第43話 兎、襲来
「ふう。こんな事もあろうかと、コイツを持って来てて良かったぜ」
「一体どんな事を想定してたんだよ」
1オクターブは下がった俺の抗議に、兄ちゃんは非常に良い笑顔で宣うた。
「線路を引く時に使う工具さ。これでレールを地面に固定するんだ」
「枕木はどうするんだよ?」
「未来技術に枕木など不要!」
「……左様で」
「正確に言うとレールを固定する金具が枕木を兼ねてるのよ。
これはその金具を地面に固定する器具」
「な、なるほど……」
せっかく姉ちゃんが説明してくれたのに申し訳ないんだが、よく判らんな。
しかし、この世界にも鉄道があったとは知らなかった。一体、何処を走っているのだろうか。
どうやら顔に出ていたらしく、兄ちゃんは俺の疑問に答えてくれた。
「これから俺達が、一から創り出すのさ! 目標は惑星と銀河を縦横無尽に疾る、その名も――」
「時間が夢を裏切らないのは解かったから、それ以上は止めておけ」
「――むぅ。どうして皆、最後まで話を聞こうとしないんだろう?」
色々不安になるからじゃないかな……ネタ的に。
そうしている内にもレール固定具――兄ちゃんの言う事を信じるなら、だが――を持ったお仲間が、俺の足だの腕だのをホッチキスで留めて回る。
だが、それはちょーっと甘いんじゃないかな?
「この程度の拘束で逃げられなくなったと思うか?」
「なん……だと……?」
俺は演出込みで不敵に笑ってみせてから、右肩に力を込めた。二の腕から手首にかけて5箇所に打ち込まれたホッチキスが、最大1センチメートル持ち上がる。
「な……おいジョニー、追加で打ち込め」
「り、了解」
慌ててホッチキスを追加されて元の木阿弥に戻るが、更に力を込める。ホッチキスは先程みたいに一気に抜けはしないが、それでも少しずつ、ミリメートル単位で緩んでいった。
「まさか、打ち込んだ10本全部が抜けるのか?
これはレール敷設の基準を見直す必要があるな……」
「馬鹿、それよりも左手!」
最初に声を掛けてきた姉ちゃんが気付いて叫んだが、残念、時既に遅し、だ。
兄ちゃんズの視線が右腕に集まっている間に、俺は左袖にエネルギーケーブルを繋いだまま押し込んでいた銃を引っ張り出す事に成功していた。指の先に挟んだだけの状態ではあるが、問題は無い。
視界に銃口――と言うか、照星? ――から見える光景がウィンドウで表示される。一体あのサイズの何処にカメラが搭載されているのか不思議でならないが、まあ流石未来技術と言う事にしておこう。
ウィンドウに映る照準を、左腕を押さえ付けているホッチキスの横棒に合わせて最大出力でレーザーを照射する。本来なら弾丸として撃ち出すエネルギーを、無尽蔵に供給出来るのを良い事に連続で出力して無理矢理光線にしたのだ。
レーザー光線は硬そうなホッチキスをあっさりと焼き切った。あまりの呆気なさに摘んでいた指の力加減を間違えてしまい、レーザー照射先が斜め上にずれる。
不幸な事に、その延長線上には俺を押さえ込んでいる兄ちゃんの頭が置かれていた。
兄ちゃんの頭が、あっと言う間も無く消し炭になり散っていく。
敵も俺も呆けて固まる中、兄ちゃんの身体はガラスの破片になって消えていった。
ここまで強力なレーザーを吐き出せすとは予想外である。入力したエネルギーが多過ぎだったのは否定しないが、それに耐えて出力するこの銃の耐久力も恐ろしいとしか言い様が無い。
だが、これはチャンスである。
残りの四人よりも早く正気に戻れたのを幸いに、俺は身体を留めているホッチキスを片っ端から焼き切った。
よっこらしょと立ち上がった俺に気付いた四人が、拳銃をこっちに向けて撃ち始める。とは言え、高が拳銃弾(9パラ)、結構頑丈なサイボーグボディにとっては、どうと言う事は無かった。ほんの多少、耐久度は減ってるけどな。
「それでは諸君、サラダバー!」
飛んで来る銃弾を台風の時の雨粒程度に感じながら捨て台詞と共に回れ右をした俺は、砂浜の向こう側に聳え立つ、サスペンスドラマで主人公と犯人が対峙していそうな岬へと駆け出した。本来ならばピンクトゥのある方向――ここからだと村の、そのまた向こうにあたる――を目指すべきなのだが、それだと弾幕に突撃する破目になってしまうのだ。
しかし、舌が回りきっていないとは、自分では落ち着いているつもりでも、やはり何処か慌てているのかも知れない。
ホッチキスと弾痕でメッシュ状態になりつつあるスカートを翻しながら50メートル程逃げると、コースは砂利道から砂浜へと変化した。と同時に、足が砂にズボズボと埋まってまともに走れなくなってしまった。
どうやら生身よりは増えてしまった自重の為に、砂が見事なトラップへと変貌したらしい。何と言う事だろう。
それでも何とか無理矢理、膝まで埋まりながら進んでいると、後頭部やや右下寄りを百トンクラスのハンマーでフルスイングされた様な衝撃に見舞われた。衝撃は俺の身体を左前方3メートル地点へ前方伸身宙返り3回捻りで放り投げ、上半身が頭から砂に突入して見事な大目玉を作り出す。
「糞ッ! 痛ぇじゃねぇか、手前、等……?」
砂だらけになった頭を振りつつ起き上がると、先程まで攻撃してきていた四人が呆けた顔を並べて俺の背後――どうやら逃亡予定先――を眺めていた。因みに、その内の一人は撃ちたてほやほやのバズーカを持っている。
俺は、不思議に思って振り返ってみた。
目指していた岬の先端に先程まであった岩が無くなっていた。丁度、こう、2メートルくらいの高さの伝奇ファンタジーとかで妖怪を封印していそうな岩で、特別っぽい雰囲気を醸し出していたのだが、それが根元少しを残して綺麗さっぱり消滅していた。
どうやら俺の後頭部で兆弾したバズーカ弾が命中したらしい。
「ら……」
「ら?」
「羅武威兎が来るわよぉぉぉ!!」
悲鳴の様な叫び声を置き去りにして姉ちゃんの姿が消え、残った三人も慌てて彼女の後を追って村へと逃げ去った。
「ラビットって……兎が来るのが、そんなに怖いのか?」
いきなり消えてしまった四人を今ひとつ要領が掴めないまま見送る俺の周囲が、急に陰った。太陽が雲に隠れたと言うよりも、何か巨大な物が……
「……って、なんじゃそりゃあああああ!?」
影の方へ目を転じると、全長15メートルはあろうかと言う巨大な白兎が海水を滴らせながら佇んでいた。
波打ち際から20メートル離れた海面に突如現れた巨大兎は、後ろ足で立ち上がったまま周囲を睥睨している。自分が呼び出された理由を調べでもしているのだろうか。
どうせ誰も呼んでいない――不運な事故が発生しただけ――のだから、そのまま「こりゃまた失礼」と帰って頂ければ助かるんだが……ああ、目が合っちまった。駄目だ、こりゃ。
俺を見付けた兎は大きく吼えた。
現実の兎がどんな声で鳴くのか知らないが、アレは断じて草食動物の鳴き声なんかではない。怪獣系の咆哮である。
通り雨の様な飛沫を周囲に振り撒きながら、兎が俺を目指して歩き始めた。二足歩行でのたのた進む様は、サイズさえ考えなければ可愛いと呼べるだろう。
「幾ら可愛いかろうが、獲物認定されたのに黙ってやられる程お人好しじゃないんでな!」
左手のレーザー銃を出力最大で兎の喉元目掛けて照射すると、光線は兎の毛皮を焦がし、その下の皮膚に小さな穴を開ける事に成功した。それなりの出力があればダメージは与えられる様だ。
俺からのささやかな攻撃に気付いたのか、兎はもう一度吼えると水の中から跳び上がった。土砂降りの海水と共に巨大な後ろ足の肉球が俺目掛けて落下して来る。
這う這うの体で兎の着地点から脱出して振り返ると、兎の口の奥が碧く輝いているのが見えた。
「ちょ、放射能まで吐くのかよ!?」
慌てふためいて横に飛んだと同時に、直径1メートルを越える碧いスポットライトが降ってきた。照らされた地面が融解し沸き立つ。
俺の尻を掠めたレーザーは、そのまま四人の逃げた方向――村へ続く道をなぞる様に照らしていった。小さく見えていた連中の後姿が碧い光に呑まれて消え、更に伸びた先の建物が爆発する。
レーザーは更に数件の建物を爆発させてから消えた。
「海から現われたんでてっきり怪獣の方かと思ったが、どうやら早過ぎた方の巨神か……」
呟きながら兎を見上げると、天に向いて大口を開けていた。忙しなく口周辺の筋肉を動かす様は、出来立ての天麩羅を頬張ったみたいに――
「――って、レーザー吐き過ぎて口の中が熱くなってんのかよ」
兎の、きつく瞑られた目尻に涙が滲んでいた。サイズさえ考えなければ可愛いと言い切れる光景である。
「だが、今がチャンス」
俺はスカートの後ろ半分が消失したドレスから、膝丈細身の半ズボンとタートルネックの長袖Tシャツに装備を交換した。タートルネックなら「T」シャツじゃない? 大体そんな感じの服だと思ってくれ。
それから手持ちの中で最大の攻撃力を誇るリニア・カノンを引っ張り出し、APFSDFを連射する……が、
「効かない……だと……?」
砲弾は、全て兎の毛皮に受け止められてしまった。一応、お情けレベルのダメージは与えられた様だが、同じ攻撃ならばレーザー銃の方が遥かに強力である。
慌ててリニア・カノンからレーザー機関銃に持ち替えてケーブルを接続し、俺は最大出力のレーザーを喉元へと叩き込んだ。レーザーが毛皮を焼き、剥き出しになった皮膚に焦げ痕と風穴を刻み込む。
「よっしゃ……とは言え、彼我の戦力差が絶望的だな」
ダメージを与える事には成功したのだが、所詮は雀の涙である。出来れば逃げたいところだが、ここで俺まで居なくなってしまえば兎が村を襲い、襲われた村人達に恨まれてしまいそうだ。……小心者だって良いじゃない。人間だもの。
レーザーの撃ち過ぎで加熱した機関銃を、とりあえず振り回して冷却している俺に向かって、漸く口内の熱が冷めたらしい兎の前足が振り下ろされた。飛び退いて難を逃れるが、後ろ足と違って破壊力が小さい代わりに連打出来るらしく、何度も何度も肉球が降ってくる。
「俺はもぐら叩きのもぐらかよ……ッと、とわぁ!?」
前後左右に跳ねて前足を何とか躱していたのだが、砂に足を取られて尻餅を搗いてしまった。迫る肉球にまだ熱い機関銃を向け、後先考えない最大出力のレーザーを照射する。無理な出力を強い過ぎた機関銃が爆発すると同時に、肉球のど真ん中に結構大きな穴が開いた。穴の内側に筋肉っぽい繊維が垣間見える。
流石に痛かったのか、兎は振り下ろしていた前足を引っ込めた。
俺は前足の甲に跳び乗り、そこにあった毛を両手に巻き付けて握り込んだ。下からチマチマと攻撃するよりも、頭を直接叩きに征く方針に切り替えたのだ。
それに気付いたのか、兎が痛みと俺を振り払おうと前足をバタつかせ始める。
「今度はロデオマシーンかよよよYOよ!?」
兎の振り回しが一息吐くまで何とか耐え忍ぶ事に成功した俺は、毛を掴んでいた手を離し兎の前足を駆け上った。肩から丁度1メートル上に見える長い耳に跳び付き、兎が反応する前に耳の奥へ潜り込む事に成功する。
兎の前足が外耳を擦る音と衝撃が伝わってきたが、それが俺に当たる事は無い。どうやら安全地帯に逃げ込めた様だ。
「ふう……。
さて、反撃といきますか」
俺は、一旦片付けていたリニア・カノンをもう一度引っ張り出して、兎の鼓膜へと向けた。
兎が耳の中の異物を取ろうと跳ね回っているらしく足場は安定しないが、凸凹とした内耳の壁を掴みながら一発撃ち込んでみる。一瞬、兎の動きが止まってから、激しいシェイクが始まった。痛みの余り、のた打ち回っているらしい。
更に5発、10発と撃ち込み続けるとシェイクがだんだんと弱くなってきた。
「よぉし、後もう一息――」
とニンマリしたところで穴だらけにした鼓膜の奥から碧い光が溢れてきた。それと共に内耳の中の温度が急上昇を始める。
「こりゃあ、レーザーを撃ち出す準備か?」
内耳の傾きから推測して俯いた状態でレーザーを吐き出すつもりらしい。
撃たせてたまるかと鼓膜への砲撃を再開すると、耳の中が激しく揺れ、天井と床が入れ替わった。倒せはしなかったが、仰向けになってくれた様だ。
そのままレーザーが撃ち出される。
これなら村への被害は無いだろうと安堵していると、耳の中の光と熱が更に強くなりだした。レーザーを撃てば保持していたエネルギーが無くなるので、そういうのは弱まると思うんだが、逆に溜まっていっている様に見える。
こりゃヤバイと回れ右をしたところで、鼓膜の向こうで爆発が起きた。
強烈な爆風に押されて俺は耳から吹き飛ばされ、俺は放物線を描きながら地面に帰還した。
「痛ぅ……俺は一寸法師じゃねぇんだから、もう少し労わって降ろせよ。ったく」
ぼやきながら起き上がると、兎の巨体だったガラスの破片が驟雨となって降り注いでいた。キラキラと光を放つ破片が、地面に触れるとドロップアイテムへと変わっていく。
巨大な骨やワイヤーの様な紐の束、毎度お馴染みプラスティックトレイにパックされたお肉等々が廃墟の中に現われた。
「この辺りはジャイアント・アーマード・フォックスの時と大差ない……んだ、な……って……?」
周囲をよくよく眺める。
村一つ丸々が壊滅していた。




