第33話 資源争奪戦
約束の時間に遅れてログインした俺がナグール市内にある路上喫茶店でヤーウィ達と合流したのは、日付が変わって30分程経った頃だった。そこから詫びと説明で、更に30分。一段落着いたのは、現実時間で午前1時を回った辺りだったと思う。
「……まあ、何と言うか、サーウさんらしいっちゃ、らしいッスねぇ」
「本当に色々巻き込まれるな」
「……才能?」
「いらんわ、んな才能」
ここへ辿り着くまでの武勇伝を掻い摘んで説明した俺に対する、ヤーウィ、ダイザ、グレンの感想は賞賛と呆れが四分六だった。もしかすると三分七分だっかもしれない。
「でも、やる事は素人っぽいのに動きはスッゴク良いのよねぇ」
「そうそう。だから、ついつい構いたくなるのよねぇ」
「だからってストーカーやるのは違うだろ」
「親狐に飲み込まれた時点で只者じゃないとは思っていたけどなぁ。ここまでとは……」
「何だよ、その知人が犯罪を犯したからインタビューで『まさか、あの人がそんな事をするなんて』って答えました、みたいな反応は」
「解かり辛いッス、サーウさん」
何故か同じテーブルを囲んでいるドーラとカールのグスタフ姉弟にゼファまでもが不穏当な感想を述べてくる。その時点の最善を尽くしただけで、別に特殊な事をしたつもりは無いのになぁ。
不貞腐れながら冷めたコーヒーで喉を潤して、俺を膝の上で拘束しているゼファの顔を見上げようと努力する。
「それよりも、そろそろ開放して貰いたいんだがな?」
「駄ぁ目」
可愛らしく言ったつもりかもしれんが、頭の頂上から骨伝動で響かれると全く無意味だな。
「……ったく、俺は山羊のぬいぐるみかよ」
「良いじゃない。似合ってるわよ?」
「癒し効果抜群」
「……頑張れ」
「南無……」
「ッスね……」
溜め息と愚痴を纏めて吐き出すと、ギャラリー全員から生暖かい視線がプレゼントされた。いらんわい、そんな視線。それから並んで手を合わせるな、ダイザとヤーウィ。
当のゼファは無駄にだぶついたぜ――柔らかく膨らんだ胸を俺の背中に押し付けてご満悦の様子である。頼むから誰か助けてくれ……。
そんな俺の心の声を聞き届けた者がいたのか、不意に知らない声がドーラの背後から上がった。
「ドーラにゃん、こんな所にいたにゃん?」
「……貴方、誰?」
思いっきり頭の悪そうな語尾で喋るのは、今の俺よりも更に身長が低い猫耳少女だった。褐色の肌に白に近い金髪のショートカットが映えている。
声を掛けられたドーラは不審そうな表情で少女を見下ろした。
「やだにゃあ……って、そういやドーラにゃんとはこっちの格好じゃ初めてだったかにゃん?」
手を――流石に猫の前足ではなかった――ポンと打った少女の背後で髪や耳と同じく黒の尻尾が大きく波打った。中々凝ったギミックである。
「ボクボク、ペトー。ペトー・タルライン」
「……ペトー……?」
ドーラは眉根を寄せて、自分を見上げてくる少女の縦長の瞳を暫らく見返していたが、思い出せないらしい。
代わりに思い出したのはカールだった。
「ペトーって……ペー太か!?」
「ペー太って、あのペー太!?」
「うん。そのペー太」
驚愕する姉弟に、とても良い笑顔でペトーが頷く。二人が揃ってここまで驚くとは、ビフォーとアフターの間にどれ程の落差があるのだろう。
「いや、だって、ペー太って、身長180センチメートルくらいの男の子だったじゃない!?
何でこんな事になってるのよ!?」
驚きの70センチメートル差だった。しかも性別まで逆転とは、なおみちゃんが大変身する古のCMも吃驚である。
「いやー、ほら、例の新マップ開放クエスト? あれに挑戦したらさ、レアボディ当てちゃったみたいで、こんなになっちゃいました。
にゃん☆」
何だよ、最後の「可愛らしさ猛烈アピールしてます」臭プンプンなイントネーションは。ついでに決めポーズでウィンクとか、何処のあざといアイドルだよ。
と、心のツッコミを入れきったところで、俺は猫娘の首元に輝くアクセサリーに気付いた。最初は、姿に合わせた装備なのだろうと見逃していたが、レアなサイボーグボディと言う事ならば、別の可能性が見えてくる。
「って事は、アレか?
無意味に凄い数字が並ぶ拡張機能憑きの、怪しいサイボーグシリーズか?」
「その言い方からすると、そちらも?
話しっぷりと外見のギャップもあるっぽいし」
「ああ、その通りだ」
ペトーに見える様、とっくりを胸元へと引き下げる。首輪とメダル――の一部――が見えたらしい彼の縦長の瞳孔が丸くなった。驚いた時の表現なのかもしれんが、眩しくないのか?
「すっごーい! 他にも居たんだ、レアボディ当てた人!
ボクのはTYPE-Nだったけど、そっちは?」
「俺のは、TYPE-Yってなっていたな」
「因みに私はTYPE-Hだったわね」
「ひゃっほぅ! 三人目だ! すっごぉい!!
ねぇねぇもしかしてもしかして結構ばら撒かれてるぅ?」
「……いや。多分、俺等くらいじゃないのかな?」
いきなりお仲間が増えてテンションが有頂天を迎えているらしいペトーへの答えに若干疲労が混じったのは、やはり歳のせいだろうか。若いって良いなぁ。
「それよりも貴方、それ貰う時に何も無かった?」
「え……何も、って……何かあったの?」
ゼファの質問にペトーは首を傾げた。中身が男だと知らなければ、中々に可愛い仕草である。
「いやな。俺達の時はイベント中に、ちょーっとトラブっちまったんでな。しかも出て来たGMの対応が最悪」
「ええ……あれは酷い話だったわね……」
俺の言葉にゼファも遠い所を見ながら頷く。あんなアホ共とは、もう二度と関わりたくないぜ。
「そんなに酷かったんスか?」
「ああ。あれに比べれば、去年の終わりに起きた例の事件も温いレベルだな」
「……わちゃあ……」
それを聞いたヤーウィが思いっ切り顔を顰めて舌打ちをした。あれの一番の被害者だったからなぁ、遠金は。尚、「例の事件」については、職業上の守秘義務と言う奴があるので詳しくは語れない。真に遺憾である。
事件を思い出してしまったヤーウィの渋面に、場の空気が一気に冷え込んでしまった。しまったな。使った話題が拙かったか。
そんな空気を変えてくれたのは、ペトーが齎した情報だった。
「そ、そうだ!
あのね、さっき、ナグールの西北西150キロの所で新しい鉱床が見つかったんだって!
それでナグール軍が義勇兵を募集し始めたって」
情報を聞いた途端、皆の目が鋭くなった。
「鉱床の規模は?」
「5千から1万2千トンくらいの埋蔵量だって」
ドーラの質問にペトーが答えると、カールが口笛を吹いた。
「そりゃ久々の大物だな。
場所からすると相手はドラック市か。向こうの様子は判るか?」
「掲示板によると、ドラックの方が先に所有権を主張しているな。誰かあちら側のPCが発見して報告したんだろう」
早速ゲームの公式掲示板にアクセスを始めたダイザがカールに答える。
「両軍の出足は?
制空権はどちらが握っているの?」
「ドラック側は先程航空部隊が発進したそうッス。こっちもそろそろ――」
ヤーウィの返答が終わる前に、遠くからジェットエンジンの轟音が響いてきた。ナグール側も戦闘機部隊が発進を開始した様である。
周囲を見れば、NPC、PCを問わずガタイの良い兄ちゃん姉ちゃんが、市が用意したバスや自前の戦車や装甲車に乗り込み、市外へと走り出していた。
「ナグールは市街を囲う様に何箇所かの軍事基地が設置されてるのよ。その内のどれかへ向かっているんでしょうね」
俺の視線に気付いたゼファが、聞きたかった事を教えてくれる。
彼等の表情や街に拡がる騒音が日常の風景を非日常へと塗り替えていた。だがそれは緊急事態と言うよりも、どこか祭りの様な浮き足立ったものに感じられる。
多分、俺が平和ボケしているだけなんだろう。
「なるほど……
で、皆、ナグール側での参戦だよな?」
「愚問だな」
「ここでドラック側で参戦とか言ったら、留置場へ直行よ?
脱獄プレイがしたいなら止めはしないけど」
「そーゆーマニアックなプレイは遠慮させて頂く」
あるのかよ、犯罪者プレイ。その内賞金稼ぎとかも出て来そうだな。
「賞金稼ぎなら既にあるッスよ?
かなり地味過ぎる仕様なんで、やってる人は少ないッスけど」
「やってる奴、居るのかよ」
その内、指名手配犯と手錠で繋がれたり、賞金稼ぎとカーチェイスをする破目になったり、色々やらかしちまいそうで怖いな。
「じゃ、俺達は装甲車を取りに行って来るから、暫らく待っててくれ」
「そんなに時間は掛からないと思う」
「行ってらっしゃ~い」
「気を付けてな~……
そう言えば、俺達はどんなチーム編成で参戦するんだ?」
カールとダイザが装甲車と戦車を駐車場から引っ張り出しに行くのを見送って、俺は隣に座っているヤーウィに聞いてみた。
「そーッスね……
まず、グレンとダイザは――」
「私達はダイザの戦車で戦車戦に出るわ」
「――ッスね。そちらは?」
「私もカールの装甲車で砲手の予定だけど。
ペトーはどうするの? うちでナビをして貰えると、カールが助かるけど」
「ん~……折角だからサーウッドにゃんと一緒に動くにゃん」
ペトーの言葉を聞いて、俺の首に巻き付いていた腕がきゅうぅ~っと絞まった。まだ苦しくはないんだが……ゼファよ、何故そこまで執着する?
そして俺の意見も聞いて貰いたいんだが、無理なのか?
「じゃ、自分もサーウさんと一緒に行動するッスかね。よろしくッス」
うぐ……更に首が絞まっ……
「って事は4人でチームを組むのね?
歩兵部隊って事で良いのかしら?」
お、おれのいけん……
「えーとね、鉱床の見付かった場所が山の中みたいなのね。歩兵組みは多分、林の中で銃撃戦になるだろう、って」
「それなら自分達の出番もありそうッスね。レアなサイボーグの戦闘力、じっくり拝ませて貰うッスよ」
「何だかそっちの方が面白そうね。私もカールはほっといて混ざっちゃおうかしら?」
「流石にそれはカールにゃんが可哀想過ぎるにゃん……」
結局、俺の意見は発する事すら許されず、やって来た2台に分乗した俺達は集合場所の一つであるナグール軍基地へと向かったのだった。




