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第37話 我が逃走

 それからスプーンの指示通りに操作する事、2分。俺は装甲車ピンクトゥの起動に成功した。


『まあ、その時間の半分以上が体格に合わせた操縦系統の調整だったんですけどね!』

「それは誰に向かって言っているんだ……?」


 正面のメインスクリーンに映された状況は、思っていた程切羽詰っていなかった。

 ヤーウィ達と警備兵、合わせて20名弱がピンクトゥの周囲を取り囲んでいるだけで、攻撃を掛けてくる様子は無い。そして装甲車が起動したのに気付いたのか、サイボーグボディ標準搭載の無線システムに着信があった。

 装甲車にも通信システムはあるんだろうが、現在使い方を習う余裕は無いので、こちらへの着信はありがたい。


『サーウさん、聞こえてるッスか?』

「聞こえてるぞ。何か用か?」


 実際に喋っているせいかノイズ混じりのヤーウィの声に、こちらも同じく声を出して答える。


『今のご主人様の装備スペックですと音声の信号化にマイクは必要ございませんので、声を出す必要は無い筈ですが……』

「何か喋ってる方が安心出来るんだよ」

『誰か一緒に居るんスか?』

「ヘルプシステムのキャラだよ。装甲車こいつの操縦方法を教えて貰ってるところだ。

 中々に個性豊かだぞ」

『……今度試してみるッス。

 それはそれとして、司令部と交渉の結果、サーウさんがそいつで逃げるのに15分、時間を貰えたッス。

 司令部あちらとしてもサーウさんがフォーチュンに捕まるのは都合が悪いみたいッスね』

「俺が何かナグールに不利な事を喋るかもしれない、って心配か?」

『それと、『喋った事にされるかもしれない』ってのもあるみたいッス』

「『死人に口無し』で有利な証言をでっち上げかよ……やってられんな」


 そこまでしてフォーチュンはナグールと戦争したいのだろうか?

 私怨混ぜてないか、あの次席交渉官おばちゃん……。


『そんな訳でサーウさんには申し訳無いんスけど、司令官から『頑張って逃げて貰いたい』との伝言ッス』

「で、15分後に追い掛けて、『全力で捕まえようとしましたが、後一歩のところで取り逃がしました』と報告するんだな」

『ッスね。『一応追い掛けるが、そこまで厳しくはしないから安心してくれ』だそうッス』

「……了解。こうなりゃ乗り掛かった船だ。

 スプーン、こいつの走らせ方を説明してくれ。逃げながら覚える」

『これは船でなくて、多目的作業機ですけどね!

 それでは、まず、右手の内側から2番目のレバーをグリップのボタンを押しながら手前に引いて下さい!』

「こんな感じかな?

 ヤーウィ、周りの奴等に伝えてくれ。

 『こちらは初心者なんで歩行者に構うゆとりが無い。轢かれたくなかったら、そっちで避けろ』ってな。

 後、『若葉マークを貼り忘れて申し訳ない』ってのも」

『流石に若葉マーク(それ)は通じないと思うッスけど、了解ッス。

 じゃ、サーウさん、幸運を祈ってる(グッドラック)ッス』

「サンキュー。そっちもな」


 ヤーウィとの交信を終了して、操縦席のレバーやボタンをスプーンの指示に従って操作していくと、ピンクトゥはゆっくりと脚を展ばして立ち上がった。

 その間に話が通ったのか、周囲の人垣が先程よりも遠巻きになっている。これ位なら交通事故を起こさずに行けるだろう。


「よーし。このまま山の中へ入り込むぞ。

 ピンクトゥ、発進!」


 俺はピンクトゥを手近な山へ向けて、前進させた。

 囲んでいた警備兵と野次馬達が慌てて進行方向から退避する様子がメインスクリーンに映される。人の少ないルートを選ぶ様にして、俺は少しずつスピードを上げながら斜面を登り始めた。8本の脚が車輪では難しい急斜面を捉えながら機体をスムーズに運んで行く。


「おお、こりゃいけるな。

 あばよ、とっつぁーん!」

『誰が『とっつぁん』だ! 逮捕してやる!!』


 どうやら俺の捨て台詞をスプーンが気を利かせてスピーカーで流してくれたらしく、既に1キロメートルは離れている基地から聞こえてきた怒号へんじをマイクが拾い上げる。

 何ともノリの良い司令官である。


――――――――――――――――――――


 約束通り逃げ出して15分後から始まった散発的な砲撃も、鞍部――山頂同士を結ぶ稜線の一番低い部分――を越えて湖が見えない場所まで来るとピタリと止んだ。射程外になったので「逃亡成功」と判断されたのだろう。

 そのまま湖から見て山脈の裏側を北西に向かって降り始めた時、ピンクトゥに搭載されているレーダーに音速を突破してこちらへ飛来する物体――多分、砲弾――が映った。

 慌ててピンクトゥの進路を変更すると、砲弾は機体の1メートル横の地面を抉る。あのまま真っ直ぐ進んでいたら直撃だった。


「おい、逃亡成功で攻撃は無しじゃなかったのかよ!?」


 思わず叫ぶと、それに答えるかの様に今度は5発の砲弾が飛んで来た。今度は機体を加速させる事で着弾を置いてけぼりにする。


『どうやら一部PCの皆様が自主判断で追撃に動いている様でございます!』

「『手柄立てればこっちのもん』かよ!?

 酷ぇなおい!」


 独断専行、ダメ絶対!

 やられる方の身になって考えよう!


 追っ手のPC共を振り切るべく、機体の移動速度を可能な限り上げる。

 この湖に集まっているPCは基本的に移動手段アシを持っていない。持っていたらダイザ達と一緒に主戦場へ連れて行かれた筈である。そしてナグール軍の軍用車両、軍用機は、あの司令官が止めてくれる筈だから追撃には参加しない。

 ……しないんじゃないかな?

 覚悟しておいた方が良いのかなぁ……。


 だが、そんな俺の淡い期待を粉砕するべく、レーダーが上空百メートルから急降下して来る未確認飛行物体を映し出した。物体のサイズはヘリコプターや飛行機みたいに大きくない。まるで、人間に翼が生えた様な――


「――サイボーグか!」


 どうやら飛行ユニット付きのサイボーグボディを入手出来たPCが何人か居た――と考えるのが妥当だろう。あのクエストをクリアした人間は既に3桁に達している筈だ。


 現在、レーダーに反応している物体は三つ。

 流石に爆弾は積んでないにしても、リニア・カノン相当クラスの飛び道具は持っているだろう。


「スプーン、対空防御だ!」

『残念ながら、当機には武装が搭載されておりません!』

「使えねえなおい!」

『作業用でございますから!』

「戦場に持って来るんじゃねぇよ、そんな半端物!」


 降ってくる砲弾を左右に掻い潜りながら逃げるだけなのは辛過ぎる。

 何か反撃する方法は――


『それよりもご主人様!』

「――何か良い反撃方法があるのか!?」

『目の前が崖でございます!』

「え?」


 武装を探して凝視していたサブスクリーンから機体前方を映しているメインスクリーンに視線を上げると、地面の残りが10メートルを切っていた。その向こうは、20メートルの空間を隔てて対岸の草原になっている。

 現在のピンクトゥの走行速度は、時速百キロメートルを超えていた。虫の様な歩行システムのくせに中々の脚力である。


「くっ――ええい、ままよ!」


 俺はピンクトゥを更に加速させ、地面のギリギリで踏み切らせた。巨大な装甲車が対岸を目指して跳躍する。


「宇宙で使えるんなら姿勢制御用のスラスターくらい積んでるんだろ!?

 向こう岸まで届く様に噴かす方法を教えろ!」

『空気抵抗や重力の無い場所での使用が前提ですので、ここで使っても大してお役に立てないかと――』

「無いよりマシだ!」

『了解です!

 左手のパネルにございます――はい、そのスイッチでございます!』


 言われるままボタンを押すと、機体に掛かる加速が斜め上に向けて若干増えた。本当に無いよりマシ程度だな。


 空中で軌道を修正出来ないピンクトゥ目掛けてサイボーグ航空隊の皆様から熱烈な銃弾が浴びせ掛けられた。流石宇宙空間での活動を想定しているだけあって20ミリ程度ではダメージになっていない。


「よっしゃ、このまま逃げ切れ――りゅが!?」


 ちょっと浮かれた途端、砲弾がピンクトゥの後部ケツ命中ヒットしやがった。喜ぶ隙も無いとは、人生は苦難に満ち溢れている。

 だが、この衝撃のお陰でピンクトゥは何とか対岸の端に到達する事が出来た。脚の先に装着されているスパイクと、機体の各部あちこちにあるウィンチ付きのアンカーフックを打ち込んで、機体を崖にしがみ付かせた。そこからウィンチ操作と多脚を駆使して、平らな地面目指して這い上がる。

 そして後一息という所まで来た時、目の前で追っ手の砲弾が爆発し、ピンクトゥはしがみ付いていた崖の残骸共々谷底へダイブした。


――――――――――――――――――――


 嫌な感じの浮遊感に続く強烈な衝撃が、俺の身体を激しく揺さぶる。シートベルトが無ければ、何処ぞの三悪みたいに運転席中を飛び回る破目になっていただろう。

 水底へ向けて後進するピンクトゥの計器類コンソールには重大な破損を示すメッセージやランプは付いていなかった。腐っても宇宙船、と言うところだろうか。


「とは言え、腐りたいのはこっちだぜ……ったく、何処まで流れて行くんだよ、これ」


 思わずぼやいてしまったのは、意外と速い谷川の流れから逃げられなくなっているからだ。水深もかなりあるお陰で今のところ追っ手には見付かっていない様だが、代わりに行き先が選べない。下手をすると、このまま滝下りを満喫する破目になりそうだった。


『大丈夫でございます! 前方3キロメートルには2メートル以上の落差はございません!』

「なら一安心か……」


 と、安堵の溜め息と共に漏らした呟きが消える前に、次の試練が不気味な振動を引き連れてやって来た。


「お、おい何だよこの揺れは!?」

『レーダーには何も映っておりませんが……』


 スプーンと二人して、周囲を不安そうに眺めていると、足元からの振動が急激に大きくなった。ほぼ同時に、機外の様子を映していたモニターの画像が真っ暗になる。

 何をすれば良いのか思いつく前に、ピンクトゥが振り回され――と言うか、回転しだした。どうやら大量の土砂や水と一緒に洞窟らしいものの中を転がり落ちている様だ。石や岩が機体にぶつかる音が良く響いている。


「一体、ここは何処なんだ……?」

『正確なところは判りませんが、この地域に鉱床が現れたという状況から推測は出来ます!』

「ほう。どんな推測だ?」

『現在ピンクトゥが居る場所は、マイン・ワームの体内と推測されます!』

「……機雷マイン蚯蚓ワーム?」

『この場合は鉱山マイン蚯蚓ワームでございますね!

 元々は土中に含まれる重金属を土ごと摂取して体内で精製・蓄積する、環境改善テラ・リフォーミング生物の一種でございました!』

「あー……何か、そんな生物ばら撒き過ぎて、生態系をしっちゃかめっちゃかにしたんだっけ、この惑星ほし

『その通りでございます!

 このマイン・ワームもウンディーネの原住生物と交配を重ねた結果、巨大化しております!』


 何ともアレな設定の生物なまものである。


 ……超々々々ジュラルミンって重金属になるんだっけ?

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