第16話 戦い済んで
年内の更新はこれが最後になります。
本年は拙作をご愛読下さいまして有難う御座いました。
「ふぅ……」
ダイザの戦車の砲塔の上で、俺は独り黄昏ていた。
側には愛銃とそれに装着されたコンバットナイフ――の残骸がある。それまでに浴びていた胃液による腐食に、落下によるダメージが止めになったらしい。先だってのモスキートと言い、どうも俺の武器は長持ちしない運命の様だ。
防具の方も上半身はともかく、下半身で残っているのはサンダルと化したブーツと伝線しまくったストッキング状態のインナースーツだけである。あまりの悲惨さに同情したグレンが、余っていた自分の装備――タータンチェックの巻きスカートを譲ってくれたのだが……それがコーディネートのミスマッチ感を倍増させていた。
どうせならバグパイプも欲しかったぜ。
目の前では、戦闘に参加していた皆様によるドロップアイテムの回収が和やかに進んでいる。
毎度お馴染みプラスティックトレイに乗ったジャイアント・アーマード・フォックスの肉が辺り一面に転がり、そのプラスティックトレイが8千個詰め合わされた巨大なプレゼントボックスが20個近く、貴重らしいアイテムもそれなりの数が落ちているらしい。
他にも、途中で破棄された甲羅や、何故かある巨大な骨が、剥き出しのまま転がっていた。これらは後で戦車で牽引して運ぶのだそうだ。
因みに「甲殻類なのに骨があるのはおかしい」とダイザに言ったところ、「ミュータントだからな。仕方がない」と返されてしまった。「ミュータント」と言う言葉を都合よく使い過ぎているのではないだろうか。
「よ、お疲れだったな」
下から声を掛けられて覗き込むと、迷彩男――ザザンが戦車のタイヤカバーに立っていた。
「そちらこそ、お疲れ様です。……今日はどうも有り難うございました」
「何、お互い様さ。それよりも、このゲームを始めたばかりなんだって?」
「ええ。今日で……四日目かな? そんなところです」
「それであの大活躍か」
「素人が馬鹿やっただけですよ。大して役に立ってない――てぇか、足手纏いだったみたいですし」
ヤーウィ達に回復して貰いながら聞いた話だと、本来のジャイアント・アーマード・フォックスとの戦い方は戦車で遠巻きに囲ってHPを削り、三分の一を割って甲羅を破棄したところで第1脳を破壊するのだそうだ。それで麻痺している間に全力斉射で残りのHPを削り、削り切れなかった時にだけ第2脳を破壊して再度麻痺させて倒す。それが最適な戦法なのだとか。
「あいつらの脳は高級食材ッスけど、命あっての物種ッスから。死に戻りが出なくて良かったッスよ」
「まあ、今回は巨大だった分、HPも高かったからな。巧く立ち回っていたとしても脳は二つ共破壊する事になっていただろうな」
と、ヤーウィとダイザには慰めて貰ったが、俺が拉致られず予定通りに戦えていたら、多分、第2脳は破壊せずにドロップ出来たのだろう、と思う。
「初めてであそこまで動ければ上出来だよ。
……ところで、一つ聞きたいんだが……」
ザザンは砲塔に飛び乗り、俺の横に腰を下ろした。
「何です?」
「あんた、フォックスに掴まった時、こっちを見ていたよな? 見えていたのか?」
どうやら木の上にいた彼に気付いた事を言っているらしい。
「流石に迷彩の柄があってなかったですからね。辛うじてではあったけど、誰か居るのは気付きました」
「まあ、確かにそれはあるんだが……それでも、あんたくらいの初心者に気付かれる程には目立ってなかったつもりなんだが」
「何でしょうね……関係あるとしたら、INTが18ある事くらいしか思いつかないですけど……」
「18? ……なるほど。それなら気付けるかな」
ザザンが納得した事から推察すると、パラメータ次第で見え方も違ってくるのだろうか。本当にVRと言うのは奥が深い。
「しかし、とんでもないステータスで始めたね。修正はしなかったの?」
「や……その修正で間違えちゃって……」
「おやおや」
ザザンは肩を竦めると、被っていたフェイスマスクを外した。そこに現れたのは女性――年齢は20から25くらいだろうか――の顔だった。驚いた俺に、にやりと笑いかけながらザザンは言った。
「女だと色々面倒くさくてね。あたしが女だって知ってるのは数少ないフレンドだけさ。あんたのお仲間も知らない筈だよ」
声はデフォルトの男声から選択しているらしく、顔とバリトンのギャップが凄まじい。
俺の呆けた顔ににやつきながら、ザザンはフェイスマスクを被り直した。そのまま彼女が空中で指を動かすと、俺の目の前にフレンド申し込みのウィンドウが現れた。
「だから、あたしが女だって事は誰にも喋らないで、ね?」
可愛げな口調のバリトンボイスにクラクラしながら【許諾】ボタンを押すと、ザザンは立ち上がった。
「じゃ、サーウッド、またな」
そう言い残すと戦車から飛び降りて、そのまま森の中へと消えていった。
「……まさか、森の中に住んでるんじゃないだろうな」
呟きながら見送っていると、今度はヤーウィがこちらへとやって来た。やはり独りでいじけていると心配なのだろうか。
「サーウさん、そろそろ空腹度がやばくないッスか?
これからバーベキューパーティー始まるんスけど、一緒に食べましょうよ」
戦車の前から呼びかけるヤーウィの言葉でメニューのステータスを確認すると、空腹度がかなりギリギリな事になっていた。
「そうだな。このままじゃ餓死しかねん。ところで、バーベキューって事は――」
「勿論、獲れたてほやほやの新鮮な狐肉ッス」
「あれの何処が狐だよ! とりあえずモツは食わんぞ? それと焼き加減はウェルダンだ」
注文を付けながら、俺はどっこらしょと腰を上げた。
「その辺、セルフサービスなんで、存分に焼いて貰って構わないッス。
てかサーウさん、好き嫌いは無いんじゃなかったッスか?」
「モンスターの胃袋で溶かされかけた後だぞ? ミノだのハチノスだの食う気力なんぞ残っとるか!」
「またまたぁ。どうせそんな事言いながら食べちゃうんスよね?」
「食わねえよ。それ以前にドロップしてるのかよ、そんな部位?」
「モツ系はドロップするッスけど、胃袋はどうだったか――」
軽口を叩き合いながら、俺達はバーベキューを始めた集団に合流した。
――――――――――――――――――――
30分程前まで砲弾が飛び交っていた戦場は、つい先程まではドロップアイテム捜索の現場として蹂躙され、そして今、バーベキュー会場と言う名の新たな戦場へと変貌を遂げていた。
巨大な甲羅や骨――どちらも並みの金属よりは硬いらしい――や、母狐に薙ぎ倒された大木は各チームの戦車の後ろにワイヤーロープで括り付けられ、何時でもお持ち帰りの出来る体勢を整えている。
狐肉の詰め合わせプレゼントボックスも、所有権の設定――これさえ済ませておけばロストにはならないらしい。盗まれる事はあるそうだが――は終了し、フォーチュンからの回収トレーラーを待っている。
会場には、バーベキューコンロが10台以上設置され、側には回収したばかりのプラスティックトレイと予め用意していた野菜類を山盛りにしたテーブルが幾つか。各チームから一人か二人が出て来て、肉や野菜を焼いている。
直ぐ近くには各チームが出して来た簡易テーブルと飲み物が詰まったクーラーボックスが三々五々に置かれ、テーブルの上に人数分の缶ビールが並ぶ。気の早いプレイヤーは既に飲み始めている様だ。
「お、ナイスタイミングだな」
俺とヤーウィが、チーム「いちごみるく」の簡易テーブルに着くと、ちょうどグレンとダイザが焼けた肉と野菜を大皿に盛って戻って来たところだった。
手馴れた手つきで4人分の取り皿と箸――紙袋に「おてもと」と書いてある割り箸だった――をテーブルに並べるエプロン姿のダイザ。お前、確かグレンとリアルでカップルだったよな……。リアルの様子が垣間見えそうな動きに目頭が熱くなってしまったあたり、俺もオヤジだなぁと内心自嘲してしまう。別に主夫でも問題無いと思っているつもりなんだが、やはり「嫁を貰う甲斐性を見せろ」コールを経験したせいだろうか……。
他のテーブルも、それぞれ始める準備が出来た様だ。
各自で勝手に始めるのかと思ってテーブルにあった缶ビール――日本でもお馴染みの外国産だった――を手に取ったら、ヤーウィが俺をバーベキューコンロの前に引っ張り出した。クルリと振り向かされると、今回の狩りに参加したプレイヤー達がテーブルに着き、こっちを見ている。
「じゃ、サーウさん、乾杯の音頭をどうぞ」
「え? え……?」
思わず見渡した範囲には、助けてくれそうな人は居ない。
「何で俺なんだよ……えー、何か、訳も判らない内に大事になってしまい、皆様には多大なご迷惑とご苦労をお掛けしましたが、何とか無事に終わる事が出来ました。
それでは、皆様の無事と、本日の成果を祝って、乾杯!」
「「「「「「かんぱ~い!」」」」」」
缶を傾けて中身を一気に咽喉へ落とし込むと、強めの炭酸とアルコールが現実同様に食道を焼きながら胃袋へと染み渡っていく。
それを原動力に自分の席まで小走りで戻り、残りのビールをもう一度流し込んだ。
「くはぁ~~!」
「ホント、オヤジねぇ」
「実際オヤジッスし」
「そのわりには動きは良いんだよなぁ」
「でも見事なオヤジッスよ?」
「五月蝿ぇよ! それと、急に乾杯の音頭とか振るなよ!」
「キャーオヤジノギャクギレコワーイ」
――男性PCの姿で言われる方が怖いぞ、グレン。
独りやさぐれて山盛りになっている大皿から焼肉と玉葱の輪切りを取り皿に移し、まずは何も付けずに食べてみる。猪肉ほど脂っこくないが、豚肉よりは濃い……かな? この味は慣れると癖になりそうだ。
4人でワイワイと戦闘時の様子や反省点なんかを話しながら飲んで食べていると、子狐部隊を掃討している時に隣に居た「モーゼル」氏が缶ビール片手にこちらへとやって来た。因みに持っているのは日本産の切れ味辛口な銘柄である。
「よう、お疲れ。大変だったな」
「あ、どーも。その節はお世話になりましたと言うか、ご心配をお掛けしましたと言うか……」
「はっはっはっ。気にすんな。それよりも、飲み込まれて、良く無事だったな」
「お陰様で、溶ける前に助け出して貰えましたんで」
「はっはっはっ。そんな謙遜しなくても良いさ。
何にせよ、ナイスファイトだった。また機会があったら宜しく頼む」
「こちらこそ」
この後フレンド登録を済ませた「モーゼル」氏改めカール・グスタフ氏が引き上げて行った後にも、数人程が挨拶がてらに俺を見物にやって来た。やはりモンスターに飲み込まれたプレイヤーは珍しいどころではなく、彼らの知っている限りでは居ないそうだ。
「ふう……そんなに珍しいのなら自分達も飲み込まれてみれば良いのになぁ」
「自分で体験したい人って居ないんじゃないんスかねぇ」
5本目を呷って空にした俺に、ヤーウィが苦笑いで応える。確かに必要が無いなら回避したい体験だった。
「ところでサーウさん、この後はどうするんスか?」
「ん~……もう日付も変わっているからなぁ。とりあえずはログアウトして一寝入りかな?
起きたら家の片づけを済ませて、それで余裕があったらログインするかも、ってところだな」
「自分は一寝入りしたら、ちょっと別のゲームに顔を出すつもりなんで、今日はまた夜の9時からって事で良いッスか?」
「そうだな……それくらいなら昼に遊んでいても何とかなるかな?」
「じゃ、そう言う事で。
……サーウさん、一人で動くのは良いッスけど、下手に動いてプライベート・マップから抜けられなくなるのは無しッスよ?」
「何だ? その、ぷらいべーとまっぷ、ってのは?」
「運営が用意するオフィシャル・マップと違って、個人や企業が運営するエリアなんスけど――」
そう良いながら持っていた缶ビールで口を湿らせて、ヤーウィは言葉を繋いだ。
「基本、身内で遊ぶ為に用意するのが多いッスね。後は手の込んだ地形や建物なんかを造って公開してる人も居るッス。
企業の場合だと、新製品のPRイベントッスかね」
「へぇ……効果有るのか?」
「どうなんスかねぇ。
サーウさんが来る前にあったやつだと、入浴剤の入り比べなんてマップがあったスけど」
「何だよ、そりゃ?」
「ジャングルのあちこちに露天風呂が設置してあって、それぞれ違う入浴剤が入れられてたッス。
プレイヤーは自由に露天風呂に入れるんスけど、マップから出る時に入った露天風呂全部の感想を提出しなくちゃいけなくて大変だったッス」
「……混浴だったのか?」
「残念ながら。マップ自体が男女別々だったッス」
「そうか……」
「まあ、それは良いんスけど、そういうプライベート・マップは、クリア出来るまで外のマップに出られなかったり、クリア出来ても手に入れたアイテムが持ち出し不可でクリアした意味が無かった、なんて事もあるそうッス」
「ほほぅ……」
ヤーウィの説明に適当な相槌を打ちながら、俺は6本目の缶を開けて大きく飲み干した。バッドステータスの組み合わせも含めてリアルな酔いが再現されている為、頭が良い感じにふらふらしている。
「……サーウさん、酔ってるッスね?」
「ああ、酔ってるな。
それで、プライベート・マップに入っちまうと抜け出られなくなったりして今晩の集合に間に合わなくなるのは解ったんだが、じゃあ、どうやってそれを避ければ良いんだ?」
「一番手っ取り早いのは知らないクエストは受けない、って事だな」
チーム「いちごみるく」のバーベキューコンロを片付け終わった――メニュー操作一つで炭の処分から網の洗浄まで全て済んでしまうらしい――ダイザが説明に加わる。
「なるほど。そんな事で避けられるのか」
「うむ。
とは言え、谷底に落とされてプライベート・マップを通らないと都市へ帰れないなんて事例もあるからな。難しい所ではある」
「更に言えば、昨日――もう一昨日ッスか? にサーウさんが遭ったクエストみたいに受諾確認のウィンドウが出ないケースも考えられるッス」
「それじゃ気を付けても意味が無いんじゃ……」
「無い事は無いッスよ、多分。
まあ、あるがままってやつッスね」
「なるようになる、ね」
「その内何とかなるだろう、だな」
「……オーケー、解った。
とりあえず、そんな事態に陥って時間に間に合わない様なら、ボイスチャットで連絡を入れる、って事で良いかな?」
「「「オーキードーキー(ッス)!」」」
良い顔で親指を立てる3人に、俺は不安な気持ちが膨らんでいくのを感じていた。
――――――――――――――――――――
宴も酣を過ぎた頃、フォーチュンからのトレーラーが到着した。
狐肉の詰め合わせボックスを回収したのを確認して、バーベキューパーティーは解散となった。
熟しきった柿の様な空の下、巨大な甲羅や骨を背後で引き摺りながら走る先頭車両の集団は中々に壮観ではある。それをぼんやりと眺めながら、俺は行きと同じ砲塔後ろの荷物置き場に座っていた。
「お。特別クエストが発表されたッスよ」
同じく荷物置き場で寛いでいたヤーウィが声を掛けてきた。先程から空中を突いていると思ったら、どうやらゲームのインフォメーションをチェックしていた様だ。
俺もメニューを開いて、【新着情報】と書かれた項目を呼び出してみる。
「どのニュースだ?」
「新マップ解放クエストのニュースッス。
今まで全然話が無くて心配だったんスけど、良かったッス。新マップなら新しい星系の追加でしょうから、これで宇宙方面も賑やかになるッスね」
「漸くスペオペのご登場か……って、何だよ、この『マップ公開時期はサーバ毎に違います』ってのは?」
「あー……どうも全サーバで一斉公開じゃなくて、各サーバ毎でのクエストのクリア状況に合わせて新マップを公開するって話みたいッスね」
俺の質問に記事の続きを読んでいたヤーウィが答える。
「良く解からんが、サーバ毎に競争、って事か?」
「大体そんな感じッス。
まあ、何にせよ、該当のクエストを見つけてクリアするだけッス。
意外とサーウさんが一番乗りするかも知れないッスよ?」
「まさか」
「サーウさん、そういう事件に巻き込まれ易そうッスから」
「……勘弁してくれ」
思わず空を見上げると、紺色が混じりだした夕焼けの中を白い光が尾を引きながら横切って行った。
流れ星か、惑星上空を飛ぶ宇宙船か――光の筋を目で追い掛けながら、俺はこの後一人で探すのも良いか、と考えていた。
それが、どんな運命を齎すのかも解らずに……。
来年も頑張って続けて参りますので、引き続き宜しくお願い致します。




