第53話 脱出したら
「別に何も待ってないさ。
ただ、今回の強盗でどれ位の被害を出したか、ちょっと知りたくなってね」
「俺の職場吹っ飛ばしただけじゃ物足りねぇのかよ!」
「いや、そう言う訳じゃなくてだな――」
「片割れが帰って来るのを待ってるのか?
残念だが奴はここから千キロ以上離れた場所に居るんだぜ?」
好戦的に持ち上げられた口角が彼の笑顔から爽やかさを消し去り、隠していた獰猛さを曝け出させている。
ふむ。どうやら自警団もリアルタイムの情報伝達は出来ているらしい。まあ、チームチャットを使えば可能な事だしな。
だが、俺の方は拡張能力のお陰で更に精度の高い情報を入手出来ている上に、それをペトーへ送信している。位置情報だけでなく、ここでの会話の内容も含めてだ。
「ああ、そうだな。あんた等のお仲間はこの島から南南西に2千3百キロばかり行った辺でこっちへ向けて頑張ってる最中だ。
だが、こっちはロケットエンジン3基を束ねて加速中なんだぜ?」
「何?」
「高々千キロ、2千キロ。外宇宙を飛ぶ為のエンジンにしたら大した距離にはならないんじゃがぐッ!?」
偉そうに種明かしを始めたら急に首が絞まった。上空百メートルでマッハ20に減速したペトーから伸びた手が俺の襟首を引っ掴んだらしい。
ソニックブームと情けない悲鳴を後に残して、俺は窮地から大空へと脱出する事に成功した。
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「消えた!?」
「糞ッ! 奴等を甘く見過ぎてたか!」
「航空部隊、急いで帰投してくれ!」
「畜生、衝撃波をモロに喰らった!
医療兵! 医療兵!」
慌てだすガリウス達の声が幽かに聞こえてくる。
折角、何処ぞの怪盗ばりの捨て台詞を残そうと思っていたのに、そのタイミングを逸してしまったのは残念だ。
取り敢えずチームチャットでクレームを入れておこう。
『ペトー、ナイスタイミングでの救出、助かったぜ。
危うく絞首刑になるところだったがな!』
『贅沢言わないにゃ。こっちはサーウにゃんの危機一髪に間に合わせる為にマッハ40まで加速して来たにゃ。一つ間違ってたら拾い損ねてたところにゃ。
大体、ボク達はサイボーグなんだから首を絞められても窒息しないにゃ』
『……おお!』
言われてみればその通りだ。とは言え、やはり首がきゅぅ~っと絞まるのは良い気分じゃないけどな。ピンチに駆けつけてくれたのは大変に嬉しいんだが。
何はともあれ、強奪は成功だ。クエストも次の段階へ進む。
そう。宇宙へとまた一歩、近付いたのだ。
『まあ、その為には一度、例の酒場に行く必要があるんだけどにゃ』
『いっその事、このまま大気圏を離脱して宇宙へ行かないか?』
『出来ればクエストを進めて、エンジン以外の物も手に入れたいにゃ』
『あー……それもそうか』
このクエストの続きとして宇宙船の船体およびエネルギージェネレーターの入手がある。どちらも宇宙へ上がってしまえば入手する事は可能なのだが、勿論、非合法になるので手間が掛かる上に値段も一般のPCに比べて割高――つまりコストパフォーマンスが悪い。
そして、このクエストを継続した場合に限り、一般PCと同額――手間隙や危険度は別として、だが――で宇宙船を製造出来るのだ。
従って可能であればクエストを最後まで完了させて、完成した宇宙船でそのまま宇宙へ飛び出すのが非合法のルートを選択する時の定番になっているそうだ。
『それじゃ、このまま酒場へ向かうのか?』
『そうだにゃ……エンジンを何処かに隠して――え?』
『ふぇ?』
ペトーとこの次の予定を打ち合わせていたら、後頭部付近からビリリリと布の破れる音が聞こえてきた。一瞬、浮遊感に包まれた身体が下へ向かって加速を始める。ここまで何とか保っていた襟がエンジンの再加速に耐えられず、とうとう破れてしまったらしい。エンジン3基を抱えたミサイルっぽいシルエットのペトーがどんどんと小さくなっていく。
『サーウにゃん、ついでだから着陸したらそのまま酒場へ向かって欲しいにゃ』
『え? ちょ、回収してくれないのかよ!?』
『スピードを出し過ぎててUターンが難しいにゃ。
じゃ、酒場で待ち合わせにゃ☆』
『おいペトー、ちょっと待って――』
高度千5百メートルでペトーから切り離された俺に向かって、地面が急速に近付いて来た。ペトーの言い草に文句を付ける暇も無く、俺の眼前に黒々とした針葉樹が迫る。
「ペェェェェェトォォォォォォォ――!!」
ちゅどど~~~ん……
怨嗟の声と爆発音を森に響かせて、俺は無事に着陸した。
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「く、糞ぉ……ペトーの野郎、今度会ったら覚えておけよ……」
何処かの森の奥深く、つい先程完成したばかりのクレーターの底から這い上がりながら、俺はペトーを罵倒していた。
起動しっ放しの拡張能力によると、ここから例の盗賊酒場までは百キロメートル程続くアップダウンの激しい山道――谷も尾根も無視しての直進コース――となっている。あの状況からすれば、かなり近い場所に着陸出来た様だ。
下手に踏み込むと崩れる足場を何とか登り切り、クレーターの縁に辿り着く。振り向いて見下ろせば、直径50メートル程の半球状の穴が山の端から出て来たばかりの太陽に照らされて瑞々しい土の色を晒していた。
良くもまあ無事だったものだと、自分で自分を褒めたくなるな。
「何はともあれ一段落、か」
大きく息を吐き出してステータスを確認すると、HPに5割弱のダメージを受けていた。
回復しようとアイテムボックスから医療スティックを取り出して、首筋に打ち込む。
だがHPは回復せず、代わりに放送禁止用語を誤魔化しそうな電子音と共にメッセージが目の前に表示された。
【警告:このアイテムではサイボーグボディのHPは回復出来ません。メンテナンスポッドをご利用下さい。】
「あちゃあ……。そう言えば、そんな話もあったっけなぁ」
良く考えたら、こっちはサイボーグなんだから人間と同じ方法で治るのもおかしいか。
俺はHPの回復は諦めて、盗賊酒場へ向かう事にし――
「――あ。そう言えばピンクトゥをあの島に置きっ放しにしちまってるな」
メンテナンスポッドはアイテムボックスの中に入れっ放しなのですぐには困らないだろうが……ピンクトゥはほとぼりが冷めるまで、あそこに置いておくしかないかなぁ……ピンクトゥ(あれ)の中でログアウト出来るのは結構便利なんだが。
ともあれ、ここでぶつくさ言っていても仕方がない。
俺は起動しっ放しの拡張能力で盗賊酒場の位置を確かめてから、能力の使用を止めた。頭の中で地味に響いていた頭痛が止まり、少しだけ気分が上向きになる。
ここまで拡張能力を連続で使用していたが、結構長く使えるもんだ。
感心しながら残り時間を確認すると13分だった。
移動中は拡張能力を使わず、方向を確認したい時だけ使う事にしよう。あの頭痛、我慢は出来るが微妙にキツイ。
「……さて、愚痴ってばかりでも仕方ないし、そろそろ行くか」
独り言で踏ん切りを付け、俺は酒場がある方角――北北西だった――に進路を取って歩き始めた。
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森の中を10分全力疾走し、立ち止まって方角を確認する。そんな工程を5回ほど繰り返すと酒場までの距離が出発時の半分になった。多少のブレはあるが、概ね分速1キロメートル。流石サイボーグボディ、トレイルランニングなんかめじゃないぜ。
方角の確認ついでに一休みしていると、右の藪からガサゴソと音が聞こえてきた。
まさか熊じゃないよなとそちらへ視線を向けると、全長1メートルの咢が迫っている。
慌てて跳び退くと、どう見ても直径50センチメートル、体長10メートルはありそうな蛇が眼前を飛び去っていった。
「な、何だこいつは!?」
叫び声を上げて逃げようとしたら、首筋に噛み付かれた。外見はさて置き金属製のボディなので大きなダメージは無いものの、胴体が身体に巻き付き始めたので急いで振り解く。無茶な着陸でHPの半分が吹き飛んでいる状態で締め付けられたら、ボディの耐久が減っている今は、それが致命傷になりかねない。蛇に巻き付かれて死に戻りとか、勘弁して欲しいところだ。
ところが意外と蛇の力が強く、胴体が中々振り解けない。
仕方ないので胴体は後回しにして、首に噛み付いている頭の上顎と下顎をそれぞれ片手ずつで掴んで引き剥がす事にした。力を込めて顎を左右に開くと、頭から30センチメートル程まで引き裂けた。巻き付いていた胴体が力を失い、垂れ下がる。
「ふう、何とかなったか――って、ここのところ溜め息ばかり吐いてるな、ぁ……?」
二つに割って握り潰してしまった蛇の頭を眺めながらぼやいていると、またもやガサゴソと音が聞こえてきた。今度は三つ。右斜め前と左、そして背後からだ。
三つの内、一番音の大きかった背後へ向けて振り返りながら持っていた蛇を叩き付ける。
鞭代わりに使った蛇の死体は、丁度飛び掛かって来た蛇の横っ面にジャストミートしたのだが――
「おいおい、こんなサイズってありなのかよ?」
――こいつ、頭のサイズだけで最初の蛇の倍はありそうだぞ。
藪の中へ叩き返した大蛇を見送りつつ、右から迫って来た2匹目目掛けて蛇を振り回す。だが、2匹目に当たる寸前で蛇がガラスの破片に変わってしまった。
「ここで消えるのかよ!」
勢いのまま顔面目掛けて迫って来る2匹目の、最初の奴とほぼ同じサイズの咢を、俺は左腕を突き出して殴った。拳が口蓋に当たり、そのまま喉の奥へと滑り込む。
咢が閉じられ、左腕が丸々飲み込まれてしまった。
これがペトーなら指先をレーザー銃にでも変化させて内側から穴だらけにするんだろうが、生憎こっちのサイボーグボディにはそんな機能は無いし内蔵兵器も搭載されていない。
「ったく、サイボーグなら内蔵武器くらい積んでおけよ! 精神エネルギーで撃てる銃とか!」
言うだけ虚しい愚痴を叫びながらアイテムボックスからパピヨンを取り出し、巻き付こうと襲い掛かってくる尻尾を焼き切る。
蛇の頭から2メートル程は俺の左腕を咥え込んだまま、残りの部分は藪の中で、それぞれ激しくのたうち始める。
それを見ながら一息吐こうとしたところへ、最後の1匹がほぼ真後ろから後頭部に噛み付いた。




