第46話 ロクでもない悪巧み
「やはり目的は恒星間航行エンジンか」
「高飛びにはもってこいだからな」
「オリジン星系最恐のテロリストが宇宙へ羽ばたくのか」
「胸熱だな」
「いや、テロの輸出は拙いだろ、常識的に考えて」
「じゃあお前、アレを仕留められのか?」
「……無理だな」
「だから逆に考えるんだ。奴が出て行けば、俺達は伸び伸びと悪事が出来ると」
「うむ。昔から『触らぬ神は畳鰯』と――」
「神様を焼いて食うなよ、おっさん」
テーブル席の連中、好き勝手言いやがって……そんなに俺と銃撃戦を繰り広げたいのか?
跳ね上がる眉尻を何とか押さえ込み、改めてバーテンダーの顔を見る。いかん。眉間に皺が寄りっ放しだった。
「それで、その男はいるんですか?」
「……」
俺に見詰められたバーテンダーは、表情を一切変化させずにカウンターの窓際の席へ視線を向けた。釣られてそちらへ目をやれば、フード付きのマントを目深に被った人物が、アルコール度と値段の高そうな酒を飲んでいる。あの色合いだと二十年オーバーは確定だな。
「坊やの探してる『男』と言うのは、私の事よ……」
俺の視線に気付いたのか、フードを後ろに脱ぐ。剃刀よりも切れそうな視線が印象的な、切れ長の目を持つ美女の横顔が現われた。真っ黒な衣装で永遠の夜汽車あたりに乗っていそうな雰囲気を醸し出している。
……男じゃなかったのかよ。アメリカだか何処だかのサーバじゃ割れた顎がナイスなダンディだって話だったぞ。
「私を探しているのならば、貴方もクロスター機関の秘密が知りたいのね……?」
「は、はい……」
値踏みする様な視線に気後れを感じながら、何とか言葉を返す。
「そう……。
私の名はアターシア。この宇宙に『可能性』と言う名の種を撒く、流浪の女……」
「セコビッティーニです。よろしくおねがいします」
とりあえず偽名を名乗りながら、「外来の種を持ち込んでばら撒くって、現地の植生を破壊する地道な侵略行為じゃないか?」と心の中だけで呟いておく。既に外来種のテラフォーミング生物を入れまくっているこの惑星では気にするだけ無駄だろう。
クロスター機関とは、先程、店の客達が口にしていた恒星間航行エンジンに使われているエネルギー生成システムの正式名称だ。正確に言うと、宇宙特許許可局に登録する際に使われた名称である――らしい。
光年単位の距離である恒星間を飛び回る為のエンジンと言う事だが……それって光速を越えるスピードが出せるって意味だよな?
現時点では、その辺りの情報はネットにも出回ってはおらず、どの様なSF理論で光の速さを超えるか、関係者達の間でも喧々諤々だった。
確認した範囲では、「莫大なエネルギーを使って時空を歪めて移動しながら時間を戻す事で実質的に光速を超える、某空母方式」と「膨大なエネルギーで高次元を通って遠方の地点へ飛び移る、某戦艦方式」の二つが有力候補だった。阿呆みたいにエネルギーを食うのは既定事項らしい。
「貴方ならば、この宇宙に新たな可能性を芽吹かせられるかもしれない……
良いでしょう。貴方に、この秘密を伝えましょう。
ただし……
貴方が、この試練に打ち勝てたのであれば……」
「は、はぁ……」
ネットにあった通りの思わせぶりな台詞と、こちらも思わせぶりたっぷりな憂いを含んだ眼差しを俺に向けて、アターシアは静かに言った。
生返事を返した俺を、クエストを受領した旨のメッセージウィンドウとファンファーレが祝福する。
だが、大変なのはこれから――この先には、曲がりくねり捻じれきった茨の獣道が待ち受けているのだ。
「これを……」
そんな俺の喜びと嘆息を知ってか知らずか、アターシアが手元にメモ書きを滑らせてきた。そこには恒星間航行エンジンの設計図――ではなく、エンジンそのものが製造保管されている工場の位置が記されている筈だ。
黙ってメモを受け取り、開いてみる。ネットの情報通り、緯度経度と思われる数字だけが記されていた。だが、メモの数字はネットで見たそれ等とは違っている。情報を載せていたサイトによると、「指示される工場は何箇所かのパターンがあり、ランダムで決まるらしい」のだが、この数字は初めて見るな……もしかして、未だ誰も行っていない新しい場所なのだろうか。
「さあ、お往きなさい……
貴方が宇宙に新たな道を創り出せるよう、祈っています。
私には祈る事しか出来ないのだから……」
俺がメモの座標に眉を顰めていると、アターシアがノリノリの台詞を呟いてクエスト受領イベントが終了した。呟き終わった彼女はフードを被り直し、テーブルの酒に口を付けている。
「どうも、ありがとうございました」
俺はシートから飛び降りると、アターシアに礼を言った。フードが少しだけ揺れるのを見ながら20クレジットをカードに変え、カウンターの上に置く。現実でバーやスナックに行ってジュースを飲んだとしても、こんなもんで足りる筈だ。
「……待ちな」
「おつりならいりませんから、どうぞ取っておいてください」
歩き出した俺を呼び止めるバーテンダーに格好良く言い捨てると、バーテンダーは重々しく返してきた。
「……お前さんが壊した椅子の弁償、百クレジットだ。ジョッキは負けといてやる」
「高くないですか?」
「……格安だ」
仕方ないのでカウンターまで戻り、言われた額のカードをカウンターに置く。
「それでは、どうもおさわがせしました」
バーテンダーに頭を下げて、俺は必死に笑いを堪えている客共を睨み付けながら酒場を後にした。
――――――――――――――――――――
スイングドアを揺らして店から出ると、空には月が懸かっていた。この惑星にも地球と同じく衛星が一つ回っている。
今、俺達が居るオリジン星系は太陽系をモデルとして構築されているそうだ。恒星オリジンや惑星の数やサイズに配置まで、ほぼ同じだとはヤーウィの言である。
その話が出た時、「じゃあ、何で1日が20時間になってるんだ?」と聞いてみたところ、「自分やサーウさんみたいに、決まった時間にしかログイン出来ない人にも昼と夜を体験させる為じゃないッスかねぇ」との返答があったのを憶えている。
さて、こうしてクエストを無事に始める事には成功した。
次の目標は、指定された工場から目的の物――つまりは堅気のPCが発注して製造されたエンジンを分捕る事である。いくら犯罪者用だからと言っても、この設定は酷いと思う。
……てぇか、あの女のやってる事って犯罪教唆になるんじゃないか?
やけに赤く見える月に目眩を感じていると、店のドアの揺れる音が聞こえてきた。そちらに目をやれば、先程俺に対して下ネタを開陳しようとしたオッサンが小走りで近付いて来るのが見える。
「おおい、ちょっと待っ……いや、そんな顔しなくても、あのネタは蒸し返さないから」
思わず半身を引いてしまった俺に、オッサンは声を掛けてきた。まさか飲み損ねた酒の弁償とか言い出すのだろうか。
「違う違う! 流石にそこまで意地汚くないから!」
「……」
俺が半目になって睨むと、オッサンはそのゴツイ顔に苦笑を浮かべた。
「信用無いなぁ……まあ良い。俺の名はドワルスケキヨってんだ」
「何だよ、その取って付けた様な偽名は? もう少し捻れよ」
「セコビッティーニ君に言われたくはないね。
それよりもあんた、例の新型エンジンのクエスト受けただろ? 俺と一緒にやらないか?」
「え?」
「あのクエスト、受けた後でチームを組めば盗み出す工場を変更出来るんだよ」
「どういう事だ?」
続きを促すと、オッサンの顔から笑いが消えた。ふむ、ただのエロ親父ではないな。
「だから、あれは場の空気を読んだ――OK、判った。真面目に話すから、そいつは仕舞ってくれ」
オッサンは、俺が左手のパピヨンを袖口に隠すの確認してから額の汗を拭い、もう一度表情を改め直した。
「最初に確認しておくが、このクエストはアターシアに教えて貰った工場からエンジンを分捕る、って事は知ってるよな?」
「勿論」
「この分捕り先の工場は幾つかあって、場所によって難易度や情報量に違いがあるのも解かるよな?」
「ああ」
俺の引いた工場は、その位置すら未だネットに上がっていないからな。俺が一人目なのか、それとも先に受けた先輩達が情報を隠匿しているのかは判らないが。
「そして、クエストを受けた後でチームを組んだ場合はチームの人数分、指定された工場の場所を入手出来る。ここまではオーケー?」
「……確かに、違う工場が指定された奴等がチームを組めば、そうなるな」
「で、この場合、その中から好きな工場を一つ狙えば済むんだよ」
「……詐欺みたいな話だな」
「まあな。
勿論、多人数で行く分、人数分のエンジンを手に入れる必要があるから、その分、難易度も高くなる」
「抜け道はあるだろ。
例えば……何時もつるんで宇宙船も一つで済ませられるメンバーなら、盗むエンジンも一台で済むとか」
「ああ、そうだ。
他にも、複数のエンジンを盗んでおいて、一台を分解して設計図を作成する、ってのもあるな。その設計図を複製すれば、後は材料さえあれば幾らでも作れる、って寸法だ」
「設計図を……?
そんな事、出来るのか?」
「勿論、それなりの技術を持った技術者に依頼するのが前提だ。
下手な奴に渡すと、上手く分解出来ずに設計図が間違ったり中途半端になった挙句、再組み立てにも失敗してエンジンが鉄屑になるらしい」
それ、何処情報よ?
話を聞くだけでげんなりしちまったぜ……。
「まあ、そんな訳で俺達が組めば、楽な方の工場からエンジンを2基以上かっぱらえるし、そうしたら設計図もノーリスクで作れるしで、ウハウハな未来が待ってるんだ」
「都合の良い話ばかりを並べても仕方ないな。もし指定されたのが同じ工場で、しかも難易度の高い所だったらどうするんだよ?」
「その時はその時だ」
「行き当たりばったりだな、おい」
とは言え、俺一人でやるよりも、この自称情報通と一緒の方が色々便利そうではあるが、それ以上に胡散臭過ぎるんだよなぁ。
「まぁ、そのぉ……何だ、ぁ~、このたび御提案頂いた案件に関しましては、ウ~、何と申しましょうか――」
「サーウにゃん、腰が引けてるにゃ」
言い訳を考えながら口を開き始めたら、目の前のオッサンの口調が、いきなりイロモノ路線に切り替わった。声はそのままなので、不気味である。
ってか、その口調……
「……まさかお前、ペトーか!?」
「正解が出て来るまでの間は何なんにゃ。
まあ、いいにゃ。
ある時は流しの犯罪者、またある時は……」
170センチメートルはあったオッサンの姿が、縮みながら猫耳女児のそれへと変形していく。実に名状し難い悪夢の様な現象だった。
「さて、その実態が判明したところで、クエストを一緒にやるにゃ」
「えー……」
「そのあからさまに嫌そうな声は何にゃんにゃ!?」
「以前、一緒にやった時のトラウマが」
「あー……
まあ、あれは嫌な事件だったにゃん」
……そんな一言であっさり簡単に終わらせないでくれ。
ジャンル再編成を記念して――
――嘘です。
続き考えてたら色々恐い考えばかりが浮かんできて、深呼吸するのに時間が掛かりました(謎
週一更新を夢見ながら、ちょぼちょぼと進みたいと思いますので、よろしくお願いします。




