第31話 済し崩しの決戦
とりあえず上空を眺めて固まったシャルビーをもう一度下水道へ落とし込んで、ボイスチャットを繋ぐ。マンホールの底から悲鳴にと悪態が垂れ流され始めているが……ボキャブラリーが貧困だな。
『サーウッド? ロボットの行方が判ったんだけど――』
『ああ。今、俺の目の前に着地したところだ』
轟音と地響きを伴って舞い降りた鉄の巨人は、研究所の戦女神を超える大きさ――身長15メートルくらい――の戦闘装甲と言うよりも歩行機械と言った方が似合うロボットだった。
それを見上げながら、彼女からの連絡に応答する。
『今何処に居るの?
すぐにそっちへ向かうから壊さないでよ?』
『そいつぁ、無理な相談だな』
『え?』
『向こうがやる気満々なんでね。
まあ、出来るだけ前向きに善処はしてみるが、期待はしないでくれ』
『ちょっと、待ちなさ――』
悲鳴の様な抗議を始めたボイスチャットを途中で打ち切って、俺は近くの路地に逃げ込む。
垢抜けないと言うか、普段使いの生活感を醸し出している巨体が、右腕のガトリング砲から芝生に水をやる様な気軽さで弾をばら撒きながら、意外と素早い歩調で迫っていた。一応二足歩行ではあるが、関節は猫とか鳥とかに近い形で、「人型」と言われると首を傾げたくなる。
『ゴラァ!! トオルとか言うガキは何処行きやがったァ!?』
ロボットにスピーカーが搭載されているらしく、大音量の濁声が周囲のビルに響き渡った。
運転手は、かなり鶏冠にきている様だ。
「やれやれ、カルシウム不足かよ……肉ばっかり食ってんじゃねぇだろうな」
ぼやきながら作戦を練ってみる。出来れば、あまり派手に壊さない方法が望ましいんだが……
第1案。ロープをロボットの手足に絡ませて緊縛――もとい、拘束して引き倒す。
……無難かつ良くある策だが、残念な事にロープ持ってないんだよなぁ。却下。
第2案。足下に落とし穴を掘って落とす。落ちきらなくても、それですっ転ばせられたら後はどうとでも対処出来る。
……今からどうやって穴掘るんだよ。廃案。
第3案。リニア・ガンのつるべ撃ち。
……多分撃ち勝てるだろうが、双方に発生する損害が大き過ぎる。やるとしても最後の手段だな。未決。
第4案。撃ち合いが駄目ならば、ビルの陰から運転席をピンポイントで狙撃。
……この辺が現実的な妥協点かな? 第1候補。
第5案。狙撃する代わりに、そこからロボットに移乗白兵戦を敢行。
……こっちの方がロボットへのダメージは小さそうだが、飛び移れるだけの反射神経を俺に求めて頂きたくない。棄却。
「そんな訳で手頃なビルの屋上に来てみたりなんかしちゃってるんだが……」
正確には8階建てビルの屋上へ出る為に設置されている階段室の屋根の上である。屋上の床に若干遮られているが、ロボットの様子を見渡せる絶好のポジションだ。
ここから運転席までの距離は直線で百メートル程。眼下では濁声の罵詈雑言が延々と垂れ流されている。しかも韻を踏みながらも同じ悪口を使い回していない。流石、犯罪組織の幹部ともなると、罵倒の表現も芸術的だ。
俺は詠唱される呪詛にも似た悪態を聞き流しながら、リニア・ガンを構えた。今のところ、相手には気付かれていない筈である。
「ライブの続きはあの世でやってくれや」
よぉく狙ってAPFSDSを発射すると、砲弾は狙い違わず運転席に着弾――する50センチメートル手前で見えない壁に弾かれた。
「ば、バリア……だと……?」
『ぐわははは! 恐れ入ったか、テロリスト!
このユーミル様が直々に貴様を成敗してくれるわ!』
ご近所に放送テロを撒き散らしながら、持って来たガトリング砲をこちらへと向けるユーミル――確か組織の頭がそんな名前だった筈だ――の運転するロボット。あの程度なら当たっても即死は無いだろうが、修理が面倒臭そうなサイボーグボディの装甲をわざわざ破損させる必要も無い。うん、言い訳完了。
回れ右して逃げ出した俺を、ガトリング砲から放たれた30mm弾が追い掛けて来る。流石に磁力砲や電磁砲ではなく、現実世界でもお馴染みの火薬式らしい。先程まで立っていた屋根が、壁ごと砲弾のシャワーに削られて無くなった。
「どんだけ砲弾を積んでんだよ!」
思わず砲撃と着弾の大音量に対抗する大声でぼやいて、登って来た階段で退避――しようにも、崩された瓦礫で階段が埋まったばかりだ。逃げ場を失った俺は、絶望に駆られながら辺りを見回す。
正面の大通り以外の三方には、ここよりも高いビルが隣接しているので、屋上から屋上へと飛び移る事は難しい。しかも路地を挿んでないので、こちらに向いている面に明かり取り以外の窓が無いので、ガラスを蹴破ってお隣に侵入するのも不可能だ。
楽に屋上へ出られるからと選んだのが失敗だった。
『手前ぇ等、周りのビルから屋上に居るテロリストを蜂の巣にしてやれ!』
ユーミルの声に釣られて周囲を確認すれば、トラック数台にすし詰めされた下っ端の皆さんが合計百人程ご到着した様である。逐次投入出来る戦力があるって良いなぁ。
下っ端達は幾つかのチームに分かれて、周辺のビルへと入って行った。急がなければ、今度は俺が上から撃たれて蜂の巣になりそうだ。
「糞……もう、これしか無ぇか」
俺は大通りと反対側の端に駆け寄り、リニア・ガンをアイテムボックスに片付けたついでに煙幕弾を一つ取り出した。ピンを抜いて、部下に色々指示――と言う名の怒鳴り声――を出している運転席目掛けて放り投げ、同時に全速力で大通り側へと走る。
放り投げた煙幕弾は、やはりバリアに遮られたが、そこで大量の煙を吐き出す事には成功した。
それを眼下に見ながら俺はビルの端で思い切り踏み切り、新たな悪態を射出し始めたロボットの上空を、20メートル向こうにあるビルの8階の窓――こちらは大通りに面しているので飛び込み易い大きさをしている――へ向けて跳躍する。
上空を横切る俺に気付いたユーミルが、ガトリング砲を撃ってくるが、煙幕のお陰か狙いが定まっておらず、腹から足にかけて数発掠っただけで済んだ。
そのまま向かいのビルまでは飛べたのだが、どうやら目測を誤っていたらしく、俺は7階と8階の間の壁に直撃してしまった。壁から剥がれ落ちながらも6階の窓枠に手を掛ける事が出来たので、そこから室内へ侵入する。
窓ガラスを派手に割って転がり込んだ先には無人のオフィスが広がっていた。運良く休日だったのか、それとも作り込んでないだけなのか、誰も居ない室内を見回しながらモスキートを引っ張り出す。
被弾と衝突のダメージはそれなりにあったが、行動に支障が出る程ではない。
現在このビルに居るのは、俺と10人の下っ端達だけだった。ユーミルからの指示を受けて、10人全員が6階を目指してエレベーターと階段で昇って来ている。
「更に援軍20人、か。大盤振る舞いだな」
呟きながら廊下へ出て、俺はもう一度リニア・ガンを取り出す。フロアの端にあるエレベーターホールに撃ち込むと、砲弾は丁度開いたエレベーターのドアへと吸い込まれた。直後に爆煙がホールを満たし、後には残骸と1階直通のダストシュートが残される。
「だが――」
敵の侵入経路兼、俺の退却路が一つ吹き飛んだ事を確認して、次は階段へと向かう。
ロボットに搭載されているバリアは、運転席とそのすぐ下に搭載されている動力炉を中心とした半径4メートル程を球状に覆う強力な電磁波で構成されていた。ローレンツ力とやらで飛んで来た物を弾いているらしい。何故そんな事が出来ているのかは、一般人には計り知れない、ぶち凄いSF技術が使われているのだろう。
因みに、動力炉の出力は俺のサイボーグボディに積んであるのと同じだった。かなりのハイパワーである。
どうしてそんな事が判るのかと言われると、拡張能力でロボットの内部構造を覗き見たからだ。非常に便利である。その内、アイテムを集めないと開かないドアをハッキングで開けたり出来そうだ。
よく採用したな、こんな能力。
呆れながらエレベーターホールとは逆側の端にある階段へ向かい、5階との間にある踊り場を破壊して、下っ端部隊を階下で足止めする。梯子でも持って来なければ、ここへは到達出来ない筈だ。
「――残念だったな」
何にせよ、ユーミルを殺る為にはロボットをしごうせねばならない。バリア対策は一つ良い考えがあるので一旦置いておくとして、そのバリアに到達する方法を思い付かなければ。
「となると……第5案か」
思わず溜め息が零れた。
ロボットの武装は右腕に仕込まれた30mmのガトリング砲と、左腕に取り付けられている杭のような棒――所謂「パイルバンカー」と呼ばれる類の武器だ。ガトリング砲はともかく、パイルバンカーとか人間相手に使う武器じゃないと思うんだが……他に武装が無いのか何か勘違いをしているのか、一度問い質してみたいところだ。
まあ、この手の大型兵器相手には「取り付けたら勝ち」である。
「だからって、どこぞの対戦車歩兵部隊みたいな真似はしたかねぇんだがなぁ」
ブツブツと愚痴りながら階段を昇り、当初の予定だった8階に到着した。ついでに7階との間の踊り場も入念に破壊して、時間を稼いでおく。
窓の外では、ユーミルがロボットの両腕を振り回しながら下っ端達に命令している様子が見下せ――もとい、見下ろせていた。
ビルの中の下っ端部隊に目立った動きは無い。梯子を探すのに時間が掛っている様だ。
丁度良い。
俺はリニア・ガンからバックパックを外し、アイテムボックスに片付けた。エネルギーケーブルは繋いだままで砲身にストラップを装着して背負う。
リニア・ガンは電磁石の磁力で砲弾を撃ち出す兵器、つまり強力な磁石である。これをバリアに近付けて磁場を乱し、ローレンツ力を無効化すれば突破出来る筈だ、多分。
準備が完了した時点で下っ端部隊は7階に到達していた。ここにやって来るのも時間の問題である。
「さて、お邪魔が入る前に――」
『ぶ、武器なんて持ってねぇってば!』
ロボットへ襲撃を掛ける寸前、シャルビーに貸したヘルメットから叫び声が聞こえてきた。どうやら下っ端の内の一部が彼の身柄を押さえた様である。
人質に使われる前にロボットだけでも無力化しておかんと厳しいな。
急いで手頃なガラスを叩き割って窓枠に登り、距離と方角を確認する。
「……今更だが、結構怖いよな、高さ20メートルって」
思わず呟いてみたが、今更後には引けない。
「――南無八幡大菩薩!」
景気付けの掛け声と共に、俺はロボットへ向けて跳び出した。




