第39話 凶状、ゲットだぜ!
ゲームからログアウトした俺はそのまま布団に直行し、友人との約束にギリギリ間に合う時間まで寝る事に成功した。
目覚まし時計のラストコールで何とか瞼を持ち上げて文字盤を確認と同時に飛び起き、可及的速やかに支度を整えて家を出たのが午前10時。待ち合わせ場所へ滑り込んだのは待ち合わせの時刻丁度で、友人は既に到着していた。
待たせた事を詫びながら旧交を温め、観光と買い物に付き合い、早めの夕飯を居酒屋で食べて――と言うか酒を飲んで――から帰る友人を駅で見送る。
一連の行程を終えて家に帰ったのは夜の9時だった。
時間としては早いが、アルコールが入った状態でゲームする勇気は無い。
俺は明日の準備を済ませてから大人しく布団に潜り込んだ。
気持ち良く酔っ払った頭で、友人と交わした言葉を思い出す。四半世紀ぶりにゲームを始めた事を告げた俺を、友人は羨んでいた。勤めている会社で大量の離職者が出た為に、のんびりゲームに興じる余裕が削りきられたらしい。
俺なんかよりずっとゲーム好きでVRゲームも早い時期から遊んでいた奴だけに、ゲームが出来ないのは辛いだろう。
ゲームに打ち込める様になったら、友人がプレイしている和風ファンタジー物のVRMMOで遊ぶ約束をして俺達は別れた。
「和風ファンタジーか……VRMMOにも色々あるんだなぁ」
そんな呑気な事を呟きながら俺は帰宅して、そのまま布団に潜り込んだ。
ゲームの方はともかく、現実の方は良い一日だったな、うん。
――――――――――――――――――――
明けて月曜日。
意気揚々とまではいかないにしても、それなりに爽やかな気分で出勤した俺を待っていたのは、遠金の微妙な笑顔だった。
「あ、白森さん、お早うッス」
「お早う。昨日は済まなかったな、変なところで放っぽり投げる形になっちまって」
「まあ、あの展開は不可抗力ッスよ。現実の用事もあった訳ッスし」
「そう言って貰えると助かる。
で、あれからどうなった?」
始業前の休憩室で、一応は気に掛かっていたナグール市とドラック市の争いのその後を聞いてみる。
「まず戦況からッスけど、移動距離が短い分戦力を掻き集め易かったナグール軍が優勢だったッス。
ダイザ達は戦車2両、グスタフ姉弟は攻撃ヘリを1機と戦車を3両、仕留めたそうッス」
「おお。そりゃ大戦果だな。で、被害は?」
「ダイザ達はかすり傷程度たったそうッスけど、姉弟の方は向こうの戦車に仕留められたって言ってたッス」
「なるほど、あっちはあっちで激戦だった様だな」
「ッスね。今は膠着状態――と言うか、ほぼ停戦状態ッス」
どうやら一当たりしただけで、睨み合いになっているらしい。「停戦状態」ってのが引っ掛かるが。
「それで、俺が逃げた後の鉱床探査部隊の方はどうなった?」
「それなんスけどね……」
それまでスラスラと回っていた遠金の舌が鈍った。話を盛り上げようとタメていると言うよりも、どう話を切り出すか言葉を選んでいる様に見える。
「何があった?」
「自分達が居た、あの湖の司令部は、壊滅したッス」
「……は?
冗談は顔だけにしてくれ」
「残念ながら、マジッス」
一体、何があったんだ?
逃亡した俺がマイン・ワームに飲み込まれたのは司令部から山一つ越えた場所だったし、その後見てしまったマイン・ワームの団体さんによるフラワーロックダンスは更に向こうの――多分、ドラック軍が陣取っていたと思われる辺りで踊られていた筈だ。
あの湖に被害がいくとは思えないんだが……。
「白森さんが呼び出したマイン・ワームが――」
「俺が呼び出したんじゃねぇ!」
力を込め過ぎて否定してしまった為、思わず大きな声になってしまった。
近くの席で時代小説――平安時代に鬼退治する話らしい――を読んでいた三崎さんが、本から顔を上げてこちらを見ている。
「すいません、何でもないです」
「あっそう。
なら良いけど、ゲームのやり過ぎには注意してな」
「はい、お騒がせしました」
素直に謝って、遠金に視線を戻す。それから心持ち小さな声で問い詰めタイムである。
「……で、どういう事なんだ?」
「何処から話せば……先ず、サーウさんが装甲車に乗って逃げた後の話なんスけど、――」
遠金は右斜め上を睨みながら、ゆっくりと口を開いた。
「――司令部は約束通り15分間は何もせずに、時間が過ぎてからサーウさんが逃亡した事を部隊に通達したんス」
「ああ。暫らく散発的な砲撃はあったが、約束が守られていたのは確認している。その後、PCの一部が独断専行したみたいだったがな。
お陰でこっちは谷底に落とされるわ、マイン・ワームに飲み込まれるわ、豪い目に遭っちまったぜ」
「その節は御愁傷様だったッス。
まあ、それでサーウさんを飲み込んだマイン・ワームが地上に出て来て倒れたんスけど……」
「あれは俺が内側から伐り倒した。他に脱出方法が無かったんだ」
嘘を吐いても仕方が無いので事実だけを簡単に伝えると、ヤー……遠金はウンウンと頷いて見せた。いかんな。話の中でサーウッド呼ばわりされてるせいで、こっちまで釣られかけてやがる。
「大体そんな事だろうと思ってたッス。
ただ……その、マイン・ワームの倒れた方向に問題があったんス」
「え?」
確かに倒れる方向を考慮する余裕は無かったが、高めに見積もっても精々百メートルかそこらだった筈だぞ。それが倒れたところで山ひとつ越えた司令部に影響するとは思えないんだが……。
「何て言うか、運が悪かったんスよね。
マイン・ワームが出たんで司令部も警戒の為にヘリを何機か飛ばしたんスけど、その内の1機が近付き過ぎちゃって、倒れてきたマイン・ワームに巻き込まれちゃったんスよ」
「自業自得と言うべきじゃないか、それ?」
「運が悪かった、の方が近いッスね。
そのままマイン・ワームの下敷きになって爆発したんスけど、その時に共鳴器を巻き込んじゃったんス」
「……確か、マイン・ワームの弱点だった、よな?」
「ッス。
本来なら伐り倒されたくらいで死ぬ筈のないマイン・ワームも共鳴器をやられて即死だそうで。しかも共鳴器からの信号を受け取ってた仲間のマイン・ワーム達が、更に怒り狂って大暴走を始めちゃったッス」
「えーと……」
そうか、あの時目撃したフラワーロックダンスは怒りの舞だったのか……なんぞと現実逃避気味に考え込んでいた俺に、遠金が止めを刺してきた。
「マイン・ワーム達の暴走で、あの一帯に集結していたナーグル、ドラック両軍は大打撃を受けたッス。
しかも、地中の金属を蓄積・精錬してくれる予定だったマイン・ワーム達が今現在も荒ぶったまま居座ってるッスから、資源の採掘もお預け状態ッス。
んで、諸悪の根源と認定されたサーウさんがテロリストとして指名手配されたッス」
「……はあ?」
顎がガクンと落ちる、と言う珍しい体験を味わってしまった俺の間抜け面を見ながら、遠金は更に詳しく説明を始めた。
「サーウさんは、元々フォーチュンから交渉官殺害の容疑者にされてたッスけど、それに加えてマイン・ワームを操って両軍を壊滅させたテロ行為についても、両市から告発されたッス。
あそこで出た被害全部、サーウさんのせいにされちゃったッスね」
「ちょっと待てよ。幾ら何でも無実の罪を押し付け過ぎだろ。俺の立場はどうなるんだよ?」
自分の顔の筋肉が氷点下になった錯覚を覚えながら、それでも何かの間違いではないのかと在りもしない可能性に縋ってみる。
だが遠金の顔に浮かんだのは、葬式で遺族に向けられる類の表情だった。
「SOOには犯罪者プレイってのもあるッスから、そっちの方で頑張ってもらう事になりそうッスね。
具体的には、変装や偽造データなんかで見た目と認証を誤魔化さない限り、まともな店に出入り出来なくなるッス。後、サーウさんには賞金が懸けられてますんで、それを狙ったPC、NPCに対応する必要が出てくるッス」
「対応、って……?」
「逃げるか、隠れるか、返り討ちにするか、ッス」
「……そういうのは苦手なんで遠慮したいんだが」
「残念ながら、それは無理ッス。
後、逮捕条件は生死不問だそうッス」
「なんてこったい……」
そう言えば、「倒れるぞ!」と叫んだ奴が酷い目に遭うんだったな……だからって、幾らお約束でも、んなところまで律儀に守らなくても良いのに。
俺は暗鬱とした気分で始業のチャイムを聞く破目になった。
――――――――――――――――――――
気分はともかく、仕事そのものは順調かつ滞りなく進められ、今日も定時で帰る事が出来た。
嫌な予感と不安な気分に苛まれながら家に辿り着いた俺は、コンビニ弁当を急いで掻き込んでVRコネクタを被り、ゲームを再開する。
少しでも早く現状を把握しなければと言う焦りと、出来ればそんな現実から逃避したいと言う願望で、次第に速く、段々と強く心拍を刻みながらメンテナンスポッドの中で目覚めた俺の眼前に、運営からの重要メッセージが立ちはだかっていた。
【お帰りなさい、sirwoodさん!
貴方に、以下の罪で逮捕状が発行されました。
1.フォーチュン評議会 対ナグール主席交渉官 ジュリアス・カイザ氏殺害容疑
2.ナグール市軍より車両1台を強奪
3.惑星ウンディーネ リアドゥリム山岳地帯における、ナグール・ドラック両市軍を標的としたテロ行為
逮捕者に対する謝礼金 80,000,000クレジット
逮捕条件 生死不問
これにより、sirwoodさんには称号「犯罪者」が発行されます。
称号「犯罪者」を除去する為には、発行者である組織に逮捕され、罪状に相応する刑罰を受ける必要があります。】
……生死不問なのは聞いていたが、賞金が、はっせんまんくれじっと……?
確か1クレジットが100円相当だったから……80億円か。って、個人の首にどんだけ賞金掛けてんだよ!?
しかも逮捕されて罪を償わないと称号が消えないって、これ捕まったら死刑しか無いだろ!?
「……逃げよう」
遠金の言っていた様に「犯罪者プレイ」なる物があるのなら、逃げながらでも遊べる筈だ。と言うか、警察組織との追いかけっこを楽しむ某三代目が「犯罪者プレイ」のコンセプトになっていると考えて良い。だから逃げ切れる。うん。
狭苦しいポッドの中で、俺は決意を込めて頷いた。
「とは言え、初心者にはきつい遊び方だな、こりゃ」
ボヤキながら、俺はポッドから起き上がった。ログアウトした時と変わらない操縦室の様子に少し安堵しながら、操縦席に座り、昨日スプーンから教えて貰った手順を思い出しながらピンクトゥを起動した。
周囲の様子を見える範囲で確認したところ、湖の底には魚が数匹泳いでいるのが確認出来るだけで、モンスターも追っ手も存在していない様だ。
「さて、何処へ逃げるかねぇ……」
とりあえずは湖から流れ出ている川底を移動する事にして操縦桿を操作すると、ピンクトゥは問題無く動き出した。流石宇宙仕様の装甲車。昨日の派手なアクション程度では、どうと言う事は無いらしい。
俺はレーダーから読み取れる地形を眺めて出口となる川のありそうな方向を見繕い、そちらへ向けて進み始めた。




