第19話 クエストは裏口から
空中に浮かんでいるコンバットナイフが俺に向かって落ちて――いや、襲い掛かってきた、の方が当たっているだろうか?
ともかく俺は攻撃を避けようとして、バイクと反対の方へ転がった。すると尻の辺りに何かがぶつかり、そのまま俺に向かって倒れ込んでくる。釣られたのか、ナイフも転んでいた。
そのまま転がり続けてナイフから距離を取る事に成功し、俺は体を起こした。
まるで、ナイフを持った透明人間に襲われたみたいだ――って、いらっしゃいましたよ、そんな奴!
「手前ぇか、ゼファあぁ!!」
叫びながら適当に辺りを付けて弾丸を1弾倉分プレゼントすると、蛇に飛び掛られたヒキガエルの様な悲鳴を上げながら飛び跳ねたナイフが俺から5メートル離れた空中に固定された。そこから右下の地面にかけて、景色が僅かばかり人型に歪んでいる。
「ちょ……ストップ、ストップ! 話せば解るわ!」
「問答無用!」
空になった弾倉を交換して突撃銃を向けると、勢い良く両手を揚げたゼファの姿が徐々に浮かび上がってきた。透明化装置の作動を止めた様だ。
「貴方が山賊にやられそうだったから助けてあげただけじゃない!」
「何処がだよ! 俺を狙って爆弾投げてきただろ!」
その時、銃身に何か重い物が落ちてきた。急な衝撃で狙いがゼファからアスファルトの坂道へ強引に変えられる。
落ちてきた物――カーキグリーンの丸々とした手榴弾は勢いと傾斜の絶妙なバランスに助けられて、バイクの方へ走り始めたばかりのゼファを追い掛ける様に転がった。
「あ――」
「え――」
バイクに飛び乗って逃げ出そうとするゼファと、何も出来ずに転がるのを見ていただけの俺を巻き込んで、手榴弾が爆発する。
「ゼぇぇぇファぁぁぁぁぁぁ……!!」
その場に遠吠えを残しながら、俺は道路の端を飛び越えて背中から谷底へダイブした。
――――――――――――――――――――
本日2度目の手榴弾ジャンプは、運良く――で良いんだろう、多分――進路上に立っていた針葉樹に遮られ、子供の頃に買って貰った民芸玩具の梯子下りをハードにした行程を経て、俺を谷底へと運んだ。
「くぁ~……ああ、死ぬかと思ったぜ……」
俺は呻きながらも体を起こす。2度の爆発で大打撃を食らった為に視界が赤く点滅を始めていた。
全身の痛みに顔を顰めながら、メニューからアイテムボックスを開いてHP回復アイテムである「治療スティック」を取り出す。短くなったリレーバトンみたいな筒の先端を腕に当てて強く握ると、体内に薬が浸透するのが感じられた。視界の右上の辺りに表示されているHPの値が最大に戻り、点滅が消える。
体中の痛みと脱力感が抜けるのを待って立ち上がり、周囲を見回す。
寄り掛かっていた樹の向こう側を1メートル程行ったところに幅数メートルの川が結構な勢いで流れていた。バスの停まっている道路へ出るには、高さ10メートル弱のほぼ垂直なコンクリ擁壁を登らなければならない。途中には水抜きの穴があるだけなので、上からロープでも垂らして貰わなければ登れるとは思えなかった。
「こりゃあ、川沿いに進んで道へ登れる所を見つけるしかないか……ハイ・アンド・ロー、上るか下るか、さぁどっち?」
なんぞと昔懐かしい台詞をパクリつつ、先ずは上流へ向けて進んでみる事にした。
針葉樹林の中を、水音を右手に聞きながら暫らく上っていくと、川は崖と共に右へと曲がり、林が途切れて岩場に変わる。巨大な岩が組み合った川原を足が滑らない様注意しながら更に進むと、高さ10メートル程の滝に出くわした。
威勢の良い兄ちゃん二人組みなら、ドリンク剤片手に努力と友情で登り切るのだろうが、しがないオヤジにはキツイ行程だ。
仕方ないので、今来た道を戻り、今度は下流を目指す事にする。
そうすると、スタート地点から少し下った所の擁壁に結構大きな――多分、直径2メートルはありそうな――排水溝らしき物が見えてきた。
「こっちが正解だったか」
溜息を一つ吐き出して、俺は排水溝へと向かった。
――――――――――――――――――――
排水溝は、1メートル程入った所に鉄格子が設置されており、それ以上は進めない様になっていた。ドアらしい物も監視装置っぽい物も、見える範囲には無さそうだ。目を凝らすと奥の方に梯子がある。点検用だろうか。
鉄格子は縦横30センチメートルの間隔で鉄棒が設置されている。鉄棒同士は溶接および結束されていないので、どこかの鉄棒を縦横1本ずつ外せば中に入れそうだ。
「少なくとも、ここさえ突破すれば何処かには出られる訳だ」
大体、この手の鉄棒は中央辺りの奴を捻るかどうかすると――
「――って、本当に外れやがったよ」
あっさり抜けてしまった鉄棒をしげしげと眺めてしまった。余りにもご都合主義である。まあ、助かるけど。
横方向に入っている1本も同じ様に抜いて、入手した長さ2メートル程の鉄棒2本をアイテムボックスに格納する。入手したアイテムは後で使う破目になるのが、侵入物のお約束だ。
出来上がった縦横60センチメートルの隙間に体を捩じ込み、何とか第1関門を突破した。防具を全解除して腹を凹ませなければ通れなかったのは秘密である。
装備を戻し、突撃銃の代わりにレーザー銃を構えて、奥にある梯子の袂まで進む。ヘルメットに付いている暗視装置で周囲を警戒してみたが、監視装置や罠は発見出来なかった。
梯子は点検用と思われる人一人が辛うじて通れそうな竪穴に沿って延びている。俺のステータスが低いからか、侵入者除けと思しき物は見当たらない。
モスキートを腋のホルスターに戻して、俺は梯子を昇り始めた。
途中で分岐する横穴も無く、梯子は10メートル以上を昇った所で終了した。辿り着いたのは小さな――3畳位の――部屋で、排水溝へ続く床の穴以外には、ロッカーが二つと、鍵の掛かっているドアが一つあるだけだった。
ロッカーには点検用と思われる工具と懐中電灯、ネジだのボルトだの蛍光灯だのといった交換部品が入っていた。ドアの鍵らしい物は見当たらない。
これが脱出系のゲームならば部屋の何処かに鍵か、それに繋がるヒントかがある筈なんだが……。
部屋の中を色々漁っていると、ロッカーと壁の間に数ミリメートル程の隙間を見つけた。ロッカーを前にずらして隙間を広げると予想通り鍵がある。それを鍵穴に差し込んで回すと、ドアのノブはあっさりと回った。
「ウッシッシ……ヨッシャヨッシャ」
ニンマリしながらドアをそっと開き、外の様子を窺う。
ドアの向こうは廊下で、やはり明かりは点いていなかった。それどころか非常灯すら消えている。まさか全館挙げての全面休業と言う訳でもないだろうし、もしかすると何か非常事態――例えば、ここが新マップ開放クエストの舞台で、バスに乗っていたプレイヤーが別の地点から突入して電源施設を麻痺させている、とか――が発生しているのかもしれない。
ならば、これはチャンスだ。
俺は静かに廊下に出て、ドアを閉めた。暫らく考えてドアの鍵は掛けておく事にする。開けるのに使った鍵は元の場所に置いて来たので、後から来た人は頑張って探して欲しい。
ドアに鍵を掛けたと同時に、クイズに正解した様な効果音が頭の中で鳴って、目の前に【特別クエスト「研究所の謎を探れ!」が開始されました。】とのメッセージウィンドウが表示された。どうやら開放クエストを開始する事が出来たらしい。
【確認】ボタンを押してウィンドウを閉じて周囲を見回すと、幅2メートルの廊下がドアの前と左右の三方向に延びていた。左右の廊下は、それぞれ10メートル程進んだ所で同じ方角に折れている。ドア正面の廊下は、曲がり角の無いまま20メートル先で壁に突き当たる様だ。
どの方向にも灯りは無く、ヘルメットの暗視装置を頼るしかない。
問題は、どの廊下を行くかだ。
昔読んだ迷路の脱出方法は、「左手を壁から離さない様にルートを選べ」だった筈だ。右手に刀を持たなきゃいけないから左手で壁。これで間違いない。多分。
そんな訳で左側に壁を見ながら廊下を静かにこっそりと進む。警備員が来る様子も無く、警報装置が作動する気配も無い。監視カメラくらいはありそうなもんだが、それらしい物も見当たらない。まあ、俺が気付いてないだけなんだろうが。
何にせよ、不法侵入している現状は変わらない。慎重の上に慎重を期して突撃銃を構え、周囲を警戒しながら移動する。
脳内では桃色の豹が踊り出しそうなあの曲がエンドレスで掛かっていた。
数歩歩いては前を見て後ろを確認する。
また数歩歩いては前を見て後ろを確認する。
更に数歩歩いては前を見て後ろを確認す――「チーン!」
急に鳴った、拝みたくなる様な鐘の音に慌てて曲がり角直前の壁にへばり付く。
周囲に動きが無い事を確認して、曲がり角の向こうをそーっと覗き込む。2メートル程先の壁にエレベーターっぽいドアが見え、その前に男が二人立っていた。
「こっちも警備システムは動いてないみたいですねぇ」
「そうだね。やはり、先手を取って発電設備を落とせたのは大きかったかな?」
「その代わり、真っ暗で探索が激ムズですけどねぇ」
「痛し痒しだねぇ」
おや? この声は聞いた事があるぞ……。
「誰だ!?」
男の一人がこちらへ銃を向けながら叫ぶ。反射的に頭を引っ込めると、ピンク色のレーザー弾がすぐ横を通り過ぎていった。
「おーい、待ってくれ! 味方だ、味方!」
曲がり角の向こうに叫ぶのと、銃撃が収まるのとが、ほぼ一緒だった。
一呼吸置いて、聞いた事のある声が尋ねてくる。
「そこに居るのは誰だい?」
「サーウッドです、ノーランさん」
「サーウッド? ……どうして、ここに?」
構えていたモスキートをホルスターに戻し、顔が見える方が良いだろうとヘルメットを脱いで右手に持ってから、俺は両手を上げて二人の前に出て行った。暗視装置の無い廊下は真っ暗闇で、目の前に誰か居ても気付けないかもしれない。
曲がった先の闇の一部が揺らめいて、ノーラン達がこちらへ近付いて来たのが判った。俺の顔を確認出来たらしく、「おお、本当だ」と呟いている。
二人はヘルメットを被っておらず、ごてごてとした水中眼鏡の様な物を装着していた。俺より上の年代なら、某花札メーカーの「仮想少年」と言えば大体の形状を理解して貰えるだろう。
「どうしたんだい? てっきりあのバスでナグールへ行ったものだと思ってたけど」
「いや、それがストーカーに爆殺されかけちゃいまして――」
いきなり周囲が明るくなった。暗闇に目が慣れていた所為か、非常に眩し過ぎる。目を硬く瞑ってふらつく頭を何とか宥め賺し、瞼越しの明るさに慣れたところでゆっくりと目を開ける。
足元でノーラン達が、某空中王国の末裔を名乗る大佐みたいな事を口走りながら蹲っていた。
「――まさか暗視装置の切り替えラグがこれ程きついとは思いませんでしたねぇ」
「それに、こんなに早く電源を回復されちゃうとは……予想外だったね」
「だ……大丈夫ですか?」
「ああ、うん。何とか大丈夫、かな?」
暗視装置を外しながらノーランは立ち上がった。今ひとつ安定しているようには見えない足元を踏ん張り、目を細めながらこちらに顔を向ける。
「それよりも、ストーカーに爆殺って、穏やかじゃないね。事情を聞いても良いかな?」
「ええとですね――」
俺がそれに答えるよりも早く、廊下の向こうから重量感溢れる軽快な足音が聞こえてきた。




