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第36話 斬即悪

「どう言う意味にゃ、ヤーウィにゃん?」


 ペトーの質問にヤーウィが口を開くよりも早く、レーダーに出ていた反応が動きを止めた。そして――


「――引き返し始めた!?」

「ペトーが装甲車へ突撃した直後に、哨戒に出てたらしい三人組に襲われたんス。何とか倒しきったんスけど、あいつら、何処かへ連絡してるみたいだったんスよ。

 んで、その報告に来たんスけど、ちょっと遅かったッスね」

「道理でついて来ないと思ったにゃ」


 ヤーウィの装備は薄汚れただけではなく、小さなダメージがあちこちに散りばめられていた。ペトーしか突っ込んで来なかったのは、襲撃をヤーウィ一人でさばいていたから、と言う事か。


「3人相手にその程度のダメージで済ませたんだから十分でしょ。

 で、どうするの?

 追い掛けて片付けちゃう?」

「にゃ。

 サーウにゃん、その装甲車を狙撃出来るかにゃん?」

「ちょっと待ってくれ……」


 言われてアイテムボックス内のメンテナスポッドを確認する。


「……修理は終わってるから出来ない事はないが、ゼファの方が確実だぞ?」

「流石に走らせるのは悪いにゃ。ちゃっちゃっと狙撃スナってほしいにゃ」

「……まあ、それで良いんならやるが……」


 音速をぶっちぎって走る彼女なら、3キロメートル先の一仕事なんぞカップラーメンが出来る前に片付けられるだろうに。

 肩を竦めてみせるゼファにチラリと視線を向けてから、俺はリニア・カノンを装備した。目標ターゲットは普通の装甲車と思われるので、薄い装甲を貫通して撃破に失敗するかもしれないAPFSDSではなく、榴弾を選択する。

 拡張能力を起動して、雪崩れ込む情報から目標とそこへ到達する軌道の情報を選択ピックアップ。そろそろ慣れてきているのか、スムーズに情報収集出来る様になってきた。


「目標、捕捉ロックオン――」


 連れ立って逃げている2台の、先頭車両を先に狙う。距離3980メートル。

 目標の移動状況と軌道上の大気の流れを把握し、微調整の後に発射する。そのまま後続の車両にも砲撃。

 10秒ちょっとの空白の後、目標の2台がほぼ同時に爆発するのを確認した。


「……目標に命中……」

「ナイショッ!」

「4キロオーバーをワンショットずつとは流石にゃ!」


 ゴルフと勘違いしてそうなヤーウィの声に合わせて小さく口笛を吹いたゼファと、どうやったのかは判らないが着弾を確認したらしいペトーの表情が緩む。

 だが、現実は甘くなかった。


「……いや。一人生き残りが居るみたいだな。どうす――?」


 後ろの装甲車の瓦礫から這い出て右足を引き摺りながら逃げる敵兵に気付き、ペトーに報告を入れながら好奇心でそいつの情報を眺める。

 彼女の所属はドラック市軍ではなく、フォーチュンの次席交渉官となっていた。


「おい……こいつ、ドラックじゃなくてフォーチュンの人間っぽいぞ?」


 俺の言葉に小首を傾げるゼファと眉を顰めるヤーウィ。そして、一瞬だけ口の端を歪めた様に見えたペトー。


「……どういう事?」

「そ、そんな筈は無いにゃ!」

「自分達がやっちゃったのは敵の偵察部隊ではなくて、何らかの理由でここへ来ていた無関係の人間だった――って事ッスかね」


 何処となく棒読みっぽく聞こえる言葉で慌てるペトーに気付いていないのか、ゼファの質問にヤーウィが答える。


「……確か、フォーチュンって、他の地上都市よりも格上になるんだよな?」

「そうッス。

 以前に話したかもしれないッスけど、地上の各都市はフォーチュンからの支援が無いと資源不足で干上がっちゃうッス。だから、都市同士では敵対していてもフォーチュンとは絶対に喧嘩しない、都市間の争いにフォーチュンを巻き込まない、ってのが不文律になってるッス」

「じゃあ、そのフォーチュンの関係者を攻撃しちゃったら……」

「首一つじゃ済まない可能性が高そうッスね」

「ど、どうすんだよ!?」

「ととと取り敢えず司令部に報告してみるにゃ」


 ペトーの報告を受けた司令部からの命令は、「今すぐ帰投せよ」だった。


――――――――――――――――――――


 戦々恐々としながらも最短ルートを可能な限りの速さで湖まで戻った俺達は、その足で司令部へと出頭した。正確に言うと、基地の手前辺りから警備兵に囲まれて司令官の前まで直行である。

 基地に残っていて俺達に気付いた皆が――PC、NPCを問わず――この行列を遠巻きに眺めていて、嫌な感じのパレード気分を満喫出来てしまった。


「市中引き回しって、こんな感じなのかなぁ……?」

「ちょ……物騒な事言わないで欲しいッス。未だ有罪と決まった訳じゃ無いんスから」

「そうそう。

 正確には『連行される容疑者』ってところでしょ」

「それはそれで明るい未来には繋がりそうに無いにゃ……」


 ブツブツと語り合いながら、警備兵越しに野次馬共を眺めつつ、俺達は売られて行く子牛の様に司令部のテントへと入って行った。


「少なくとも話は聞いて貰える訳だ」

「不幸中の幸いッスかね?」

「だと良いんだが」


 だが、俺達の話は聞いて貰えなかった。

 司令官と話が出来たのは、ペトー一人だった。

 まあ、報告だけなら奴一人でも十分だろうし、一応偵察部隊の指揮官扱いなのだから、それ自体は納得出来るのだが……。


「どうしたんスか、サーウさん?」

「いや、ペトーって、どこまで信用出来るのかな? 、と」

「……何か気になる事でも?」

「態度があざと過ぎる上に、何かを隠している様な気がする。

 まあ、あくまでも『気がする』ってだけだがな」

「ああいうキャラ作りは多かれ少なかれ、皆やってるッスけど……」

「徹底はしてるわよね」


 何やら話し合っているらしい司令官とペトーから離れた所で、残った三人も小声で相談――と言うか駄弁っていた。こちらの絵面えづらが廊下に立たされたまま忘れられた不良トリオなら、あちらのは校長先生に呼び出された悪戯児童と言ったところだろうか。

 そんな益体やくたいも無い事を思い描きながらヤーウィ達とボソボソ話し込んでいると、当の悪戯児童がこちらへやって来た。垂れ下がった尻尾と耳の先が痙攣気味に跳ねているのは、嬉しさからなのか恐怖からなのか。

 因みに司令官はそのまま何かの書類に目を通し始めている。


「えーと……にゃんかとんでもにゃい事ににゃっにゃにゃん」


 どうやら舌まで痙攣しているらしい。これは偵察部隊おれたち全員、丸ごと纏めて死人に口無し(リストラ)って未来ヤツか?

 期せずして同時に生唾を飲み込んだ俺、ヤーウィ、ゼファの三人はペトーの口許を凝視した。


「まず、最初に襲撃した装甲車にゃけど、あれは本当にナグール軍(うち)の所属にゃったにゃ。

 それで、理由は判らにゃいけど、あそこでフォーチュンの偉い人と打ち合わせやってたそうにゃにゃ」

「……何でまた、こんな物騒な場所で? ここって戦場扱いなんだろう? 武器の横流しか何かの相談だったのか?」

「今回見付かった鉱床についての打ち合わせだったらしいにゃ。司令部こちらでは、打ち合わせ場所はフォーチュン側の指定だと聞いたそうだけど、フォーチュンの方(あちら)は、うちの指定だって言ってるそうにゃ」


 話している内に落ち着いたのか、ペトーの耳の先の痙攣が収まりかけている。


「ちょっと待ってよ。

 確か貴方、司令部に確認して『ここに友軍は居ない』って言質取ってなかった?」

「あー、確かに言ってたッスね」

「司令部が打ち合わせの件を聞いたのは、ボクからの報告を受けてからにゃ。それまでは、そんな話、全然聞いた事無かったそうにゃ」


 ゼファとヤーウィの追求にペトーは眉を寄せて見せる。

 何と言う縦割り行政だろうか。現実でも隣の部署の仕事を知らずにバッティングしたなんて話は聞くが、そんなところまでリアルに再現とは、最近のゲームは奥が深い。


「いや、普通はそんなとこまで再現しないッスから。今回の事だって、偶然の積み重ねじゃないッスかね」

「そうにゃ。それが正解にゃ」

「……どうだか。

 で、これからどうするんだ?

 その状況だと誤射しちまったのも無理は無いって事で、俺達は無罪放免になりそうなんだが」

「問題はそこにゃ」


 上層部はともかく、俺達は上手くすればお咎め無しで――と考えた俺を嘲笑うかの様に、ペトーが沈痛な声で話を続ける。


「サーウにゃんが仕留め損ねたフォーチュンの人間が居たにゃ? あれが現在、フォーチュンにおける対ナグール担当のトップにゃ」

「えーと……つまり?」

「彼女が、自分を暗殺しようとした犯人を即座に引き渡す様に、って通告してきたそうにゃ」

「……てぇ事は?」


 嫌過ぎる未来が走馬灯の様にちらついているのを気力で無視して、ラストチャンスに賭けて聞いてみる。


「サーウにゃんの引渡し要求にゃ。直々の御指名だったにゃ」

「そんな御指名、棄ててしまえ!」


 思わず叫んでしまったせいで周囲に待機していた警備兵の皆様の銃口が俺に集中してしまった。糞、もう犯罪者扱いかよ。

 慌てて両手を上げて逆らう気が無い事をアピールすると、警備兵達は俺を睨みながらも銃を下ろした。だが、視線は外そうとしない。どうやら、こいつ等の中では俺は逮捕監禁する事が決定しているらしい。


 どうやら、誠に遺憾ながら、賭けは失敗に終わったって訳だ。走馬灯の内容が現実味を帯びてきたな。


「……で?

 司令部は俺をどうするつもりなのかな?」

「決まってるにゃ」

「フォーチュンへ引渡し、ッスか?」

「にゃ」


 どうやらヤーウィも、そして頷いたペトーも、この決定には不満がある様だ。ヤーウィはともかく、ペトーまでがそう思っているとは、少々奴の事を胡散臭く見過ぎていただろうか。


「引渡しは俺だけか?」

「にゃ。実行犯だけで良い事になったにゃ」

「それなら私もじゃない?

 装甲車を斬ってるんだし」

「それを言ったらボクだって捕まっちゃうにゃ。対ナグール主席交渉官を直接倒したのはボクにゃ。

 これは、容疑者いけにえの数を減らしたいナグール側と、自分を狙ったテロリストだけは何としても捕まえたい次席交渉官との間で、交渉が纏まった結果にゃ」

「つまり俺だけを、そのブルなんとかって奴の所まで連れて行く事で手打ちにするって決まったんだな?」

「……一応にゃ」

「一応って、どう言う事ッスか?」

「それは――」


「そこまでだ」


 ペトーの説明が始まる寸前のナイスタイミングで、今まで黙って立っていた警備兵の一人が再び俺に銃を突き付けてきた。お別れの時間はここまで、と言う事なのだろう。

 ヤーウィ達に見守られる中、俺は後ろ手に手錠を掛けられ――


「生憎だがッ!」


 ――る寸前にアイテムボックスから煙幕弾を引っ張り出し、足元に叩き付けた。目に沁みそうな灰色の煙が、文字通り瞬く間に周囲を覆う。


「若い身空で縛り首は勘弁して貰いたいんでね!」

「若いのは外見だけでしょ」


 ゼファの突っ込みを聞き流しながらコンバットナイフを引き抜き、テントを切り裂いて外へ飛び出す。

 警備兵達が何やら叫び声を上げるが、即座に呻いて崩れ落ちる音が聞こえた。示し合わせていた訳ではないが、ヤーウィやゼファが煙幕に紛れて足止めしてくれたのだろう。


 ともあれ、まずは無事に逃げ延びなければ、あいつ等に礼を言う事もままならない。

 俺は周囲を素早く見回して、ドアが開いていて人が乗っていなさそうな装甲車っぽい物に駆け寄った。「っぽい」としたのは車輪のあるべき場所が柱の様な装甲で覆われていたからだ。かなり頑丈そうに見えたのもあって即座に飛び込んだが……罠で無い事を祈ろう。

 側面の半開きになっていたドアを開いて中に入り込み、急いで閉める。ドアは、装甲車のそれにしては物々し過ぎる――てぇか、飛行機のドアでももう少しあっさりしてんじゃないか?――ギミックで装甲車内を密閉した。

 ドアが閉まり切り、窓の無い車内が真っ暗闇に沈む。もっとも、サイボーグボディには暗視装置が標準装備されているので、これくらいどうと言う事はない。


「さて、これからどうするかね……」


 今のところ外からの攻撃らしい衝撃は伝わってきていない。急な展開に司令部他の皆様が着いて来れてないのか、ヤーウィ達が取り成してくれているのか……。

 後者だとしたら、とっとと逃げねば折角の厚意を無にしてしまうのだが、装甲車の運転なんぞ現実でもゲーム内でもやった事が無い。


 何か良い方法は無いものか……


「……そうだ!

 判らないなら聞けば良いんだ」


 とうとう真理に到達してしまった俺は晴々とした気持ちでメニュー画面を開き、【チュートリアルを再開】ボタンを押した。


『お久し振りでございます、ご主人様!

 ……ちょっと見ない間に、すっごく縮んじゃいましたね!』

「まあ、色々あってな。

 それよりも緊急事態だ。こいつを今すぐ動かしたい。運転方法を教えてくれ」

『了解です!

 ……ふむ、これは……型式番号SPWk-MF-34-8-5v、『ピンクトゥ』。宇宙空間でも使える多目的作業機ですね!』

「このまま宇宙まで飛べるのか!?

 それらしいエンジンとか付いてないぞ?」

『勿論、この機体に大気圏を離脱する能力はございません!

 このままの状態で、宇宙空間でも使う事が出来る、と言う事です!』


 やはりそんなもんか。世の中そこまで甘くは無い。


「オーケー、解かった。

 では、こいつでここから逃亡トンズラする為に必要な事をやろうか」

『了解です!

 まずは操縦席シートに座って頂きまして……あ、その前にシートの高さを調節しないといけませんね!』

「先が思い遣られそうだな……」


 言われるままに座った操縦席からは、計器類がまともに見えなかった。

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