して、サイボーグボディにダメージを喰らいまくっていたんだった。
捲り上げた暖かそうな掛け布団を元に戻して、俺はアイテムボックスからメンテナンスポッドを引っ張り出して床に設置した。
「……もしかして、俺って今後はゲーム内でのベッド利用は出来ないのかな?」
ダメージを喰らっていなければポッドを使う必要は無いから、ベッドで寝られる筈……だと良いなあ。
そんな事を思いながら、俺は未来的な棺桶の中からログアウトした。




