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第2話 スタートラインは遠かった

 プログラムのダウンロードは途中からスピードが上がった代わりに、2回連続で行われた。どうやら2回目のダウンロードはバージョンアップの為だったらしい。

 この時点で時計は9時半を指している。遠金との待ち合わせには既に遅れているが、先方にそれを伝える手段が無い。別に一緒に飲みに行く訳でもないし、携帯やメールのやり取りなんぞしていないからだ。

 なので、会えたら謝る事にして、いよいよVR初体験だ。

 今までバイクに乗った事がないので、この手のヘルメットを被るのは実は初めてだったりする。

 パソコン側からインストールしたゲームプログラムを起動して、マニュアルどおりにヘルメットを被る。バイザーを下すと目と耳が覆われて、光も音も無い闇の中に取り残された。手探りでヘルメットの側面にあるスイッチを入れる。首筋から後頭部、側頭部、頭頂部、前頭部へと痺れるような温もりが広がっていき――


 視界全域がゆっくりと白い光に満たされていく。遠くから小鳥の鳴き声らしい音も聞こえてきた。

 思わず周囲を見回すが、何も無い真っ白な空間があるばかりだ。

 不意にポーンと玄関のチャイムみたいな音がなり、目の前にこのヘルメットのメーカーと思われる会社の立体ロゴが現れた。ロゴはすぐに薄れて消え、続いて『SPACE OPERA ONLINE』のロゴが派手な鳴り物入りで出現する。


『ようこそ、スペース・オペラ・オンラインへ! アカウントIDとパスワードを入力して下さい!』


 元気の良い女の子の声が立体ロゴから聞こえてくる。俺はその声に従って、先程作成したアカウントIDとパスワードを音声入力した。


『アカウントの認証に成功しました! 続いてゲームで操作して頂くプレイヤー・キャラクター、PCの登録を開始します! まず、お名前を入力して下さい!』


 その言葉と共にロゴと俺の間にATMとかで見かけるキーボードみたいな物が出現した。これでゲーム内での自分の名前を入力しろ、と言う事か。

 何も考えてなかったので、単純に自分の名前である「yuzuru」を入力してみる。


【そのお名前は既に他のプレイヤーが使用しています。別のお名前を入力して下さい!】


 残念そうなBGM共にメッセージウィンドウが表示される。どうやら先約があったようだ。では今度は苗字の方で「siramori」にしてみるか。


【そのお名前も既に他のプレイヤーが使用しています。別のお名前を入力して下さい!】


 おふぅ、何てこったい。ではでは、名前の一部を英語にしてみよう。「sirawood」でどうだ!


【他のプレイヤーと合致しませんでした。お名前は『sirwood』でよろしいですね?】


 勿論イエスで。

 名前が決まった後は、また音声でのサポートが復活する。そういえば、読み方の登録はしなくても良いのだろうか?


『次に、性別はどちらになさいますか?』

「性別を変えられるのか……」

『はい。性別だけでなく、体形も自由に設定できます』


 思わず呟いた言葉にロゴが返答してきた。最近のゲームは凄過ぎるな。


『ただし、あまりにも現実リアルとは違う体形に設定にされますと、バーチャルからリアルへ戻った時に著しい違和感を持つ場合がございます。最初は、出来るだけリアルに近い体形をお選びいただく方が安全です』


 なるほど。そう言われるとそうかもしれん。

 ここは一つ、初心者らしくリアルに近い体形で始めるか。


「では、性別は男で」

『性別は男ですね。続きまして、身長体重について質問します――』


 身長体重はリアルどおり。顔もリアル――よりも若干、心持ち、ほんの少しだけ、整えたあたりで手を打とう。

 それからも色々と体形についての質問が続き、最後にそれを基にしたアバターが完成した。


『以上でPCの登録が終了しました! 続いてPCのパラメータの設定を行います!』


 まだあるのかよ!


 とりあえずパラメータについての説明を聞いたところ、このゲームには三つの基本パラメータがあると言う事が判った。

 一つ目はアイテムの装備重量や接近戦での基本攻撃力になる筋力(STR)。

 二つ目は情報の取り扱いを効率的に行う知識(INT)。具体的には装備の細かい状態――残弾数とか損傷状況とか、後はセンサーから読み取れる情報量とか――が増えていくらしい。

 三つ目はアバターの反応速度、と言うか体捌きを向上させる敏捷(AGI)。

 これら三つのパラメータに対して20ポイントを振り分けたものが最初のアバターの性能になる。パラメータの下限は1で、上限は100らしい。勿論、現時点では最大でも18にしかならないのだが。


 以上の情報を基に俺のPCのパラメータを設定する。

 先ず、ゲームの設定がSFだからして、使用武器は遠距離の射撃兵器が中心だろうと推測する。であればSTRはそれ程必要ない筈だ。代わりに必要なのはAGIだろう。敵からの攻撃を避けたりするのに使われると推測されるからだ。INTは……まあ、それなりにあれば大丈夫じゃなかろうか。

 とは言え、あまりに極端な構成にすると必要なアイテムを装備出来ないかもしれないし……。

 そんな憶測と優柔不断で決定したパラメータは、STRに6、INTに6、AGIに8、と言う無難なものだった。


『お疲れ様でした! これでパラメータの設定も終了しましたので、これからゲームにログインします! 心の準備はよろしいですか?』


 ロゴの声に思わず頷く。言葉が直ぐに出てこないあたり、かなり緊張してるようだ。


『それではスタート地点となる惑星ウンディーネの軌道エレベータのミドル・エリア、出会いと別れの広場へご案内致します! ボン・ヴォヤージュ!!』


 何故かフランス語で締めくくられたセリフと共に、今まで案内してくれていたロゴが光を放ち、周囲を真っ白な闇に染め上げた。

 どこからともな聞こえ始めるく雑踏のざわめき。視界に少しずつ風景が滲みだし、足の裏に床の感触が伝わる。

 白い光が全て消え去ると、目の前に夜空――いや、宇宙が広がっていた。


 俺が今立っているのは400メートル四方程の広場の中心だった。その周囲には植木や花壇、ベンチ等が配置され、更に外側には商店街っぽい建物が並んでいる。

 頭上を半球状の透明なドームが覆い、その向こうの宇宙空間では何隻かの宇宙船が光の尾を引きながら行き交っている。振り返ると、何本もの太い柱を巨大なリングで束ねたオブジェがドームの中央を貫いて遥か彼方の星々の中へと消えていた。これが軌道エレベータの宇宙側なのだろう。

 広場のあちこちでは時折白い光が立ち上り、プレイヤーと思しき姿が現れている。どうやら、ここがゲームのスタート地点になっているらしい。なるほど、それで「出会いと別れの広場」か。

 とりあえず広場から移動して、空いているベンチの一つに座ってみた。本当にここが仮想の世界とは思えない質感を、ベンチを撫でる手が伝えてくる。


「凄いね、科学の進歩……」


 感想を溜息と一緒に吐き出しながらベンチの背もたれに寄りかかる。が、感動している時間はあまり無い。まずは遠金と連絡を取らなければ。

 ゲームにログインしたら、ゲーム内専用の電話――ボイスチャットとか言うらしい――があるので、それで「jaoui」と言う名前に連絡してくれ、と遠金は言っていたんだが、ボイスチャットって、どうやるんだ?

 マニュアルなりヘルプなりを見て確認すれば良いのだろうが、その見方すら判らん。


「……何てこったい」


 先程とは違う意味の溜息を盛大に吐き出しながら頭を抱えてしまった。

 盛大に遅刻した挙句に連絡すら取れないとは……せっかく面倒見てくれると言ってくれた遠金に申し訳ない。こりゃ、明日仕事に行ったらムーンサルト・土下座か? そんなの出来んけど。

 そう言えば、キャラクターを登録する時に、チュートリアルがどうのとか言ってたよな。チュートリアルは練習とか、そんな意味の筈。それをやればボイスチャットのやり方やヘルプの確認方法も解るに違いない……と思った時期が俺にもありました。勿論、そのチュートリアルの始め方が判りません。初心者対策がなってないぞ、このゲーム。

 ……って、


『今からチュートリアルを開始しますか?』

「時間が無いから、いらん」

『ではチュートリアルを省略します。後で受ける場合は、メニューに『チュートリアルの開始』と言う項目がありますので、そちらからお願いします』


 ……とゆーやり取りを交わしたよな、さっき。

 つまりは無駄に急ごうとした手前ぇのボケって訳か。何てこったい。


 と落ち込んでいたら、見ず知らずの若い男女が俺に近付いて来た。背の高い痩せ気味の男――略してヒョロ男と、背の低い小太り――と言うよりも筋肉ダルマなので略して筋肉姉ちゃんで、どちらも20歳前後に見える。


「やあ、初めまして」

「何かあったの? エライ深刻そうに落ち込んでるけど」


 どうやら俺の落ち込みっぷりを心配してくれたらしい。


「いや、初めてこのゲームをやったんだけど、メニューの使い方とか色々判らなくて途方に暮れてたんです」

「このゲーム初めて? 他のVRは?」

「やった事ないです。VR自体、これが初体験なので」

「おー、そりゃスゴイ。本当の初心者って中々居ないからなぁ」

「視界の左下の方に、点滅する丸い球が見えないかな?」

「えーと、左下……これかのわ!?」


 ヒョロ男に言われた場所を見ると、ちかちかと点滅している小さな物体があった。じっと見ようとすると、すうっと動く。それを更に追い掛けて見ていると、薄く光る板が目の前にいきなり現れた。


「あーどうやらメニューが開いたようだな。その球を5秒位追い掛けるとメニューが開くんだよ」

「な、なるほど……ありがとう、助かりました。ではちょっと失礼します」


 お礼と断りを入れて、目の前のメニューに向かう。

 そこには俺の現在の装備やパラメータ、名前、ヘルプやボイスチャットを起動するボタン等が整然としたレイアウトで表示されていた。

 その中からボイスチャットの起動ボタンを押して、現れたウィンドウに遠金に教えて貰った名前を入力する。頭の中で電話のような発信音が暫らく聞こえた後、【現在、jaouiさんはログインしていません。】とのメッセージが表示されて発信音が切れた。

 まさかと思い、慌ててメニューにある時計――ゲーム内時間とリアル時間がそれぞれ表示されている――を確認する。既に11時を回っていた。


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