第22話 フライング・ヘッド
「何処~ま~で潜~る~穴~のぉ中~、っときたもんだ」
真っ暗闇の急過ぎる坂道を、俺は慎重に慎重を重ねたペースで降りていた。意外と腕力を使うので、勢い良く滑り降りる事が出来ないって事では無い、決して。
リアル過ぎる上腕二頭筋の痙攣に脅えながら降下していると、途中の壁に高さ1メートルの横穴が開いているのに気づいた。何と言うか、まるで敵の秘密基地にある点検用ダクトみたいだ。侵入してくれと言わんばかりである。
「――って、そのまんまじゃねぇかよ」
呟きながら、横道に逸れるか、このまま降るか、どっちにするかを考えていると、ロープに掛かっていた荷重がフッと消えた。拙い、と思うより先に体が動いて、横穴へと飛び込む事に成功すると、頑張って作ったロープが落とし穴の底へと落下していく。床の蓋が閉じたついでに、ロープを切断したのだろうか。
「こりゃ、こっちを進むしかない、か」
底の見えない穴に落ちるのは願い下げなので、俺は横道の探索を開始した。
立って歩くには低過ぎるダクト内を四つん這いで進むと、行き止まりに当たってしまった。左右を調べても隠し扉っぽい物は何処にも無く、天井にボタンが一つ見付かっただけである。
「これ押したら床が抜けるとかじゃねぇだろうな……」
暫く迷ってはみたが他の選択肢は思い付かない。万が一に備えて正面と左右の壁を左手と両足で突っ張り、覚悟を決めてボタンを押すと、突っ張っていた壁が左右同時に消え失せた。
「んがぎゅ!?」
……股間接に無意味なダメージを受けてしまい、思わず悶絶してしまった。
何とか立ち直り、適当に左の通路を選択して進んで行くと、またもや行き止まりにぶつかってしまった。だが今回は、立ち塞がる壁の下四分の一が金網になっている。ここから部屋の様子を観察しろと言う事なのだろう。至れり尽くせりの設備である。
お言葉に甘えて覗き込むと、この研究所の関係者と言うには微妙な野郎2名がこちらに背を向けていた。
一人は筋肉質の上半身に半袖Tシャツを貼り付けた大柄な男。如何にもな刈り込んだ髪と日焼けした肌は、サーフボードか何かを片手に白い歯を見せていそうな雰囲気を漂わせている。モニターの前にドッカリと座っているので、映し出されている物が俺からは見えない。
もう一人は黒のスーツをきっちりと着こなした痩せぎすな男。パーティー会場が似合いそうな仕種で、サーファー君の座る椅子の背凭れに手を掛けている。オールバックの髪が眩しい位に艶やかだ。
警備とかのスタッフなら制服か作業服を着ているだろうし、研究員と言うには――偏見が入っているとは思うが――らしくない出で立ちだ。クエストに登場するNPCならば、もう少しそれらしい格好のキャラクターを用意して欲しい。
……あのコスプレ衣装がある様な研究所だから、この二人が関係者の可能性も存在するのか。
俺は二人の様子を観察しようと、ヘルメットを脱いで額を金網に押し付けた。あのNPC達から少しでも情報を毟り取っておかないと今後の行動方針が定まらない。
と言うか、一体何やったら手に入るんだよ、設計図。
「……そう言えば、この部屋ってさっきの階から更に下になるんだよな……隠しフロア、か?」
ノーラン達の話では、あのフロアが最下層だった。つまり、この部屋はノーラン達が発見した研究所の見取り図には載っていない事になる。
ならば、この部屋の中に設計図なりパーツなり――もしかすると、もっと凄いお宝なりが存在する確率は、非常に高いと言わざるを得ない。
ウッシッシッシ……これは美味しい事になりそうだぜ、とほくそ笑みながら兄ちゃんズの様子を観察していると、二人の会話が聞こえてきた。
「しっかし、この回の連中は乱暴極まりねぇな」
「情報が未だ回り切ってないんだろう。クエストクリアした奴が増えてくれば、それなりに洗練されるさ」
因みに最初の台詞がスーツ野郎で、後のがサーファー野郎の台詞である。一瞬、逆かと思った。見た目が99.99パーセントとか言う奴がいるが、先入観は判断ミスの基だな、うん。
「そんな事言ってもよぉ、次のバスでやって来た奴等なんて大人しいモンだぜぇ?
ちゃんと受付でアポ取ってやがんの」
「ま、それが一番簡単でリスクも少ない方法だよな。リターンも今一だけどさ」
「やっぱ、マップ入る前に襲撃イベントとかち合ったのが尾を引いてやがんのかな……」
んん?
こいつ等、NPCじゃなくて、運営側の人間なのか?
わざわざログインしてゲーム内から管理するのが、VRMMOって奴の運営手段? ……迂遠と言うか、何と言うか……。
「とは言え、その『困ったちゃん』チームに二人も混じってるんだから、判らないもんだな」
「凄ぇよなぁ。対象者の9割がゲームに参加してて、その中で既にここをクリアしたのが7人。8人目と9人目が同じマップにご来場、てか?」
「ログ漁ったら、フレンドだったぞ。連れ立ってクエストに参加したのかもな」
運営の監視対象者……?
一体、何をやらかしたんだ?
「まぁ、俺達スタッフが実験ついでに美味しく頂いちゃうけどな!」
「お前も物好きだな」
サーファー野郎がスーツ野郎を見上げながらわざとらしく溜め息を吐いている。
何を「美味しく頂く」のか……レアアイテム?
わざわざ、危険を冒して?
それに「実験」って……?
怪しげな単語だけが増えていく。俺は推理小説を読むのは好きだが、当てっこは苦手なんだ。
「手前ぇに言われたくねぇよ。
でも、本当に上手くいくのか?」
「ああ。最初の一人目をサブが――ん?
誰かこの近くに侵入しているな?」
!?
見つかった!
俺はゆっくりと急いで金網から離れていった。去り際に、兄ちゃんズがこっちに振り向くのが目に入る。
向こうから姿が見ないであろう位置まで後退してから、俺は方向を転換した。
目の前に生首があった。
「ぅぎゃあああああぁあぁぁあ!!?」
俺は後先も兄ちゃんズの存在も脳裏から吹き飛ばして全速力で後退した。直後に、それが自らを追い込んでしう自滅行為だったと気付く。壁に手を当てて反省したいところだが、当の壁は、今俺の背中で行く手を塞いでいた。
ローマ時代の彫刻を髣髴とさせる全長50センチメートルの生首ロボは、どういう理屈は判らないが空中に浮かんだまま、俺の爪先から50センチメートルの辺りにまで近付いて来た。メタリックな顔色で、頭を小さく振って周囲を走査している。
眼球の無い白目だけの視線が怯える俺に据えられると、真一文字に結ばれていた口が大きく開いた。喉の奥が既視感たっぷりのピンク色に輝き始めている。
「――!!?!?」
最早言語の態を成していない発音を喚き散らしながらも、俺は体を床に擦り下げて、生首の口から吐き出されたレーザーを避ける事に成功した。自分で自分を褒めてやりながら仰向けのまま這いずり、生首の下に潜り込む。下を向けない仕様なのか、生首の視線だけが俺を追い掛けてくる。
俺は生首の下をじたばたとすり抜けて、起き上がった。やれやれと振り返るれば、生首がこっちを向いている。
しかも、またもや大口を開けて扁桃腺をピンク色に染めていた。
「振り向けるのかよ、こん畜生!」
俺は生首の上下を両手で挟み、180度回転させた。そのまま向こう側を押し潰す様に力を入れると、閉じ掛けた口からビームが吐き出される。
ビームは生首の唇と一緒に行き止まりの壁をぶち抜き、兄ちゃんズの居る部屋に突撃した。生首からは小爆発が、部屋の向こうからは結構大きな爆発が、次々に生まれている。
「糞ッ! 誰だよ、警備キャラに、こんな不必要に馬鹿でかい威力持たせたのは!」
「設定組んだの、お前だよな?」
爆音に紛れて何か聞こえた様な気がするが、気のせいだな、多分。ザマァミロ。
ガラスのオブジェになって消え去った生首のドロップアイテム――三つ目の「アクセス端末」――を拾い上げた俺は、このまま別のルートから探索を続ける為移動を開始し、足元に急造された急ごしらえの下り坂に、前のめりで転がり込んだ。
「ざまぁみろ、糞ッたれ!」
先程自分が吐き出した言葉がそのまま返されたのを微かに聞き取りながら、俺は急な坂を転がり落ちていく。今日はこんな事ばかりやってなぁ……。
どうでも良い事だが、生首が宙に浮いていたのは天井から糸――多分、ピアノ線か何か――で吊っていた為らしい。頭を押さえた手に糸が当たったので間違いないだろう。
そりゃ、下を向けないわなぁ……。
――――――――――――――――――――
転がり落ちていった先に待っていたのは、ショールームに陳列されたサイボーグの団体様だった。下は幼児サイズから上は中年手前まで、美形の男女像が兵馬俑の如く並べられている。
――って、誰が使うんだ、こんなお子様サイズ……?
「ったく、今日は厄日かよ……」
ボヤキながら治療スティックを首筋に一発キメて、俺はショールームの探検を開始した。照明があるからまだ良いが、これでまた灯りが消えたらと思うと腰が引けてくる。
いやホント、今にも動き出しそうな等身大フィギュアに囲まれてるのって結構怖いんだから。マジで。
おっかなびっくりフィギュアの中を探索していると、身長2メートルのマッチョなボディの影からピンク色の光が襲い掛かってきた。毎度お馴染み、透明化装置を活用したゼファのナイフである。
来るだろうとは思っていたが、ここまで律儀に狙ってくるとは頭が下がる。そんなに暇なのだろうか?
「また手前ぇかぁ!」
迫るナイフを、こちらもナイフで弾いて、当たりを付けた空間にヤクザキックを叩き込んだ。ゼファのナイフが明後日の方向へと飛んでいき、吹き飛んだ彼女と衝突したマッチョボディが後ろへ傾いていく。
マッチョは後ろに並んでいたクール系お姐様ボディの膝下に後頭部をぶつけて、2体共が重そうな音を起てて寝転がる。
俺はマッチョが立っていた辺りに撃ち込もうと、モスキートを腋のホルスターから抜いて構えた。
「死ねぇ――!?」
アドレナリン増し増しで引き金を引こうとしたら、体が床に叩きつけられた。殴られたとか転がされたとか、そんなチャチな物ではなく、まるで重力がいきなり10倍位に跳ね上がった様な感じだった。
「糞……今度は、何をやらかした、ゼファ……?」
「違う……私じゃ、ない」
無理やり罵声を浴びせると、向こうも苦しそうな声で言い訳を返してくる。
「だったら、誰、なんだよ……」
その疑問は即座に解決された。
犯人自らが御足労なすったのだ。
「やれやれ、本当に好き勝手やらしてくれるな、こいつ等」
「責任の一端くらいはお前にもあるだろ」
「ウッセ! この、腐れオヤジのせいで、いらねぇ仕事増えちまったんだぞ?
弄ってた生データ、半分は吹き飛んだぞ、糞が」
「面倒臭がって指定ツールを使わないから……」
「反応が鈍いじゃねぇか、アレ」
地面に縫い付けられた俺達を嘲笑う様に、先程の部屋に居た運営の兄ちゃんズが現れた。
スーツ野郎の方が俺に近付いて来て、エナメル靴の爪先で小突いてくる。ダメージにはなっていない様だが、地味に痛い。
何とか視線を上げて見た顔は、何と言うか所謂「イケメン」と称される造形ではあった。浮かべている表情が見事なまでに「下衆」なので、台無しになっているが。
「……あな、た達……だ、れ……」
「君達のご主人様さ!
さあ、まずはゆっくり眠るんだ」
ゼファに向かって朗らかに答えたサーファー野郎の言葉に合わせて、意識が遠くなっていく。
一体、何がどうなっているのか……
最後に残ったのは、このままでは命か貞操――下手すると、その両方――が風前の灯、と言う危機感だった。




