第40話 川下り
湖から流れ出る川も無事に見付かり、ピンクトゥは川底をのんびりと匍匐前進していた。
周囲に人影は――PC、NPCを問わず――無いものの、万が一を考えて水面には一度も出ていない。流石に考えすぎだろうか……テロリスト認定なんぞ初体験だから、どこまで気にしなけりゃならんのか、今ひとつ判らない。
もっとも、生身の人間――という設定の――キャラクターならそれ以前に換気とか酸素とか色々大変そうな行程ではあるが、俺の場合は腐ってもサイボーグ。呼吸関係は無視出来るので便利だった。
とは言え、操縦席に篭りきりが続いているせいで、精神衛生の方が少々辛くなってきている。
何処か適当な場所で陸に上がって一休みするかな、なんぞと今後の予定をつらつらと考えながら川底を流れに乗って進んでいると、ヤーウィからボイスチャットが入った。
『調子はどうっすか、サーウさん?』
「どうって……まあ、平穏無事に水中散歩を楽しんでるよ」
外の様子を映し出している各モニターをチェックしながら、のんびりと答える。チャットの向こうのヤーウィの気配が、少し緩んだ様に感じた。
『まあ、それなら良かったッス。
どうせサーウさんの事ッスから、また誰かに襲われてる最中かと思ってたッスよ』
「言いたくなる気持ちは解かるが、流石に襲ってくる暇人は居ないだろ」
『確かに水の中まで探しに来る暇人は……まあ、流石にねえ……』
「一応、万が一に備えて、ずーっと深く静かに潜行中だぜ」
『そのまま沈没にならなきゃ良いんスけどね』
「縁起でもない事を言うんじゃねぇよ――ぉおお!?」
『どうしたッスか!?』
メインモニターを横切るブラックバスとアマゴを足して倍以上に大きくした結構デカイ魚を眺めながらヤーウィの軽口に応じていると、機体が急に傾いた。そのまま落とし穴の中をゆっくり回転しながら落下する。
15メートル程下の坂に川の水と共に叩き付けられたピンクトゥは、体勢を立て直す暇も無いままに濁流の先頭を転がりだした。
「ど、どうやら川底の更に下に、下水道が掘られていた様だな。現在、その中を急加速で移動中だ」
『……多分、マイン・ワームの移動した跡ッスね。流石サーウさんッス』
「何ならお前も『おむすびころりん』の気持ちを味わってみるか?」
『謹んでご遠慮させて頂くッス』
ゴロゴロと上下が激しく入れ替わっているのに余裕を持って軽口を継続出来ているのも、シートベルトをきちんと締めていたからである。安全運転万歳。
とは言え、そろそろ目が回りかけてきた。どうやって止まろうか……とりあえずアンカーフックを打ち込んで無理矢理ブレーキを掛けてみるか。
『どうせ勢いに負けて抜けるのがオチじゃないッスか?』
「だから、他人様の思考を読むんじゃないと」
『サーウさんが読まれ易い思考パターンなだけッス』
「ほっとけ――ん?」
『今度は何ッスか?』
「トンネルの出口っぽい明かりが見える」
そう。下手なシューティングゲームよりも早い速度でスクロールする外の情景の中に、時々明るい点が流れているのだ。しかも少しずつ大きくなっている。出口が近付いているとしか思えなかった。
『なら良いんスけどね。どうせまた新しいトラップじゃないんスか?』
「だから縁起でもない事を――ぉわ!?」
『ふぅ……で、今度は何スか?』
先程と似た様な会話が繰り広げられたが、その先の展開が洒落になっていなかった。
モニターに流れていた光はトンネルの一部が崩れて開いた穴だったのだ。ピンクトゥは比較的薄そうな壁にローリングアタックを仕掛け、洞窟からの脱出に見事成功した。
飛び出た先は勿論空中である。
どうやらこの洞窟を施工したマイン・ワームは、崖のすぐ側を掘り進んでから方向を変えていたらしい。
薄くなっていた崖の壁からファンファーレっぽいテーマ曲でも欲しくなる勢いで空中へ躍り出たピンクトゥは、そのまま30メートル下に見える河――多分、先程まで歩いていた川が曲がりくねりながら別ルートで流れ込んでいるのだろう――へ、即席の滝に乗ってダイビングしていった。
『本当、特攻野郎ッスねぇ、サーウさんは』
「五月蝿ぇ!
それより何で落ちてばっかりなんだよぉぉぉ!?」
『人間は何処まで堕ちれるかの限界に挑戦、とかッスか?』
「微妙な誤字をするんじゃねぇぇぇぇ!」
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ド派手な水音と水柱を立てて逃走経路のショートカットに成功した俺は、流石に河の底を這いずる気力も失せてしまい、現在は水面に機体を浮かせて、どんぶらこどんぶらこと流されていた。
『見付かっても知らないッスよぉ?
……って言っておいて何スけど、その辺りには目立った獲物も居ないッスし、簡単に行き着ける道も無いッスから、PCに見られる事は無いと思うッスけど』
「……ホントかよ」
『まあ、確かに偏屈な奴等や妙な実験とかをする奴等がうろついてる可能性も捨て切れないッスけど、そんなに高くはないと思うッス。
それに、今はマイン・ワーム狩りのが盛り上がるッスからね』
機体上部のハッチから半身を出して、外の風景を眺めながら垂れていた俺は、ヤーウィの言葉で身を起こした。何しろ獲物は、およそ人間の作った物よりも遥かに背の高いダンシングフラワーだ。……ゲーム内なら軌道エレベーターがあるか。
「アレを狩るって言うのか?」
『勿論ッス。
実は、新マップ開放クエストの一つに、今回手に入る筈だった超々々々ジュラルミンが開始キーになってる奴があるんスよ』
「ほお……それは、どれくらい必要なんだ?」
『最終的には、それなりの数が必要らしいッスけど、とりあえずクエストを始めるだけなら一人頭1本で良いそうッス。
って、サーウさん、持ってるんスか?』
「マイン・ワームを伐り倒して逃げる前に、手の届く範囲にドロップしたインゴットを百個ばかり掻き集めたからな」
『おお。是非ともお願いするッス。
いやあ、先行してるアメリカサーバーの情報では最終的に1トンくらいは必要らしいんスけど、とりあえずクエスト始めるだけでもやっておきたかったんで助かるッス』
「おーけー。
じゃ、何処かで待ち合わせでもするか」
インゴットだの宝石っぽい欠片だの、落ちてたアイテムは片っ端から貨物室に投げ込んだから、クエストに必要な分全部は無理でも、それ位なら楽勝だろう。
俺はハッチから外へ出て、屋根の上で大きく伸びをした。
宇宙空間で他の宇宙機と接続する為なのか、ピンクトゥには左右のドアの他に後部の貨物室へ通じるドアや上下のハッチが備え付けられている。更に言えば、貨物室は用途に合わせて取り替え可能な形状になっている。
そのお陰で、機体の三分の二を水面下に沈めていても外に出る事が可能なのだ。
『そう言えばサーウさん、まだ河を下ってるんすか?』
「ああ。今のところ人影も機影も見えんな」
『だったら、その河を更に下ると、この前ジャイアント・アーマード・フォックスを狩った森の横を通るッスから、あの森で落ち合いましょう。
ついでにクエストも一緒にやらないッスか?』
「それも良いかもしれんが……指名手配犯と一緒で大丈夫か?」
『大丈夫だと思うッス』
「それなら参加させて貰うとするか。じゃ、また後でな。
それまで河下りを楽しんどくわ」
『お気を付けて~』
ヤーウィとのボイスチャットを終了して、空を見上げると、一面の群青に真っ白な雲がゆっくりと流れていた。その遥か上で尾を引きながら走る小さな光点は、人工衛星か宇宙船だろうか。
目的地に着いたら、どうせまた慌しい事になるんだろうし、今だけでものんびりしておこう。
俺はピンクトゥのコンテナの上で仰向けに寝転んだ。デッキチェアとパラソルでも欲しいところだが、それは贅沢と言うものだろう。
脳内では、賞金稼ぎの飛行艇乗りが聴きそうなシャンソンが漂っていた。
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うつらうつらしながら小一時間、河面で揺られていると、流れの先に橋と思われる直線が見えてきた。あれがアーマード・フォックス狩りに行く時に渡った橋だとすると、この辺りの河幅は1キロメートル近くあるのか。
「さて、万が一もあるし、そろそろ上陸しておくか」
と呟いたところで、この装甲車にはスクリューも舵も付いてなかった事に漸く気付いた。さて、どうやって岸に近付こうか……。
それから暫らく考え続けた結果、8本の脚を動かしてみる事を思い付いた。試してみると、これが想像以上に進めたりして吃驚である。
「犬掻きならぬ装甲車掻きかよ。傍から見てりゃギャグなんだろうなぁ」
ぼやきながら、橋から2キロメートルは離れた辺りで見付けた砂浜から上陸する。
橋の上では多分この森で狩りをするのであろう車両が数台、動いていた。あいつ等に見付かっていない事を祈ろう。
上陸に成功した俺は、そのまま森の中へとピンクトゥを進ませた。流石、森の深奥。前回来た時とは比べ物にならない樹木の密度で、周囲は薄闇の中に沈んでいる。
そんな中を、モンスターも敵も見当たらないのを良い事に軽快なスピードで走り回っていると、崖に突き当たった。高さ6、7メートル程のゆるやかな丘が抉られた様に切り立っており、その崖に大人が屈めば入れそうな穴が一つ開いている。
「洞窟の入り口、かな?」
潜り込めば異世界に通じてそうな雰囲気を醸し出す穴を探検しようとドアを開けて降りようとした時、頭に硬い物――多分、銃口――が突き付けられた。
「周囲に誰も見付けられなかったからって油断し過ぎだな。そのまま両手を頭の後ろで組んで、地面に飛び降りるんだ」
「そんな事したら転んで怪我しちゃいますよぉ。
タラップからゆっくり降りさせて下さいよぉ」
「大丈夫、こちらは痛くないから。
それに、それ位で怪我する訳でもないだろう、サーウッド?」
渋いバリトンの命令に、年相応の口調で泣き付いてみたが、あっさり却下されてしまった。しかも、こちらの正体までばれているらしい。
舌打ち一つで諦めて、操縦室から1メートル下の地面へリクエスト通り飛び降りる。衝撃を受け止めるのにしゃがんだだけで、勿論、怪我どころか転ぶ事も無い。
立ち上がりながら聞き覚えのあるバリトンの方へ振り向くと、操縦室の屋根で見覚えのある迷彩マントを着たザザンがフェイスガードを外していた。六尺棒――前に見た時は薙刀みたいだったが、刃の部分は仕舞い込めるのだろうか――を小脇に抱えている。
……銃口じゃなくて棒の先だったのか、あれ。




