第29話 盗避行
「ついでに、そちらのお名前も教えて頂けると嬉しいんですがねぇ?」
間合いを測り合いながら、牽制と情報収集を続けてみる。
出来るなら、ここで互いの手札を見せ合って、妥協点を探り出したいところだ。
もっとも、ドーラにはその意思が無さそうだが。
「そうね……シャーリィなんてどうかしら?」
「薬中かと思ったら変態かよ!」
「失礼ね。私は美少年が居なくても優秀よ?」
態々偽名を使ってくるのはさておき、漫才に付き合ってくれる辺り、このドーラという人物もノリが良い様だ。
「お互い、もっと情報を交換して有益な道を探してみません?」
「有り難い提案ではあるけど、前向きに善処しておくわ」
つまり、馴れ合いをする気は無い、と。
馴れ合ってはクリア出来ないクエストを進めているのか、それとも他人に渡したくない情報かアイテムを狙っているのか……判断するには情報が足りないなぁ。
「そう言わずに。
もしかしたら、そちらの欲しがっている情報を持っているかも知れませんぜ?」
「……貴方がそれを持っていると判断出来たら、提案に乗ってあげるわ」
ふむ。何か特別なアイテムでも狙っているのかな? その入手方法が判明していない、と言ったところか。
何とか交渉で乗り切りたいところだが――っと、ここでシャルビーが介入を決めたらしい。持っていた銃を、いきなり俺目掛けて撃ち込んできた。
「おおっと!」
飛んで来た弾丸を、思わず手の甲で受けてしまった。跳ねた弾丸が近くにあった街灯の柱に当たって、甲高い残響音だけが残る。
サイボーグボディの索敵機能――拡張能力までは使っていないので、遮蔽物だらけの街中では公園内程度の範囲が限界である――で周囲の状況には気を配っていたつもりだったのだが、ドーラとの交渉にかまけ過ぎていた様だ。
俺が弾丸を弾いた様子を見て恐慌を起こしたのか、シャルビーが残弾全てを俺目掛けて打ち込んでくる。今度はじっくりと弾丸の軌道を見極めて躱す事に成功するが、その為にドーラへの注意が途切れてしまった。
だがドーラは俺を狙わず、シャルビーの足下に弾丸を撃ち込み、牽制してくれていた。
ここで一旦仕切り直して俺達を逃がす事で、騒ぎを拡大させるつもりだろうか。だとすると、先程の話――点数稼ぎに俺達を利用したい――は彼女の本音なのだろう。
彼女の上司が納得してくれるか、そして俺達が素直に従うかは、また別の問題だがな。
ともあれ、折角のチャンスを無駄にするのも申し訳ない。
俺はアイテムボックスから催涙弾を出して、シャルビーとドーラの中間に投げ込んだ。無意味に盛大な閃光と爆発音と煙が周囲に蔓延するのに合わせて、シャルビーの首根っこをひっ捕まえて公園から脱出する。
ドーラの方もここらを潮時と考えたのか、追い掛けては来なかった。
――――――――――――――――――――
ドーラを撒く事に何とか成功した――筈だ、多分――俺達は、シャルビーの知り合いが働いている喫茶店にお邪魔していた。
テーブルの向こうでは、頭を抱えたシャルビーが、この期に及んでグチグチと呟いている。
「どうしてこんな事になったんだよ……」
「そろそろ諦めて腹を括れよ。こうなったら警察にタレこんで足を洗うしかないだろ」
「元凶のくせに偉そうな事言うんじゃねぇ!
ってか、猫被らなくて良いのかよ?」
「まあ、今更だしな」
「糞……こんないい加減な奴のせいで……」
ありゃ。また落ち込み始めやがった。女々しい奴だ。
「とりあえず起きろ。
これからどうするか、考えなけりゃいかん」
「……お前のせいでな……」
突っ伏していた机から持ち上がりかけたシャルビーの頭が途中で止まった。その視線の先で如何にも兄貴分な男が数人、喫茶店のドアを開けながら俺達を見ている。シャルビーの様子からして、組織からの追っ手と思われる。ドーラが報告したのだろう。
男達は俺とシャルビーの許へ迷い無く歩いて来た。ジャケットの懐に手を入れている奴もいる。
「おい、ロッキー……」
「悪いな、シャルビー。クスリの持ち逃げなんて大事、流石に庇えないよ」
身を起こしながら知り合い――外見からして不良仲間と言ったところだろうか――を呼んだシャルビーに、冷たい返事が返ってくる。
「俺がやったんじゃ無ぇ!」
「よ、シャルビー。
大それた事やらかしたわりには余裕じゃねぇか。
組織舐めてんのか?」
「ひぃっ!?」
男達のリーダー格がテーブルにやって来て、俺達を見下ろした。他のメンバーは少し離れた所に控えて睨みを効かせている。
そしてシャルビーの怯え方が一味濃くなった。多分、彼が知る範囲で一番偉い人間なのだろう。
「まあまあ、落ち着いて下さいよ。慌てても仕方――」
俺がコーヒーを飲もうとカップに手を掛けたタイミングで、リーダー氏がテーブルを蹴り上げた。載っていた食器は幸いな事に壊れなかったが、カップに残っていたコーヒーが零れてテーブルを濡らす。
俺は溜め息を一つ吐き出すと、カップを持ち上げようとした手でテーブルの端を掴んだ。そのまま向かいに座っているシャルビーには当たらず、代わりにリーダー氏と背後のチンピラ御一行様を直撃するコースを狙って、腕の力だけで放り投げる。
テーブルは狙い違わずリーダー氏の上半身を叩き倒し、控えていたチンピラ達の内の二人を巻き込んで着地した。
派手な物音と他の客が上げる悲鳴が店内を蹂躙する。
テーブルに巻き込まれなかったチンピラ達が状況を把握出来ていない一瞬の虚を突いて、俺はアイテムボックスからレーザー銃を取り出し、奴等の腕を撃ち抜いておいた。死にはしないが、これで懐の得物を抜くのは難しいだろう。
視界の片隅に電話を掛け様としているロッキー君が見えた。警察か組織か、どちらにしろ通報されては面倒臭いので、研究所からの戦利品である偽物っぽいサイズの宝石――流石に鑑定する能力は無いので真贋は不明だ――が嵌められた指輪を親指で弾いて受話器を二つに分割する。指輪はそのままロッキー君の近くの壁にめり込んでしまった。取りに行く時間は――無いか。
「釣りは要らねぇ。取っといてくれ」
格好良く言い残して、俺はシャルビーを引っ張りながら喫茶店から逃げ出した。
……あの指輪、宝石が本物だったら凄い値段になりそうだったんだがなぁ。はぁ……。
――――――――――――――――――――
小汚い裏路地を、二匹の負け犬がとぼとぼと歩いていた。言うまでも無く、俺とシャルビーである。
「はぁ……何で俺がこんな目に遭わなきゃならねぇだよ……」
「はぁ……あのサイズの宝石……本物なら、1千万は下らない筈……」
「手前ぇのは自業自得だろうが! 偉そうに落ち込んでんじゃねぇよ!」
やれやれ。本当に最近の若者のキレの良さときたら……。
俺は優しさと諦めを混ぜ合わせた視線をシャルビーに向けて溜め息を吐いた。
「諸悪の根源に、そんな目で見られる謂れは無ぇ!!」
どうやらカルシウムの少ない食生活を送っているらしいシャルビーが、更に言い募ってくる。
そこまで言わなくても……と思ったが、よく考えたら彼の言うとおりだった。
「悪かった。反省している」
「何処がだよ! 全ッ然反省して無ぇだろ、手前ぇ!」
「そんな事は無い」
「じゃあ、これからどうするんだよ!?」
「そうだな……」
シャルビーに聞かれて、俺は長考に入った。
一般的小市民代表としては「麻薬ダメ、絶対」な立場であるので、素直に組織へ譲渡は――例えゲームの中とは言え――却下である。ただ、このまま麻薬を警察に持ち込んだだけだと、組織からの粛清だのでシャルビー君兄妹の未来が短くなりそうだ。彼一人なら自業自得とも言ってられるんだがなぁ。
さて、どうするか……。
「とりあえず、麻薬を警察に持って行って――」
「この前、この地区の警察署長が組織の事務所に挨拶しに来てたぞ?」
「――ぐぬぬぬ」
あちゃあ……思いっきり癒着済みかぁ。となると、警察は頼れんな。
……どうしよう?
「麻薬は焼却処分にして、他の都市に移住?」
「気楽に言うなよ!
お前、何かコネ持ってんのか!?」
「自慢じゃないが、こっちに来てから5日目だ」
「観光客が地元民の生活ぶっ壊してんじゃねぇ!」
たかがチンピラに正論で論破された!?
まあ、それはさておき――こりゃ、あれか。組織の偉いさん纏めてごっそり完全排除しか無い、か。それもシャルビー達が疑われない様な方法で。
面倒臭いが、殺るっきゃない。
「判った。多少手間取るかもしれんが、ナントカしよう」
「ま、本当で?」
「鏖よ」
「ちょッ……何か凄ぇ嫌な予感しかしねぇ!?」
俺の決意の固さを、シャルビーは、どうやら頭でなく心で理解してくれた様だ。意外と見所のある奴かもしれない。
方針も決まったところで、次は実行方法だな。まずは対象者のリストを入手しなければ。
――と考え始めたところで、俺達に近付いて来る影があった。
「君達、どうしたのかな?」
「ぁあ――っと、いや、何でも無いっす!」
いつもの調子で振り向くシャルビーに声を掛けてきたのは、警官だった。パトロール中に怪しい未成年が言い争っていたので、調べに来たのだろう。
やり過ごした方が良いかな?
「えっと、道がわからなくなっちゃったんで、そうだんしてました」
「! そ、そうっす! こいつが良く知りもしねぇのに勝手に先走っちまって……」
俺の思い付きにシャルビーが合わせてきた。臨機応変でナイスな判断である。
多少胡散臭さはあるものの一応筋は通っている――筈の――返答に警官も納得し、ふむ、と何かを思い付いた様だ。
「なるほど。
――ちょっと待っていてくれるかい?」
言い残して、俺達に背を向ける警官。
嫌な予感がしたので、拡張能力で警官の無線電波を盗聴してみた。送受信している電波は暗号化済みらしいだが、どうと言う事は無い。
『――例の二人組を発見した。現在職質中だ』
『逃がすな。足止めしておけ。
ボルーからも見つけ次第連絡する様にとの依頼が届いている』
「本当に癒着しまくりだなおい!?」
『!? 気付かれた!』
『最悪殺しても構わんが、麻薬だけは確実に押さえろ!』
「了解!!」
何と言う事だろう。正義が、ここまで蔑ろにされているとは、嘆かわしい事だ。
後、ボルーってのは組織の偉いさんの名前だろうか? 早速、粛清リストに栄えある一人目としてメモしておかねば。
俺は銃をこちらに向けてくる警官に煙幕弾を投げつけて、シャルビーを横抱きに抱えた。
煙幕の向こうから当てずっぽうに放たれる弾丸を、起動したままの拡張能力を駆使して躱しながら逃げる。似た様なシチュエーションが続くなぁ。
――――――――――――――――――――
「俺が何したって言うんだよぉ……」
「麻薬の密輸だろ」
「お前ぇに言われ……はぁ、もう良いよ……」
本日何度目かの泣き言を繰り返しながら、シャルビーは暗い穴の天井を見詰めていた。
ここは地の底、下水道の中である。状況に流された俺達は、流離った挙句、こんな所で座り込んでいた。
ナグール市の下水道は結構大きい様で、大人がしゃがまずに通れる高さがあった。幅1メートル程の溝を下水が勢い良く流れており、その両脇に幅50センチメートルの点検路――で良いのだろか?――が伸びている。
構造は迷路と言う程入り組んではおらず、周囲1キロメートルの下水道内には人間より大きなサイズの移動物は、5分前の時点では存在していない。
「って言うか、お前ぇ、何者なんだ?」
狭い通路で壁に凭れながら、シャルビーがこちらを睨んできた。
「ただの観光客だろ?」
「ガキのくせに野郎一人を担いで走り回ったり、テーブルをぶん投げたり、素手で弾丸を弾いたりする奴の、何処が『ただ』の観光客だよ」
うぅむ。流石に「通りすがりの一観光客」って言い訳は辛いかな?
とは言え、「実は通りすがりのサイボーグです」とかぶっちゃけても意味不明……どころか危ない小父さん確定である。
「まさか……この前ボスが手に入れたらしい『未だ何処にも出回ってない最新兵器』って、お前の事じゃ……」
「いや、そんな最重要機密が麻薬の配達に使われる訳が無いだろ」
おいおい。いきなり気になるワードを吐きやがったよ、シェルビーの奴。
「それよりも、その『最新兵器』について教えて貰えないかな?」
もしかすると、それがドーラの目的かもしれない。得られる情報次第では、そこから交渉する事も出来そうだ。




