第13話 KITSUNE?
入り口から続く戦車や装甲車で踏み固められた獣道――何か違う気もするが――から下生えの茂る中へと踏み込んで行くと、周囲は照明が必要な程ではないにしろ薄暗くなった。
植わっているのは、日本ではちょっとお目に掛かれない太さの大木が中心で、木々の間隔は意外と広い。無理をすればオフロードタイプの車――なんちゃってRVとかでなく、軍隊やゲリラ御用達レベルの本格派――で乗り入れも出来そうだった。
昔遊んだRPGの草原のテーマを口ずさみたくなるのを我慢しながら、行軍する事10分かそこら。
腰まである羊歯に似た植物の絨毯が、前方5メートル程の所で不自然に揺れているのが見えた。
先頭のヤーウィが足を止め、直ぐ後ろのダイザに合図を送る。ダイザも無言のまま羊歯の中にしゃがみ込んで小石を拾い上げた。ヤーウィが拳銃を構えたのを確認してから、先程揺れた辺りに投げ込む。投げ込まれた周辺がガサゴソと騒がしくなり、一拍の間を置いて黒い何かが跳び出して来た。
「うわっ!?」
思わず声を出してしまった俺に構わず、飛んで来る物体をヤーウィが撃ち落す。
ムササビとエイを足したような生物――見えた限り猫くらいの大きさだった――はヤーウィの弾丸を受け、空中でガラスのオブジェになって飛散した。
「あれはキャット・レイッス。あの尻尾に刺されると毒を食らうッスよ」
「『猫光線』って何だよ?」
「そっちの『レイ』じゃなくて、魚のエイの方の『レイ』ッス。ほら、尻尾がエイみたいだったじゃないッスか」
「……言われてみれば、そんな気も……」
「普段は木の上から襲ってくるんだがな。先行してる奴等の狩り残しかな?」
周囲を警戒しながらダイザが説明の続きを引き取る。キャット・レイは数匹の集団で行動する事が多いので、1匹仕留めて気を抜いてると別の個体に襲われる破目になるのだそうだ。
とりあえず他のキャット・レイからの攻撃は無さそうなので行進を再開し、先頭を行くヤーウィがドロップアイテム――プラスティックトレイに載った塊肉と毒々しい緑色の液体が入った試験管を拾い上げる。
「まるでスーパーの精肉売り場だな……」
「サーウさんの言いたい事も解かるッスけど……どうにかしたいなら運営に言って下さい、としか言えないッスね」
「そっちの、如何にも怪しい薬品みたいなのは?」
「これはキャット・レイの持ってる毒ッス。かなり強力かつ即効性もあるッスから、扱いには十分に気を付けないといけないッス」
「……そりゃ怖いね」
回して貰ったキャットグレイのドロップアイテムを眺めながら、そんな会話を繰り広げていると、またもや前方やや右辺りの羊歯の下から物音が聞こえてきた。ドロップアイテムを慌ててアイテムボックスにしまいこむ。先程みたいに急に飛び掛られて毒の中身をぶちまけたら洒落にならない。
物音の主はそのまま一直線に俺達へと迫っていた。キャット・レイの時よりも葉ずれの音が大きい様に感じる。
「行くッスよ!」
ヤーウィは後ろの俺達に一声掛けると、迫り来る物音の少し前方を銃撃した。慌てて後方へ跳ねた影はキャット・レイよりも大きく、大型犬位はありそうに見えた。
「アーマード・フォックスだ!」
ダイザが声を上げながらレーザー短機関銃――流石に機関砲では小回りが利かないそうだ――の引き金を引き、合わせてグレンも短機関銃を撃ち始める。俺も突撃銃を構えたのだが……目標の姿が見えない。ヤーウィ達には判るのか、時折、一斉に羊歯の中に向けて銃弾を撃ち込んでいる。
ウロウロと照準をさ迷わせている内に、グレンの撃ったレーザー弾が飛び上がろうとしたアーマード・フォックスに命中した。ガラスの破片が飛び散り、ドロップアイテムが現れる。
「ナイスショット、グレン!」
「ナイショッ!」
「ありがと!」
ダイザとヤーウィが周囲を警戒しながら、アイテムを拾っているグレンに声を掛け、グレンもそれに対して陽気に応えている。
俺はその様子を眺めながら溜息を一つ吐いて、距離が少々離れた3人と合流するべく歩き出し――ふと、横に気配を感じて、視線を移す。羊歯の絨毯が、キャット・レイの時よりもささやかに揺れていた。
最初は見間違いかと思ったが、確かに揺れている。
次に風かと思ったが、そこ以外の羊歯は全く揺れていない。
ヤーウィを呼んで聞いてみるかとも思ったが、もし間違いだったら小恥ずかしくなるので聞き辛い。
とりあえず撃ってみるかと、こちらに向かって来る何かに突撃銃を向け、まずは1発――のつもりが、指が引き金から離れず結局1弾倉丸々打ち尽くしてしまった。
連射による反動が想像以上で照準が定まらず、狙った場所の半径1メートルに弾をばら撒く破目になった。それでも運良く命中したらしい。
「キュゥゥーーン」
弱々しい鳴き声が羊歯の葉陰から上がる。
それを聞きつけたヤーウィ達が俺の方へ駆け寄って来た。
「どうしたんスか、サーウさん?」
「いや、何か動いた見たいだったんで、つい撃っちまったんだが……一応、命中はしたみたいだな」
未だ聞こえる鳴き声に銃口を向けながら近寄る。
まぐれ当たりでも命中には違いない。初めて使う銃のせいか、あまりにもお粗末な命中率ではあったが……まあ、習熟度が上がれば良くなる――
「キェェェェーーーーーーーーーーン!!」
もう一歩で姿が見える、という所まで近付いた時、鼓膜が破れるかと思う程の叫び声が轟いた。大音量の鳴き声が森の中を乱反射していく。
そして木霊が消え去ると、唖然とした俺の足元に何かが当たった。拾い上げてみると、プラスティックトレイに載った小さな塊肉と灰色の狐っぽい形の甲羅が一つずつと、ソフトボール位の大きさの、ガラスか水晶で出来た様な玉だった。
「なあ、これって何のドロップアイテム、か……?」
ヤーウィに聞こうと見せたところ、3人が蒼褪めた顔で凍り付いていた。
「……えーと、何か拙かった……のか?」
「ま、拙いと言うか……」
「拙くは無いッスけど……そのサイズは……」
「と、とにかく一度車まで戻るぞ!」
ダイザの叫びに蹴飛ばされて、3人が来た道を戻り始める。俺も置いて行かれない様、慌てて付いて行く。
だが、1メートルも進まないうちに地面が震動を始めた。怨嗟の込められた地鳴りが森中を覆い尽くしている。
「な、何だ!?」
「母狐ッス!」
母狐!? この震動って、さっきお前等が倒した奴には出せそうにない迫力なんだが!?
「さっき倒したのは準成体――人間で言うと未成年ってレベルの奴ッス! これから出て来るのは――」
背後から木が引き裂かれ倒される音が響いてきた。そしてまた森を覆う、地鳴りめいた唸り声。恐るおそる振り向けば、森の上に狐の頭の様な影が覆いかぶさり、その中で何かを捜す様に動く赤黒い光が俺達を見下ろして――あ。今一瞬、目が合った様な……
それを肯定する様に、高い位置の枝葉を無造作にへし折りながら、森の大木にも負けない巨大な物体――敢えて言うなら蟹の脚、だろうか?――が俺目掛けて降ってくる。
「うわああああぁぁぁ!?」
その余りの迫力に、俺は恐慌を引き起こしてしまい、無我夢中で逃げようとして足を滑らせ転んでしまった。
「サーウさん! 何やってんスか!」
慌ててヤーウィが俺の腕を掴む。そのまま土煙が立ち込める中を引き摺られる様にして暫らく進み、木の陰に隠れる様にして背中を預ける。そこで一息吐く事で、何とか俺は正気に戻った。
「大丈夫ッスか?」
「多分……それよりもあれは何なんだ?」
「あれがアーマード・フォックスの最終形態、『ジャイアント・アーマード・フォックス』ッス!」
「大き過ぎるだろ、アレは! って言うか、何だよあの脚! どう見ても狐じゃねぇぞ! 昆虫か甲殻類だぞ!?」
高さ20メートルを超えていそうな大木の更に上に見えるジャイアント・アーマード・フォックスの頭部と、ほんの10メートル向こうに屹立した巨大な蟹の脚を目の端に置きながら突っ込んでみる。
「ミュータントッスから。それに普通はあそこまで大きくは無いッス。サーウさん、また大当たりを引いたッスね?」
「いらんわ、そんな大当たり!」
突っ込みながら呼吸を落ち着けようとするが、中々静まらない。咽喉がカラカラで焼け付いている。ふと横を見るとヤーウィが水筒を差し出してくれていた。
「どぞ」
「――すまん」
一口含むと、スポーツ飲料みたいな甘みが口内の誇りを洗い流した。そのまま二口三口と咽喉へ流し込んで水筒を返す。受け取ったヤーウィも水筒の中身を呷って一息入れている。
「いきなり、あんなのが出てくりゃ驚くのも解るッスけどね」
「で、あれからどうやって逃げるんだ?」
「逃げる? 勿論、倒すッスよ?」
「……冗談は顔だけにしてくれ」
「冗談じゃなくてマジッス。とは言え、流石にライフルや機関銃じゃ効かないッスから、今、ダイザ達が車の準備に行ってるッス。自分達はあいつを戦車砲で狙い易い森の外へ誘導して行くッス」
「……囮かよ」
「よ。あんたらがアイツを湧かせたのか?」
目の前の羊歯の葉が揺れて、迷彩模様のマントに迷彩塗装のフェイスマスクを付けた男――声から判断して、そう思われる――が現われた。どうやら、この森で狩りをしていた御同業らしい。
「そうなるッスね。まあ、所謂QKTって奴ッス」
「そりゃお疲れさんなこって。ま、適当に手伝ってやるから頑張れ」
「お願いするッス」
迷彩男はそう言い残すと、羊歯の葉の中に沈んで消えていった。
「……透明化装置でも持ってんのかよ」
「彼の場合はプレイヤースキルの賜物ッス。本当かどうか知らないッスけど、現役のレンジャー隊員って噂もあるッス」
「なるほどねぇ。ところで、さっき言ってた『QKT』って何だ?」
「ああ。あれは『急に子狐が飛び出したので』の略ッス。今回みたいな出会い頭は、この森じゃ良くある事ッスから」
「良くあるのかよ! ……って事は、ありゃ、さっき俺がやった奴の母親か?」
「ッスね。さ、ダイザ達の所まで、あいつを引っ張って行くッス」
そう言ってヤーウィが寄り掛かっていた木から体を起こした。俺も渋々、木陰から一緒に離れる。
|ジャイアント・アーマード・フォックス《母狐》は何か――多分、俺――を捜して森の中のあちこちを覗き込んでいた。頭の周囲で鞭の様な触手がふよふよと揺れている。
ヤーウィは突撃銃に付けているグレネードランチャーに弾を込めて構えた。狙いを付けてランチャーの引き金を引く。
撃ち出されたグレネード弾は母狐の顎らしき部位に命中し、小さな爆煙を上げた。触手が傷口を撫でる様に集まり、母狐の視線が俺達に向く。
「サーウさん!」
ヤーウィに促されるまでもない。俺は可能な限りの速さで森の外へ向かって走り出した。




