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第50話 嫌ぁな敵

「……それもこれも全部、あの馬鹿が悪い。あんな気色悪いオカマ野郎、現実リアルじゃきっと誰にも相手して貰えないオタクで何処ぞの巨大掲示板に悪口のつもりで無様な自己紹介を書き込んで嗤われ――ギャン!?」


 歩いているのか罵倒しているのか、どちらがメインか判らなくなってきた頃、新たな状況が発生した。左耳の辺りに何かは解からないが硬い物体が叩き込まれたのだ。

 蹴り飛ばされた野良犬みたいな悲鳴を上げながら、俺の身体は右斜め前の柱へ向けてライナーで飛ばされ、正面からビタンと激突した。


「くッ……何が、あった……?」


 柱の根元にずり落ちた体勢から無理やり起き上がって周囲を見回す。何も見えない。

 身体の痛みとは別に、頭の中心で疼くモスキート音が鬱陶しい。


「今、俺の側頭部をフルスイングしたなァ誰だ!?」


 柱を背に、荒げた声を周囲に撒き散らすが、それに対する反応は――答えの声も誰かしらの姿も――何一つ現れなかった。真っ黒な背景と灰色の柱だけが、相変わらず静かに存在している。


「見えない敵、か?」


 混乱する脳みそを落ち着かせる為、周囲に無意味な――ではないと思いたいが――視線を走らせながら呟く。

 今の衝撃は、どう考えても、俺が何かの障害物に激突した結果ではない。この空間に居るであろう誰かが俺を攻撃したものだ。でなけりゃ、見えない丸太が振り子の様に飛び交っているに違いない。


「どちらにせよ、俺を狙っているよなぁ……」


 だが、俺の警戒を嘲笑う様に、今度は右側頭部にナイスバッティングな打撃がヒットする。床を2バウンドした身体が、その向こうの柱に当たって止まった。

 柱に縋りながら立ち上がり、そのまま寄り掛かりながら、俺は周囲を見回した。三度目を食らわない様、両腕を開き気味のピーカーブースタイルにして頭を守る。

 何処から来るのか判らない攻撃に怯えている俺の腹に、3発目の攻撃が炸裂した。浮き上がった背中に柱がめり込む。後頭部への衝撃で視界が真っ白にフラッシュして、意識が薄れていった。


 ハレーションを起こしている視界にゆっくりと黒と灰色が戻ってくる。

 痛みと衝撃をシェイクして押し込まれた頭が、動こうとする意志を押さえ込んでいる。

 立ち上がる気力が湧いてこない。


「……ぅぅ……」


 畜生、と動かした唇からは掠れたうめきしか漏れなかった。


(これは本当に仮想体験バーチャルなのかよ……?)


 声にならない血の味のする呟きが、頭の中に吸い込まれていく。

 身体中が打撲の痛みで軋んでいる。

 今また敵の攻撃を受けたら、今度こそ気を失って、下手すればそのまま死にかねない――そう思わせる、リアリティに溢れた感覚が俺をさいなむ。

 それでも少しずつハッキリしてくる視界と思考で敵の様子を何とか読み取ろうとするが、動きを感じる事は出来ない。


(……俺を、いたぶってるのか?)


 えらく勿体振っている様に思われる敵の行動に不信感を募らせながら、うつ伏せになっていた身体を起こす。

 漸く色の戻ってきた――と言っても黒と灰色だけだが――視界の中央に、こちら目指して歩く足があった。


(? ……見えとる……?)


 低彩度の二色しか存在しなかった空間に、テカテカと光るエナメルの靴と悪趣味としか思えないビビットイエローのスラックスの裾が出現していた。

 よく見ようと身体をそちらへ乗り出したものの、支えていた腕が体重移動に付いていけず潰れてしまう。


「あら……私に気が付いた……?」


 地面とキスした俺の旋毛に、聞いた事のある嫌ぁな声が降りかかってきた。


(この声は……あの変態GM!?)


 前回見た時は黒のスーツだった筈だが、着替えたのだろうか……って、よく考えたら俺も色々と着替え――させられ――てるよな。取り敢えずスカートのスースーっぷりには慣れたくないもんだ。


 それはさて置き、あの野郎……スタッフから外されたとロリっ娘部長から聞いてたのに、未だゲーム内でのさばってやがったのか。

 とすれば、今回のこのざまと言うのは、あいつの逆恨みによる犯行の可能性が高い――ってぇか、それしか考えられんな。


(ほいなら、あのオカマ野郎に、せめて一矢くらいは返してやらにゃあ……)


 俺は地面に額を付けた状態のまま、この後の作戦を練る事にした。


(とは言え、奴が近付いて来たところで飛び掛るくらいしか思い付かんのじゃが……)


 しかも、その近付いて来たタイミングすら、今の体勢では計り辛過ぎる。せめて拡張能力が使えれば成功し易くなるんだが……


(……ん?

 また頭痛が……)


 頭の中心で集中力に挑戦する様な偏頭痛っぽいものが――以前よりは弱くなっているものの――復活していた。同時に周囲の状況が、俯瞰している様な、ここから眺め回している様な、何とも言えない名状し難い感覚で頭の中に存在している。

 ともあれ、これで彼我の距離と奴の行動が把握出来る様になった。後は近付いて来た奴に襲い掛かるだけである。


(さあ、早くこっちへ来るんだ……)


 こちらを警戒しているのか、何かを確認する様にゆっくりと寄って来る奴にれながら、俺は伏せた姿勢のままで待ち続けた。

 俺を警戒しているのか弄んでいるのか、奴の動きが余りにも鈍過ぎる。一歩歩いたかと思えば横を警戒してみたり……こっちの思惑がバレているのだろうか。

 気付かれていた場合の対策を捻り出し始めた時、奴の足が此方へと踏み出された。


(よぉし……後一歩で飛び掛かれるぞ……)


 緊張に耐え切れず暴れ始めた心音でバレやしないか非常に心配だが、最後の一歩が踏み出されるの待つ事暫し。

 奴が何やら棒の様な――いや、これはバットに見えるな。普通のものよりも長めだが、形は立派なバットだ。……もしかして先程、俺の頭をブッ叩いたのは、こいつだったのか?


(――って、バレてやがったか!)


 予定には少々遠過ぎるが、俺は体を起こしながら奴の膝目掛けて跳び込んだ。バットが背中に食い込む衝撃で狙いが脛にずれてしまったが、何とか両手で抱え込む事に成功する。

 そのまま股下から背後へと走り抜けようとする俺の顎に、奴の膝が突き刺さった。抱え込んだ筈の両腕を強引に振りほどかれて後方へ回転する俺の胴に追撃のバットが炸裂し、そのまま直下の床に叩き付ける。


「そんなバレバレの手口に引っ掛かると思ってたの?」


 男にしては甲高い声が、神経を逆なでする様な口調で嘲ってくる。実際、俺の読みが甘かったのは確かなので反論は出来ない。

 奴の更なる攻撃が襲ってくる前に、俺は体を捩る様に転がって、彼我の距離を離す事に成功した。


「それにしても、思ったより早かったわね」

「……何がだよ?」

「アナタが知る必要のない事」

「だったら思わせ振りな台詞を吐くんじゃねぇよ」


 クラクラする頭に辟易しながら、無意味に格好をつけて立っている変態に取り敢えず突っ込んでおく。


「だって、そっちの方が勝手に悩んでくれそうだし、格好良いじゃない」

「おーけー。取り敢えず手前ぇの御託に付き合っちゃいけない事はよぉく解かった」

「あら、連れないわねぇ」

「五月蝿ぇんだよ、このオカマ野郎!」


 叫びながら奴目掛けて最大戦速で突撃ダッシュする。

 自分では奇襲したつもりだったが、あっさり看破した奴に躱され、たたらを踏んだところで背中に追撃を受けてしまった。

 よろめく足を何とか踏ん張り、体を返して跳び掛る。

 自分の頭目掛けて跳び込んでくる俺との距離をバックステップで調節してから、奴はバットを大上段から振り下ろした。

 慌ててバットを白刃取りしようと手を持ち上げるが間に合わず、頭頂部で発生した衝撃に意識がホワイトアウトする。

 だが、合掌した両手が奴の顔面――正確には鼻の穴――を捉え、俺は気絶したまま奴を押し倒す事に成功した。


 止めとばかりに、二人の身長差が俺の膝を奴の股間へと導いていていった。


――――――――――――――――――――


「な、何でこんな疑似体験、しなきゃならないの……」


 意識を取り戻した俺が見たのは、股間を抑えて丸まった状態で床を転がる変態男の姿だった。


「それを人は『自業自得』って呼ぶんだ……」


 色々と貰った痛みで思うとおりに動かない身体を持ち上げながら、俺はもんどりうつ変態に答えてやる。奴に俺の言葉を聞くだけの余裕があるとは思えないんだが、まあ、これ位はサービスしておいてやろう。


 それよりも気になるのは、このゲームの感覚再現の度合いだな。股間へのクリティカルヒットまで忠実に再現とか、ナニを考えているんだ……。


「それはさて置いて、そろそろきっちり説明して貰おうか。

 クビになった筈の貴様が、何故ここに居るんだ?」


 ダンゴ虫そっくりに転がっている奴に近付いて、その背中を軽く蹴ってやると、ビビットイエローのジャケットの肩がピクリと跳ねた。


「てぇか、この変な部屋トコも手前ぇのせいだろ?

 善良な一般市民に因縁付けて絡んでくるんじゃねぇよ」

「ぜ、ぜんりょうな……しみん、は……ひとのこかん、をなぐったり……しな、い……し……」

「ド喧しい。この腐れストーカー、が!」

「フンギャアアァア!?」


 生意気にも反論してきた変態の尾骶骨に爪先を叩きつけてやる。治まりかけていた股間の痛みが追加されたらしく、抗議よろこびの声が無彩色の空間に響き渡る。


「それにしても、VR技術ってのは凄いんだな。ここまで痛みを再現するとか、必要あるのか?」


 まあ、リアルを追及するのもVRの醍醐味なのかもしれない。俺には今一つ理解出来ないんだが。そこまでして痛い思いはしたくないなぁ。


「お、憶えてなさい。この屈辱は必ず晴らしてみせるわ!」

「だから勝手に逆恨みすんじゃねえよ、このド変態。

 ……って、こら! 逃げるな消えるな俺をここから――」


 俺が余計な事を考えている間に、変態ヤツは痛みから立ち直ったらしい。何処ぞの悪役じみた捨て台詞を残して、この無限に広がる手抜き部屋から自分だけ脱出しやがった。気付いた時には既に手遅れで、またもや俺独りが柱と共に佇む破目になっていた。


「――逃げやがったか、糞が。

 どうせ逃げるなら俺を助けてから逃げろよ。本当に職業プロ意識の無い奴だ」


 ぼやいて、改めて周囲を見回す。

 視界の中にパラメータ他がちゃんと表示されていた。これでヤーウィ達に連絡を取れるかもしれない……と考えたところで、以前ヤーウィから聞いていた話をふと思い出した。


「もしかして、これが噂に聞いた『バグ空間』ってやつなのか?」


 確かに出口は見付からないし、イベントなりアトラクションなりも起きる気配がない。

 唯一遭ったイベントは、使えないGMによるプレイヤー虐待だけである。


「……先ず手始めに、GMを呼び出して助けて貰うか」


 呟きながらメニューを開こうとした時、昭和の秘密基地で鳴っていそうな警報が響き渡った。視界全体が赤い光の明滅に覆われ、眼前に【緊急】とタイトルの付いたウィンドウがいきなり表示される。


【エキストラ・マップ「おしおき☆べや」は、後5秒でリセットされます。

 お客様データの保全の為、急いでマップから退出してください。】


「ったく、何が『おしおき☆べや」だよ。自業自得の逆恨みのクセに……って、後3秒!?」


 だが、無駄口を叩いている間にもカウントダウンは進んでいく。

 俺に残されていたのは、残り時間0秒と同時にクレームを叫ぶ自由だけだった。


「だったら出口が何処か、教えろおぉぉぉぉぉ!」

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