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第5話 路地裏の面倒事

 サウス・ゾーンの西側にあるスベンサー射撃場から程近い、ウェスト・ゾーンの外れにある宿屋を目指して歩く。目的地のホテル・ヴァルロンは、マップに表示されるインフォメーションを見る限り、近場で一番安い宿だった。

 ウェスト・ゾーンとの境界である片側2車線の大通りを横切り、細い路地へと入り込む。場末の飲み屋街を彷彿させる小汚い道を進んでいると、左手の更に細い路地の奥から女の悲鳴が聞こえた。

 すわ痴漢か強盗かと好奇心半分で声のした方へと駆け出す。角を曲がって駆け込んだ路地の想定外の薄暗さに足が止まりかけた時、左手を誰かに掴まれ引っ張られた。バランスを崩して、思わずたたらを踏む。身体を支えようと動かない左手を伸ばしたら、その掌に柔らかな感触――まるで、女の胸の様な……と言うか、そのもの――が押し付けられていた。

 と同時に、咽喉元に押し付けられる金属の冷たい塊。


「いきなりセクハラとは良い度胸してるじゃない」


 低いけれど、間違いなく女の声が囁きかけてきた。

 え~と、これはつまり……


「美人局、って奴かな?」

「残念。ただの強盗よ」

「な、なるほど。……で、その、『ただの強盗』さんが、この貧乏初心者に何の御用かな?」


 俺の質問に対して律儀に答えてくる声。

 とりあえずは自由に動かせる右手を肩の上に上げて、抵抗の意思は無い事を示しつつ交渉の真似事をしてみる。俺は妙な眉毛をしたネゴシエーターじゃないんだがなぁ。それでも、これで相手の隙を突いて格好良く投げ飛ばせるとか出来たら――


「決まってるでしょ。有り金全部置いて行きなさい」

「生憎、さっき宇宙船を買ったばかりでスッテンテンなんだ」

「貴方のローン事情なんて知った事ではないわ。手持ちの現金をさっさと寄越しなさい」


 ――やっぱ無理。咽喉元に当たる彼女のリボルバーの銃口が、やけに硬い。

 これはゲームデータから生まれた信号であり、実際の身体には何の障害も起こせないと頭では解っているが……彼女からの殺気と言い、本物の銃を押し付けられているようだ。まあ、実際にされた事は無いんだが。


「払うの? それとも頭を吹き飛ばされたいの?」

「……いや、この世界でもリボルバーがあるとは思わなかったもんで」


 何も答えない俺に痺れを切らしたのか、せっついてくる強盗に、交渉を長引かせるべく世間話を振ってみる。ゲーム内にあるのはレーザー系の武器ばかりで、実弾を使う武器は無いもんだと考えていたのは事実だしな。


「流石にリボルバー(これ)はお遊びに近いけど、実弾って結構有効なのよ? レーザーだと装甲にミラーコーティングされちゃうだけで威力半減だし。そ・れ・に――」


 彼女はそう言いながら、リボルバーの撃鉄を起こした。そのまま銃口を俺の顎の下に押し込んでくる。


「想像しやすいでしょ? 顎を撃たれて脳みそと脳漿を撒き散らしながら倒れる自分の姿って」


 思わず生唾を飲み込むと、冷や汗がこめかみから顎へと滑っていく――感じがした。流石にそこまでの再現は出来ていない様だ。


「わ、判った……払う、よ……」

「良い子ね。さ、早く」


 俺の左手を放した右手を、突きつけて金を催促してくる彼女に、俺は震えながら可能な限りの真面目な顔で尋ねた。


「この場合、どうやって払うんだ?」


 天使の1個小隊が俺達の上空75センチを通過して行った。


――――――――――――――――――――


「はぁ……本っ当に初心者だったとはねぇ」

「悪いな。こういうVRとか、えーとMMOだっけ? そういうのは、これが初めてなんだ」


 謝りながら、教えて貰った通りにアイテムボックスを開いて、その隅っこに見付かった【所持金の移動】ボタンを押す。現れたウィンドウに所持金の半分である5千クレジットを入力し、その下にある二つのボタン――【転送】と【持出】――から【持出】ボタンを押すと、手元にキャッシュカードと同じサイズのカードが現れた。カードには「5,000Credit」と表示されている。


「なるほどねぇ……」

「まあ、普段は転送で事足りるから、持ち出しなんて使った事の無い人も多いんだけどね」

「へぇ。じゃあ、今回、転送を使わないのは?」

「転送する時は相手の名前を知っておく必要があるの。そして、強盗がわざわざ自己紹介すると思う?」

「……ごもっともで」


 俺の手の中で玩ばれていたカードをすんなりと取り上げて彼女は呆れ返った。言われてみればその通りなので、俺は何も言い返せなかった。


「今回は初心者だから半額に負けといてあげるわ。次からは有り金全部貰うから、そのつもりでね」

「りょーかい。次からは気を付けるよ」


 そう言って見送った彼女が、路地から出たところで固まった。今度は彼女のこめかみに銃が突き付けられたからだ。


「よぉし、良い子だ。手を上げたまま大人しくするんだ」


 姿を現したのは筋肉姉――もとい、ダイザだった。思わず溜息が出てしまう。


「おいおい。本当に俺の後をけてたのかよ……」

「別に尾け回してた訳じゃない。たまたまホテルへ向かっていたら声が聞こえただけだ」


 強盗の背後に回り込みながらダイザが答える。もしかすると目的地は同じなのかもしれない。


「あらあら……こっそり援軍を呼んでたのね。これはお姉さん一本取られたわ」

「いや、援軍呼ぶような余裕ねえし。てぇか、どうやって呼ぶんだよ、援軍」

「ボイスチャットで呼ぶのが一般的だな。それはそれとして、今盗ったカードを返してやりな」


 ダイザの言葉を暫らく空を見ながら吟味した強盗は溜息を一つ吐き出すと、先程俺から奪い取ったカードを取り出した。

 カードに手を伸ばすダイザ。強盗はカードを渡す寸前で、それを上に放り投げた。

 ダイザの伸ばされた手と視線が、カードを追い掛ける。その隙を突いて、強盗が仕舞っていた銃を抜いてダイザに狙いを付ける。


「でやああああ!!」


 突然ダッシュしながら奇声を上げた俺に、二人の視線が集まる。呆気に取られた二人の表情を見ながら、俺は強盗のボディに左膝を入れる。浮いた体を更にかち上げる様に拳を数発。仕上げに彼女の顎へ爪先を蹴り込み、そのままバック転を決める。銃とカードを手放した彼女は、そのまま後ろへ吹き飛んだ。


「ふう。出来るもんだな」

「すげぇ……コンボ○マーソルトを決めやがった!」


 構えを解きながら独りごちると、ダイザが目を丸くしていた。


「自分でも出来るとは思ってなかったけどな」

「格闘技でもやってるのか?」

「まさか。昔……若い頃に漫画やゲームの技を練習した事があるだけさ」


 ちょっと格好付け過ぎかな、と思いながらもイイ気分で答える。

 足元に強盗の落とした銃とカードがあったので、それらを拾って彼女へと近付く。リボルバーの弾倉を外して中の弾を地面に落としてから、何とか立ち上がった彼女に返す。


「本当に素人は怖いわね……」


 ふらつきながらも銃を受け取った彼女が、メニューを操作し始めると、俺の目の前にウインドウが現れた。


【ゼファからフレンドの申し込みがあります。許諾しますか?】


 ……フレンド?


「フレンドとして名前を登録しておくと、そのリストからボイスチャットを飛ばせるし、ログイン状況も解るわよ。後、アイテムの転送も、ね」

「……良いのか? 強盗は名前を教えないんじゃなかったのか?」

「貴方相手に強盗は、もうやらないわよ」


 ゼファの言葉を受けて、ウィンドウの【許諾】ボタンを押す。フレンドリストにゼファの名前が表示された。

 彼女の方も俺の名前が登録されたのを確認したらしく、踵を返した。


「じゃ、今日はこれくらいで失礼するわね。あ、それから――」


 もう一度俺に振り返って、


「次からは強盗じゃなくて暗殺してあげるから。楽しみにしててね」


 捨て台詞と共に、ゼファの体が消えていった。


「え? な、何があった?」

「これは……透明化装置インビジブル・デバイス!!」

「知っているのか、ダイザ!?」

「うむ。聞いた事がある」


 なかなかノリの良い奴だな。


「キャラクターの姿を『光学的に』隠す機械だ。レアアイテムなので、買えば非常に高額――と言うか、まず出回らない代物だな」

「なるほど。運が良いのか、金持ちなのかは知らんが……知らない内に後ろからバッサリ、か。怖いなぁ」


 俺は溜息を吐いて、取り返したカードをアイテムボックスに……ん? んん?


「やられた!」

「何?」

「取り返した5千クレジット、また取られ返された……」

「……」


 ダイザに呆れられながら、俺は肩を落とした。


――――――――――――――――――――


 暫らく落ち込んでからダイザともフレンド登録をした俺は、彼女――現実リアルでは男なのだそうだが――と一緒にホテル・ヴァルロンのフロントでチェックインした。勿論、部屋は別々だ。

 あの時、彼女がタイミング良くあの場に現れたのはログアウトする為にホテルを目指していたからだった。


「さっきは有難う。助かった」

「……こちらこそ済まなかった。それより良いのか……5千クレジットも盗られて?」

「ああ、まあ、そりゃ良くはないけどな。こいつでも装備して頑張るさ」


 気にしてくれるダイザに、微妙に恥ずかしい例のバッヂを見せる。


「こ、これは……ラッキーコイン・バッヂ!!」

「知っているのか、ダイザ!?」

「うむ。聞いた事がある」


 本当にノリの良い奴だな。


「新しくVRコネクターを売り出したメーカーが、このゲームとタイアップした販促アイテムだよ。アイテムドロップの率が上がるとかって話だったが……

 もしかして、あんたの使ってるコネクターがそこのメーカーの奴じゃないのか?」

「なるほど。ログアウトしたら見てみるわ」

「じゃ、お疲れ」

「お疲れ」


 そんな会話を最後にフロントから自分の泊まる部屋へと移動する。あいつは6階、俺は2階のシングルだった。

 フロントで貰ったカードキーを部屋のドアにかざすと、鍵の外れる音がしてドアが開く。ドア全体がセンサーなのが未来っぽいのか、態々カードキーなんぞを使うのがリアル風味なのか……。

 部屋の中はごく普通のビジネスホテルだった。狭い部屋に、小さめのベッドと机と椅子。嵌め殺しの窓には隣のビルの壁が……と思ったら、窓がスクリーンになっていて、この惑星ほしの風景が映せるらしい。暫らく窓の風景を切り替えて遊んでしまった。


「お、シャワールームまであるのか」


 バーチャル・リアリティーでシャワーを浴びても仕方ないんだが、ものは試し――と言うか好奇心満々で、早速使ってみる事にした。

 シャワールームに入って、メニューから装備を全て外す。いきなり服の肌触りが消えて、素っ裸に空気が冷たく当たってきた。ちなみに股間部分にだけ妙なピンボケが働いているようだ。

 壁にある温度調節を兼ねたダイヤルスイッチを回すと、温めのお湯がざあざあと降り始めた。こ、これは……結構リアルだぜ……。流石に石鹸やシャンプーは……あるのかYO!

 ついつい長々とシャワーを堪能してシャワールームを出た途端に、今まで濡れていた身体が何事も無かったかの様に乾燥した。髪も肌も湿り気無しだ。


「こりゃ便利だね」


 そう呟きつつベッドに入る。

 メニューを表示して、ログアウト。


 現実に戻ると、時計は11時ではなく、12時を回っていた。慌てて布団に飛び込んで目を瞑る。

 明日の仕事に差し支えないと良いんだが。

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