第3話 まず手始めに
流石に11時を過ぎて遊んでいたら、寝不足になって明日の仕事に差し支えてくる。ここは諦めて寝る事にしよう。
項垂れて、そろそろゲームを終わる事を告げると、筋肉姉ちゃんが質問してきた。
「そう言えばアンタ、パラメータってどう振ったの?」
嘘を言う必要もないので、三つに万遍無く割り振った事を話す。
「あーまあ間違いじゃないけどなぁ」
「うん……ただ、初心者ならINTに全部振っておいた方が楽だと思うよ?」
「え、そうなんです? 何か説明聞いたらAGIが一番重要そうだったからそこだけ多めにして、後は同じ数値にしたんですけど」
「それだと、ちょっと中途半端になっちゃうんだよね」
「と、言うと?」
「INTが20になると、レーダーを使った時にかなり細かい情報まで見れるようになるんだわ。初心者の人にはそれが見えた方が楽になるよ?」
ヒョロ男の説明を聞いて、更に詳しい話を聞いてみる。
「どんな情報が見れるようになるんです?」
「敵の予想進路が見えるようになるね」
「おお。それなら砲撃する際の命中率が上がりそうですね。ただ、もっと早く聞きたかったですけど」
「1回だけならパラメータの振り直しが出来るよ?」
「マジで!?」
「マジマジ。メニューのパラメータの所にボタンあるだろ」
「ええと……これかな?」
筋肉姉ちゃんの言葉通りにパラメータ表示欄の中に【再設定】と書かれたボタンが見つかった。迷わずにボタンを押してパラメータをINT全振りに変更する。
【これが最後の変更です。以降は再設定出来ません。この変更で間違いありませんか?】と確認のメッセージが表示されたので、おもむろに【YES】と返答。パラメータが変更された事を確認して二人に礼を言う。
「どうもありがとうございました。本当に助かりました」
「いや何、困った時はお互い様だし」
「そうそう。そんなに気にしないでね」
二人共にこやかと言うよりはニヤニヤに近い笑顔で返事してくる。……何かモヤってくる笑顔だなぁ。
「じゃ、そういう事でウチら一狩り行って来るんで」
「また何処かで会ったらよろしくね」
笑顔のまま何処かへ向かった二人を見送ってから、俺も寝る為にログアウトする。
VRコネクターを脱いで時計を見たら既に11時半を回っていた。そろそろ寝ないと明日がきつくなりそうだ。
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翌日。
職場へ着くなり遠金を見つけて、ムーンサルト土下座――は流石に無理なので、ごく普通に理由を説明して頭を下げる。
「あー……そう言えば確かに最初のダウンロードとアップデートは結構時間が掛かるッスからねぇ。仕方無いッスよ」
と、遠金も俺の謝罪を快く受け入れてくれた。うん、誠心誠意謝罪すればちゃんと許してもらえるもんだ。
「で、白森さん、ゲームにログインは出来たんスよね? どうでした?」
「ああ、凄いな。あそこまでリアルだとは思わなかった。もう少し、こう……ポリゴンとかが目立ってオモチャっぽいのかと思ってたんだが、そんな事はなかったぜ」
「でしょでしょ? 自分も初めてVRやった時はスッゲー感動したッスもん」
遠金と一頻り初VRの感想で盛り上がったところで、ふと思い出した疑問をぶつけてみる。
「ところで、パラメータの初期値って、INT優先で良いんだよな?」
「え?」
「え?」
「……白森さん、一体どんな初期値にしたんスか?」
「通りすがりの親切なプレイヤーに教えて貰って、INTを18に修正したんだが……」
と、昨日の顛末を話す。
聞き終わった遠金の表情が嫌な感じに顰められた。あれ? まさか、これって……
「……白森さん、担がれたッスね」
「マジか?」
「マジッス。初心者は命中率や回避率に補正の掛かるAGIを高めに振るのが一番ッス。INTは逆に3か4もあれば、とりあえずはオーケーッス」
「何かINTが20になったらレーダーで敵の動きが予測出来るって聞いたんだが……」
「使い物になる予測精度にするなら、その倍のINTが必要ッスね。それに、予測地点に命中させるにはAGIもそれなりに必要ッスし」
「ぐふぅ……」
「更に言うと、レーダーそのものが高価なんで初心者には買えないッス」
やっぱり、あの時のにやけ顔はこう言う事か。
「ど、どうしよう?」
「どうしようもないッスね。ログインしてから振り直しやっちゃってるッスから手遅れッス」
「何てこったい……」
「PCを再登録するって手はあるッスけど、別料金が発生するッスよ?」
VRゲームって、恐ろしい所です……。
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いつも通り定時に帰宅して、でも今日はちゃんと飯を作って食う。そして今度こそ待ち合わせのリアル時間9時にログイン。
昨日ログアウトした「出会いと別れの広場」の側にあるベンチに光を伴って現れる。さて、遠金――jaouiを呼び出すか……
「こんなとこでログアウトしたんスか」
いきなり、ボボンキュッボンとした美女が声を掛けてきた。流石に美少女と言うには年がゲフンゲフン……
「何考えてんスか。自分ッスよ、自分」
「え? もしかして、遠金?」
「ッス。ゲーム内では『ヤーウィ』って呼んで欲しいッス」
「……その涼やかな声で言われると違和感が凄いな」
「そこは気にしないのがお約束ッス」
ともあれ、遠金もとい、ヤーウィに言われて、ボイスチャットの要請を送ってみる。ヤーウィの前に薄っすらと板みたいな物が光り、その板の一部をヤーウィが指で突いた。
同時に頭の中で鳴っていた発信音が途切れて、ヤーウィの声が聞こえてきた。
『アーアー……白森さん聞こえるッスか?』
「ああ、聞こえる」
『声は出さなくて良いッス。頭の中だけで喋る感じで考えて下さい』
『こんな感じか?』
『そうそう、それでオーケーッス。ところで白森さん、何て読むんスか? サーウッド?』
『何でそんな捻くれた読み方してんだよ。シラウッドだ、シラウッド』
『や、これでシラは……ちょっとメニューにある名前を見てもらえるッスか?』
言われるままにメニューの最上部にある自分の名前を確認すると、
「あああぁああぁあ!? 『sirawood』が『sirwood』になっとる!?」
『やっぱりタイポってたッスか……』
こうして、俺、シラウッド改めサーウッドの冒険はズタボロの状態で始まるのだった。
『なあ、名前のやり直しは――』
『無理ッスね。PCの名前はIDを兼ねてユニークになってるッスから』
「のおおおおおお!?」
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今、俺達のいるミドル・エリアは軌道エレベータの中間地点にある施設で、ちょうどバウムクーヘンのような形をしている。中央の空洞部分が軌道エレベータ本体にあたり、周囲の年輪部分の内、内側四分の一の面積を占めるのがドームに覆われた居住区画。残り四分の三にあたる外側の部分は、軌道エレベータの管理施設と倉庫、そして宇宙港になっている。
俺達PCが歩き回れるのは、ドームの中になる居住区画のみだそうだ。
この居住区画は、便宜上東西南北の四つのゾーンに分けられている。俺が最初に現れた出会いと別れの広場はサウス・ゾーンの真ん中にあり、周囲を色々な店が取り巻いている。
ノース・ゾーンには軌道エレベータの管理組織の事務所があり、基本的にPCが訪れる必要はない。
イースト・ゾーンには管理組織の職員達の居住スペースになっている。
ウェスト・ゾーンはサウス・ゾーンと同じく商業施設と、そこで働く店員達の居住スペース。
イーストが高級住宅街で、ウェストがダウンタウン――それでも地上住居に比べれば高級らしい――になるそうだ。
等と説明を聞きながら、俺は遠金――もとい、ヤーウィと一緒にサウス・ゾーンの商店街を冷やかしている。
「まあ、大体、この辺の説明は以上ッスね。ここで装備を揃えてから地上で金を稼ぐのが、これからの主な予定になるッス」
「なるほど。宇宙には直ぐに繰り出せないのか?」
「宇宙船は値が張るッスからね。借金して小さい宇宙船を買って、小惑星の鉱山で採れた資源をココまで運送してコツコツ貯めるってのもありッスけど、かなり地味でルーチン作業ッスよ?」
「世知辛いなぁ……もう少し、こう、夢のある儲け話はないのかよ」
「無いッスね。運よく貴重品運搬のクエストでも受けられるか、でなけりゃ、後はお決まりのギャンブルで一山当てるくらいッス」
そんな事を色々教えてもらいながら、あちこちを見回す。車2台は辛うじて並べそうな通路の両側に小さな店が並んでいる路地は、ヤーウィ曰く携行武器の専門店街なのだそうだ。所々、店舗ではなくガレージや道端に商品らしき銃やライフルを並べている露店もあったりする。
「あれはプレイヤーが出してる店ッス。地上の戦闘なんかで手に入れたドロップ品をNPCに卸さずに自分で売ってんスよ」
「モンスターが銃をドロップするのか? なんかシュールな光景だな」
「流石にモンスターからは殆んどドロップしないッスよ。ドロップするのは隊商か、それを襲いに来る山賊ッスね。このゲームでは死亡するとリカバリーポイントに戻されるんスけど、その際にステータスが1割ダウンするのと、手持ちのアイテムがどれか一つ、戦闘していた地点にドロップしちゃうのと、二つのペナルティが発生するんス。サーウさんも気を付けた方が良いッスよ」
ちなみに「サーウ」と言うのは俺の事だ。泣く泣くPC名「サーウッド」で始める事になってしまったが、ヤーウィには長過ぎる名前だそうで、省略して「サーウ」と呼ぶ事にしたらしい。
「気を付けろって、どうやって気を付けるんだよ」
「基本、ドロップするのは習熟度の低い武器からですんで、そう言う安いサブウェポンを幾つか、持ち歩く事ッスね。
もっとも、運が悪いと使い込んだ武器でもドロップしちゃうッスけど」
習熟度と言うのは、アイテムごとにある経験値だ。使い捨ての物はともかく、武器を使用するなり乗り物を運転するなりで蓄積していくらしい。
このゲームでは、パラメータを上げる為の経験値と、この習熟度の二つの経験値を上げる事でシステム的なレベルアップをしていくのだそうだ。
他にもメニューの使い方を歩きながら教えて貰っている内に、どうやら目的の場所に到着したらしい。
看板に「デュクーン銃砲店」と書かれたドアをヤーウィに続いて入ろうとした時、店内から聞いた事のある声が耳に飛び込んできた。
早めに警告
以降、パロディネタがどんどん出てきます。一応、固有名詞は一部変更したりしていますが……。
不快に思われる方はご注意下さい。