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第38話 マイン・ワーム

「つまり、俺達は今、そのマイン・ワームの胃袋に向かって絶賛流され中、って訳だ」

『正確には消化液に向かって、でございますね!

 マイン・ワームの体内の構造は、その殆んどが腸でございますから!』

「いや、その理屈はおかしい。普通は胃袋でドロドロに溶かされてから小腸で吸収されるだろ?」


 俺の質問ツッコミに対するスプーンの回答は、気分を滅入らせるに足る楽しい話だった。


『それにつきましては、マイン・ワームの場合は消化器官が1本の管になっております!

 口の近くではそれほどでもございませんが、奥へ向かうに従いまして周囲の腸壁から消化液が滲み出して参ります!』

「つまり、このままだと、砕かれながら溶かされつつ吸収されちゃう、と?」

『正に、その認識で間違いございません!』

「……実は、今も絶賛、溶かされ中?」

『Exactly(そのとおりでございます)!』


 スプーンの言葉を証明するかの様に、当たって跳ね返っているだけだった石が機体各部に擦り付けられ始めていた。加えて捻られる様な回転も加わっている。如何にも蠕動運動で食べ物を捏ねくり回してます、と言わんばかりだった。更には擦り付けられている石が妙に湿ってきた様な……。


「おいおい、これって危ないんじゃないか?」

『Exactly(そのとおりでございます)!

 マイン・ワームは腸内で溶かした物の中から金属分だけを体内に吸収して精製・蓄積致しますので、早めに対策を実行しないと周囲の岩石と一緒に溶かされてしまうでしょう!』

「巨大蚯蚓の餌になって終わる生涯とか、いらんわ!」


 こんなアホな生物に消化されて死亡するのは真っ平御免である。


『因みに、このサイズですと未だ幼生体と思われます!

 成長したマイン・ワームとしては、直径50メートル、全長4キロメートルの物が確認されております!』

「でか過ぎだろ! どこのSF映画だよ!?」

『大丈夫です!

 マイン・ワームから調味料は採れませんから! 設定は被りません!』

「問題はそこかよ! お前、原作を読んだ事無いだろ!?」


 それはそれとして、早く脱出方法を考えないとマジでヤバイ。

 岩石や消化液を相手にラッシュアワーの再現ごっこを繰り広げながら、俺は対策を考えた。


「……やはり口から出るのが一番安全か」

『それは、あまりお勧め出来ません!』

「何故だ?」

『マイン・ワームは基本的に地中で生活しています!

 先程、一瞬だけとは言え川の中に出て来たのは珍しい事でございます!』

「つまり、マイン・ワーム(こいつ)前方まえに道は無い、と?」

『Exactly|(そのとおりで――』

「そのネタはもう良いから。

 とは言え、このまま後ろに送られても消化されるだけだよな?」

『――この消化器官内には逆流防止の突起がございます。この機体に対しては効果はございませんが、通常の車両程度ですと、突起に阻まれて進めなくなるでしょう』


 そんなに恨めし気な目をするんじゃねぇよ。同じネタを何度も繰り返すのが悪いだろ、常識的に考えて。

 何にせよ、ここは前に突き進むしかないだろう。


「だったら溶かされるよりも、こいつの入り口に陣取って、地上に頭を出した瞬間に飛び降りる方が助かる様に思えるんだが、他に良い策はあるか?」

『……マイン・ワームを一撃で倒せるのでしたら、そちらの方が安全ではありますが、現在のご主人様の装備では難しいと思います。

 ですので、ご主人様が提案なされた方策が、現状では最適と思われます。

 問題は、マイン・ワームが何時地上に頭を出すか、でございますけど』


 考えながらなのか渋っているのか、妙にゆっくりとしたスプーンの口調に不信感を覚えてしまう。

 いかんな。どうもペトーを疑い始めてからこっち、考え方が後ろ向き過ぎる様な気がする。


 そんな事を考えながら、取り敢えず、マイン・ワームの腸壁にアンカーフックを打ち込む。フックから伸びるワイヤーを命綱に、多脚とウィンチを駆使して少しずつ前進していくのは、先程の崖登りと一緒である。まあ、ゴリゴリ押し付けられたり前方から吹き降りに襲ってくる岩石は無視する方向で頑張ろう。


 暫らくは比較的平穏無事に前進出来ていたので、余裕が生まれた俺は操縦がてらにちょっと聞いてみる事にした。


「そう言えば、こいつを倒せば安全に脱出出来るって言ってたよな?」

『はい! マイン・ワームを倒してしまえば、今まで通って来た道を逆に辿る事で先程捕獲された川底へ戻る事が出来る筈ですので!』

「なるほど。って事は、ここから狙える位置にこいつの弱点がある訳だ」

『具体的な場所は探してみませんと判りませんが、マイン・ワームには『共鳴器』と呼ばれます器官がございます!

 この共鳴器は仲間のマイン・ワームと連絡を取り合うのに使われております!』

「ほお……何を連絡し合ってるんだ?」


 俺は機体を操作しながらスプーンの話に耳を傾けてた。

 薀蓄も聞けて暇も潰せる。正に一石二鳥である。


『互いの進路がぶつからない様に警告を出し合ったり、襲われた時に仲間を呼んだり、その様な事を連絡し合っているとの研究結果がございます!』

「一匹を襲うと仲間が集まって来るのか。そりゃ大変だな」

『はい! ですので、マイン・ワームを倒すのであれば、仲間を呼ばれる前に共鳴器を一撃で破壊する事が鉄則となっております!』

「纏めて倒したい戦闘マニアならともかく、団体さんは遠慮したいよ、な!」


 話しながら巻き取ったアンカーフックを前方10メートル付近の腸壁へ向けて打ち込むと、腸内が青紫色の光で満たされた。


「何だ、こりゃ……」

『……まことに申し上げにくいのですが、ご主人様』

「どうした?」

『どうやらアンカーフックが共鳴器を打ち抜いた様でございます……』

「え?」


 不測の事態に戸惑っている間に、腸内の蠕動運動が激しい揺れへとパワーアップした。機体に掛かる重力が約90度、方向を変える。そのまま上昇する感覚。


「一体何が起こってるんだ……?」

『マイン・ワームが身体の前部分を持ち上げて仲間を呼んでいるのです!

 現在、この機体は地上から60メートルの高さにございます!』

「どんだけ背が高いんだよ!?」

『現在、我々を飲み込んでいるマイン・ワームですと、腸の直径から推定しまして全長は800メートル程でございます!』

「蚯蚓のくせにでか過ぎるぞ!」


 思わず怒鳴ってしまったが、今の俺に採れる選択肢は多くなさそうだ。

 大きく深呼吸をしてから、俺は当初の予定を完遂する事にした。

 青紫色の光に染まった腸内を出口――この場合は出入り口とすべきだろうか――目指して再び登り始める。


『いっそ、マイン・ワームを倒してしまっては如何でしょうか!?』

「俺じゃ倒せないんじゃなかったのか?」

『一撃で倒せないだけで、ご主人様の装備でしたら共鳴器を破壊する事は可能でございます!』

「なるほど。ならば殺っちまうか!」

『はい!』


 だが、身の危険を察知したらしいマイン・ワームが激しく身を捩った。その拍子に打ち込んでいたアンカーワイヤーが抜け、腸壁に僅かながらも重量を支えていた脚の爪――この装甲車の脚には昆虫の脚に似た爪があり、それを壁の凸凹に引っ掛けていたのだ――までもが外れてしまう。


「結局、また胃液にダイブかよ!」


 情けない突っ込みと後に残したピンクトゥは、ピンボールの球みたいにあちらこちらに跳ね返されながら、80メートル――怒り狂ったマイン・ワームは、更に高みを目指しているらしい――下の消化液の池に大きな水柱を作り上げた。追い討ちで大小様々な石が降り注ぐ。


『ご主人様、早く脱出させませんと機体が溶けてしまいます!』

「させるかよ!」


 スプーンに言われるまでもなく手近な腸壁にアンカーフックを打ち込んで、機体を消化液から引っ張り上げる事に成功した。

 今度は簡単に落ちない様、脚の爪もがっちり食い込ませ、打ち込めるアンカーフックは全て打ち込んで、機体を壁に貼り付ける。コンソールの情報によると外装の一部が溶かされたものの大きなダメージには到らずに済んだらしい。まずは一安心である。

 だが壁から染み出してくる消化液は下の池に浸かっているよりはましな程度であり、急がなければならない事に変わりはない。


「さて、脱出経路を作るか」


 俺は操縦席から離れると、リニア・カノンを装備して外へ出るドアを開けた。落ちない程度に身を乗り出して、ピンクトゥとは反対側の腸壁の消化液との境辺りに狙いを定める。

 2、3発撃ち込んでみると、それなりに硬い壁に小さな穴と罅を入れる事が出来た。その割れ目に消化液が寄せては返して傷口を拡大する。


「フッフッフ。計算通りだな」


 ジャイアント・アーマード・フォックスの時と同じ手段になってしまったが、現時点ではこれが一番確実な方法だった。他に楽な方法があるのなら是非とも教えて頂きたい。


『なるほど! こうやってマイン・ワームを伐り倒すのですね!』

「その通りダゼ! Hey! Hey! Hoo!」


 調子に乗って奇声を上げながら数発ずつ砲弾を撃ち込んでいく。APFSDSが穿った傷を消化液が洗うたびマイン・ワームの動きが激しくなるが、何とか落下せずに切り口を大きくする事が出来た。


 そして、撃ち込んでいる途中から今までには無かった震動が、微かではあるが感じられる様になった。


「何だ、この震動は?」

『ナグール軍がマイン・ワームを発見して攻撃を開始したものか……もしくは、仲間のマイン・ワームが集まって来た可能性もございます!』


 なるほど。地上百メートル近いダンシングフラワーが複数で踊り狂っていれば、無理矢理にでも気付かされるだろう。だとしても今の俺にはそれに対して何らかの策を講じる余裕は無い訳だが。


 集中砲撃で伐り裂いた傷が腸壁の半周を超えた辺りから、マイン・ワームの暴れ方が変わってきた。身の捩り方がエスカレートしつつ、身体全体が傾き始めてきたのだ。


「そろそろかな?」


 俺は一旦操縦室に引っ込むとリニア・カノンを片付けて手榴弾を取り出した。ピンを抜いて、もう一度ドアから身を乗り出し、パックリと開いて消化液に洗われている傷口目掛けて投げ付ける。

 手榴弾の投擲先を確かめはせず操縦室に戻ってドアを閉め、急いで仰向けになっている席に座ってシートベルトを締める。

 後方を映しているモニターの一つで手榴弾が狙い通りに爆発するのを確認すると、ピンクトゥの傾きがマイン・ワームごとゆっくりと大きくなっていった。


『ご主人様、ここは一つ、例のアレを!』

「そうだな。

 ではスプーン君、ご一緒に」

『はい!』


「『倒れるぞー!!』」


 俺達の掛け声を切っ掛けにしたマイン・ワームは破砕音をBGMに、その巨体を地面に叩き付けた。響き渡る振動と爆音と機体後部のモニターから差し込んできた久しぶりの陽光に、目を細めてしまう。

 腸壁に撃ち込んでいたアンカーフックを全て解除して巻き取り、俺はピンクトゥを後進させてマイン・ワームの腸内から脱出した。本来なら消えて無くなる筈の死体がそのまま残っているのは、死体これが鉱物資源なのだろう。


「ついでに少々失敬しておくか……」


 俺はピンクトゥから降りて、その辺に転がっていたマイン・ワームのドロップアイテムである超々々々ジュラルミン――やはりと言うか、所謂インゴットの形状だった――を拾えるだけ拾って後部の荷物室カーゴスペースに放り込んだ。

 何だかんだ言ってアイテムも手に入れられたし、今回は成功した部類だろうか。


 充実感に包まれて大きく伸びをすると、視線の先にとんでもない物が蠢いていた。俺はそのまま脇目も振らずピンクトゥに乗り込み、先程落下した谷川へ今度は自ら飛び込む。

 多少のダメージは被ったものの、機内に浸水する程のダメージには到らずに済んだピンクトゥは川底付近を流されて、大きな湖に辿り着いた。無論、ナグール軍が司令部を置いた、あの湖とは別である。


『これからどうなさいますか、ご主人様?』

「……そうだな。

 とりあえずは一旦ログアウトして休みたいところだが……ここでログアウトしても大丈夫だよな?」

『そうでございますね……

 この湖底であれば他のPCにも見付からないでしょうし、付近に攻撃してきそうなモンスターも居ないと思われます!』

「だったら、ここでログアウトさせてもらおう」

『はい!

 本日はお疲れ様でした!』

「本当にな」


 スプーンへの挨拶もそこそこに、俺は寝袋代わりのメンテナンスポッドを操縦席の後ろに横たえた。畳4~5畳分くらいのスペースがあるので、メンテナンスポッドを設置してもまだ余裕がある。

 俺はメンテナンスポッドの中に入って大きく溜め息を吐いた。

 今日は――と言うか、今日も色々あり過ぎだった。どうして俺の前には艱難辛苦が団体パレードで待ち受けているのだろうか?


「それにしても……あれは無ぇよなぁ……」


 ため息と共に思い出す――あの、伐り倒したマイン・ワームから脱出し、ドロップアイテムを回収した時に見てしまった光景を。

 スプーンは、俺達を飲み込んだのは幼生体こどもだと言っていた。確かにその通りだった。


「出来れば、あれは夢であって欲しいぜ……」


 俺が直接目撃し、逃げる際の後部モニターにも映っていた、山脈全体に林立する巨大すぎるマイン・ワームの群れ――推定で直径20メートル、長さ千メートル以上になる数十本の肉の柱――が、捩れうねる様を思い出して、俺は背筋に寒気を覚えた。


「まあ、次にログインする時には落ち着いているだろ」


 願望を含めて呟きながらメインメニューを開いて、ログアウトボタンを押す。


 今日は田舎から出て来た友人と久し振りに会う約束している。夕方からは居酒屋か何処かで飲む事になるだろうから、次にゲームにログインするのは明日の夜になるだろう。

 一応、ヤーウィ達にはナグール市内の喫茶店で会った時に話をしてある。

 この後の成り行きについては、明日、職場で遠金から聞こうそうしよう。

 現実に意識が戻ってきた俺は、そんな事をのほほんと考えながら仮眠を取る為にVRコネクターを脱いだ。


 まさか、その間に最悪の事態が展開するとは、この時は夢にも思っていなかった。

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