第49話 嗚呼、人生にPITあり
ざっと見て約40人分の影が、スポットライトから放たれる爆発したかの様な白の中に浮かび上がっている。
何処かの映画のワンシーンみたいな状況を目の前にして、俺とペトーは揃って後退りを始めた。
「あー……失礼、どうやらトイレはこちらじゃあなかった様だ」
「どうも、お邪魔しましたにゃ」
俺達の挨拶に、対面の自警団御一行様は音を立てて銃を構える事で答えを返してきた。どうやら俺達の知らない間に、ネゴシエートとかディベートとか、話し合いの季節は過ぎ去っていたらしい。
となれば、後は綺麗に逃げるだけである。
「え~っと、お呼びで、ない……?」
「ほにゃ、さいにゃら~」
「馬鹿野郎! 落ちを外すんじゃねぇ!」
ペトーの気が抜けた挨拶に足が縺れて危うく転ぶところだった。全く最近の若者は物を知らなさ過ぎる。
「そこは『こりゃまた失礼致しました』だろうが!」
俺と同じ思いを共有した自警団の誰かが、弾丸の御捻りと一緒に的確な突っ込みを入れてくれた。もしかすると、俺と近いか更に上の年齢なのかもしれない。
「ぅわたたたたたたた!?」
「こんな物騒なお捻りなんか要らないにゃ!」
悲鳴を上げながらアイテムボックスから煙幕弾を取り出して投げ、俺は左手のパピヨンを乱射した。出力を上げ過ぎると奴等の後ろにあるエンジンが傷付くので、破壊力よりも連射速度を優先する。
敵味方の間に煙が広がるとペトーも両手の人差し指からレーザー弾を撃ち始めた。二人から返されたレーザーの驟雨に、お捻りの勢いが弱まる。
その隙を逃さず、二人揃って回れ右をしてダッシュする。
時折狙いも付けずに背後へレーザー弾をばら撒きながら一目散に倉庫から離れ、途中の分かれ道を曲がって工場の方へ逃げる。
「泥棒野郎を逃がすな!」
誰かの鋭い声を合図に、自警団の内の半分弱が俺達を追い掛けて来た。
――――――――――――――――――――
後方に20名程のPCを引き連れて、俺とペトーはエンジンを製造している工場を目指していた。
自警団の目的は自分達のエンジンが盗まれるのを防ぐ事であって、工場の警備ではない筈だ。一部のお節介――もしくはお人好し――は追い掛けて来るだろうが、精々四分の一、多くても三分の一には届かないだろう、と言う予測があっての行動だったのだが、後先を考えない奴が多かったらしい。
「ったく、狙ってるのが俺達だけとは限らんだろうに!」
「皆お祭り気分で追い掛けてるにゃ!」
「何処ぞの牛追い祭りかよ!」
走りながら叫んでみたところで時折追い越していく銃弾の数が減る事は無い。もう少し理性的な奴等だと思ったんだがなぁ。
「自分の希望的観測が外れたからって、責任転嫁は良くないにゃ!」
「ぐぬぬぬ」
歯噛みしながらパピヨンで牽制を入れると、飛んで来る銃弾が一瞬だけ減って倍増する。彼我の差が百メートル近く空いているのと走りながらの撃ち合いのお陰か、どちらにも大した被害は出ていない。
「それはともかく、どうするにゃ?」
「俺に良い考えがある」
「却下したいけど一応聞くにゃ。何をやらかすつもりにゃ?」
嫌そうな顔を向けてくるペトーに、トンネルの天井に見える火災警報器と推測される装置を視線で教える。
「アレを作動させて追手の目を眩ませる。その隙にお前は変身でも仮装でも良いから姿を変えて工場の中に紛れ込め」
「サーウにゃんは?」
「Uターンして追手を曳き付ける。
現物は諦めて設計図を分捕ろう」
「……それならボクが倉庫へUターンするにゃ。その隙にサーウにゃんは工場内で暴れ回るにゃ。工場の方で爆発が起きれば残った奴等もやって来るにゃ。
サーウにゃんはそいつらを迎え討ちつつ、ついでに設計図も手に入れるにゃ」
「俺ばかり負担が掛かってないか?」
「気のせいにゃ」
「……時間が無いか。じゃあ、それで逝こう」
「そんな不吉な言い方するもんじゃない、にゃ!」
「何故、解かる?」
即席の作戦会議を終えると同時に、ペトーが背後へレーザー弾を乱射する。
それに合わせて俺は天井の火災報知機を狙い撃った。連射するレーザー弾が10発を超えたところで装置が作動し、島全域で警報が鳴り響く。
「命中!」
「拳銃の弾倉1本分ばら撒いておいて命中も何もあったもんじゃないにゃ」
思わずガッツポーズの俺にペトーの冷静な指摘が入ったところで消火剤が降り注ぎ始める。
薄水色の粉が視界を遮ると、ペトーが手榴弾を追手目掛けて投げ付けた。通路が閃光と爆音で溢れかえっている間に身体を仲間とはぐれた金属っぽい液状生物の様な何かに変化させ、超高速でズルズルと壁に張り付きながら、そのまま倉庫の方へと這って行く。
「……倒したら経験値は凄そうだが、ワンヒットで逃げられるのがオチだな」
それを見送りながら、俺はアイテム・ボックスからリニア・カノンを引っ張り出した。5百メートル程前方に見える行き止まり――工場と通路を隔てる大扉に風穴を開けて、ついでに追手の頭上にも2、3発撃ち込んでおく。落下してきた構造材で、追手の内の何人かがガラスの破片に変わって消えるのが見えた。
「さて、俺も派手にいくかね、っと!」
生き残った皆様からの熱い銃弾に背中を押されながら、俺は前方で煙を上げている工場へ声を上げながら突撃する。
仲間を殺された――多分、軌道エレベーターに戻されているだろうから、今回の追いかけっこからは脱落決定の筈だ――PC達もヒートアップして、俺を追い掛けて来る。
この調子で更に騒ぎを拡大していけば、ペトーのエンジン強奪は楽になるだろう。
だが、その目論見は呆気無く崩れ去った。
とある目の繋がった警察官みたいにリニア・カノンを乱射しながら工場の入り口に到達した俺を待ち受けていたのは、5メートル四方ほどの虚無だった。
何の前触れもなく現れた真黒な四角の中に、俺の足は胴体その他を引き連れて飛び込み、そのまま果てるとも知れない闇の中を重力加速度に準じた速度で落下する。
「俺は市街征服組織の女幹部かあああぁぁぁぁ……!?」
後に聞いたところによると、俺の断末魔が消えると同時に床の穴も消えたそうである。
――――――――――――――――――――
「俺は何処へ向かって、いつまで落ちるんだ……?」
どっちを向いても暗闇の中、早々に方向感覚を喪失してしまった俺は取り敢えず落下しながらぼやいていた。
落ちる以外やる事も無いので、胡坐と腕を組みながら、ふと思いついて拡張能力を起動してみる――事が出来ない。どころか、視界の隅に表示されていたステータスだかパラメータだかも全て消えていた。
「ええと……誰かと連絡を取るにはどうすりゃ良いんだ?」
状況のわりにのんびりした疑問を思い浮かべた直後、後頭部を何か硬い物のフルスイングがジャストミートした様な衝撃が襲った。パニックになりかけていると、首が不自然な角度で折れ曲がり、その上に残りの身体が崩れ落ちる。
事ここに至り、俺はどうやら地面に到着したらしい事に気付いた。
無事に――と言って良いのかは微妙だが――着地した喜びと痛みをじっくりと噛み締めてから、俺は身体を起こした。
身体の痛みは峠を越した様だが、頭蓋の中心付近で、拡張能力を使った時と似てはいるがそれよりは弱い鈍痛が、コンビニ前のモスキート音みたいに続いている。
真っ暗闇かと思えてたそこは、その中にほとんど黒に見えるオブジェ――30センチメートル立方程の箱が7~10個ばかり乱雑に積み上げられた柱――が林立する空間だった。壁や天井は見えず、柱と同色の床がコンクリートの様な触感を靴越しに伝えている。
「ここは……何処だ?」
立ち上がり、呟きながらゆっくりと歩いてみる。俺以外のものが動く気配は無い。
視界にパラメータの表示は無く、メニューを開いてヤーウィ達に連絡を取る事も運営を呼び出す事も出来なかった。
オブジェは1メートル間隔で視界の範囲いっぱいに並んでいる。
黒の背景に濃い灰色のガタガタとした柱が浮かび上がる中を、俺独りがあちこちを眺めながら歩いているだけだ。歩けども歩けども代り映えのしないオブジェの列が、歩行速度に合わせてスクロールしている。
「何てぇか、こう……何処までも同じ風景が続くと、虚しいと言うか、不毛と言うか、気が滅入ると言うか……」
実は周囲の景色が流れているだけで俺自身は足踏みしているだけ、と言われてもうっかり信じてしまいそうな気分を晴らそうと、独り言をブツブツと吐き出しながら歩を進める。傍から見れば危ないオヤジ――今だと逝っちゃってる男子児童か――として認識されるんだろうなぁ。
閑話休題。
一つ一つの隙間は広いものの、この風景には既視感を覚えてしまう。
「何処で見たんだったかなぁ……」
歩く以外にやる事も無いので脳みその整理整頓を声に出しながら実行してみる。
「少なくとも現実世界ではこんな光景を見た事ない筈だし……
ゲーム内で、こんな暗闇の中を延々と歩いたのは……あの怪しげな研究所くらいか?」
あそこに侵入した時も、停電中だったかで真っ暗闇だったっなぁ。
そう言えば、ノーランとショウエイは元気だろうか。
「まあ、その後が更に酷かったんだけどな……ぁ」
糞。嫌ぁ~なモノを思い出しちまった。
あの勘違い阿呆スタッフ。他人様の外見を勝手にお子様にするわ、変な洗脳モドキでX指定方面な事を強要するわ、その所為で俺の幸運と正気がガリガリと削り切られて、今じゃ凶状持ちの指名手配犯として強盗行為に手を染めなきゃならん破目に……
「……ったく、あの自称馬鹿GMのお陰で、こっちはえらい目にしか遭わなくなっちまったぜ。
あんの、糞馬鹿が……」
一人きりの気安さで、俺は馬鹿GMに対する悪態を思い付いた端から垂れ流しながら柱の間を彷徨った。まあ、適当にキョロキョロしながら歩いてるだけなんだが。
しかし、俺も大したボキャブラリーは持ち合わせてないつもりだったんだが、アイツに関する事なら幾らでも罵詈雑言が沸いてくるな。




