第42話 始められないクエスト
その後は、火曜、水曜と似た様な行程が続いた。
俺がログインしている時間の大半は戦車とピンクトゥでの移動に費やされ、時々気分転換を兼ねて近くに湧いてきたモンスターを狩るだけ。そして俺がログアウトしてからも移動を続けて、補給地点があれば――賞金首の居ない間に――立ち寄っている、らしい。
補給地点と言っても、高速道路のパーキングエリアに従業員の住む家が隣接した集落の様な体裁だそうだ。装甲長距離バスや軌道エレベーターからの物資の運搬等の為、その手の「砂漠の中のオアシス」みたいな集落はあちらこちらに存在しているらしい。
因みに、予定よりも1日遅れているのは途中の狩りや補給で想定以上に時間を費やしているからだそうだ。
……全部ヤーウィから聞いた話だが。
「俺も補給地点に行ってみたかったぜ……」
「他の人間に見付かって、銃撃戦を始めたいなら止めないッスけどね」
「……なあヤーウィ、確か月曜だったかに『何とかなるッスよぉ』って言ってたよな?」
「確かに言ったッスけど、アレはグレンの準備している対策を前提とした話ッス」
「……左様で」
今日も元気に操縦桿を握りながらヤーウィと情報を交換していると、前を走るダイザ達の遥か前方に水平線が見えてきた。
「おお……海だ……」
「やっとここまで来たッスねぇ」
二人してメインモニターを眺めていると、ダイザから通信が入った。雰囲気を大事にする主義なのか、彼はボイスチャットよりも無線通信を好んで使っている。
『目的地の集落まで、後15分程だ。サーウッドの変装の事もあるし、ここで少し休憩しよう』
「了解」
返事を聞いたと同時に、前を走っている戦車がゆっくりと速度を落として停車した。こちらも横に並んで停まり、外に出てダイザ達と合流する。
都市間を結ぶ街道を迂回している為、目の届く範囲に動いている機影は見当たらない。空高くに鳶らしい黒い点が輪を描いていた。
のんびりと挨拶を交わしてから、グレンの持っているポップにラッピングされた包みに目を向ける。
「それが例の変装グッズか?」
「そうよ」
差し出された如何にも「プレゼント」な包みを受け取り、ぐるぐると回しながら眺めてみた。そこそこの嵩はあるが、見た目のわりに軽く柔らかい。衣装一式、と言ったところか。
「使い方は簡単。それをタップしてみて」
「タップ?」
「あー、アイテム情報を見るみたいに突く事ッス」
「なるほど」
言われるままにプレゼントをタップすると、【サーウッド専用変装キット 使用しますか?】と書かれたウィンドウが表示されたので、さっさと【Yes】のボタンを押す。
多分お子様系の着せ替えセットなのだろうから、最終的に着させられるのは確定的に明らかだ。駄々を捏ねる時間を省いてしまおう。
が。
「なあ……何で、こうなるんだよ……?」
メニューからの装備変更と同じ感覚で切り替わった、今の俺の装備は――足首まで隠れそうな丈のドレス一式であった。
「だって貴方の外見、男の子ってばれてるんだから、これ位やっとかないと変装にならないじゃない?」
ドヤ顔で微笑むグレンが向けてくれた全身鏡――いつの間に取り出したのか、いつも持ち歩いているのか、聞いてみたいところである――を見れば、レースとフリルとリボンに埋もれた前世紀初頭風にヨーロピアンな少女が呆然としてこちらを見返していた。かつらとカラーコンタクトもキットに入っていたらしく、見事に碧眼金髪である。
自分でなければカメラに収めて、画像共有サイトにアップしたくなる可愛さだった。
「うむ。これならばれる事は無いだろう」
「サーウさん、似合ってるッスよ!」
ダイザ……ヤーウィ……他人事だからって良い笑顔で肯定するのは止めてくれ……。
――――――――――――――――――――
それから45分後。
俺達は目的地であるイン・アバ村に到着していた。字面を見たら踊りの女王か白兎が出て来そうな名前である。
「似た様なのなら居るッスよ?」
「本当に居るのかよ」
「この村は毎年の祭りで豊漁祈願の踊りを奉納するそうなんスけど、そこで踊りの上手い男女一人ずつが『ダンシング・カイゼル』と『ダンシング・カイゼリン』に選ばれるんだとか」
「女王じゃなくて女帝かよ! しかもまた英独ごちゃ混ぜじゃねえか!」
「まあまあ。
そんな堅苦しい突っ込みは抜きにしよう」
「流石アメリカのゲームだけあって、グローバル化されてるわよね」
「いやその理屈は可笑しいだろ!?」
複数の国の言葉で単語を作る事を国際化とは言わない……言わない筈である……言わないんじゃないかなぁ……はぁ。
村に着いて5分も経たない内に、今日の元気を使い果たした気がする。両手にある日傘とバッグ――これ等もグレンが用意してくれた、ドレスとお揃いの逸品である――の重量が5割増しになった気がして、思わず溜め息が零れてしまった。
「ほらほら、そんな溜め息を吐いてたら幸せが逃げちゃうわよ?」
「もう集団夜逃げされた後で、欠片も残ってねぇよ」
「その格好でやさぐれてると、目立つッスよ?
それでなくても目に付く外見なんスから」
「これくらいで悪目立ちする格好させんなよ……」
文句を付けながらも、俺は丸まっていた背筋を伸ばして、グレンの特訓どおりの歩き方に切り替えた。さほど多くは無い通りすがりの見物人達の視線が、珍獣観察から美術品を眺める時のそれに変わった気がする。
「うむ。良く似合ってるじゃないか」
「褒めても何も出ねぇぞ、ダイザ」
褒めながら斜め前方を歩くダイザの後頭部を、日傘の影に隠した視線で穿つ。ついでに奴の長い友達が少しでも減ります様に。
「サウちゃん、そんなに睨んじゃせっかくの可愛いお顔が台無しよぉ?」
俺の密やかな攻撃に気付いたグレンが、日傘の下の頭を撫でる様に叩いてきた。頭に掛かるこの微妙な力具合は、きっと現実での彼の頭髪事情を慮っての事だろう。そうか、ダイザ……
察してしまった俺に出来たのは、奴へ向けた視線をそっと外す事だけだった。
――――――――――――――――――――
周囲の視線を集めながら、俺達はクエストのスタート地点である村外れの砂浜にある小屋へとやって来た。カップルがきゃっきゃうふふするのに適した砂浜の片隅にあるログハウスで、一人暮らしには大きめの風情ある佇まいである。
後を追って来るかと思っていた野次馬達は、俺達の目的地が判った途端、離れて行った。所謂一つの「村八分」と言う奴だろうか。
同じ目的と思われる、多分PCと推測される数人と一緒に扉を開けて中に入ると、如何にも場末の浮浪者な雰囲気を醸し出している酔っ払いが安楽椅子で、だらしなく揺れていた。
「……また邪魔者かよ。だから持って来るモン持って来ねぇとダメだってんだろ?」
面倒臭さ以外の感情が抜け落ちた声で追い出そうとする声に、俺達は黙ってインゴットを安楽椅子の傍にあるテーブルの上に並べた。その内の一つに手を伸ばした酔っ払いが、ぼさぼさの髪と無精髭には似合わない鋭い視線でインゴットを見詰める。
暫らく睨み続けてから、酔っ払いはこちら――正確にはヤーウィ達三人――の方を見た。
「まさか、こんな辺境で本当に―-ー―‐―にお目に掛かれるとはな……。
良いだろう。お前さん達に依頼したい事がある」
「受けるッス」
頷く三人の頭辺りから、ぴろりろりろり~といった感じの軽いファンファーレが漏れ聴こえてきた。
「お……おとなだけで、子どもはダメなんですか?」
「年齢制限は無い。
だが、お前さんは駄目だ。そのスペックがあるのに、こいつまで手に入れられちゃ色々困る奴が多過ぎるんだよ」
つまり、この身体に問題がある、と。
だとするならば、目の前のサイボーグが基準になるのかな?
「ええと、おじさんくらいオンボロだったらだいじょうぶなんですか?」
「言ってくれるな。まあ、有り体に言っちまえば、その通りだ。悪いが、他のオンボロ達に譲ってやんな」
おーお、当たりかよ。こりゃ仕方ないか。しかし、何と言うか、ぶっちゃけた理由だなおい。
「わかりました。では、しつれいします」
出来るだけ子供っぽく見える様にお辞儀をして、俺はインゴットをバッグに仕舞い込んで回れ右をした。ちらりと見上げるとヤーウィが申し訳なさそうな顔をしていたので、気にするなとアイコンタクトを送っておく。
「待ちな」
そのまま順番待ちしている五人組の傍を通ろうとした時、背後から呼び止める声と小さな物が放物線を描く音が同時に聞こえた。
振り向きざまに両手でフライをキャッチして見ると、子供の手には少々大きめの――成人女性には少々小さめ位だろうか――飾りが彫り込まれまくった拳銃だった。所謂、貴婦人御用達の護身用と呼ばれる奴だが、これは実弾ではなくレーザー銃の様だ。エネルギーパックを弾倉として装着するのではなく、内蔵されている小型パックに充填して使うタイプなのだろう。
「御嬢様を手ぶらで帰すのも失礼だからな。お前さんにゃ丁度良いだろう」
「ありがとうございます。
もうひとつ、おしえてほしいのですけど、さきほどおっしゃってた、ホニャラだかウンジャラギャだかは、なんていみですか?」
「ああ……まさか本当に見付かるとは思わなかったんで、つい故郷の訛りが出ちまったんだ。この辺じゃ超々々々ジュラルミンとか言う筈だぜ」
「おしえてくれて、どうもありがとうございました」
今度は深めに頭を下げてから、俺は外へ出た。これ以上居座ってもヤーウィ達のクエストの邪魔になるだけだろう。
――――――――――――――――――――
「ちょっと待って!」
貰ったばかりのレーザー銃を左手に装着してみながら――このサイズのくせに、リニア・カノンやモスキートと同じくケーブル経由で射撃出来る様だ――歩いていると、後ろから声を掛けられた。
振り向くと順番待ちをしていた女性PCが、開けた扉からこちらへと出て来たところだった。
「はい、なんでしょうか?」
「貴女あのインゴット持ってるんでしょ、譲って貰えない?」
「え? でも……」
「私達、実は1本も持ってないのよ。交渉で乗り切れるかと思って来てみたんだけど、貴女のがあれば交渉が有利になるの」
「えぇとぉ……」
1本くらい融通するのは構わない事も無いが、せめてそこは「交換してくれ」とか言うのが筋じゃないか? いきなり「寄越せ」じゃ追い剥ぎと変わらんのだが。
この手の「交渉」をしてくる相手に、果たして、このままホイホイと渡して良いものか……
「今よ!」
「何ぃ!?」
長考に入って周囲への警戒が緩んだ俺に向かって、女性PCの影から他の四人が飛び掛かる。呆けていた為に反応出来ず、俺は仰向けに押さえ付けられてしまった。
傍から見たら色々ヤバ過ぎる絵面な気がするんだが、良いのだろうか。
「ちょ、一体何しやがるんですか!?」
「演技しても通じねぇんだよ、サーウッド!」
げ。
「女装してりゃばれないとでも思ったか?
だが、その格好のPCでしかもサイボーグなんぞ、お前くらいのものなんだぜ?」
「……そりゃ残念だ。せっかく気合入れて用意して来たんだがな。
因みに、どの辺りで気が付いた?」
「あのNPCがお前をサイボーグだと言ったところだな」
「……何とも危なっかしい橋を渡ったもんだ」
「正解だったんだから問題無いだろ」
左右の足に一人ずつと胴体に一人、圧し掛かられているんだが……胸の上に座り込みながら両手も押さえている兄ちゃんの表情は、俺の首に掛かった賞金を考えて興奮しているとしか考えたくないな。
だが兄ちゃんズよ、高々人一人の重量でサイボーグを押さえ込めると思っているのならば、それは非常に甘い――
「この程度の人数ならひっくり返せると思ったか?」
ガチャンという重苦しい効果音を伴って足首に細い棒の様な物が押し付けられる。その感触に頭を無理矢理上げて見ると、鎹と言うか、でかいホッチキスの様な物で地面に縫い止められていた。




