第14話 気分は怪獣退治
今回および次回の話には、グロテスクな表現が含まれます。苦手な方はご注意下さい。
逃げ出す俺達の背後で、母狐の脚が地響きと共に迫って来る。全長30メートル近い甲殻類モンスターは、時折思い出した様にばら撒かれる銃弾なんぞに気付きもせず、俺達をロックオンしていた。
辛うじて追い着かれずに済んでいるのは、俺達を弄っているのか、ゲーム上の演出なのか――何にせよ、昔見たアニメ映画の超巨大ダンゴムシみたいに高速移動されていたらお手上げだった。
お陰で囮の役目は何とか果たせている様で、5百メートル程前方に見える入り口の向こうで、駐車されていた戦車達が動いているのが見えた。
「もう一息ッス!」
ヤーウィの声に押されて、俺の足の回転速度が更に上がった。
実際に走っている訳ではないのに、心臓の鼓動がかなり早くなっている様に感じる。持病がある訳ではないが、現実の心臓は大丈夫だろうか?
「脈は多少速くなってるッスけど、心臓に病気とか持ってない限り大丈夫の筈ッス! 今まで、それで死んだ人ってのは世界中で一人もいないッス!」
「なるほど!」
説明はありがたいが……本当にこいつ、ニュータイプじゃないだろうな?
どうでも良い事を考えていると、前方、森の外から空気を切り裂く様な音やジェット機が側を通過する様な音、そして如何にも砲撃という爆音が連続して聞こえてきた。準備の出来た戦車、装甲車の皆様が母狐目掛けて攻撃を始めた模様だ。
真上から母狐に命中した砲弾の炸裂音が破片と共に降り注ぐ中を、俺達は身を屈めて避けながら森の外を目指して更に急ぐ。
「キィィィィィィィィ……!」
背後から超音波に近い悲鳴と大木が引き裂かれて押し潰される音、その直後に地震としか思えない揺れが襲ってきた。衝撃でバランスを崩した母狐が転倒したらしい。
思わず振り返ってしまった俺は、横倒しになった母狐の腹に愕然とした。ダンゴムシとかフナムシにそっくりな――ただしサイズが千倍とかそれくらいだが――節が伸び縮みしており、そこにしがみ付いていた幼生体らしき灰色の米粒がボロボロと地面に投げ出されていたのだ。
「何だあの粒つぶは!?」
「サーウさんが仕留めた幼生体の兄弟達ッス!」
「一家総出かよ!」
「ッスね! さあ、この辺りであいつ等を迎え撃つッスよ!」
気が付いたら丁度森の入り口に到着していた。
ヤーウィに言われて森の中へ向き直った俺の頭上を戦車部隊の砲撃が飛んでいく。動画サイトで聞いた事のある様な大砲の発射音は少なく、殆んどが風を切る音やジェット機の通過音だった。
「そう言えば、砲撃の音が戦車っぽくないのは何故なんだ?」
森の奥から軍隊アリの侵略か何かみたいに押し寄せて来る幼生軍団を待ち受けながらヤーウィに聞いてみる。
「戦車っぽくって……火薬で発射するタイプの事ッスね?
このゲームでは火薬で砲弾を発射する砲よりも磁力加速砲や電磁投射砲が主力になってるからッス。
それ等に比べて威力がイマイチな火薬使ってんのは大体、音に拘るロマン派ッスね」
「なるほど……磁力加速砲と電磁投射砲の違いってあるのか?」
会話の最中でも、アメーバか粘菌の様に侵食して来る幼生軍団からは目を離さない――いや、目が離せない、が正解か。
「メンテナンスのコストッスかね。
電磁投射砲の方が弾数も威力も大きくなってるッスけど、メンテナンスに手間も金も掛かるッス。これは打ち出す時に弾が砲身に触れて無いと電流を流せないって仕組みの所為で部品の消耗が激しいからッス。
それに対して磁力加速砲は弾を砲身内に浮かして発射するッスから、電磁投射砲よりもメンテナンスもコストも楽って設定ッス」
「ふぅむ……色々考えてあるんだなぁ」
「因みに、どっちも人間が運用出来るところまでの小型化はしてないッスから……お、来たッスよ!」
「了解!」
幼生軍団は俺達の前方20メートルちょっとの辺りまで迫っていた。その最前列を狙ってヤーウィがグレネードを打ち込む。
爆焔が着弾地点を中心にした半径数メートルに広がり、吹き飛ばされたり炎に突っ込んで来たりした幼生体達が次々とガラスの粉に変わって散っていく。
「おお……凄い!」
「ナパーム・グレネードッス。こういう、HPが低くて数が多いモンスターには最適ッスね。高価ッスけど!」
そう言うとヤーウィは、今度は突撃銃のライフル弾を連射し始めた。弾が命中した幼生体が無造作に跳ね上げられ、砕け散る。
俺も倣って突撃銃を構えて弾をばら撒き始めた。相変わらず何処に着弾しているのか判らない散らかりっぷりだが、的の数と密集度に助けられて全弾命中である。
そう言えば、昔ゲームセンターで遊んでいたゲームにこんな感じで敵が襲ってくるシーンがあったなぁ、なんぞと懐かしい記憶を引っ張り出しながら1弾倉撃ち切り、画面の外に銃口を――っと、そんなものは無いんだから、弾倉は自分で交換しなくては。
腰のポーチから新しい弾倉を取り出し、使い切った奴を捨てて装填する。狙いを定めて引き金を引いたところで、俺達以外にも銃撃を始めているプレイヤーが居る事に気付いた。
俺達と同じ突撃銃や短機関銃を撃ちまくっている奴や、物干し竿みたいなパイプの先から炎を走らせている奴も居る。幼生軍団の進撃先は、屍血山河から火炎地獄になっていた。
そこから脱け出して来た幼生体を、俺の隣の奴がモーゼルっぽいレーザー銃で1匹ずつ確実に仕留めている。
「おお、凄ぇ……」
「何、これ位、慣れれば誰でも出来るさ」
思わず出た独り言に対して、律儀に返答をくれる「モーゼル」氏。謙遜しながらも中々の腕前である。
そうだ。とりあえず気になっていた事を伝えておこう。
「あー……済みませんねぇ、こんな厄介事に巻き込んじゃって」
「気にする事は無いさ。どうせQKTなんだろ? それに、ジャイアント・アーマード・フォックスのドロップアイテムは俺達にも美味しいしな」
「そう言って貰えると助かります」
あちらの狩りを邪魔した形になったのが気になっていたが、どうやら逆恨みは無さそうなので一安心……かな?
そんな会話を交わしている頭上では、漸く起き上がった母狐に砲弾が雨霰と突き刺さっていた。多数の命中弾を受けた甲羅はひび割れ、隙間から毒々しいピンクだか紫だかの体液を滴らせている。
周囲の木が倒されて漸く見えた母狐の全貌は……何と言うべきか、ちょー巨大なダンゴムシに狐型の装甲を被せた、と言えば良いのだろうか? しかも頭の辺りで複数の触手がふよふよしている様は、どうやっても狐には見えな――
「サーウさん、危ない! 避けて!」
ヤーウィの警告に気付いたのは、俺の身体が地上3メートル程に持ち上げられたのに気付いた時だった。どうやらボーっとしていたところを触手に巻き付かれてしまったらしい。とっさに両手を上げて銃と腕の自由を確保出来たのは、我ながら上出来だったと思う。
「サーウさん!」
ヤーウィと隣に居た「モーゼル」氏が俺を助けようと腹を締め上げている触手を狙い撃つ。が、はっきり言って自分が狙われている様にしか感じられない。あいつ等の技量なら俺には当たらないんだろうが、怖いものは怖いんだが。まあ、ヤーウィのグレネードで撃たれないだけ未だマシ――
「そういえば、M16に付ける銃剣ってあったな……」
ならば、似た形の突撃銃にも出来る筈。多分。
上空20メートルに拉致された状態でメニューを開き、アイテムボックスからコンバットナイフを引っ張り出す。昔ちらりと見た写真を思い出しながら、コンバットナイフを銃口付近のそれっぽい金具に当ててみると、小気味良い音を立てて装着された。無光沢の灰色だった刃が、ピンク色に光り始める。
「ふう。やれば出来るもんだ」
呟きながらメニューを閉じようとして、アイテムボックスに収まっているアイテムに気付いた。
「効くかは判らんが、やっといて損は無いだろう」
口に出しながら、それ――キャット・レイの毒をアイテムボックスから取り出し、取り付けたコンバットナイフの刃に振り掛ける。ピンク色に光っていた刃が、毒々しいオレンジ色に変化した。
「これで良し――ん?」
ふと周囲を見渡すと、母狐の隣で奇跡的に立っている大木の頂上に、さっき俺とヤーウィに話しかけてきた迷彩男っぽい人影が見えた。どうやら本当に手助けしてくれるつもりらしい。
だが、彼の姿をもう一度確認する事は出来なかった。触手に拉致られている俺の目の前に、攻撃色としか言い表せない程に真っ赤な輝きを放つ母狐の巨大な眼が鎮座ましましたからだ。
「えーと……どぉもぉ……」
若干間欠気味になった砲撃の音を聞きながら、母狐に挨拶をしてみた。
「……」
「……」
……怒り心頭のブルドックに愛想笑いする猫の心境が多少理解出来たと思う。
更に暫らく待ったところで漸く母狐からもコンタクトを取る気になったらしく、触手が4本、俺の両手両足を拘束したそうに近寄って来た。甘んじて受け入れると地上30メートルでの八つ裂きショーなんてレアかつ猟奇な見世物の主役になれそうだ。
真に遺憾ながら反撃する事にして、出来立ての不恰好な槍で迫り来る触手の1本に切りつけてみた。オレンジ色に光る刃の先っぽが、触手の先端に1センチあるかないかの傷を付ける。
傷口がどす黒く爛れ始め、あっと言う間に触手の半分程を侵食した。嫌な感じに黒ずんだ部分が腐り落ちていく。
可聴域を超えた悲鳴が空気を揺さぶった。
俺に近付いていた触手は瞬く間に全て引っ込められ、巻き付いている1本も俺を地面に叩きつけるべく、更に上空へと移動を始めた。
だが、こちらとしても大地に減り込まされるのは願い下げである。俺は自身が触れない様、細心の注意を払いながら巻きつく触手に刃を当てた。結果、腐り爛れていく触手から開放され、丁度真下にあった母狐の硬そうな頭部装甲へと落下した。
「のわぁ!?」
勿論スタイリッシュに着地なんぞ出来る訳も無いが、それでも意外と凸凹している甲羅の上に尻から降り立つ事に成功した。慌てて周囲を見回すが、掴める程飛び出た突起が無い。拙い。このままでは地上30メートルから砲弾煮え滾る戦場へフルスロットル・ダイブしてしまう。
焦っていると、地面――じゃなかった、母狐の頭が傾いて揺れ始めた。残っている触手達が現われて、何かを捜しているかの様に揺れる甲羅を叩き始める。それはまるで――
「頭に集る蝿を追ってる様な……って、俺は蝿か!?」
俺の突っ込みが聞こえたのか、触手の皆様がこちらを向いた。先程までの様子からして、この場所を直接見る事は出来てなさそうなんだが……何故方向が判るのだろう。
「――ええと、お呼びじゃない? お呼びじゃあああぁぁああぁあぁ!?」
交渉の余地無く俺目掛けて殺到する触手御一行様。
尻餅を搗いたまま、俺が毒付き銃を半狂乱でぶん回すと、迫って来た触手の内の何本かが巻き込まれた。切りつけられた触手が、その小さな傷口から回った毒によって腐り落ちていく。凄いぞ、キャット・レイの毒。
だが残った触手達は仲間? の犠牲をものともせず、俺に襲い掛かって来る。しかも足場である母狐が頭を縦横無尽に降り始めた。中々払えない蝿に苛立っているらしい。
「ちょっ! おわぁ!? なんと!!」
そうなると俺に出来るのは、この最悪の舞台で全身全霊を込めたタップダンスを踊りきる事だけだ。我ながら情けない悲鳴と共に前後左右にステップを踏みながら、襲ってくる触手に向かって毒入りの銃剣を装着した突撃銃を振り回し続ける。
しかし触手の方も学習したのか、俺のステップのタイミングを読んで足を狙う様になっている。素人の当てずっぽうでは避けきるのは――
「うぎゃああぁぁ!?」
やっぱり、と言うか、とうとう触手に捕まってしまった。左の足首に巻きつかれてしまった俺は、アメリカンなギャグアニメよろしくビュンビュンと振り回され始めた。視界が目まぐるしく変わり続ける。
このままだと、その内に飛ばされてしまうだろう。こう、ハンマー投げっぽく。
「お前はどこぞの怒り狂った白いバセットハウンドかぁぁぁ!?」
――だとしたら、地面に叩きつけられないだけマシではある。
絶叫を上げながら絶賛回転中である俺の視界を、例の迷彩男の影が掠めた。見間違いでなければ母狐に向かって飛び掛ったらしい。有り難い。だから早く俺を止めてくれぇ!




