第48話 エンカウントは情け?
この島は、北と東に突き出たL字型をしている。正確にはもう少し厚みがあるので、右上四分の一を切り取られた直径2キロメートルの円と言ったところだ。欠けて直線になった部分に材料と製品を入出荷する為の港湾設備があり、北側の角に俺達が上陸した防波堤と灯台がある。
円の中央から左下――南西――へ寄った所に標高3百メートル程の山頂があり、そこに島唯一のレーダーサイトが設置されている。
エンジンを製作している工場施設は島の南東側の四分の一に集中しているが、何故か北西に完成したエンジンを保管している倉庫があった。工場からは対角線上で最も遠い上に、港とは尾根を挟んでいる。物の移動には地下通路を利用している様だ。何を考えてこんな構造にしたのか理解し難い。
防波堤から島の森の中へと誰にも見付からず侵入する事に成功した俺達は、事前に確認しておいた施設内への潜入口目指して道無き山道を登っていた。北から山頂へと尾根伝いに進むと、右手――西側――に大きなコンクリートの平面が見えてきた。倉庫の屋根である。
「何処から侵入するにゃ?」
「あそこからだ」
ペトーの質問に、尾根の左側を少し下った場所を指差す。そこには地下通路へ通じる排気ダクトがあるのだ。
二人して出来るだけ音を立てない様に気を付けながら、ダクトへと到着すると、侵入防止用の――蛇だの鳥だのと言った小動物が対象である――ネットの奥にある排気ファンは全速力で回転中だった。
「こいつら、省エネって言葉を知らないのか?」
「多分、エンジン製作の注文が大量なんだにゃ。きっと昼夜突貫の増産体勢に入ってるにゃ」
ペトーが示した方向――工場施設が集中している南東部分――を見ると、建物から漏れている明かりが煌々と輝いていた。奴の言うとおり、注文が集中して24時間体制になっているのだろう。
「糞ッ。侵入ルートしか頭に無かった。施設の稼働状況にまで気が回ってなかったとは、一生の不覚……」
「まあまあ、これ位で『一生の不覚!』とか言い出さない方が良いにゃ。次から気を付ければ大丈夫にゃ」
ううむ。どう見ても年下に宥められてしまった。少々調子に乗り過ぎているのかも知れんな。
反省ついでに大きく深呼吸をしていると、山の麓に小さな灯りが見えた。街灯とか懐中電灯とかよりも小さな、まるで――
「――煙草か」
「って事は、あの近くに入り口があるにゃ?」
拡張機能で読み取ったこの島の地形図を思い出すと、確かあの辺りは岸壁へ荷物を運ぶ通路の出口があった筈である。明かりが無いのでシャッターが降りていると思ったのだが、照明を点けていないだけでシャッターは開いたままなのかも知れない。
「行ってみよう」
「にゃ」
俺達は、その小さな灯りを目指して静かに斜面を下った。
煙草の火まで後3メートル程に近付いた時、揺れていた火点が下に落とされ消滅した。どうやら吸い終わったらしい。
喫煙タイムを終了した何者かは、身動きを止めた俺達に気付かず、奥――斜面の一部を刳り抜いて通路にしている様だ――へと消えて行った。
程なくドアが開いて閉じる音が聞こえてきた。鍵を掛ける音は聞こえなかったので、そこから侵入出来そうだ。
「……うぅむ……」
「どうしたにゃ?」
吸殻の転がるコンクリートの三和土に降り立ったペトーが、後に続いた俺を振り向きながら聞いてきた。
「いや、さっきの奴なんだが、何処かで見た様な気がするんだよな……」
「何処でにゃん?」
「判らん。もしかするとNPCの空似かも……うぅむ……」
以前会ったミドル・エリアの武器屋と地上の雑貨屋みたいに別々の場所に住んでいる親戚同士と言う可能性もあるし、本当に良く似た他人である可能性も捨てきれない。そもそも何処で見たのかが思い出せないのが最大の問題である。
「サーウにゃん、老人ボケにゃ?」
「五月蝿ぇ! 流石にそこまで……大丈夫だと思うんだがなぁ」
「ま、それはどうでも良いにゃ。
思い出せないならほっといて、さっさと行くにゃ」
「……」
言い捨ててドアを開けるペトーを軽く睨みつつ、続いて中へと入り込む。
脇道も窓も無い通路を暫らく進むともう一つドアがあり、その向こうは搬入出に使う地下通路の闇の中に非常灯がポツリポツリと浮かんでいた。出た先は幅20メートルはある地下通路から1メートル高くなった歩道――と言うか避難通路だろうか――である。
素早く左右を確認すると、左は港への出口がシャッターで塞がれており、右の倉庫へ続く道は途中で合流している工場への分岐から向こうに照明が灯っていた。その明るい方へ向かって歩く人影が一つ。先程煙草を吸っていた奴だろう。
俺達は音を立てず人影に追い付いた。ペトーが右手を刃物に変えてスルスルと背後へ忍び寄り、頚動脈に狙いを付ける。
勘が良いのか運が良いのか、人影――実際には暗視能力があるので光があるのとさして変わらないのだが――が突然振り向いた。自分に向かった滑る刃に驚愕した表情に、俺の記憶が緊急警報を発令する。
「殺すなペトー!」
俺の声を聞いてペトーの右手が刃物からスポンジ製の棒に変わり、危うく死体になるところだった男――シャルビーの首筋を軽く叩く。
「な、何だよお前等……」
震えながら問い掛けてくる――腰が抜けていないのは流石である――シャルビーが無事だった事に安堵し、俺は肺に監禁していた空気を纏めて外に追い出した。
「無事で良かった……久し振りだな、シャルビー。どうしてお前がここに?」
「あ……あんた、トールか……?
何でこんな所に居るんだ?」
同じ様な質問を交換した俺とシャルビーは、顔を見合わせた後、同時に苦笑いを浮かべた。
「サーウにゃん、知り合いにゃ?」
「ああ。ナグールで一緒に悪党成敗をやった仲だ」
「あんたが勝手に俺らを巻き込んだだけだろ!」
「そんなつれない事を言うなよぉ」
浮かべていた笑顔も何処へやら、眉根を寄せて俺を睨み付けたシャルビーに子供らしく縋ってみたら、頭頂部前方斜め45度の角度で突っ込みチョップを返された。
少しばかり力が入り過ぎているが中々良いタイミングだったのでサムズアップを返してやったら、舌打ちが戻ってきた。
「何だよ、折角堅気の職業に就く機会をお膳立てしてやったのに」
「代わりに生まれ故郷へ帰れなくなったけどな!」
「……とりあえず漫才はそこまでにしておくにゃ」
「漫才じゃねぇよ! 俺達にとっちゃ大問題だよ!」
うむ、良い突っ込みだ。シャルビー、成長したな……。
「何偉そうに頷いてるんだよ、諸悪の根源!」
「まあ落ち着けよ。
ところで、今はこの工場に勤めてるのか?」
「…………今度は何をしでかす気だ?」
警戒心120パーセントの視線を向けるシャルビーに、俺は愛想笑いで答えた。
「何、ここで作られたエンジンを二つ三つ、無断でお持ち帰りしたいだけさ。
俺とお前の仲だ、手伝ってくれるよな?」
無論、語尾の疑問形は只の飾りである。
「手前ぇ……」
涙目で喜んでくれるとは、おじさん嬉しいよ。
――――――――――――――――――――
そんな訳で、俺達は新しく仲間に加わったシャルビーを先頭に、倉庫を目指して歩いていた。今のところ、シャルビーの仕事仲間とは運良く出くわしていない。
「えらく静かだな」
「工場の方は明るかったから、てっきり24時間体制だと思ったにゃん」
「工場の方は注文が引っ切り無しで忙しいらしいぜ。
倉庫は貨物船も来てないから出荷も無いし、そこまで忙しくないけどな」
嫌がりながらも俺達に付き合ってくれる上に質問にも答えてくれる……もしやシャルビー、ツンデレって奴なのか?
期待してシャルビーの顔を見上げると、右斜め上45度に広がる見えない星空を観測していた。
「はぁ……、俺ってどうしてこんなに流されてるんだよ……
これでここも壊滅かぁ……」
「流石にそこまでやるつもりは無いにゃ。
せいぜい、キミが侵入の手引きで解雇になるだけにゃ」
……何時も済まないねぇ。
それからペトー、碌でもない事を言って彼の不安を煽るんじゃない。
「……それはそれとして、どうしてあんな所で休憩をとってたんだ?」
「あー……、本当は、俺、今日は昼勤だったんだよ。
だけど、急にお客が工場を見学に来やがる事になって、急遽夜勤に入ってた先輩シフトを入れ替えさせられたんだ」
なるほど。採用されて一月も経たない新人が客の前でヘマをやらかす可能性を避けた、って訳か。あいつとしては、頭では解かっていても面白くないだろうな。
「へぇ~。そんな事って良くあるにゃ?」
「最近は増えてきてるらしいぜ。んで、完成したブツをそのままお持ち帰りするから倉庫番は助かってるけどな」
「工場勤務の奴等にゃプレッシャーだよなぁ」
引き取りのお客を待たせながらの最終点検とか、胃と心臓に悪いもんな。
俺が一人頷いているのを横に、ペトーが芸能人のゴシップでも仕入れるかの様に食い付いた。
「それでそれで、誰が来て何を持ってったにゃ?」
「確か……今日来てたのはナグールの軍人だったかな?
どっかの司令官だとか言ってた様な気がする」
ナグール軍……だと……?
まさか、あの時の司令官か?
思わずペトーに目を向けると、一瞬だけ口角を持ち上げてから所謂「目ン玉を引ん剥いて」驚くのが見えた。
「え? まさか、その人の名前って――」
「いや、流石に名前は知らねぇし」
「――にゅう。それじゃ格好とか――」
「だから、俺は夜勤に変えられて、その時間は寝てたっての」
「――うにゅぅ」
器用に耳と尻尾を垂らして残念っぽく見せつつも、ペトーは次の質問をぶつける。
「じゃあ、何を持って行ったかは知ってるかにゃ?」
「ロボットだそうだ。
今すぐ持って帰るからってんで最終チェックを急がされて大変だった、って聞いたぜ」
「ロボット……って、ここじゃそんな物も作ってるのか?」
「ああ、元々は宇宙船用のエンジンを作ってるだけだったんだが、最近ロボットの注文が増え過ぎて他の工場だけじゃ間に合わなくなったんだってさ。
で、ここでもロボットを作れる様にしたんだって話。
お陰で人手不足になって、俺が雇って貰えたんだけどな」
ふぅむ。ロボットと言えばナグール市街で暴れ回ったアイツが思い浮かぶが、あんな感じの奴だろか。
「暴れ回る破目になった元凶に言われたくないと思うぜ、あの人達も……。
俺の記憶している限りじゃ、形とかは違うが大きさは大体同じくらいじゃねぇかな」
「……お前も言う様になったなぁ」
「五月蝿ぇ」
「その司令官、何処へ行くって言ってたか聞いてないにゃ?」
「さあ……そこまでは知らねぇな」
ペトーの奴、やけに気にしているな。やはり自分も関わった相手だからなのか?
気にはなるが、それ以上に警戒しなければならない事が俺にはあった。
「それはそれとして、ここの警備ってどうなってんだ?」
「……そんな事も知らずに忍び込んだのかよ……?」
「備え付けられてるのは火災報知機程度で、防犯装置に関してはドアの鍵だけ、ってのは把握している。
人員の配置までは手が回らなかったがな」
流石の拡張能力もそこまでは無理だった。頭痛を押して頑張ればシャルビーの存在や顧客名簿まで確認出来たのだろうが、それに思い至らない辺りが俺の善良性を証明している。
「自分で言う事じゃないにゃ」
「……本当にお前等、俺の思考を読んでるんじゃないだろうな?」
「読まれやすい思考をどうにかするにゃ」
到着した通路の端――この向こうが完成したエンジンやロボットを保管する倉庫である――の壁にあるスイッチに手を掛けながら、シャルビーが俺とペトーの口喧嘩を呆れた顔で止めにくる。
「あー、ここの警備状況はあんた等に言われた通りだ。泥棒の事なんぞ何ひとつ考えてねぇ。
んで、それを聞いた客の一部が――」
スイッチを押すと、通路と倉庫を隔てていた壁が左右に分かれて開き始めた。思っていたよりも速い。
だが……何故、搬入用の扉を開くのだろう。丁度俺達の眼前を通り過ぎていく壁には通用口と思われる普通サイズのドアが見える。これを開ければ済む筈なのに、わざわざ大掛かりな扉を開いたシャルビーの行動が不自然に思える。
その答えは直後に判明した。
開かれていく扉の奥から、眩しい光の帯が俺達を照らし出す。
「――自主的に警備してるんだ」
銃を構えていると思しき影が逆光で眩んだ視界に飛び込んでくる。
思わず睨み付けたシャルビーの顔が、してやったりとばかりに歪みやがった。




