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第18話 バス停前の攻防

 フォーチュン市を出発したバスは北へ向かう交易路を順調に走っていた。道路に沿って広がる畑を抜け、荒地の中をかなりの速度――時速2百キロくらいだろうか――で巡航している。

 俺は後ろにリクライニングさせた席から薄い筋の様な雲が浮かぶ空を眺めていた。バスの天井の殆んどに外の景色が映っている。映っていないのは、照明装置が埋め込まれている通路の天井くらいだ。

 バスを外から眺めた時には窓は一つも見えなかった。全面が金属板に覆われていて、窓らしい物は屋根の上に設置された運転席――お陰で某ロマンスカーを髣髴させるデザインになっている――にしか見当たらなかった。ホテル・ヴァルロンと同じくバスの内部がスクリーンになっているのだろう。


 暫らくするとバスの運転手から、山道に入るので大きく揺れる事があるとの放送があった。それと同時に車体が後ろに傾く。きつい上り坂の様だ。

 バスは坂を上りながら左右に揺れている。リクライニングを戻して外の風景に目をやると、進行方向左側には道路を造る為に削られたらしい崖が迫っており、右側は谷になっているらしく向こうに見える木までの距離が結構――数十メートルだろうか――開いていた。道幅も、このバスが擦れ違える程度にまで狭まっている。


「今までの広い道は何だったんだよ……」

「ん? 君、この道は初めてかい?」


 呟いた声が思っていたよりも大きかったらしく、前の席に座っていた男が振り向いて答えた。


「初めてです。まあ、このゲームでバスに乗る事自体が初めてなんですけど」

「じゃあ、今までは宇宙に居たんだ?」

「いえ。ゲーム自体始めたばかりなんです。昨日初めて地上に降りて来たところで」

「おおー」


 男はノーランと名乗り、色々と教えてくれた。


「こっちは最短路なんだ。本来の交易路はこの山地をぐるっと迂回してナグールへ続いてる。あの道幅のままで山道はきついからね」

「なるほど。では、こっちを通るのは大きな荷物の無い旅行者って事ですか」

「そんなところだね。まあ、交易路を隊商コンボイと一緒に移動する護衛クエストはあるけど」

「毎回襲われる隊商ですか……」

「どちらかと言えば、クエストを受領した護衛が付いていると『偶然』、必ず襲われる、って感じかな。プレイヤーが護衛してない時の襲撃率は一割程度らしいよ。

 ところで、このバスに乗ってるって事は、君も開放クエスト目当てかい?」

「ええ、そうです。ちょうどナグール市へ行く荷物運びのクエストもあったんで、そのついでに行ってみようかと」

「え?」

「え?」


 ノーランの首と表情が微妙になった。……こいつぁ、もしかして、例のアレって奴ですか?


「ええっと……君、そのクエストが何処であるか知ってるの?」

「ナグール市だと聞いたんですけど……」

「あー……それ、ちょっと古い情報だね。

 30分位前だけど、そのクエストの開始地点は、フォーチュンとナグールの中間点――このバスの運行ルートの途中にある事が判ったんだよ」


 30分前だと、ちょうどカールから話を聞いていた頃だ。どうやら彼も知らなかったらしい。


 詳しく聞いてみると、今回の新マップ解放クエストが発表される前――日付が変わった頃――に「特別クエストがある」との報告が掲示板にあり、この時点でのクエスト開始地点はナグール市内となっていたらしい。

 ところが1時間後にはフォーチュン・ナグール間でそれらしいプライベート・マップが見付かり、更にカッパー市内、ダラント市近郊でも新クエスト発見の報告が寄せられた。この時点で4ヶ所のクエストが確認された訳である。

 更に1時間後――バーベキューパーティーがお開きになった頃――経って、運営から「新マップ解放クエストのお知らせ」が発表されたのだそうだ。

 この発表を見たプレイヤー達は、こぞって新規クエストに参加し、クエスト情報は随時更新されていった。現在は、我々が向かっているプライベート・マップとカッパー市、ダラント市、そしてシェリーコート市で見付かったクエストの4つが確認されている。

 後一つが未だ見付かっていないらしい。


 どうやらまた騙された訳では無さそうなので、ちょっとホッとした。


「どうする?

 荷物運びって事は時間制限ありのお使いクエストだと思うけど、開放クエストをこのまま受けるなら間に合わなくなるんじゃないかな?」

「……仕方ないですね。いったんナグール市まで行ってクエストを終わらせてから、帰りのバスで開放クエストを受ける事にします」

「うん、まあ、それも有りだね。

 それじゃ、もう直ぐバス停だから、僕達――多分、君以外は全員降りるよ。

 君もクエストを受ける時は、このバス停で降りてくれ」

「そうします」


 タイミング良く、運転手からノーラン達が降りるバス停にもう直ぐ停まるとの放送が流れた。乗客が降りる準備を始める。

 山道を上り切り、大きなカーブを幾つか過ぎた所でバス停の標識が見えてきた。バスがそこを目指してスピードを落とし始めた時、車体が宙に浮かんだ。二呼吸程置いてから、振動と衝撃が乗客を揺さぶる。


「皆様、当バスはただ今発生致しました山賊の攻撃により右前輪のタイヤを破損し、走行不能となりました。

 フォーチュン市およびナグール市へ救助要請は致しましたが、両市警備隊の到着までに最低30分程掛かると思われます。

 その間の皆様の安全はご自分で確保して頂きますよう、お願い致します」

「こんな時に襲撃イベントか!」


 運転手からの放送に悪態を吐きながら、ノーランがアイテムボックスから短機関銃サブマシンガンを取り出した。他の乗客達も各々の得物を用意している。俺も買い換えたばかりの突撃銃アサルトライフルを取り出す。


「襲撃イベントって、ランダムクエストとは違うんです?」

「ランダムクエストって言うのは知らないけど、こういう長距離バスの移動の場合は、時々山賊だの敵対する都市の人間だのが襲撃してくる事があるんだ。毎回襲ってくる訳じゃない。

 ついでに言うと、襲ってくるのも今回みたいなNPCだけでなくて、山賊プレイのプレイヤーの場合もあるよ」


 襲撃一つでも色々とバラエティに富んでいる様だ。


「つまり、今回は運が悪かった、と」

「せっかくの開放クエストなのに、その前にアイテムを消耗してしまうのは辛いよね。

 ところで、その『ランダムクエスト』って言うのは何の事だい?」

「えー……シナリオやキャラクターをランダム生成するクエスト、だそうです。その内導入されると聞いていたんで、それの事かと」

「へえ。そんな物があるんだ。

 君は何処でその話を知ったんだい?」

「この前、ミドル・エリアでランダムクエストの実地テストしたのに出会って、知らずに受けちゃったんで――」


 そこまで話した時、バスの前方に現われた如何にも山賊のお頭な男の銅鑼声が聞こえてきた。ご丁寧にハンドマイク――選挙なんかでお馴染みのメガホン型だ――まで持っている。

 バスのほぼ全周がガラス張りのお陰で、前後に5人ずつ、左に聳える5メートル程の崖の上に7人、右の道路上に10人、山賊の姿が見えた。


「バスに乗ってる可哀想な乗客に告ぐ! 今すぐ金目の物を持ってバスから降りて来い!」


 自信満々で路上に立ちはだかるお頭を見ながら、俺はノーランに聞いてみた。


「……もしかして、中の乗客が全員やる気満々なのに気付いていらっしゃらない?」

「あー、うん。普段はNPCノンプレイヤーキャラクター数人とプレイヤー一人乗ってるかどうかだからね。多分、全員直ぐ出て来ると思ってるんじゃないかな」


 ああ、やはり。

 そして、乗客の皆様の対応はと言うと――


発煙弾スモーク幾つ集まったー?」

「全部で8個ってとこー」

「じゃ、前の入り口と後部の非常口で4個ずつだね。はい、はい」

「サンキュ」

「ほいほい」

「他の皆はどっちから出るか決まったー?」

「「「「「応!」」」」」


 何時の間にか煙幕を張って打って出る事になったらしい。前後に半数ずつ分かれて、準備を進めている。

 まあ警備隊えんぐんを待たずにけりを着けるなら、それしか無いんだろうけど。

 流石、皆様慣れていらっしゃる……。

 俺も前の扉から飛び出す事にして、メニューから防具やヘルメットを装備した。他の乗客達もそれぞれ外していた装備をセットした様だ。


「おらぁ! これ以上待たせるんじゃねえ!」


 お頭の声と弾丸がフロントガラス部分の装甲に弾かれる音が1弾倉分、聞こえてきた。あちらもそろそろ待ちくたびれてきたらしい。


「じゃ、こっちから始めるねー。そっちのタイミングはお願いー」

「了解」


 前方入り口のステップから掛けられる、この場を仕切っている少女――見た目は高校生位だ――の声に、後部非常口の先頭に陣取ったノーランが返す。

 それを聞いた少女は、バスの前方で苛立っているお頭を一瞥してから扉の非常開閉スイッチを操作した。

 扉が開き、目の前に陣取っていた山賊の一人がニンマリと笑って銃を構えた所に、ピンを抜いて煙が出始めていた発煙弾を1個投げかける。思わずそれを目で追った山賊の眉間に、後ろに控えていた少女――これまた高校生に見える。二人は友人の様だ――が構えていたレーザー銃で風穴を開ける。

 残りの発煙弾を入り口の左右にばら撒きながら飛び出た先頭の少女が、煙幕に紛れながらレーザー短機関銃を撃ちつつバスの前方に移動する。

 後ろに待機していた全員が少女に続いて入り口から飛び出し、それぞれ左右――バスの後方と前方――に分かれながら窓越しに確認していた山賊達の位置へ弾を撃ち込む。


 山賊達の悲鳴と怒号と反撃が始まる中、俺も入り口から飛び出して、すぐ前に飛び出した兄ちゃん――所謂モヒカンスタイルのナイスガイだった――とは反対のバス後方へ突撃銃を撃ちながら移動した。一応目星を付けていた場所を狙って3発ずつ――教えて貰ったスイッチをスライドさせる事で、一度に撃ち出す弾数を変えられるらしい――撃ってはいるが、命中している様子はない。

 薄れる煙幕の中、崖の上やバスの後方に山賊の姿が残っていないか調べる。今俺の立っているバス後方はもとより、左右からも銃撃の音は聞こえなくなっていた。唯一聞こえてくるのはお頭の居る前方からだけで、それも遠ざかっている。逃げ出した奴等を追い掛けているのだろう。


 ここまで上って来た道を再度見回して誰も居ない事を確認してから、皆と合流するべく踵を返した時、バスの車体の下から金属同士がぶつかる音が聞こえた。

 しゃがみ込んで覗いてみると、隠れていたらしい山賊の生き残りと目が合った。お互い予想外の事だったので、そのまま暫らく見詰め合ってしまう。

 先に動いたのは山賊の方で、隠し持っていたナイフをこちらへ投げようと狭い空間で振りかざすのが見えた。俺も間に合わないだろうと思いながら後ろへ倒れ込む様にジャンプする。


 山賊の手からナイフが離れる直前、俺達の間をカーキグリーンの丸い物が重そうな音を立てて転がって来た。手元が狂ったのか、山賊のナイフはその丸い物――手榴弾に当たって明後日の方向へ飛んでいく。

 爆発の衝撃が、尻餅を搗いた俺に襲い掛かってきた。

 これが現実なら俺なんかバスごと木っ端微塵になっているのだろうが、流石ゲームである。バスは多少浮いた程度で済み、俺は数メートル程後方に吹き飛ばされただけだ。


 HP(ヒットポイント)の三分の一を吹き飛ばしながら派手に転がり、何とか止まったのはバイクの車輪の側だった。


「痛たたた……誰だよ、あんな物投げ込みやがったの……」


 愚痴を吐きながら起き上がって、隣にあるバイクを見上げる。

 マフラーぽい物が見当たらないので、電動バイクだろうか?

 そんな事を頭に浮かべていると、俺の顔を影が過ぎった。何だろうと視線を向けてみると、空中に刃をピンク色に光らせているコンバットナイフが浮かんでいた。

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