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第21話 クロウリング・キューブ

 がしゃずりずり……

 がしゃずりずり……


「何でしょうね……この、ブラウン管テレビから上半身だけ出したロボットが匍匐前進しているような音は……」

「やぁ、そこまで言われちゃうと、そうとしか聞こえなくなっちゃったじゃないか……」

「皆で一緒に確認してみようか……」


 ここで震えていても仕方がないので、3人で廊下の角から音のする方を覗き込んでみる。

 一片1メートルの立方体から上半身だけ生やしている、頭部の無いメカニカルなギリシャ彫刻が、こちらへ向けて匍匐前進していた。首の切断面とほぼ同じ直径のレンズが俺達を認識したのか、その奥からピンク色の光を溢れさせ始める。


 俺達は大慌てでその場から逃げ去り、先程二脚テーブルが出現した曲がり角を曲がって、最初に目に入った部屋へ飛び込んだ。ドアに鍵が掛かっていなかったのは幸いである。

 ドアを閉める隙間から、何かが蒸発する音とピンク色の光が突き刺さった。


「伏せろ!」


 ノーランの叫びに反応して部屋の床に這い蹲ると、頭上1.5メートルをピンク色の柱が薙いで行った。破裂音や衝突音が周囲に溢れ返り、塵と埃が舞い上がる。


「な、何だこれは!?」

「所謂、『首からビーム』って奴じゃないかなぁ!」

「いらんわ、そんなビーム!」


 思わず怒鳴った俺の声を最後に、辺りから音と光りが消えた。「首からビーム」は、どうやらこの階の電源設備まで切断してしまったらしい。

 片付けていたヘルメットを被り直し、俺はしゃがんだ姿勢で入って来たドアのノブを静かに回した。幅30センチメートルのスリットが新しく入ったドアの下三分の二が部屋の内側へと音も無く開く。


「様子を見て来ます」

「うん。頼む」


 俺は開いたドアから匍匐前進で出て行き、二脚テーブルがひっくり返った辺りまで進んだ。曲がり角から向こうの様子を伺うと、エレベーターの向こうの角を曲がった所――3人で覗き込んだ辺り――で彫刻もどきが固まっている。「首からビーム」で稼動に必要なエネルギーを使い切って動けないのなら万々歳なのだが。


 一旦ノーラン達の所へ戻ろうと匍匐後進でじりじりと離れていると、ギチギチと金属同士が噛み合う音が微かに聞こえてきた。もう一度彫刻もどきを覗き込んだら、ビームの発射口や腰に貼り付いている立方体に小さな光が灯っている。どうやらエネルギー切れではなかったらしい。


 俺はアイテムボックスから虎の子の手榴弾を一つ取り出し、ピンを抜いて彫像もどきに向けて投げ付けた。

 だが、彫像もどきは俺からの手榴弾を右手でキャッチして、そのままこちらへ投げ返してきやがった。矢の様な送球は俺の背後の曲がり角付近の壁に当たり、俺の隣に転がって来る。

 俺は手榴弾を掴み取って、もう一度あちらへ投げ返した。急いで放った手榴弾はエレベーターの横の壁にぶつかり、彫刻もどきの側で爆発した。爆風が廊下を吹き荒れていく。


 爆風が収まるのを待ってから覗き込むと、彫刻もどきの姿が消えていた。今度は一発で退場してくれた様だ。

 床に落ちていたドロップアイテム――二脚テーブルの時と同じ「アクセス端末」だった――を回収し、二人の待つ部屋へ急ぐ。

 だが、そこにノーランとショウエイの姿は無かった。


――――――――――――――――――――


「ノーランさん……?

 ショウエイさん……?」


 二人の名を呼んではみたが、やはり返事は無い。

 部屋の広さは、京間換算にして約10畳。横4.5メートル、奥行き3.6メートルの結構広い空間だ。

 壁沿いに書類棚やロッカーが幾つか並び、その上半分は例の「首からビーム」によって切断され、床に転がっている。その床の中央には書類らしき紙が乱雑に散らばっていた。

 ドアの正面、奥の壁に大きな机が一つ。ディスプレイや本、書類等がやはり乱雑に散らかされている。こちらは高さが足りなかったお陰で、ビームの被害は壁に貼られたメモ用紙だけで済んだらしい。


 俺は部屋の中を虱潰しに捜したが、二人の行方に繋がりそうな手掛かりは見付からなかった。ロッカーや書類棚の中や机の下も念入りにチェックしたが、秘密の通路は発見出来ていない。

 散らばっている書類や本は、英語だかドイツ語だかよく判らない文字がズラズラと並んでいるだけだったので途中で放り投げた。読めたら色々楽しいのだろうが、俺に日本語以外を理解させる事なんぞ、例え神でも不可能である。


 ロッカーの一つには、ここの制服と思われる、女性用ワイシャツ――この場合はブラウスだっけ?――やスカート、ベストがサイズ違いで数人分入っていた。実は、ここは物置部屋で、部屋の主は左遷されていたのだろうか?

 別のロッカーには、何故か白衣――医者がよく羽織っている奴ではなくて、看護婦さんが着ているスカートの奴――がタイプとサイズを変えながら一揃いあり、更に別のロッカーには、何処かの学校の制服――勿論、女子用のみ――が、やはりブレザーからセーラーまで色々と取り揃えられていた。

 ……一体、ここは何を研究しているのだろうか?


「まさか、この部屋の主の趣味とかじゃないよな……?」


 げんなりしながら呟いて、俺は途方に暮れた。

 見付かったアイテムの理解出来なさもあるだろうが、それよりも二人の行方が全く掴めない事に疲れが溜まっている。


 俺のアホさ加減に愛想が尽きて、二人で逃げたのだろうか?

 いや。それならば、当たり障りの無い理由を付けてから俺を切り離す筈だ。あの二人には、その程度の世渡りが出来る理性がある。

 それとも……それすら面倒臭がる程、俺がボケをかましていたのか……?

 思考が悪い方向へと傾き続けていくのを、頭を振って追い払う。

 これ以上考えるのは、精神的にも時間的にも無駄なだけだ。


 二人を見付ける事を諦めた俺は、閉まったままのドアの上三分の一を開いて外に出ようとし――視界の隅に何かが引っ掛かるのを感じた。もう一度部屋に入り直して、引っ掛かった場所――三つあるロッカーの一つを前にする。

 そのロッカーの中には所謂「ナース服」が袋の中で畳まれた状態で山積みになっていた。切り落とされたロッカーの上半分から推測して、本当はハンガーに掛かった物もあったのだろうが、流石にそれらは破損扱いで消えた様だ。それらしい破片は見当たらない。因みに上半分の中には様々なタイプのナースキャップが残っていた。

 ……ここはコスプレの研究所だったのだろうか?


「一体、俺は何に引っ掛かったんだ……?」


 違和感の元を探して、積み重なったナース服を一着ずつ持ち上げては調べていく。通りすがりに感じた位だから、それ程難しい事ではない筈だ。

 そうやって上から三分の一程をチェックしたところで目的の物を見つけ出した。


「……色違い、か」


 そう。俺が引っ掛かったのは、白色ばかりの制服の中で唯一薄い桜色をしたワンピースタイプのナース服だった。色が付いている事以外に他の物との差は無い様に見える。


「この程度の事に反応するとは、俺もかなり神経過敏になってるのか、な……」


 自嘲の呟きが、昨日の狐狩りの光景――木の上で微妙にずれた迷彩を纏ったザザンの姿――に掻き消されていった。


 INTの値が高ければ、見えない物にも気付ける……


 ならば、今の俺のパラメータで見えない物を探すには、INTを更に上げれば良い。

 俺はメニューを起動してパラメータを確認してみると、パラメータは合計4ポイント上げる事が出来る様だ。貧乏性なので全部を注ぎ込む勇気も無く、INTをきりの良い20まで上昇させる。


「さてさて、2ポイントで何処まで変わるかな……?」


 俺は改めて部屋の中を調べ直した。これで手掛かりが見付からないのなら、本当に諦めるしかないだろう。

 ――と、悲壮感を漂わせてみた事が俺にもありました。

 あっさり見付かってしまいましたよ隠し扉。しかも3ヶ所。


 先ず1ヶ所目。

 学生服を山積みしてあったロッカーの奥に、薄っすらとした切込みが見付かった。隠し棚の扉らしい。

 積み上がっていた制服をロッカーの外に掻き出し、切り込みの周囲を叩いたり押したりコンバットナイフの先で穿り返そうとしたり、色々やってみる内に扉が開いて、隠し棚が現われた。どう考えてもロッカーの奥行きを越えている様にしか見えないのだが、考えたら負けなのだろう。

 喜び勇んで、隠されていた物を確認すると……所謂スクール水着や、体操服、ブルマ等のスポーツ用品が収められていた。

 俺は隠し扉をそっと閉じて、ロッカーの前から立ち去った。


 続いて2ヶ所目。

 何が書いてあるのか判らない本を収めた書類棚の床に、ロッカーと同じ切込みがあった。この位置から下に棚があったとして、床にめり込んでしまうだが……深く考えない方が良いのかもしれない。

 ロッカーの時の経験を基にあれこれ試していると、扉が開いた。

 中にあったのは……主にエロ本だった。初体験物を特集した雑誌だの、特殊プレイの入門書だの、カーマスートラだの、ビアズレーだの……挙句に映像音響(AV)機器の解説本や「はじめてのC」なんてものまで入っていた。しかも、全部日本語で。


「……だったら、他の本や書類も日本語にしてくれれば良いのに……」


 俺は言い様のない疲労に苛まれながら、書類棚の前から離れた。


 そして、最後の3ヶ所目。

 部屋の真ん中から机の方へ少し寄った辺りに、1辺1メートルの四角形を構成する切込みが見付かった。この下にあるのは秘密のプレイルームか、落とし穴か……。

 先例二つを考慮して様々な方法を試していると、切り込みの内側がスゥッと消え去り、1メートル四方の穴が現われた。穴の中は垂直に落ちている訳ではなく、傾斜のきつい坂になっている。


「これを降りろ、って事か」


 ノーラン達の行方を捜す手掛かりらしい物は他に見当たらなかったし、これを降りるしかは無いか。

 とは言え、スキーの上級者コースが裸足で逃げ出しそうな傾斜を安全に降りる方法が……いや、待てよ。

 俺はコスプレロッカーからありったけのコスチュームを引っ張り出した。その内頑丈そうな物だけを選んで結び合わせていく。ナイフで細く裂いてから結ぼうかとも考えたが、裂いた時点でガラス片になってしまう可能性があるので諦めた。

 そうやって不恰好なロープが10メートル分完成する。


「フッフッフ……こんな事もあろうかと、こいつを持って来たのさ……」


 ほくそ笑みながらアイテムボックスより鉄棒2本を取り出し、十文字に組んだ交差点にロープの片端を結びつける。完成した十字架を穴の上に置き、ロープをその中に垂らして降下準備が完了した。これなら余程の事が無い限り安全に降りられるだろう――10メートルまでなら。


「それじゃ、いっちょ、ぶわーっと降りますか」


 俺はロープに縋り付きながら、ゆっくりと落とし穴の中を降りて行った。

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